第35話 青きレギオン・5
世界賢者協会に今回の内幕と思われる証言を連絡。
まだまだ裏がある可能性もあるが、ともかく報告と今後への適切な行動を要望。
あちらはあちらで調べた事で気になる事が。
それならつじつまが合うかもしれないと、妙な動きがあることを知らせて来た。
どうもこの三国の参加予定のウェルダ条約機構は、ナルド民族の蜂起をバシュナ条約機構の密約を受けてと、でっち上げたいらしい。
おかげでこんな事になったと、ナルド民族への虐殺を暴徒の鎮圧という名目で正当化する事と、背景にバシュナ条約機構の三国のウェルダ条約機構への加入の内々の打診を受けて、それを妨害するための動乱目的の民族独立の空約束で武装蜂起させたと、バシュナ条約機構側への批判という一石二鳥を狙っている。
さらに話がややこしいことに、このバシュナ条約機構のナルド民族への民族独立への働きかけと武装蜂起へのお誘いが、何も無かった訳では無いらしいのだ。
ウェルダ条約機構の連合国家群も、バシュナ条約機構連合国家群も、様々な虹色の嘘での勧誘を繰り広げており、その中に本当にこんな話もあったと言う。
ナルド民族は三ヶ国に分かたれ、数年おきに最前線の小競り合いに担ぎ出されて殺し合う羽目になっても、どこか地下でつながり民族としての主流派もあったらしい。
ただ、そのナルド民族の主流派は当然、こんな嘘くさく、きな臭く、危ない話を蹴った。
一部の過激派だけが食いついたらしいが、とても実行の域を得るだけの勢力は到底確保できず、そのまま流れた話だったらしい。
ウェルダ条約機構はそれを逆手に取った感じ。同時にバシュナ条約機構の方もこのまま黙ってすます訳が無い。
このウェルダ条約機構とバシュナ条約機構、どっちもどっちのド汚い手を使っての勢力争いと手段を択ばぬ勢力拡大政策を続けており、今回はこの辺境の三国を舞台としての代理戦争の様相を呈して来ていた。
かなり色々なものがやばい状況だ。
三国でナルド民族への大虐殺が予定済み。
ともかく、ナルド民族の一斉蜂起と暴徒化、さらにターンダヴァン城址への立て籠もりという名目で、その狼煙となるはずだったはずの出来事(反旗を振りかざした暴徒を鎮圧と言う名目の虐殺)は未然に防いだ。
うーん。
これからどうする?
下手をしたら、三国で「民族浄化」とかのスローガンの元、大虐殺が予定通り進行してしまう。
手順が狂って名目の第一弾が外れ、今の所、事実確認と様子見に終始している所だろうが、手を打てるなら今の内かも知れない。
世界賢者協会本部にも動いてもらうしかないが、こっちはこっちですぐに打てる手を打っておかないと、三国全体でのナルド民族大虐殺実行までの時間との勝負になる可能性がそこそこ高い。
ちっ。
何だか本当にこの頃、世界がきな臭い。
ディストピアの影響か、ここまでの虐殺話がトントン拍子に進んでしまうという風潮までは国際的に無かったように思う。
世界賢者協会の協会員である私にまで、消えてもらってかまわないとは、そこまでの露骨さが示されることは稀だったが、簡単に実行しようとした。
歴史的経緯や実績から、世界賢者協会という組織と活動は、一定の評価と敬意は受けており、後々国際的に何かとうるさいことになる事まで含めて、そんなに軽々しく消しても構わないという行為に出られることは滅多に無い組織だ。
おじさんが私にライオネルを与えてくれたことも、こうなると的を得ていたと言え無くも無い状況になるのか・・・心中はとても複雑だが。
誰か他に適任者がいるでしょうが・・・私は普通のエルフの一乙女だぞ。
おおー、こんな殺伐とした職場に就職するとは思ってもみなかったよ。
潤いが無いぞー。
何だよ、こんな事実上「戦闘外交折衝官」みたいな仕事。
おかしい。
こんなはずでは無かった。
はずだ・・・。
私の「穏やかな日常を一生過ごそう計画」は、まだ廃棄してしまったわけでは無い。
理想的には、わら一本分くらいは対ディストピア戦の役に立ちつつ、ひと段落着いたら隠居、後は前途有望の本命の方々に引き継いでもらって、速やかに「穏やかな日常を一生過ごそう計画」を実行の予定なのだが。
次から次へと事が起こって、ひと段落の目安すら立たない。
くっそー、国家中枢とやらには、狂気の欲ボケどもしかいないのか。
そんな事に国民や世の人々から搾り取った税金や年貢等を使い、予算や人材、様々なソース(資材・資源)等々を費やしている暇があったら、もっと地道に人々の足元から本当の幸せのために必要なことからやれ。
大体、国民や世の人々から搾り取った税金や年貢等って、国民や世の人々からの共通の幸せを築くための共同供出金だぞ。
未来と幸福への投資財産だぞ。
それぞれの働いた、あるいは生産した、労働対価の中からの共同募金だぞ。
お前らの私有財産でも無ければ、ドス黒い自己顕示欲や権力欲を満たすための搾取金なんかじゃないのだぞ、本当は。
根本から勘違いしやがって。
権力者や権力機構が権力を握って、人々を奴隷のごとく配下に置き、搾り取った権力者や権力機構のための占有財産として、自己満足のために使うものでは無いのだぞ。
ここからも不幸って始まるよな。
ろくなもんじゃないよ、今回もそうだが、そういう連中の作り出す結果って。
その思考通りのろくでもない結末をまず間違いなく生むよな。
まったく・・・。
あと、嘘で民衆を踊らすんだよね。
こういう連中って。
嘘を信じてしまう民衆も民衆だし、踊ってしまう民衆も民衆だが、あるいは信じていなくても長いものには巻かれろで黙認してしまう。
それを指摘したらこっちまでとばっちりがきかねないので、黙認が社会的に無難な手段である側面もあるだろうけど、でも、黙認が続けば知らない内にもう引き返せない所までたどり着いていることも多いだろう。
約千年前の魔道大戦なんて、そんな積み重ねの果ての結果だったような気がするよ。
私は嫌だよ。
「民族浄化」なんて本気で言っている世界。
ものすごい危うさを感じる。
必ず世界の全ての人が殺されることを未来に約束する言葉に聞こえる。
この直感は外していない。
まず間違いなくね。
だって私はエルフだもの。
調和をその本質の特性とするエルフの乙女だもの。
そもそもこの三国、元は四国だったんだ。
それが三国に挟まれたナルド民族の国、当時のナルダーナ国だけ、三国共同のだまし討ちに近い形で約270年前に滅ぼされた。
滅んだナルダーナ国の領土を三国は事前の密約通りに三分割し、それぞれの国の領土とし、民衆をも支配下に置いた。
そこで良くも悪くもナルド民族である元ナルダーナ国国民のそれぞれ三国への同化政策に出たわけだが、そこでこの三国は完全な自国民と同列に扱った同化政策に出たわけではなかった。
そうしていれば、今日のような状況にはまずならなかったろうが(それはそれで民族問題の根は残り完全に解決とも後々いかなかったろうが)愚かにも三国は、言わば賤民、賤しい民としてナルド民族を扱う政策に出たのだ。
それまでは別に民族の違いによる齟齬はあっても、上下なんてなかったものを、負けた民、そして何より、新たな労働階級、二級市民、もう一歩いけば新たな奴隷階級への格下げをはかった。
そこには国を滅された民、別の民族への恐怖もあれば、都合よく獲得した新たな領土、都合よく獲得した新たな労働力階級に対する、できれば奴隷階級でいてもらいたいという勝者目線の差別化もあったろう。
明確な奴隷制度は、さすがに今時流行らない。
約270年前でも国一つ滅ぼして全元国民奴隷化等は国際的にかなりの非難の的になりえた。
なので、それに近い立場。賤しい民。事実上、民族ごと賤民扱いしたのだ。
逆に自分達は選民、選ばれた民、選ばれた民族とした。
実際の所、まったく何の根拠も無い。
一方で、三国にまたがったナルド民族の結集を三国とも恐れた。
だから本当に合った三国の国境での小競り合いに加えて、出来るだけ三国に分かれたナルド民族同士を戦わせることによっても、勢力を削ぎナルド民族の団結を防いだ。
時代を経るにしたがって、それはもう既定路線の年中行事みたいになっていったらしい。
しかし、最初はえげつない話だが、三国の指導者達のどす黒い思惑で始まった政策も、約270年後には、本当にナルド民族を賤民と半場本気で思い込み、自分達を選民民族だと思い込むとは、当事の指導者達も思ってもみなかったんじゃ無いだろうか?
大体、指導者って何だ?
指導されなきゃならないのか、国民が?
ほとんどの場合で、本当の意味で指導が必要なのは、自称指導者の方々だと思うが。
「狂気のお祭り」ばっかりやりやがって、年がら年中その尻ぬぐいに駆り出される我らのような協会員の心労がどれ程のものか知っているのかこの欲ボケどもがぁ!
「民族浄化」だぁ?
お前らの心の方を「浄化」しろ!
その歪み切った思い違いの方を「浄化」しろ!
その下らない何の根拠も無い選民思想の方を「浄化」しろ!
他の民族を自分達より下に置いて安心するその心根の方を「浄化」しろ!
阿保か?
ホントーに、仕事増やしてくれるなお前ら。
それも人の命のかかったこんな仕事を。
こんな・・・こんな下らないことで。
当たり前のように人を殺して喜ぶ。
もうそれは地獄の住人だよね。
まだ魔族の方が可愛げがあるくらいだ。
ちくしょう、どうしてくれよう。
何が最善手だ、この場合。
どんな落としどころが正解なのだ。
時間勝負で厳しいぞ。
くそっ・・・。
あーっ、もう、潤いの無い職場だなぁ、本当に!
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