第9話 浮かび上がる大賢者の紋章




 死相を浮かべた人々をライオネルの眼下に見下ろす。



 いや、まあ、連中から見たら悪夢が現実化した姿だろうなライオネルって。



 エルフを狩れると人族と魔族が(おそらく)裏で手を組んで進軍、圧倒的軍事力を背景に意気揚々と魔砲をぶっ放して「いける」と思ったら。



 いきなり青く輝く巨大ゴーレムが現れて、それがまた全魔砲を一瞬で空中分解させちゃうし。



 次は魔族が切り札のレッドドラゴンをいきなり繰り出して、最大火力のカースブレスですべてを地獄の炎の中に沈めて終わりにしようとしたら、その奥の手のカースブレスも一瞬で打ち消されちゃうし。



 今度は飛んで逃げたレッドドラゴンを強制的に操って、最後の特攻をかけさせようとしたら、いきなり光り輝く四角四面の箱に封じられ、それがどんどん小さくなって輝く点となって、消滅してしまえば・・・。



 そりゃ、ドラゴンは消されたと思うだろうし(実際はジャスタ山脈上空で「お空にお帰り。二度と戻って来るんじゃ無いよ」とリリースされただけなのだが)次は自分達が消される番だと思うよね。戦争屋ならなおさら。



 だけど私は誰も殺す気は無いし、傷つける気も無い。



 だけど・・・やっかいだ。



 どう最善手を打てばよいのか・・・途方にくれる。



 うーん。



 下手な決着の付け方をしたら、またエルフを狩りに来る可能性すらあるし。



 これに懲りても・・・目撃されたライオネルの軍事的な価値なんて天下一品だろうから、漏れたら世界中の大国がライオネルを狙って来かねない懸念すらあるし。



 そもそも今ですら、魔砲が無くても人族の軍人は心が折れているだけで、戦闘能力はあるし、今、軍として攻められてもエルフの里としては怖い。



 魔族は単体での魔法戦闘能力はすさまじいものがあるし、ここにいるってことは多分、手練れの中の手練れのはずだし、相手をしたら人族の軍人の群れよりはるかに厄介だろう。



 見る魔族の内、少なくとも二人は心も折れ切っていない。まだ目にこちらに向ける殺気を感じる。不思議と今は怖くない。自分でもちょっと不思議だけど・・・。



 私が降りて降伏勧告とか交渉とか論外だろうな。



 エルフの一少女がのこのこ出て行っても「狩って下さい」と言っているようなものだろうし。



 今の状況はこちらに有利と言えば、有利。



 このままエルフは狩らさせず、人族は二度と来ず、魔族にもお引き取り願って二度と手を出さないようにさせるには。



 どうしたらよいの?



 人族や魔族が私の立場なら、皆殺しにしておしまいにするのだろうなきっと。



 まあ、ここで例え皆殺しにしても、また来るだろうな。音信不通の放った部隊の消息を追って。人族も魔族も。殺す気はさらさら無いけど。



 際限の無いこの負の連鎖から、どうやって抜け出す?



 多分、今、ライオネルは「エルフの秘密の古代兵器」ぐらいに思われている可能性が一番高い。



 下手をすると「レマールの里を守るエルフの守護兵器」くらいに思われる。



 さらには想像力たくましい、実際は欲ボケがはなはだしい連中は、そんなものに守られているレマールの里にはエルフの至宝中の至宝があるに違い無いとか言い出しかねない。



 人族とは、エルフから見れば誇大妄想狂の欲ボケが政治の実権を握っている場合が多い、そんな変な種族だ。



 ああ、よい手が浮かばないな。



 荷が重すぎるよ。



 レマールの里の里長でも交渉にならないだろうな。逆に付け入れられたり、最悪、狩られるチャンスを見出されてしまう気がする。



 やっぱり私しかいないのか。



 いたいけな少女にずいぶんなものを押し付けてくれるな。



 エルフの族長会議や、世界賢者協会にも打診して。暫定国際法法規機関にも連絡して。連合国家同盟も引きずり出して。



 出来るだけオープンに里レベルでエルフ狩りがあったことを国際的に発表して、世論を形成して味方に付けて・・・。



 荷が重すぎる。無理だよ、私じゃ。



 本当はライオネルに相談したいのだけど、こいつのポンコツぶりを知っているから、躊躇してしまう。



 何か、両極端だよ、お前。



 史上最高のハイスペックと、常軌を逸したポンコツぶりが同居なんて・・・。



 何なんだよ?お前。



 おじさんも実はこんな風なのか?



 大賢者が?



 本気で世界が危うく見えるぞ。



 うーん。



 「ねえ、ライオネル。この状況をもっともうまくまとめるにはどうすればよいと思う?出来るだけ私に理解できるようにわかりやすく答えて」。



 期待もせず、むしろ身構えて一応、聞くだけ聞く。ショックに備えながら。



 『大賢者の関与を公開するかしないかで話が違って来ます』。



 うん。まあ、そんなものか?



 「おじさんを表だって巻き込むとどうなると言うの?」。



 『少なくとも魔族は完全に黙ります』。



 は?



 魔族が?



 今回のこの件で一番厄介だと頭を抱えているのが魔族だぞ。



 あいつらしつこいし、異常だし、戦闘狂だし、復讐者だし。



 誰もが魔王になりたいと野心バリバリの殺し合いの世界のトップ取りに全てをかけているような連中だぞ。



 少なくとも私がエルフの学び舎とかで習った魔族の実態の印象ではそうだ。



 「あの、ライオネルさ、魔族が一番厄介だと思うのだけど。大賢者を持ち出すくらいであいつらがどうにかなるの。むしろ大賢者だろうが誰だろうが構わなく牙をむいて、それくらいで引く連中じゃ無いんじゃない」。



 『多分、レマールの里の学び舎や、エルフの教え手らの世界観と理解では、大賢者と魔族との因縁は伝わっていないし、理解できないと思います』。



 何じゃそりゃ?



 「えーと、ライオネル。あなたが大賢者製というか、大賢者が関与したものだと知らしめるだけで、すべて丸く収まるとあなたは言うの?」。



 『その可能性が一番高いと推察します。少なくとも近似値に寄せられると推定済みです』。



 おじさん。おじさんには感謝しているんだ。感謝してもし切れないくらい感謝しているんだ。



 おじさんがいなかったらレマールの里は終わりだったもの。



 でも・・・これは無いだろうといううっぷんももう限界を超えているんだ。



 だから・・・おじさんを表立って巻き込むことで。すべてが丸く収まるのなら。



 生贄になってもらうからあきらめて!!



 「ライオネル。おじさん、大賢者の関与を公表。あなたが一番適切と思う処置をして」。



 『了解しました』。



 ボォワーンとライオネルの青く輝く巨体の胸の部分、騎士の鎧の胸当てにあたる部分に、蛍光色に輝く緑色の紋章が浮かび上がった。



 円形の外側には絡み合って円を描く宿り木の紋章。これは大賢者の共通の紋章。そして円中央にそれぞれの大賢者の固有の紋章が描かれているはずのもの。



 そこには、点と点と線が一本書かれていた。目と目と笑った口の一筆書き。



 笑顔のマーク。



 何じゃこりゃ。え、これがおじさんの紋章?



 何?これ?すごく変。



 それにライオネル、身体を張って宣伝か。すごいなお前。



 こんなド派手な紋章の告知、見たことも聞いたことも無いし。



 それに真上のあの小さな画面にその大賢者の紋章がライオネルの胸で光っているのが真正面から見えるのだけど。



 これ、ライオネルの目じゃ見れないじゃない。



 これを見ている目はどこにあるの。もう本当に怖いぞ。私は。



 他の小さな画面それぞれに、エルフを狩りに来た者達の顔のアップが見える。



 魔族が、ちょっと離れた所にいるが、二つの面で金の目と紫の目の魔族の男がそれぞれ見えている。



 二人ともほぼ同じ顔をした。



 その猫の目の光彩のような目をこれでもかと見開き、口を半開きにして、放心状態の顔。



 魔族のこんな魂が抜けたような顔を見ることになるとは。



 例の司令官のような軍人の老人は、両手で顔を覆って両膝から崩れ落ちた。



 ああ、心折れ切ったな。



 魔族の連中は例の金目と紫目が、距離を置いて見つめ合っている。



 司令官と副司令官みたいなものなのかな。あるいは司令官と参謀か。



 何かを確認したみたい。小さくうなずきあった。



 仲がよいのか?



 お前らいっそ猫だったらよかったのに。



 懐かなさそうな野性味の強い猫みたいだけど、外から時々訪ねて来るなら食べ物位やるよ。



 金目と紫目の仲のよい野性味の強い猫なら・・・お互い適度な距離で付き合えたかも知れないけど。



 私達にカースブレスをかます命令をした調本人達だもんな。



 私の心にわだかまりは残るぞ。



 こうして、よくわからない内に、ライオネルの胸に光り輝く大賢者の紋章を見たエルフ狩り部隊は瓦解した。



 戦いは終わった。



 戦後処理が始まる。




 でも・・・実は私の胸には、小さな違和感が積み重なっていっていた。



 あのレマールの目くらましに関して、おじさんから「私と同じ方法では大賢者ぐらいしか抜けてこれない」と言われて安心していた里長の横で、心にもやもやした気持ちが残ったように。



 同じようなもやもやが、いくつも重なって渦を巻いていた。



 いつか・・・問わなきゃならないかも知れない。



 そう、感じていた。



 直感でもあった。



 このもやもやした違和感の正体は一体何なのだろう?



 この時の私は知らなかった。



 世界の秘密の喉元にまで自分が迫っていたということを・・・。






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