第10話 魔王の首飾り




 バンガルド公国の老将軍グラード・デル・バニウス。



 それが私の名だ。



 今回の魔族と合同で行うエルフ狩りのバンガルド公国側からの実行部隊の責任者だった者の名だ。



 そして、今はただの敗軍の将。さらにこれから祖国である公国よりトカゲのしっぽ切りに合い、死に至る者の名だ。



 すべてが悪夢だった。



 いかに軍人とはいえ、風が吹けば舞い落ちる落ち葉のようなただの人の身で、神話か伝説の舞台にいきなり放り込まれたかのようだった。



 いきなり現れた古代の巨大神殿の巨大神像のような巨人に、すべてを打ち砕かれた。



 我々の心までも粉々にして、青く輝く巨人は我らの前にそびえ立たっている。



 魔砲は一瞬にしてすべて、まるでガラスを砕くかのように砕かれた。



 魔族がレッドドラゴンを持ち出したのにも驚いた。



 「ここまでするのか」と思ったし、こちらまで害が及びやしないかと背筋が凍った。



 ここまでの事態になれば、魔族が我らを気遣う必要性は薄い。



 あれはどう見てもすべてを灰燼に帰し、口封じや証拠隠滅を魔族らしいやり方で行ったものだと思われた。



 だが、レッドドラゴンのカースブレスさえ、あの巨人は何と打ち消してしまい(すべての人類史の記録の中でそんなことが観測されたことが無いことは断言できる)あまつさえ、空を飛ぶレッドドラゴンを消滅させてしまった。



 消滅だ。存在自体が、かき消えた。



 こんなものは、本当に神話の中の話だ。



 それが目の前で繰り広げられた。



 あの巨人はエルフの古代兵器。エルフの最後の切り札に思えた。



 なぜそんなものがこんなエルフのはぐれ里に・・・と呆然としたが、もしかしたら、こここそがエルフの隠れた最重要拠点だったのかも知れないと思い直した。



 魔族に騙され、駒に使われたかと魔族を見れば、本気で動揺していた。



 魔族がだ。少なくとも私の目にはそう見えた。



 そのいかにも慌てたかのような対応は、魔族に取っても予想外の出来事だったように見受けられた。



 そして、とどめを刺された。



 あの巨人の胸に浮かび出た緑色に輝く大賢者の紋章。



 大賢者がらみだったとは。



 なぜ大賢者がこんなエルフの里にと疑問は尽きないが、あの巨人が大賢者がらみの代物であることはこれで明白。



 もはや大賢者の口を通して国際社会への暴露は必須。



 今更、大賢者相手に口封じなど不可能。



 懇願も意味があるまい。



 私は両手で顔を覆い、思わず両ひざを屈して崩れ落ちてしまった。



 ああ、わが公国の滅亡はほとんど必定となってしまった。



 公国はあらゆる手を使って、私の独断専行に仕立て上げるであろう。それに乗ったとしても、国際社会相手に今回ばかりはそれで押し通せるとは思えない。



 まして万が一、それが成ったとして、バンガルド公国を囲む5国がこの大スキャンダルのチャンスを逃すはずも無く、連合国家の二大勢力も背景にあって、公国は切り取りの果てに地図から消えるであろう。もはやそれは確定した未来と言っても過言ではなかった。 



 そんな思いに打ちのめされていた時に、こちらへ、紫の猫の光彩のような目をした魔族の男、ザンが近づいて来た。



 私の側にいた同じく金の猫の光彩のような目の魔族の男、ギルに向けてザンが言葉を放つ。



 「お前に今より我と同等の権限を与える。全権委任と心得よ。事後承諾、事後報告で構わない。言うまでも無いが事態を速やかに収集するため、すべてをかけて努めよ。我は今より魔王様に報告のため帰参する。ドラゴン使役者は使い物にならないので捨て置く。残りの三名を連絡要員として置く、事態に変化が起きたら連絡係として魔領に転移させよ。奴らはもはやそなたの部下だ。そう命じてある。我らの魔領より追加の要員も送る。すべてお前の下に付くと心得よ。魔族側としての折衝の最前線に当たれ。よいな。我らの存亡がかかっていると知れ」。



 そう言い放つと踵を返して、転移魔法陣へと向かっていった。おそらく魔領本国へ帰るのだろう。魔王への報告と今後の対応のために。



 おそらくギルは現地の最高責任者として残された。



 適切な人事だと思う。私ならこの折衝団の団長はザン。副長はギルに最初からしている。



 今、この事態に実力優先でこうしたわけか。遅きに失している気もするが。



 「ギル殿」。



 私は声をかけた。



 「これからどうするおつもりか。あなた方はどうなるのだ」。



 「グラード将軍、あなたには告げる必要性が無いので何も告げませんでしたが、今回の我らの任務は我らの魔王の勅命でした。単なる魔王様の意を上意下達で伝えられる命令では無く、魔王様直々に告げられた勅命でした。これは我ら魔族の世界では間違いなく成し遂げねばならぬ任務を指します。むしろ成し遂げられた任務。失敗ということはあり得ない任務というものになるのです。そして勅命を成し遂げられなかった場合、死のみが唯一許される責任の取り方になります」。



 いかにも魔族らしい話だと思った。



 だが、同時に心に去来するものがあった。



 ここまでの異常事態にならねば、言の葉に乗せなかったかも知れぬ思いが。



 自分の口から自然にこぼれ出ていた。



 「ギル殿。私もこれから公国本国から、すべての責任を取らされ、最後は口封じもかねて処刑されるだろう身だ。全部私の一存で国を思ってしたこと。一人の老将の暴走で片付けられるだろう。だからそんな身の私が言うのもおかしなことなのだが、そなたは生き残れまいか?」。



 「そなたの才能はあまりに惜しい。魔族側のために働く、ある意味では人族に最も害を与えかねない人族相手の専門家なのかも知れぬが、ザン殿を始めとする彼らが魔族の標準の姿だと言うのなら、ましてあれでも限界を超えて人族へ配慮した上での姿だと言うのなら、そなたのような人族を知り、曲がりなりにも人族側に寄り添って理解しようとし、折衝を成し遂げられるような逸材はまず魔族側にもいないのではないか?」。



 「私は今回の任務に当たって魔族と人族の歴史も専門家からそれなりに学んだが、長い歴史の中でそなたのような魔族がいた記録は一切無かった。逆にギル殿のような魔族の記録は山ほどあった。もっと過激な形でだが・・・。だから今回はギル殿達すら命令で私達に配慮してくれたのだろう。まさに血煙が舞う中での折衝がそなたら魔族の当たり前の姿なのだろう」。



 「そなたのその特質がどのようにして磨かれたかは知らぬが、私は、双方の種族に取って何かあった時のためにも、そなたのような逸材は温存されてしかるべきだと思う。そなたの魔族内での社会的地位は大変低いものに見受けられる。魔族としても、そなたの属する魔領の魔王でさえ、そなたの本当の価値をとても理解しているようには見えない。そなた自身ですら自らの本当の価値を知らぬように見える」。



 「長年、軍人として軍事畑で暮らして来た。そなたらのすさまじい争いには劣るだろうが、沢山の戦場をも経験してきた。それらの様々なものを見てきた経験が、私に告げるのだ。そなたのような得難い逸材は両種族に取っていざという時のために必要だと。どうせ処刑される身だ。それまでに出来ることや動かせる手で、魔族にどれほどのことが通じるかわからぬが、手を貸せることは貸そう。何とか生き残れるように手を尽くしてみられぬか?」



 「グラード将軍、先ほどの私の話には続きがあります。ええ、これが他の勅命ならば我らは死のみでしか責任を取れませんでしたが、話が根本から変わりました。我らはこれから全力を持ってあなた方人族の軍人の言う戦略的撤退戦を行わなければならなくなりました」。



 「戦う気かね?正気とは思えない。戦術的撤退戦では無く、戦略的撤退戦と言うのなら、政治分野だな。外交交渉か?これほどまでにあの巨人との戦力差があっては、何もかも意味が無いと思うが。幸い、大賢者相手なら、誠心誠意尽くして戦後処理に当たれば、公国民の死活問題にまで及ぶ無理難題までは免れよう。もっとも今回の件でおそらく公国は国際的に追い詰められ、遠からず瓦解するであろうが。私はその日を見るまでも無く処刑されているだろうから、まだ気も楽だが。願わくはバンガルド公国民が国亡き後、その後の政体にせよ、国家にせよ、奴隷のように扱われること無く、まだましな生き方ができるように祈るだけだが。そなたら魔族はどうしようというのかね?」。



 「戦略的撤退戦とは言いましたが、いいえ、戦いません。一切。グラード将軍、あなたは「魔王の首飾り」という言葉をご存知ですか?」。



 「いや、聞いたことも無い。人族に伝わっている話なのかね?今回の任務に合わせて、君達魔族のこともエルフのこともずいぶん学んだつもりだが、ついぞ聞いたことが無い気がするが・・・」。



 「ええ、おそらくですが人族には伝わっていない話です。ですが将軍、今からあなたは私に取って非常に重要な人物となりました。ギル様から渡された権限でそう定めます。ですので、この情報もあなたに与えましょう。心して聞いて下さい「魔王の首飾り」とは実際にある物質的な首飾りのことではありません」。



 「ご存知でしょうが、我ら魔族は殺し合いの果てに魔王が決まります。ある種の超実力主義です。新しき魔王の性格も様々、魔力の特質も様々、その政策も様々、今後の方針も様々。ただただ実力と結果がモノをいう世界です。ですが、その何もかも千差万別な魔王それぞれが共通して持っている認識。また持つことが必須の認識。魔王の不文律。それを比喩として「魔王の首飾り」と称するのです」。



 「その「魔王の首飾り」とは、それぞれ違うはずの魔王が、目に見えない共通の首飾りをそれぞれがしているという風にとらえてもらってかまわないものです。同じ首飾りをすべての魔王がしているという風に」。



 「そして「魔王の首飾り」は、これも比喩ですが、大きな魔石の玉がいくつも連なって出来ているもの。その大きな魔石の玉一つ一つが、魔王が共有すべき、そして共有している「認識」あるいは「不文律」を指します。だいぶ違うのですがあなたがたの法律の条文の一条と思ってもらえれば、あなた方の理解の一助となるかも知れません。ただ、そんな生易しいものでは無く、あなた方の法律は破ろうと思えば敗れますが「魔王の首飾り」は絶対なのです。決して犯してはならぬ不文律。順守せねばならぬ不文律が「魔王の首飾り」。これを破る魔王はいません。いかなる魔王であっても」。



 「そして「魔王の首飾り」とは、魔族全体から来る経験の集大成のようなものでもあります。例えて言うと、我ら魔族は一切の価値をそれに感じませんが、あなた方人族の中の宝物とされているものに真珠というものがありますね。あの貝の中で異物が混入した際、貝の粘液に包まれ長い年月を経て、独特の輝きを持つ結晶となるもの。天然のもので巨大になればなるほど、そして自然状態で真球の形状に近づけば近づくほど、希少価値を持ち、価値が上がるもの。「魔王の首飾り」の一つ一つの大きな魔石とは、魔族全体の種としての経験の集合意識的集大成とでも言うべきもので、真珠の層が長い年月を経て厚みを増していくように、魔族の経験が長い年月を経て「魔王の首飾り」の魔石の厚みを増していったようなものなのです」。



 「そしてその「魔王の首飾り」の大きな魔石の一つに刻まれた不文律にはこう書いてあります」。



 「大賢者にはいかなる関りをも持ってはならぬ。もし関りを持ってしまったのなら、逃げよ。その関りの一切を断てるまで」。



 「私達魔族は、特にすべての魔王様は特に、この不文律がいかに正しいかを知っているのです」。



 「我ら魔族の種の記憶として・・・」。






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