第21話 謁見の間にて



 案内された謁見の間の扉が開かれ、私、レマールの里のエルフの少女エーネは歩を前に進めた。



 私の後ろで謁見の間の扉が閉められ、そこにはお付きの者も誰もおらず。



 それなりに広い謁見の間で、ただ二人だけ。



 目の前には、エルフの女大賢者サリュート様が座っていた。



 あまりにお美しい。



 そして麗しい。



 私は生まれて初めて、エルフを手元に置いておきたいという人の欲望がちょっとわかった気がした。



 でも、私達は物では無い。



 誰かの所有物でも無いし、所有されもしない。



 私達はそれぞれ、自分自身のものだ。



 誰かの側にいたければ、自分の意思でその隣にいる。



 それをお互いに望んだ時に始めて、二人で並び合うことができるのだ。



 そんな簡単なことが・・・何でわからなくなっちゃうんだろう?



 サリュート様は、事前に会ったエルフの長老らとは一線を画していた。



 エルフの長老らも美しいと言えば美しい者が多く(エルフだし)、そして威厳に満ち、その長い年月責任と言うものを背負って生きてきた証の風格が身についている。



 でも、サリュート様は、そう、おじさんもちょっと似た所があるのだけど、長老達の風格がそれでもどこまでも個を突出させたものであるのに対して、太陽の光が満遍なく全てを照らしているかのような、大海の水平線がどこまでも平坦に広がって見えるような、一見、ホンワカしてすぐに馴染んでしまう、どこまでも誰とでも平等という感覚に溶け込んでしまう感じの雰囲気に包まれているのだが、それが逆に底知れぬ深さや際限の無い広さを感じて、何だか怖くさえなって来てしまう。



 大体、人族の王族は大上段に構えて何段も上にある王座にふんぞり返っていることが多いし、魔族の魔王に至っては王座は世界を統べる者の座のごとき雰囲気を醸し出し、謁見者は一見豪奢だがその実は処刑場?と見まがう雰囲気あふれる謁見の間に通されることになる。



 エルフの女大賢者サリュート様の座る椅子は壇上にはなかった。



 この謁見の間。壇上というものが無い。サリュート様が座っている椅子も謁見者と同じ平坦な床の上にある。椅子それ自体も木にそのまま包み込まれるかのような自然身あふれる椅子。しかもその前にもう一脚の椅子。



 この謁見の間、エルフ特有の繊細な美にあふれながらも、質素で清潔感のある空間となっており、ゴタゴタと飾られたものは何も無い。幾何学的な、それでいて自然のモチーフのような瀟洒な美で満ちている。



 「お初にお目にかかります。サリュート様。レマールのエーネと申します」と言い、私は礼をした。



 「ねえ、エーネ。「様」とかよいから。いらないから。それにもっと楽にしてちょうだい。どうぞ座って」。



 そう言うと、対面になぜか置かれた同じような木の椅子に座るようにと促された。



 うん。ちょっと嫌な予感はしていたんだ。だってサリュート様、ああ、様を付けるなというのなら、女大賢者サリュートとでもお呼びすべきかしら。おじさんには間違っても大賢者サイレンドル様なんて呼ぶ気がまったくこれっぽっちも起きないけど(おじさんはおじさんだ。何ならおじいさんと呼んであげようか?)うん。目の前に椅子があるからね・・・長話ですか・・・さっさと挨拶を済ませてとんずらこく予定だったのだけど、逃げられないんでしょうかね?これ。



 多分、ほとんどのエルフだろうが人だろうが、こんなシュチュエーションになったら恐縮しながらも、満面の笑みを浮かべて喜ぶ場面なのだろうが、ああ、ちょっと処刑台への道のりを歩んでいるような気分にもなって来るのは私の気のせいなのかな?



 本当に美しく麗しいお顔が目の前に。



 あー、おじさんやライオネルがらみで、あれだけの目にあっていなければ、素直にただただ恐縮して、ただただ感激していただろうに。あはは、ちょっと大賢者恐怖症になっちゃったよ、私。



 しかも、それが杞憂だとどうしても思えないんだよね・・・悲しいけど。



 失礼だけど、本当に失礼だけど、こんな麗人を目の前にして本当に失礼だけど・・・コイツラハオカシイ、ゼッタイニ。



 もう観念して示された椅子に座る。



 馴染むなー、これ銘木だな。癒しの場に包まれている感じ。



 「それではエーネ。お話を聞かせてちょうだい」。



 お声まで涼やかで麗しい。でも凛とした部分も芯にある。



 傾国の美女ってこういう方の事をいうのだろうな。女大賢者様を相手に失礼だけど。



 傾国の美女って、まあ、私には一番遠い縁の無い言葉だな。はっはっは。



 ちょっと現実から逃避中・・・。



 ああ、どんな処刑方法が待っているのだ。



 拷問の果ては止めて欲しい。



 やるならせめて一思いに。



 苦しみ少なくお願いします。



 お願い、いたぶらないでー。



 「あの・・・話って言っても・・・その・・・おじさん・・・あの、大賢者の事です。国捨ての大賢者と呼ばれている大賢者の事。私はおじさんと呼びなれていたので、癖になってしまっているんですけど、その・・・おじさんになら聞いてみたいことや言ってみたいことがあったんです。でも、その、サリュート様に、あっ、ええと、大賢者サリュートに、何をどう話したらよいのか、話すことがあるのか、自分でもわかりません。すごく失礼なことを言っていると思いますけど。ごめんなさい。ちょっと混乱もしています」。



 「落ち着いて、エーネ。大丈夫よ。まず私のことはただのサリュートと呼んで。呼び捨てでよいから。それとサイレンドルの事はおじさんで構わないわ。彼からもそう呼ばれていたと聞いているし、それにあなたのこともすでに多少の事は聞いているわ。だから前置きもいらない。それでね、そのサイレンドル、おじさんになら聞いてみたいことも、ここでまず私に聞いてみて欲しいの。どんな質問にも答えると約束するわ。多分、もっと後であなたは再びおじさんに会うことになるし、そこで新たな決断をしなければならなくなると思う。ただ、今回のあなたの鏡は私だし、あなたはここまでたどり着いた。同じエルフとしてもここにいる意味合いはあるの。あなたはすでに3年ほど前に鏡に映し出したものを現実化している。人族の国捨ての大賢者サイレンドル、おじさんという大賢者の鏡を通して。そして今回は私、エルフの世界樹の女大賢者サリュートを鏡として映し出す番」。



 「あの、何となく位はわかるのですけど、何を言われているのかよくわかりません」。



 「無理も無いわ。でも、どこかでわかっているはず。きちんと感じているはず。でないとあなたは今ここにはいない。大賢者の前で、大賢者という鏡に映して現実化をなす者として。この謁見の間はね、謁見の大広間はさすがに二人ではきついかと思って、今回用意しなかったけど、もっと小さな謁見室では済ませなかった。まあ、ここは中規模の謁見の間といった所よ。それも国際的な取り決めとかで使われる正式な場所。難民関係が多いわね。ここを用意したのはあなたへの敬意。多くの命を背負ってここにたどり着いたエーネ。あなたのために公式に用意した間。あなたは一人でここに立ってはいない。多くの命を引き連れて。命の総代として、今ここにいる。あなたはそれだけの存在を持っている。あなたには資格がある。ここまでたどり着いたこともその証明。いや、感じるのよ、あなたを。そして未来を」。



 ああ、何かもう、やっぱり来ちゃったよ・・・何かがさ。



 私の「穏やかな日常を一生過ごそう計画」が書かれた「未来計画書」が、メラメラと炎の中に燃えて消えて行く光景が、かいま見えた気がした・・・。






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