第6話 超ド級ゴーレム立つ



 


 巨大ゴーレムである(ゴーレムなのか?)ライオネルの腹の中に納まったエルフの少女、私エーネは困っていた。



 いざ、あの魔砲の砲列に向かうとなると、このレマールの里の奥の方にあるこの湖から集落を抜けて、大森林をかき分けて進まなければならないだろう。



 この巨体で?どのくらいの物をノシノシと踏み潰していかなきゃならなくなるのだろう。どうしよう・・・と思っていたら、何だか視界に映る光景が青白く光って、いきなりライオネルが浮き始めた。



 そのまま木々の梢の上を超え、完全に浮かび上がる。見たことも無い大規模浮遊魔法だ・・・。



 ライオネルは浮かび上がり終わると、今度はそのまま前にスライドし始めた。



 これで空を飛んでいることになるといえば飛んでいるのだが、3頭身フォルムで直立不動の姿勢のまま真っ直ぐ前に飛んでいるので、外から見たらそれはそれは異様な光景だったろう。



 私はと言えば、まさに飛んでいる鳥の視線を味わっていた。



 鳥達は、いつもこんな光景を見ているのかと、ライオネルの目から見える視界を、自分の収まった球の内側の壁いっぱいに映る光景として直に見ている。



 すると突然、真正面だけは避けて、右上、右中、右下、左上、左中、左下、真上、真下と別々の光景が映し出された。まるで9つの別々の小さな窓から覗いたような感じで、それぞれ違う光景が見える。



 それらはなぜか透けていて、視界いっぱいに広がるライオネルから見た視界をさえぎ切らずに向こう側が透けて見えて、何とも言い難い異様な視界が目の前に出現していた。



 「わあっ」思わず声に出る。



 これ、色々な場所を同時に見ているの?こんなことができるの?



 ライオネルの目はどんな風にできているのだ?目か?目で見ているのかこれ?



 一体全体どういう仕組みなのだろう?



 右上の小さな画面に映し出された光景を見ると、野戦指揮所みたいな所が見える。



 右中の画面は司令官や副官らしき者達の顔のアップ。



 右下の画面はフードを被った明らかに周りから浮いた格好の連中のアップ。



 左上の画面に魔砲のアップ。



 左中の画面にこれは実在の映像じゃ無く、俯瞰図の地図と思われる背景に赤く光る形で、おそらく魔砲の配置を映し出していると思う。しかも立体図形。ざっと見た所、50門はあるぞ。もう戦争そのものじゃないかこれ。



 そんな感じで、それぞれ別の場面が映っている。



 何がどうなっているのかさっぱりわからないが、本当、お前、目がいくつあるんだよ!ライオネル。



 それに、望遠鏡で見たみたいに拡大して見えるのか?しかも、それぞれ別の場所を別の倍率で拡大して見えるのか。



 それに何で透けているのだ。ライオネル自身の目の視点で見えている光景を邪魔しないためか。多分、そうなんだろうけど。



 もう、何もかもが無茶苦茶だな。



 やがて飛行中のライオネルは、森林がなぎ倒された場所を通り過ぎた。



 ああ、木々が、木々が・・・レマールの里を覆い隠していた木々が・・・なんてことをしてくれる。悲しい。



 ズーンと地響きが鳴り響いた。



 ライオネルが着地した。



 次の瞬間、魔砲が次々と光った。



「撃ってきた」。



 当然だろうね。それ以外の選択肢はエルフ狩りの連中には無かっただろう。



 問題はただひたすら的として魔弾を食らうこっちが耐えられるかだ。



 バーン、ボン、ギィン、グワンと様々な音を響かせながら魔弾が命中する。この音の多彩さからすると魔弾の種類は一種類では無いな。きっと様々な種類の魔弾が命中している。何が何でもライオネルを破壊する気だ。



 魔法障壁が青い光を次々と連続して放ちながらすべてを防ぎきる。



 わーっ、本当に防いでるよ。防ぎ切っているよ。こいつ。



 今、私が見ている光景って、多分、ある国が攻め落とされる時に最後の砦の王城が、攻め入った軍の魔弾の一斉砲火を浴びて魔法障壁がそれを受け止めている姿を城壁の上から眺めているようなものなんだろうな・・・。



 『魔貫徹弾、魔破砕弾、魔衝撃弾、魔結界崩壊弾、魔領域展開飽和弾を確認』。



 こんな時に律儀だなライオネル。



 今、信じられないことをやっているのはいやというほどわかるけど、もう耐えられるか耐えられないかのどちらかにしか私は用が無いぞ。



 視界が青、青、青、青青青、魔法障壁に魔法がぶつかった時に放たれるもう青の爆発光。



 その時、目も眩むほどの閃光が視界を埋めた。



 同時に青く派手に光るライオネル。



 続けてまた同じすさまじい閃光と青のド派手な光。



 何だ、何だ、何だ、これ多分、特殊な魔弾を撃ってきてる。



 よくしのげたな。



 エルフ狩りの連中の切り札にも耐えたということなのかな?



 だったら万々歳だけど。



 『4重に魔法式を組み合わせた結界解除用の特種魔弾を確認。これは魔族の魔法式です。魔族の関与を確定』。



 「何で魔族まで・・・えーっ、本当?。何なんだよお前ら、よってたかってエルフを狩りにきやがって。私達はお前らのものじゃない。私達は私達のものだ。ふざけるな、本当にふざけるな!!」。



 ちくしょう。何なんだよこれ。



 「ライオネル、あの魔砲を壊したい。でも、できれば人も殺したくない」。



 「昔、おじさんに言われたの。皆を無傷で守って相手の勢力を無力化して、さらに相手もできるだけ無傷で・・・まず無理だって。そんな理想だけ形にしたようなものって。きっとそうなんだろうね」。



 「でも、心が張り裂けそうなの。こんな風に一方的に狩られることも。殺すことも。殺されることも。殺し合うことも。なにもかもが違うって心が叫んでいるの」。



 「だから・・・お願いライオネル。あなたにできうる限りでいいの。これだけの力を持っているのなら・・・。難しいということはわかっている。あの魔砲を壊すだけで砲手は確実に死ぬわ。あの砲にへばりついている人達も死ぬでしょう。でもここでつっ立っていくら魔砲の砲撃を防いでも、あの魔砲があなたでは無く、里や里人を撃ったら終わり。あるいは彼らがあなたの巨体をぬってレマールの里に達しても終わりよ。この巨体で逃げ惑うエルフの人々を避けて兵士だけをうまく倒すこともできないでしょう。あいつらの切り札の魔弾も私達への砲撃に使わしちゃったみたいだから、まだレマールの目くらましも効いているでしょうけど、それでも里を守り切れるかというととても怪しいわ。彼らを生かして返しても多分、また攻めてくるでしょう。どれだけ矛盾したことを今自分が言っているかもわかってる。でも、ライオネル。私はこんなことは嫌なの。何もかもが嫌なの。何もかもがおかしいって感じるの。だけどどうにかするしかないわ。だから今、あなたが出来るだけのことをして。お願いライオネル!」。



 もうそれは叫びだった。



 心の叫び。



 魂の叫び。



 そういうものだった。



 『マスター・エーネ。魔砲群の破壊と敵兵の非殺傷無力化がマスターの要望と認識します。それでよろしいでしょうか?』。



 「そうよ。まず無理なことなのでしょう。わかっている。でも、できるだけでよいの。かなえて」。



 『了解しました。その条件ならば共振周波数波状攻撃による魔砲への攻撃を推奨します』。



 何の意味だか、今度は全然わからなかった。



 「まかせる。やって」。



 その後に起きたことは、私のすべての予想を超えていた。



 『当該勢力の魔砲がすべて同一規格のものであることを観測。魔砲の共振周波数を特定。共振を開始します』。



 キュイーンと何だか耳障りな音が響き、そのうなりをどんどん大きくしていった。。



 途端、視界に映るすべての魔砲が振動を始め、震え始めた。



 やがてまるで魔砲だけが地震で揺れているかのように、揺れ出した。



 砲手も魔砲にへばりついていた人達も、飛び降りたり、背を向けて走ったり、皆慌てて魔砲から離れていった。



 キンキンカンカン音をたて、まるで池の中の魚が水面を跳ねるようにすべての魔砲が一斉に跳ね始めた。



 そしてすべての魔砲がほぼ一斉に分解した。部品、部品が宙を舞う。砲身にひびが入りガラスを砕くように砕け散った。



 振動し始め、揺れ始め、跳ね始めた時点までで、すべての人が魔砲から離れ、出来るだけ遠くへと走って逃げて行ったようだった。



 そしてすべての魔砲が砕け散ったまさにその時、キュイーンと鳴り響いていた轟音も一瞬にして消え、あたり一面は静寂に包みこまれた。



 あ、あ、あ、何これ?



 えっ、ライオネル。あなた本当に一人も殺さず、怪我すらさせずに、すべての魔砲だけを砕いちゃったの?



 無理だと思っていた願いが、こんな一瞬でかなっちゃったの。



 本当に?



 こんな。こんな。こんな。



 私は今、奇跡を目にしていた。



 こんなポンコツ巨人に。



 奇跡を見た。



 おじさん、言ったよね。



 「まず無理」って。



 だけど「無理だ」とは、断言しては言わなかった。



 大賢者の「まず」って言葉の基準は、もしかしたら普通の人やエルフの「まず」とは全然違ったの?



 ライオネルのポンコツ具合とハイスペック具合のあまりにも極端な差に、頭も気持ちもついていけない。



 ああ、こいつ・・・こんななりして・・・あんなにポンコツなのに・・・実は『奇跡の巨人』だったんだ・・・。






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