第11話 大賢者との因縁



 魔族のギルの語る話は続いた。



 「大賢者は大昔からいました。魔道大戦の時にすら存在しました。大賢者の人数は時代によってまちまちなようですが、今の世で20人いるかどうかと言われているようです。確実にいるとわかっている大賢者から、いるようだが世間の前に姿を現さないような大賢者まで、推定で20人前後。人族の大賢者が多いですが、他の種族の大賢者もいます。現状でわかっている範囲で、人族の大賢者が11名、エルフの大賢者が2名、ドワーフの大賢者が1名、そして名は伝わって来てはいるが種族不明なものが2名、そして・・・遺憾ながら魔族の大賢者が1名、古より人知れずまだ生存しているのではないかと思われている大賢者や、いるのかいないのか定かでないが、まことしやかにいるらしいと噂される大賢者数名等を含めると全員で推定20名前後。人族の大賢者が多いのは単に人口比率に比例しているからと言われたり、人族に大賢者に到達しやすい気質があるからと言われたり、表に出てくる大賢者は人族が多いが、他の種族の大賢者は己の存在を明らかにしようとしない傾向が強いからで、実は大賢者は他の種族の隠れた大賢者を合わすと倍の40名以上はいるのでは無いかと言われたり、様々に言われています」。



 「当初、我々魔族は大賢者という者に対して、卓越した存在ではあるが、大魔導士や大聖者等が極大進化したような存在なのだろうと見なしていました。まず賢者がそのような存在だったからです。少なくとも大魔導士兼大聖者のような存在が賢者となる。もっとも別の要綱を満たしていなければ、賢者とは呼ばれない。智への深い傾倒。これも奇異ではありましたが、理解できなくもありませんでした。能力だけ優れていても、特に魔道大戦以降、世界賢者協会が設立され、賢者が世界全体・全種族への公平な奉仕者としての責務を背負わせられ始めたころ、卓越した知性の保有は賢者の必須要綱にも思えました。その卓越した知性を何かしらの我らへの策謀に使われては脅威でしたが、世界賢者協会は我ら魔族から見ても、おおむね公平公正な世界の均衡を保つ知性を背景とした奉仕機関として機能したことは意外でした。当時の魔王達にとって、それはとてもとても奇異なことと目に映ったようですが」。



 「当時、世界は疲弊し切っていました。我ら魔族の魔領ですら例外ではありませんでした。その魔族と最も激しく戦ったのが人族でした。逆に人族から見れば我ら魔族の進攻はおそらく文字通り迫りくる悪魔との戦争に見えたことでしょう」。



 私、グラード将軍は周りを見渡した。



 これは・・・聞いていてもよい話なのか。どうせ私の命は無い。恐れるものなど何もないといえば何もないが、それにしてもギルもうかつなのでは無いか?



 ギルらしくも無い、私に気を許し過ぎなのでは無いか?



 見まわした視界の中に入ってきた私の副官は、張り出しの先の方で呆然自失な姿をさらしていた。あれは下級貴族からのたたき上げ、野心をむき出しにして実力で這い上がって来た男だ。だが部下すら己の出世の使い捨ての駒として扱う傾向があった。それでは最終的に人はついてこない。生死のかかった戦場で最後にものをいうのはそんな所なのに。夢は上級貴族への食い込みと軍部内での昇進だった。今は狂った自分の人生設計に悲嘆に暮れている所か。今、この瞬間も部下のことはその頭の片隅にもあるまい。



 参謀は同じく副官の横で難しい顔をしていた。あちらは冷徹な計算屋で策士家、あれは上層部から私の見張りを兼ねて配置されている人員だ。上層部への報告と今後の自分の身の振り方を一生懸命考えている所だろう。一緒にトカゲにしっぽ切りで切られて終わりの側に自分だけでも逃れられないか、その計算高い頭で必死に策を練っている最中だろう。残念だが、その願いはかなうまい。彼の頭の中では私は処刑確定の一老人。何ら考慮に値しない要素に成り下がっていることだろう。今は眼中にもあるまい。



 ギルが突然、私に告げた。



 「大丈夫ですよ。防音魔法をかけています。将軍と私の口元すら光の反射を偽装してあります。唇の動きで読み取られることもありません」。



 「ギル殿、これは私が聞いてもよい話なのかね?私からは漏れないにしても、うかつな話にも思えるが」。



 「逆に、もはや聞いておいていただかねばならぬ話なのですよ。先程、申したではないですか。あなたはもはや私達魔族のこの件からの戦略的撤退戦の要とも言える位置にいる重要人物になったのです。関係が無いでは済まされないのですよ。将軍。魔族と大賢者の因縁の話をしましょう。おそらくあなた方人族が全く知らない話です。あなたはそれを知る初めの人となるでしょう。そして理解の上、あなたにしていただきたいことがあります」。



 「それは・・・逃れられぬ話なのだろうが。ギル殿、そなたの存命につながると言うのなら、そしてそれが人類全体を裏切ることや、国民を危機にさらすことで無いのなら、協力することはやぶさかではないが戸惑いもある。命令して終わりがそなたら魔族の専売特許なのでは無いのかね。そなたがそれとは違う方針で生きているのはわかる。それが今回の折衝の成功にもつながった。だがそれにしても、なぜここまで語ってくれるのかがわからぬのだよ」。



 「相手が大賢者だからです。そして私達魔族の理解では、少なくとも私の理解では、あなたへの説明は必須です。事態を正確に理解した上で協力をお願いたいのです。大賢者というのは小細工が通用しない相手なのです。大賢者に対して小細工が通用していると思えている内は、それをしている者達は世界で一番愚かなことをしている最中なのです。かつての私達魔族のように。そして後で答えそのものがやってきます。そういう相手なのです」。



 「ギル殿、そなたの言っていることがわかるようなわからないようなそんな心持なのだが」。



 「ええ、そうでしょうね。あなた方人族が大賢者に抱いているイメージと、私達魔族が抱いている実感には、天地の差があることでしょう。ですが断言します。我ら魔族の方が大賢者の本質に気が付いています。一時は魔族の歴史の中で最大の天敵とまで見なされた大賢者。調べぬはずが無いでしょう。最大の天敵と見なした相手を。あなた方人族は特に、もっと歴代の大賢者達に感謝を捧げてもよい。大賢者達に何度歴史の陰からそっと助けられて来たと思っているのですか?知ることも無いのでしょうね。でも仕掛けた側でもあった私達魔族はよくわかっているのですよ」。



 「将軍。私達は大きな間違いを犯しました。賢者の進化版が大賢者だと思っていたのです。ですが、真実は違いました。賢者と大賢者はまったく別のものでした。一時は魔族の歴史の中で最大の天敵とまで見なされた大賢者は、まったく天敵などではありませんでした。ですが、もっと恐ろしいものでした。私達は一体全体、何というものを相手にしてしまったのか・・・魔族という種として知らなければよかったと心の底から後悔しました。それが・・・大賢者という存在なのです」。



 私は、今何を聞かされているのだろうか?



 魔族の種としての後悔?



 大賢者が?



 およそ恐ろしいというイメージから真逆にいるイメージの大賢者が?



 私は・・・魔族から何を聞かされようとしているというのだ?



 処刑を待つ身のこんな老将が・・・。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る