第13話 ぶっ壊れた私の未来設計図


 口が悪くなっているような・・・。



 内心、思っていることの口調がどんどん女の子らしからぬ方向へと向かって行っているのが自分でもわかる。



 たまに口に出てしまう。そのたまが頻発しているのも覚えがある。



 まずいなぁ・・・。



 「ああ、まあ、じゃあ次の質問」。



 『はい。何でしょうか?マスター・エーネ』。



 「あなた流ちょうなエルフ語をしゃべるけど、時々・・と言うか、かなりわからない言葉や言い回しがあるわ。おそらくあなたは元の思考言語体系として、おじさんがしゃべっていた人族の言語を使っているはずよね。違うかもしれないけど。でも私も一応主要な人族の言語を学び舎で習ったけど、それらの言葉をエルフ語に訳しても、あそこまで意味がよくわからない訳になるとは思えないのだけど、私の知らない学術用語が並んでいるということ?そんな感じにもあまり感じないのだけど?」。



 『マスター・エーネはメイカーより「他の世界の記憶がある」という事実を告げられたと認識しています。メイカーの思考は、この世界の概念や言語で表現できないものがかなりあったようです。ですから、無理やりこちらの世界の言葉で表現したもの、またはメイカーが新しく作った造語等で対応したようです。私のプログラムはメイカーが組みました。その時点でそのような新概念、新造語が満載された仕様となりましたので、それらを無理やりエルフ語に翻訳したものをマスター・エーネは聞いていることになります。そもそもメイカーは当初は私への搭乗者をメイカーのみと思っていたので、それで別に問題は無かったのです』。



 「例えばそのプログラムって何?」。



 『例えて言うと、緻密で微細な魔法式の命令式の大量の組み合わせや重ね合わせの集積みたいなものです。この例えでマスター・エーネの理解の一助となりうるのかの判別もしかねますが』。



 「何と無く位のイメージかな。まあ、そんなものなのね。うん、わかった。じゃあ、次の質問」。



 『はい』。



 「あのおじさんの大賢者の紋章って何?ある意味、おじさんらしいと言えばおじさんらしいのかも知れないけど、普通の人やエルフから見たら多分ふざけた紋章よね。それともそれがおじさんの意図なのかしら?」。



 『あれはメイカーの記憶にある別の世界では、一昔前の平和の象徴として定められた紋章だったそうです。それがいつの間にか図形的記号の紋章に変わったそうなのですが、メイカーはそんな図形より、古い方の笑顔の紋章の方が意味が通ると思ったようです。それでこちらの世界で大賢者としての紋章を決めねばならなかった時に、記憶にある別の世界の何かを使用したかったメイカーは他にいくつか候補もあったようですが、記憶にある世界から何かたった一つだけ持って来るとしたら何?と自問自答した結果、あの紋章となったそうです』。



 おー、そんな背景があったのか。聞いてみれば意外と奥が深い話だな。点と点と線の一筆書きのような笑顔。考えようによっては確かに平和の象徴なのかも。皆が笑顔でいられる世界というのは確かに・・・。もっとも作り笑顔や強制された笑顔とかも溢れてはいるこの世界で、それが本当の笑顔でなければ意味はないのだろうけど。



 「そうだったんだ。意外と奥が深かったんだね。ちょっと感動した位。うん。わかった。じゃあ、次ね」。



 『はい』。



 「あなたはいつ作られたの?そして何のために作られたの?」。



 疑問だ。色々とオカシイ。おじさんが私と会った後、ライオネルをわざわざ作ったとは思えない。いや、まず3年あまりでこいつを作るとか無理だろ。おじさんならやりかねないのか?でも、ドレッドノートとか言う先輩もいるんだ。余計つじつまが合わないし。それに、この単体戦闘能力世界一みたいな規格外の巨大ゴーレムを、何の目的で作ったの?いや、訳が分からない。



 『私はメイカーとマスターが出会った時点で完成していました。ちょうどロールアウトしたばかりという時点です。私が完成したので、メイカーはまた旅に出ました。その旅先がちょうどレマールの里でした。そこであなたに会い、隠れ砦に帰ってきたメイカーは、私をエルフの少女が乗っても機能するように改造を施し、マスターの権限をその一人のエルフの少女限定で移譲しました。そのエルフの少女の名はエーネ。あなたのことです。様々なあなたのパーソナルデータに基づいて私は再調整され、スタンバイしました。それまではメイカーがマスターだったのです。その時から新しくメイカーという権限者を作成し、私への命令権を再設定したのです。私に搭乗でき、私への命令権を持つのは現状、メイカーとマスターのみです』。



 「えっ、ちょっと待って。所有者って訳がおかしい。私はおじさんからあなたを一時的に借りただけだよ。レマールの里に迫ったエルフ狩りに対して、おじさんがあの時の私との約束を守ってくれて、あなたをよこしてくれただけ」。



 『いいえ。マスター・エーネ。当機ライオネルの所有権はレマールの里のエルフのエーネに移譲済みです。あなたが私の所有者です。なお、この所有権は他者に移譲できません。マスター・エーネ。あなたが自由意思により誰かに所有権を譲っても、あるいは脅迫等の上で誰かに所有権を譲ったとしても移譲にはなりません。あなたが死亡するその日まで、私のマスター権限はエーネ、あなたにあり他の者に渡ることはありません。また、マスター権限を他者にもと増やすことも不可能です。もしそのような場合はメイカーの手による命令権限のプログラムへの変更を必要とします』。



 「ライオネル。じゃあ、あなたはずっと私と共にいるということ?」。



 『はい。事実上、その通りです』。



 震えて来た。色々な意味で震えて来た。えっ、何これ?思考がパニックだ。



 これでおじさんにライオネルを返して、心の底からの「ありがとう」と「あれは無いぞ!!おじさん」の普通は無いだろう感謝と罵詈雑言のセットをお届けして、戦後処理の外交ですさまじいごたごたがありそうだが、幸い私は誰にも見られて無いし「何も知りませんわかりません怖かったですね」で押し通し、レマールの里のエルフの一少女として、この日のことを懐かしくムカムカしながら思い出しては、この地で老いて一生を終えると、未来設計を立てていました。今の今の瞬間までは。



 何か・・・ガラガラと音を立てて、私の未来設計図が崩れ落ちていっている気がする・・・。



 思考パニックになっている私を置いて、ライオネルが説明を続ける。



 『メイカーが私を作った理由は、私と言うよりドレッドノートを始めとするあなたの言う巨大ゴーレムシリーズを作った理由は、メイカーが大賢者として祖国を後にした際、一時的に祖国が暗殺者部隊をよこしたり、その暗殺者部隊を一蹴されると、今度は軍を大量投入して殺害を謀ろうと本気で計画を建てたりしていた時期がありました。それらにうんざりしたメイカーが、万が一、軍事大国の軍事力を全面的にぶつけて来た場合でも対応できるようにと考えて製作し始めたのが始まりです』。



 うわっ、何か色々とぶっ飛んだ。



 えっ、暗殺。大賢者を暗殺!聞いたことが無いぞそんな話。



 大賢者ってそんな立ち位置にいないじゃない。



 国際社会的にそうじゃない。世界賢者協会もあるし。



 えっ、これって歴史の裏で繰り広げられて来たってそういうこと?



 エルフの学び舎でも習ったことは無いし、でもエルフの学習ってかなりシビアだぞ。



 狩られることもある立場の少数希少民族だから、本当にリアルに裏まで含めてエルフの持っている情報の限りをきちんと教育するぞ。逆に情操教育に悪いくらいに。



 一説には精神崩壊への耐性をつける目的もあるためと言われているくらい。



 毎年、何人か倒れるし。人族とか魔族のやることがえげつなさ過ぎて。特に同胞への本当にあった残虐話の数々は卒倒者続出が名物だ。



 ケアのためのエルフの治療師まで配置しての授業だし。



 そこでも聞いたことも無い話だけど。



 魔道大戦前後位までじゃ無いか?大賢者の命を狙ったなんて話。



 まして軍事力総出で消しにいこうとした?大賢者を?



 馬鹿なの?別大陸のおじさんの祖国って、底抜けの馬鹿なの?



 一体、何があった。



 何をしたおじさん。



 それに何をするつもりだったのだ?おじさんの祖国とやらは?



 世界賢者協会は何をしていた?



 「何でそんなことになったの?」。



 『メイカーの大賢者としての資質も行動も、他の大賢者よりは一般的に言って変わってしました。幼少期より他の世界の記憶がある所から始まり、それが動機となって世界の様々なことを学び始め、魔道をも極め、神聖術もこなし、その他のいくつかの系統の術理も収めました。そしてまず賢者の称号を得、その後、失踪期間を経て皆の前に姿を現した時には大賢者へと至っていました。そして世界賢者協会へと様々なことを提供しながらも、試みだったのでしょうか、自分の生まれた祖国経由でも地域密着型で色々やり始めたのです。他の大賢者はそういう形は取りません。世界賢者協会のみを通して国際社会と対峙するスタンスが一般的です。メイカーはそのスタイルと祖国での地域密着型を両立させようと試みました。祖国といってもその政府と言うよりは民衆や生まれ育った地域や文化を相手にまず始めようというようなスタンスでした。ですが、世界への奉仕者として、特に魔道大戦以降、国際的な調停平和維持文化保持その他の役割を担い、当時の最高峰の人材を結集して始まり、その理念も人材も賢者集団としてある程度以上保証されたものを保持し続けた世界賢者協会と違って、メイカーの祖国は大衆や地域の間に挟まって色々と小細工を始めました』。



 私は、何かとても物悲しいような話を、これから聞くのかも知れないなという予感がした。



 『メイカーが始めた故郷の地域の人々との共同作業。様々な改革や新規事業に新規産業、それに教育制度の改変と普及にも手を付けました。それを祖国の政府は一つ一つ大賢者に協力するようなふりをして国家全土レベルになった場合は様々に変質させていきました。最初は傍観、次に緩やかな警告と変質したものを元に戻す各種の提言。最後の方は警告とこのままだったら結果がどうなるかという未来予想、元からメイカーが考えていたシステムの意味合いと後々の社会的効果を詳細に告げられました。ですが、それこそあらゆる手段で歪めさせ直す気は一つも無いという結末を見せられた上、メイカーはその地で生まれ育っていましたから、血縁や知人を始め、メイカー相手に人質や不利益を匂わせ始めた祖国に、メイカーは祖国を見限りました。他の大賢者達や世界賢者協会の賢者達レベルでも「まあ、必ずと言ってよいほどこうなったろう」という結果に、それでもメイカーは挑んでいました。まるでわかり切っているけれども通らねばならぬ通過儀礼のように』。



 『なぜそんなことをしたのかと言えば、メイカーには複雑な思いがあったようです。二つの世界の異なる常識を知り、異なる価値を知り、異なる歴史を知り、異なる結果を知っている。その別の記憶がある世界というのも決して理想郷というわけでは無かったそうです。そしてその世界に魔法は無く、物質の理とでもいうべきものをとことんまで突き詰めて見出し、それに基づいて様々な現象を引き起こす力が文明の基盤となっていたそうです。対してこの世界はマスター・エーネも実感がある通り魔法というものが文明の基盤となっています。メイカーは魔法という見知らぬ力に魅了され、とことん極めつくそうとしました。変わっていたのは「とどのつまりこれは何?」と記憶にある世界の文明の影響でしょうか、とことんまで突き詰めて調べつくし魔法の理を見出そうとした点でしょうか。また魔力とは別に神聖力という分野があることにも興味を持ち、魔力とどう違うのか?異なる体系があるのはなぜなのかをこちらも突き詰めました。そんなことをしている内にどんどん意識は拡大していったそうです。そしてある日、ブレイクスルーがやってきました。メイカーは大賢者の領域に足を踏み入れていたそうです。すなわちアカシャの記録へと』。



 『失踪、行方不明の期間を経た後、大賢者として戻って来たメイカーは、この世界への対応と提供するべきものに一人の人として悩みを持ちました。異なる世界の記憶の中のこちらの世界への応用は、それが別に異なる世界が理想郷とでもいうべきものでも無かったがゆえに、下手をするとこの文明に害を与える結果に終わる恐れも十分にあるものでした。また、こちらの世界では、ほぼすべて魔力で文明の基盤をまかなっているため、それに合わせた魔法や魔法具の提供という形での移植が最も効果的でもありました。それぞれ別の形で理想でも無い世界と理想でも無い世界とのマッチングによる相乗効果により、何か良質な結果が出せないかとの希望を持って、小規模実験から始めることにしたのです。それも出来るだけ責任を取れ、アフターケアも効く、生まれ育ち住み生きている祖国の地元から。ですが、そんな始まりの小規模実験すら、すべて己のエゴの利益のために変質させてしまった祖国に、それでも粘り強く対応し続けましたが「ああ、結局無理か。心が育ってはいないのか。望むような人材を輩出できる率を上げるための教育制度改革すら、歪められてしまった」と、祖国とついでにおそらく、どこで同じことをしても同じ結果になるであろうこの世界に落胆してしまったのです。「早過ぎたのか?」との感想も持ったそうです。実はほとんど結果はわかっていたけど、やらざるを得なかったという性質のものだったらしいです』。



 『そして出奔したメイカーに祖国は危機感を抱きました。もうこれ以上甘い汁を吸えないという絶望も大きかったようですが、メイカーの大賢者としての異様な行動に、それに対して大賢者にもこの祖国にもまったく黙殺の世界賢者協会に、どんどん疑心暗鬼になっいったのです。憶測が憶測を生み、噂が噂を呼び、疑念が疑念を育てました』。



 『最後には祖国の国家中枢部は狂ってしまったかのようでした。魔法部隊を始めとして国を捨てた大賢者を探し出し、暗殺部隊を送り、何としても闇に葬り去ることまで実行しました。当時、隣国の人知れぬ場所に隠れ家を作って住み、それでもこの世界にもたらす魔法や魔法具の研究開発に勤しんでいたメイカーに送られた暗殺部隊は全員気絶状態で、祖国の行政府の前に並べて寝転がされました。次はこの祖国は軍での総力戦すら画策しました。当時、メイカーの隠れ潜んでいた隣国への侵略も本気で計画しました。この時点でメイカーは住む場所を別の大陸に定めました。さすがにこの隠れた暴挙に世界賢者協会が動き、メイカーが国を捨てたことを世界賢者協会として正式発表。なおかつ特使としてエルフの女大賢者サリュートがメイカーの祖国を訪れ、凄みのある声で「おいたが過ぎるのではなくて?これ以上の愚挙に出るなら世界賢者協会を全面的に相手にすることになるけどよいの?」とのほぼほぼ最終警告兼最後通告を祖国は受け、事態は表向きは沈静化しました』。



 おじさんを「可哀そう」と思ったのは初めてかも知れない。



 うわー、損をしたなその国。大損だな。あのおじさんは、私の見る所、誰かの利益じゃなくて、皆の利益を第一に考える人だ。



 馬鹿だな。その国は誰かが損をして、その分、自分が得をするという形に慣れきってしまったのだろう。



 だから見えない。



 おじさんを始め、良識のある者は、誰かが得をして誰かが損をするなら、それは全体としてプラスマイナスゼロで、ゼロだという真理を見る。



 誰かと誰かが概ね等しく得をして初めて、それはゼロでは無く、プラスになる。



 大きな目で見れば、そして歴史の長い時間の中で見れば、それでしかその文明全体は発展しないのは明白。



 おじさんが国を捨てたのもわかるわ。



 ああ、流浪の大賢者か・・・悲しいね・・・でも、ライオネルみたいなものを作る隠し砦とかは作ったみたいだけど。



 しかし・・・落胆の果て、反動で趣味の極みに走ったのか?と疑ってしまうのは私だけか?



 うーん・・・。



 ん?



 あっ、意識が逃避してた。



 私がライオネルの所有者って何!!



 どうなるんだよ私の未来設計図!!!




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