後編/ちょんどしてろ。くらすけてやる!
「オラ・オガレ!」
《サクランボ!
漂う空気が変わったことを察したか、闇邪鎧が振り返る。
『まさか、王になろうとはな。貴様、名は』
「俺は、
そっちこそどうなんだ、と拳を突き出す。
『我は第六天魔王。オダノブナガ也』
「へえ、そうかい。じゃあノブナガさんよ」
ニシキは突き出した拳から人差し指だけを立て、ノブナガ闇邪鎧の足下を示した。
「ちょんどしてろ。くらすけてやる!」
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第1話/後編 『ちょんどしてろ。くらすけてやる!』
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地を蹴り、ドライバーのボタンを叩く。現れたサクランボ型の手甲『サクランボンボン』を構えて、ノブナガへと踊りかかった。
刀にも耐えうる強度を持つ手甲で、正面からかち合ってやる。今度は背後からなどという真似はしない。そんな覚悟の拳に、ノブナガがわずかに退いた。
「おりゃあああっ!」
鋭いフックで、刀身を叩き折る。
しかし、追撃をしようとしたのも束の間。ノブナガは天に手を掲げた。
『三千世界より参れ、実休光忠!』
異空間から現れた刀の柄が、抜くと同時に振り下ろされるのを、ニシキは辛うじて間合いを切り、避けることに成功する。
華やかな意匠の刀は煉獄に燃えていた。一度振るわれれば、炎がじりじりと迫ってくる。
近づくこともままならず、ニシキとノブナガの間には距離が開いた。
その隙にノブナガが銃を構え、こちらに狙いを定める。
『いかな王とて是非に及ばず。散れ。「破軍・三段射」』
「させるかよ!」
ニシキは意を決して走り、サクランボンボンを掲げた。この得物の内部はハンドルが付いており、握りしめることでパンチングの安定性を生み出す構造となっているのだが、その真骨頂はハンドルの先端にこそあった。
「種とばし大会優勝者を舐めんな!」
親指で、ハンドルに据え付けられたボタンを押す。すると手甲の前面がぱっくりと開き、中からサクランボの種子が射出された。
威力こそ少なく、敵にダメージを与えるには物足りないギミック。だが、銃弾を弾く――とまではいかずとも、軌道を逸らすには十分だった。
一射目は右拳からの種飛ばしで、二射目は左拳からの種飛ばしでそれぞれ弾き、三射目はギリギリのところをダッキングで躱す。
もうノブナガの躰は目前だった。ニシキは腰に引きつけた手で、ドライバーのスイッチを二度叩く。
《サクランボ!
両手のサクランボンボンが熟し始めた。その身を膨れさせる度に、ガンガンとエネルギーが溜まっていく。
「これが俺の全身全霊だ! 食らえ――『サクランボンバー』!!」
今にも爆発しそうな二つの果実を叩きこむ。
ノブナガは大きく後退し、刀をアスファルトに突き刺してブレーキをかけた。再び銃をこちらへ向けてくるが、腹部に刻まれた果樹王の刻印が、既に勝負がついていることを示している。
『ぐ……フ、フハハハハハハ! 我は魔王。必ず蘇り、相見えようぞ!』
「何度来たって変わらねえ。俺が山形を守る!」
『クク。デ、アルカ』
手を大きく拡げて空を仰いだノブナガは、そのまま地に落ち、爆発した。供のミダグナスたちも一斉に消え去り、跡には依代となった敦盛の演者が横たえている。
男性が息をしていることを確認した真人は、ほうっと息を吐いた。
変身を解除した真人は、壁にもたれている少女の下へ戻った。
しかし、彼女は「メダルが……そんな……」とうわ言を発するばかりで、声をかけてみても目の前で手を振ってみても、まるで反応がない。
危機が去ったとはいえ、このようなところに女の子を置いて行くわけにはいかないか。
真人は頭を掻いてから、少女を抱え上げることにした。存外、闇邪鎧に立ち向かうことよりも度胸が要るかもしれない。
おそるおそる、腰と膝に手を回す。持ち上げると、腕の中で少女が跳ねた。
「ななな、何してんのよ、バカ!」
「ひっでえ言い草だなあ。動けないみたいだから、安全なところまで連れて行こうかと思ったんだよ」
「あっそ。……まあ、その。ありがと」
少女はそれだけ言って、顔を背けた。そのまま、人々が避難している方向と反対側を指さす。
「運んでくれるなら、あっちに行ってもらえる?」
その方向は、見物席から将棋盤に向かって背中側だった。舞鶴山の象徴でもある王将の駒と、ほんのわずかな花壇。そして展望スペースしか存在せず、出口などないのだが。
「へいへい」
口を挟むだけ無駄だろうと察した真人は、大人しく従った。
王将駒の裏手に回ったところで、少女に止まるよう指示される。彼女がスマホを取り出し、電話口に二、三言伝えたかと思うと、真人の視界が光に包まれた。
「な、なんだあ……?」
気が付けば、そこはどこかの部屋だった。殺風景な空間にあるのは、端の方に寄せられた木製のテーブルと、壁の小窓だけである。
「ついてきて」
おぼつかない足取りの少女について部屋を出ると、そこは、小洒落た雰囲気のダイニングカフェのようだった。
通り過ぎた客席のメニュー表に店名が書かれていたが、崩し字が過ぎて何語かもわからない。
カウンター席に座った少女に続いて、真人も腰かける。
「ここは?」
「『ごっつぉ』。喫茶店よ」
少女がベルを鳴らすと、奥から人の良さそうな、恰幅の良いおばさんが顔を出した。
「ただいま、ウカノメさん」
「なんたっけや? って、ないだず、男ばしぇできだながれ! あらー、めんごいごどー!」
「ちょっと成り行きで。こいつ、ニシキになったんですよ」
「ほんてが!?」
ウカノメと呼ばれたおばさんが、こちらをまじまじと見つめてくる。
「ちょっと待っててけろな。今、コーヒーば淹れてけっがら」
微笑みを残して、ウカノメはいそいそとキッチンの奥に行ってしまった。
真人の隣では、少女が顎に手を当てて唸っている。手持無沙汰を紛らわすために店内を物色していると、壁に貼られたポスターが目に留まった。
店内の雰囲気からそこだけ浮いているのは、ローカルアイドルグループ『つや姫』の宣伝ポスターである。真人も名前くらいは聞いたことがあった。
山形のブランド米『つや姫』の宣伝をすべく結成されたアイドルで、弟分のブランド米『雪若丸』のために結成された男性グループとともに、県のPRの双翼を担っている。
確か、初代のセンターが東京を拠点としたアイドルグループに引き抜かれ、総選挙の上位にまで登りつめる快挙を成し遂げたというニュースがあったはずだ。
ちょうど半年前。父の葬儀でごたごたしていたためにうろ覚えだが、後を引き継いだ二代目は、何らかのトラブルによって活動休止を発表していたはずである。
顔ぶれに覚えがないため、ポスターに写っているのがおそらく二代目メンバーなのだろう。
その、四人並んだうちのセンター側にいる少女を見て、真人はガバッと振り返った。
「お、おまっ、アイドルだったのか!」
どこかで見たことがあるとは思っていたが、想像もしていなかった正体だった。
しかし少女の反応は淡白で、困ったような怒ったような、うろんな視線を向けてくる。
「それはこっちのセリフよ。あんた、白水クン、でしょう?」
「どうして俺の名前を……?」
彼女は「やっぱり」とだけ漏らすと、疑問には答えずに、真人のジーンズのポケットへと手を突っ込んできた。
引き抜いた手には、果樹王ニシキに変身するためのアイテムが握られている。
「インロウガジェットもモンショウメダルも預かります。今すぐ手を引きなさい」
「まあまあまあまあ、とりあえず一服でもすっべや」
運ばれてきたコーヒーに、空気を断ち切られた。ウカノメは少女の手のインロウガジェットをコーヒーカップに持ち替えさせると、一旦、真人に返してくれる。
渋々といった態度を隠すつもりもない少女が、尖らせた口にコーヒーを運ぶ。
真人も倣って口を付けると、爽やかな酸味が鼻腔を通り抜けた。コーヒーのことはよく分からないが、風が花の香を運んできたような余韻の幸福感だけは理解できる。
「これ、美味いなっす!」
「んだべ。人や天気によってブレンドば変えっだのよ」
「はあ。確かにウカノメさんのコーヒーは美味しいけれど、あんた、ほんっとお気楽ね」
少女の小言には随分と慣れてきた。真人は「んだな」と空返事をして、再びカップに口を付ける。やはり美味しい。普段こうした店に寄ることがない非リア充っぷりを後悔するくらいだ。
「ちょっと。聞いてるの?」
「聞いっだ聞いっだ。んで、さっきの答えはノーだ」
真人がカップを置いたのと同時に、少女が手のひらでカウンターを叩いた。
「はあ!? あのね、これは遊びじゃないの。死ぬかもしれないのよ!?」
「でも、俺がやらなきゃ他の人が死ぬんだろ」
椅子を回し、少女の瞳を正面から見据える。
もしかしたら、まだ。変身する力を手に入れた高揚感に慢心しているのかもしれない。ましてノブナガには少女も敗北を喫していたのだ、今回はたまたま勝てただけかもしれない。
しかし、こればかりは譲りたくはなかった。親父がインロウガジェットを持っていたという理由にも、おおよその見当はつく。それならば、俺はその意志を継ぎたかった。
「死んでほしくないんだよ。お前にも」
本心だった。女の子一人に戦わせて、自分は尻尾を巻いて逃げるなどできようものか。
彼女にも何かしらの戦う理由があるのならば、それを支えたかった。
「…………あっそ。もう勝手にすれば」
少女はそう言って、そっぽを向いてしまう。無愛想だったが、耳まで赤くなっているのを見ると、なかなかに微笑ましい。
「そういや名前、聞いてなかったな。知ってるみたいだけど、俺は白水真人。真人でいい。お前は?」
訊ねると、少女は頬杖をついたまま、少し逡巡してから、
「
そう、答えてくれた。
「そっか。よろしくな、糺!」
「ウザい、キモい、馴れ馴れしい」
すぱーん! と真人の頭に衝撃が走る。どこから取り出したのか、ノールックで振り抜かれた糺の手にはスリッパが握られていた。
ウカノメがくすくすと笑っている。どうやら糺の手癖は今に始まったことではないらしい。
「どだなだず!?」
前途多難な先行きを察して、真人は天井を仰いだ。
――第1話『紅拳の若武者』(了)――
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