第10話『永遠の天鏡閣』

前編/天空の丘にそびえるもの



――山形県戸沢村・某所




 日が顔を覗かせたばかりの早朝。

 最上川に沿って走る国道47号線の縁に立っていた紲は、受け入れ難い現実から目を逸らすように眉を顰めた。



「マジでいたんだな……クジラ」



 眼下には、水に濡れてぬらぬらと黒光りする巨体がのたうっている。

 クジラである。ただし普通と違うのは、その皮膚が禍々しい鎧のような鱗で覆われていることと、背中に描かれた血文字めいた『安隆寺』の三文字。



「こいつは妖怪なのか? いや、どっからどう見ても闇邪鎧だよなぁ……。つうか、いくら最上川のスケールがでかいっつったって、流石にクジラは無理だろ」



 頭を掻きながら、巨体が弾むたびに立ち昇る朝靄に嘆息する。吐息程度では払うこともできないかと、判り切った現実を改めて認識し、おかしくなった。


 最上川は山形県を南東の米沢から北西の酒田までを通り抜ける一級河川。山形を流れる川の流域面積を75%も占め、一つの都府県のみを流れる河川としては国内最長とされている。

 日本三大急流に数えられながら、古来より山形の発展を支えて来た川である。その名残として、村山市の三難所(碁点、三ヶ瀬、隼)をはじめとした船下り由来の観光地が残っている。


 かの最上川でさえ『所詮』と言わしめてしまうような巨体が浅瀬を弾みながら下流へ向かっていく中、ふと、その瞳がこちらを捉えた。



「やべ、ついにバレたか。しゃあねえ」



 ため息をついて、紲は懐からインロウガジェットを取り出す。



「クジラ相手に霞は分が悪いな。それなら――」

《ジュヒョウ!》



 以前真人たちの前で披露した霞城とは別の、煌めく樹木の描かれたモンショウメダルをセットした。



「オラ・オガレ」

《ジュヒョウ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ブンショウ! ジュヒョウ! ハッピョウ! ゲバヒョウ! コウヒョウ!》



 大気中の水分が聖なる紋章の光に導かれて紲へと吸着し、彼を樹木とした樹氷を構築していく。

 ふっ、と丹田から呼気を発すれば、無数に散った氷の欠片がひらひらと朝の日差しを乱反射させた。


 紡史王ブンショウ・ジュヒョウメイル。

 蔵王の樹氷を起源に持つ、ブンショウの氷の力である。



「闇邪鎧、にしちゃあ不可解だ。テメエ、何者だ?」


『グモォォォアアアアアアアアッッッ!!!』


「あー……、聞いちゃいねえなこりゃ」



 びたんびたんと身を捩らせたクジラの、こちらへ向けて大きく開かれた顎の奥底――体内へと続く深淵を除きながら、ブンショウは肩を竦める。

 まあ、サクっと終わらせるか。



《ジュヒョウ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



 ドライバーのスイッチを叩くと、周囲の空気に極寒の冬が訪れた。

 空気中の水分は勿論、地中から、草木から、対岸の山から――そして、クジラ型闇邪鎧ののたうつ最上川という山形の守護者から。



「いいね、いい力だ。そういや、この辺りにある社の御祭神はヤマトタケルだったか? おあつらえ向きじゃねえか。この氷たちで草薙剣でも創ってみるか!」



 エネルギーが凝縮された氷柱を削り出し、神話に聞く守護の剣を掘り起こす。



「悪い僧には呪いあれ、ってな。――『ピュリティ・ダイヤモンド』」



 ブンショウは、こちらの立つ道路の崖ごと削るかのように迫るクジラの大顎へと、氷の剣を突き入れた。

 喉奥まで異物を突き入れられたクジラは、そこで一度飛び跳ねた。直後、体内を一瞬にして凍結させられたことで全身が引き攣れ、空中で二、三度痙攣してから、粉々に散っていく。


 闇に呑まれ邪気に染まった鎧が風に溶けていくのを見届けてから、ブンショウは変身を解除する。

 そうして暫く川面を睨みつけていたが、舌打ちをすると、紲は来た道を戻った。


 鶴岡方面へと向かう道を、一台の軽トラックとすれ違いながら、白糸の滝ドライブイン目指して歩く。

 平日の超早朝ともなると、中々に人は少ない。内陸と庄内を移動する運送トラックの殆どは深夜のうちに動くし、出勤のために通る車が増えるのはもう少し後になるだろう。


 そんな中、白糸の滝ドライブインの駐車場には、紲の愛車である青いバイクと、もう一台、赤のスポーツカーがぽつんと佇んでいた。


 紲は大きくため息を吐き、まだ閉まっている売店の軒先でベンチにたむろしている女性二人の下へと向かった。



「何でお前までいるんだ、ハナ」



 スポーツカーの所有者である童顔――最近は三十路間近になって威厳が出て来たと話題ではある――の女性に声をかけると、彼女はもくもくと頬を動かしながら手を上げて挨拶をした。

 その隣にいた妻・楪もこちらに気付き、「お帰りなさい、紲さん」と微笑む。



「様子を見に来たついでに楪ちゃんとおしゃべりをしてたの。っていうか、駄目じゃない、こんなところに女の子一人置いていくなんて。悪い男でも寄ってきたらどうするの」


「そもそもこいつが付いて来ようとしなければいい話なんだがな。それに、ンなバカヤロウがいたとすれば、触れようとした指先か、言い寄ろうとした舌先か。そっから薄ーく削ぎ切っていって、生まれてきたことを後悔するくらいに嬲り殺してやるから問題ねえよ」


「あら物騒。警察の前で言うセリフじゃないわね」


「ヤクザをバックに付けている場合にはその限りじゃねえだろ」



 鼻で笑うと、ハナ――長南英という女性刑事は肩を竦めた。



「それで? 通報があった件はどうだったの?」


「ブッソウだった」


「……は? いや、そりゃあ物騒だっただろうけど」


「だーかーらー、仏僧なんだよ。僧侶、坊主、ハゲ、の仏僧」



 意趣返しをしてみたものの、英は気にも留めてないようで「紛らわしい言い方よねぇ?」などと楪に同意を求めていた。ここだけ切り取ると、井戸端会議のババアそのものである。



「けれど、英さんから依頼があったのは、深夜から早朝にかけて出没するクジラのお化けなんですよね? どうして僧侶に繋がるんですか?」


「『安隆寺坊主』っつってな。安隆寺にいた破戒僧クソ坊主が、船の難破事故に遭って異形化したとされているものだ。あの闇邪鎧もどきクジラも、背中に『安隆寺』と刻まれてたからな」


「闇邪鎧って、今、紲くんたちが戦ってる異形よね。ってことは、その『安隆寺坊主』さんは結構な偉人なのかしら」


「んな訳ねえだろ、妖怪だぞ、妖怪。偉人としてなんざ伝わっちゃいねえし、闇邪鎧にしては依り代も見当たらねえしで、ちっと引っかかっているんだが……つかお前ら、さっきから何食ってんだ」



 二人の手に持つ、艶のいい焼き色のパンを指さす。



「ここの売店に卸しているパン屋さんのあんぱんです! 美味しいですよ?」



 どうぞどうぞと差し出してくる齧りかけのパンを一口いただき、程よい餡の甘さで、八楯の奥義で疲弊した心身を癒す。



「まだ売店は開いないはずだが、どうやって手に入れた」


「さっきパンを卸しにいらしてね。直に買わせていただいたというわけです」


「わけです! ヨジロウさんたちへのお土産も買っちゃいました!」



 そう言って楪が掲げたビニール袋には、けっこうな数のあんぱんが入っている。



「緊張感ねえなあ……」



 旦那、あるいは旧知の仲である人間がタマ張っているというのに、この太々しさはさすがというべきか。



「はあ……行くぞ、楪」



 気の抜けた足でバイクに跨ると、立ち上がってお尻のゴミをはたいた楪は「ウカノメさんのところですか?」と言った。



「あら、そんなことまで判るのね」


「だって紲さん、家に帰るときは『帰るぞ』って言いますから」


「はーん、ほーん、へーえ? 世間では三年目の浮気がどうとか言いますが、漆山さんちは夫婦仲がよろしいことでー」


「その顔やめろ、クソアマ。報酬倍額要求すっぞ」


「ごめんなさーい」



 舌を出して空とぼける英に苦笑して、紲はバイクにキーを挿した。











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  第10話/前編 『天空の丘にそびえるもの』

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――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』




「それで、あんぱんねえ……」



 コーヒーのサービスとしてウカノメから出されたあんぱんを見つめながら、真人は目を瞬かせた。

 別に悪くはないのだろうが、コーヒーとあんぱんが並んでいる構図には違和感がある。


 一足先にパンを齧っていた糺が、「あ、おいし」と目を細くしていた。その隣では、流香がまだ雪弥が来ていないことにぶっすーと唇をすぼませている。


 一方、テーブル席では愁慈郎が俊丸を前に表情を綻ばせていた。



「おお、噂のセンセってのは、成生名人のことだったか!」


「俊丸で構いませんよ。何分、武人タイプではありませんので、足を引っ張ってしまうかもしれませんが……よろしくお願いします」


「そんなご謙遜を。岬愁慈郎っす。宜しく頼んます!」


「シュウちゃんって呼んだげてー!」


「シュウちゃんはやめろや、な?」



 流香の冷やかしに、愁慈郎が般若の如き形相で迫る。


 今日は愁慈郎の顔見せということで集まっていた。生憎と貴臣は都合が付かず、紲とはすれ違いとなってしまったが、しかし、頭数が増えていった店内を見ると、いよいよ本格的になってきたという実感があった。


 真人は、カウンターの向こうでコーヒーの抽出を見守っているウカノメへと声をかける。



「果樹八楯って、最初の鎧が八つだったからそう呼ばれてるんだったよな。それっていつなんだ?」


「んだなー。おらがまだ庄内さいだっけ頃だがら、千年くれえ前だべか」


「そ、そんなに前……」



 薄々予感はしていたが、実際に数字を出されると眩暈がしそうになる。



「八幡太郎のぼんずが、ムドサゲと組んで悪さばする者と戦うために、手ノ子さ社を建ててお祈りしたのよ。ほん時んなが最初だったんねがや」



 話もそぞろにしながら、ウカノメは頃合いを見てジャグを取り外す。

 糺がスマホを操作しながら、「八幡太郎……手ノ子……」と検索をしている。



「あ、出た。源義家こと八幡太郎が前九年で安倍貞任征伐の戦勝祈願をするために創立。戦い終わって大刀を奉納したと伝えられている、ですって」


「あー、んだな風になってたんだっけがねえ」



 ウカノメはそう言って、誤魔化すように笑った。

 史実の裏にある伝説。八幡太郎が闇邪鎧と戦うため神に祈願し、賜ったのが果樹八領の祖ということなのだろうか。そうして戦いを終え、手ノ子八幡に返奉したものが、今日の真人たちの手元へと至る。


 千年。それほどの長い時の中で続く戦いの系譜。

 それに対して父がどんな決意を胸に挑んだのか想像もつかない。


 ちりちりと背骨を這い上るような怖気が迫る。

 もしかすれば、自分はとんでもない領域に足を踏み入れてしまったのではないだろうか。



 ふと、スマホの着信音で我に返る。

 ディスプレイに表示されていたのは、今日は仕事で不在の人物の名前だった。



「もしもし?」


『俺だ。ちょいと小耳に挟んだ話があるんだが……今、他のみんなは近くにいるか?』



 逼迫した声で訊ねられ、真人は糺たちを呼び寄せ、通話をスピーカーホンに切り替えた。



「集まったぞ」


『助かる。うちに山形から通っている従業員がいるんだが、そいつが『あの時のバケモノ』――つまり、ミダグナスに似た存在を見たらしい』


「なんだって?」



 顔を見合わせる。

 頷いて、糺が口を開いた。



「場所は?」


『芸工大の方だ。奥の山……? 森……? あー、ゆうなんとかの丘、とか言ってたな』


「アイシー、悠創の丘ね。調べてみるわ」


『頼む』



 貴臣の安堵したような声で通話は終了した。

 芸工大とは、山形市内にある東北芸術工科大学で、設立から三十年弱でありながら文化面での活躍を見せる学び舎である。

 その敷地のすぐそばにあるのが、貴臣からもたらされた情報の『悠創の丘』だった。『自然と人が共感し、創造する丘』をコンセプトとする自然公園で、七つの丘や広場に分けられた空間と見渡す山形盆地の美景は、四季の移ろいによって穏やかに表情を変えることで親しまれている。


 真人はあんぱんを頬張り、不躾ながらコーヒーで流し込み、立ち上がった。

 ウカノメの「気を付けてな」という声に背中を押され、店を飛び出す。ちょうどやってきた雪弥は流香が腕にしがみついて連行し、一同は山形へと向かった。












 真人たちは芸工大側にある駐車場に車を停め、悠創の丘へと足を踏み入れた。

 昼過ぎの暖かな日差しにうんと伸びをする。



「ここだけ見ると、ふつーに良い公園って感じだな」


「ですね。ミダグナスが出たということでしたが……」



 気配を探るように、雪弥が周囲を窺っている。

 そんな彼の真剣な横顔をうっとりと見つめている流香に苦笑しながら、真人は大きく深呼吸をした。


 普段の農作業で感じているものとは別種の、濃厚な自然の臭い。しばらく晴れの日が続いていたからだろう、草の萌えるからっとした温かみが鼻孔をくすぐる。

 駐車場からすぐのところが『天空の丘』とされているだけあって、夜には美しい星を望めそうな壮大な空が広がっている。振り返れば朝日連峰を一望できることも素晴らしい。


 再び悠創の丘内へと視線を戻せば、また優美な景観が待っていた。

 丘の一角にそびえる、白い建造物。大正浪漫の面影を感じる洋館は、四季のいずれにも似合いそうな品の良さがあった



「あの建物いいよな。一度でいいから、あんなところに住んでみたいぜ」


「……おかしい」


「うん?」



 唇に指を当てて唸る糺の声に、立ち止まる。



「確かにおかしいな」


「そうよね。あんなのあったかしら」


「何か知ってるのか?」



 訊ねると、二人は晴れない表情で頷いた。



「この先にイベント広場があるんだが、前にオレたち、そこでミニライブをしたこともあるんだよ」


「その時にこんな素敵な建物があったら、憶えてるはずだわ。少なくとも、あのバルコニーには出てみてるわね」



 謎の説得力を孕む言葉で言い切った彼女は「流香ー、あんたはどーう?」と呼びかけたが、返って来たのは「流香は憶えてなーい」というあっけらかんとしたものだった。


 とりあえず近くまで行ってみようと進んだところで、俊丸がはっと、何かに弾かれたように顔を上げた。



「皆さん警戒を。糺さんたちの仰ることは本当です。これは……」



 彼の喉が、生唾に上下する。



「これは、天鏡閣です!」



 その言葉を合図にしたかのように、周囲にミダグナスが湧いて出た。



「なっ――!?」



 真人たちは身構えたが、すぐに違和感を抱いた。



「何だ、こいつら……?」


「あのお面、きっも……」



 流香が苦虫を噛みつぶしたように顔を顰めた。


 ミダグナスであろうことは間違いないのだが、一様に、何者か人間の寝顔のような、目を閉じた固い表情の仮面を付けている。

 石膏で作られたのだろうか、温度のない明暗だけが、その気味の悪さを引き立てていた。


 また、奇怪なのは頭部だけではない。

 奴らは青銅色の騎馬に乗っていた。日差しを鈍く吸い込むような重々しい騎馬は、しかし不思議と生きているように身震いしている。



「とりあえず、こいつらを倒すぞ!」


「「「「おう!」」」」


《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

《バラ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ゴテン! あくそくざんとくすいさん!!》

《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》

《サクラ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ルカ! 届けSacred-Loveサクラ、永久へ咲クLove!サクラ

《リンゴ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、アイゼン! 一切合切ギッタンバッタン!》



 鎧を纏ったニシキたちは、突進してくるミダグナス騎馬兵を迎え撃った。

 しかし高い機動力に翻弄される上、馬上からの長得物での攻撃に先手を取られてしまう。



「はあっ!」



 ゴテンが刀で、ソウリュウとルカが射撃で馬を狙うが、見た目通りに硬い肌に弾かれてしまった。


 ニシキは飛び上がり、なんとか一体目のミダグナスを吹き飛ばすことに成功したものの、ミダグナスほどの数でこの戦闘力ともなれば、ジリ貧になることは目に見えていた。



「ったく、ミダグナスの癖にちょこまかと! こいつら、いつものノロマはどこ行ったのよ!」



 レイが舌打ちをした。

 ニシキも後退り、彼女の下で態勢を整える。



「どうすりゃいい……? そうだ、俊丸さん! さっき言っていた『天鏡閣』ってのは?」


「あ、はい。天鏡閣とは、有栖川宮威仁親王によって福島県の猪苗代湖のほとりに建てられたもの。今でこそ、国指定重要文化財として一般公開されていますが、いわば皇族の別荘です!」


「ワッツザット? そんなものが、何故山形に関係あるのよ」



 レイはミダグナスに手を焼きながら、苛立たしげに訊ねた。

 県内には、かつて初代山形県令が明治天皇をお迎えした際、天皇陛下の一時的な滞在場所として使ったという『明治天皇行在所』が各地に存在する。

 だが、それらはあくまで逗留したものに過ぎず、皇族の所有物ではない。



「天鏡閣自体は関係ありません。しかし、そのその天鏡閣にある有栖川宮威仁親王の像。それを、新海竹太郎という山形出身の彫刻家が制作しているのです。

 それだけではありません、竹太郎氏は、北白川宮能久親王や大山巌元帥などの騎馬像も評価されています。おそらくミダグナスたちが乗っている馬は、新海氏の闇邪鎧によって生み出された『動く銅像』……っ」



 ソウリュウは悄然とした声で、まるで言葉を失ったようだった。



「やはり、見当が付いても対処できなければ……私は――」


「十分さ。『彼を知り己を知れば』。そんな知恵者の役割、お前以外にゃ出来ねえよ」


「誰だ!?」


「誰っ!?」



 どこからか聞こえた、茶化すような声色に、ニシキとレイは顔を上げた。

 その先にいたのは、黒いジャケットに身を包んだ不敵な笑み。



「だが、見当も惜しかったな、俊丸。八十点だ」


「……紲?」



 ソウリュウが唖然とした声で言うと、紲は「よっ」とだけの気安い返事で迎える。



「霞城の時には拝めなかったが、将棋の戦士か。似合ってるじゃねえか」



 そう言って歯を見せた紲は、ジャケットの懐からインロウガジェットを取り出した。



「新海竹太郎は夏目漱石や森鴎外らのデスマスクをとったことでも知られている。ミダグナス如きが、馬なんぞ乗り回して敵を追い回す知恵を持っているとは思えねえ。その辺りも、闇邪鎧の力だろうさ」



 面倒だねえ。と肩を竦め、紲は構えた。



「――オラ・オガレ」

《カジョウ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ブンショウ! カジョウ! シジョウ! ゴクジョウ! トウジョウ!》



 威風堂々たる城塞の白を、逸話の霞を模した白藍のヴェールで包んだブンショウは、即座にドライバーを叩いて奥義を繰り出し、周囲に霞を立ち込めさせた。

 しかし、得物である独鈷のエネルギーは放出せず、代わりにメダルを換装する。



「オラ・カワレ!」

《ジュヒョウ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ブンショウ! ジュヒョウ! ハッピョウ! ゲバヒョウ! コウヒョウ!》



 透き通るような薄氷の青と、月白の雪結晶に彩られたブンショウが現れると、たちまち周囲の空気が張り詰めた。



「喰らいな雑兵ども!」



 再び奥義を発動すると、ミダグナスたちを包んでいた霞が瞬時に凝結し、騎馬兵たちの動きを止めた。



「おい、白水の!」


「あっ、俺?」


「そうだ、何ぼさーっとしてやがんだ、やれ」



 ほれほれと煽る掌に促され、ニシキたちは各々が奥義を繰り出してミダグナスを粉砕していく。


 闇邪鎧の姿は現れないまま、いつの間に、天鏡閣の幻影も消えていた。




――中編へ続く――


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