後編/『異なる物』の存在証明


――山形県戸沢村・某所



 最上峡の奥地、群生する樹齢数百年の神樹スギたちから醸される濃厚な氣で満たされた空間に、五色の支配者が湧き立った。

 朝の日差しを掻き消すような強烈な力の密度に、鳥たちのさえずりも静まり返る。



「誰ぞ、『新海』以外の闇邪鎧を喚んだか?」



 紫――ヨウセンはそう言って、根元から二股に別れた杉の幹に腰かけ、その樹皮を撫でた。

 よい、我らは星に仇なすことはよしとせぬ。

 そう微笑むと、一瞬、やわらかな薫風が森を駆け抜けた。一羽、また一羽と鳥たちが声を取り戻し、平素の幻想が取り戻されていく。


 そんな空気は居心地悪いのか、ぎこちなく肩を怒らせた赤――ツノカワが答える。



「言っておくが、俺じゃあねえぞ。確かに、この箱庭の歴史じゃあ『虎』だの『龍』だの、獣になぞらえられる傑物は数いるが……クジラは趣味じゃねえ」


「くじらー」


「ざぶーん」



 大型動物の名に、傍らに控えていた白――ハクとサンが綻ぶ。

 幼子二人が戯らけるのを防ぐように、青――カイバミが先んじて二人を抱き寄せた。



「私も然り。先日の小野小町であれば、お耳に入れた次第に相違ありません」


「識者ならばともかく。ケダモノを率いることは苦手ですじゃ」



 どっかと座り込んで笑う黄――ゼンナミに、ツノカワが「珍しく気が合ったな」と鼻白む。



「……んで? 獣型の召喚を得意とする八森山の天狗様は、何やってんだよ」



 ツノカワがそう挑発すると、大木の上から黒の影が飛び降りてきた。



「っせーな、オッサン。濡れ衣着せられて腸煮えくり返ってんのはこっちだっつの」



 吐き捨てたハチモリは、恭しくも粗暴な態度でヨウセンに向き直る。



「マジで腹立つぜ、ヨウセン。クソッタレなことに、こりゃあオレと同類だ。『血』の臭いが鼻につく」


「羽黒の天狗か?」


「さあな。神使だってこたぁ判るんだが、それ以上はサッパリだ。ちょいと辿ってみたが、県内全域に臭い撒き散らマーキングしてやがる」


「犬みてぇな奴だな、そいつ」



 ツノカワの嘆息に、ハチモリは指を立てて「仰る通り」とほくそ笑んだ。


 ヨウセンは思案した。



「(よもや、余の与り知らぬところでムドサゲが生まれよったか?)」



 ハチモリの件が、まさにそうだったように。

 しかして、ここには五色六柱の神と、一狗の神使が居る。その中で誰一人として知らぬことは考えにくい。

 高天原と中津国の神が袂を別たれていようと、その因縁は断てぬように。

 『青』が絵物語と語られようと、その怨嗟は尽きぬように。


 一方が感付けば、必ずもう一方との戦が生まれる。

 それが神である。勝敗を決する故に『唯一』が生まれるのだ。


 だが、その何者かは、まるで姿かのようである。



「……何を謀る? 何れの刻を待つ?」



 知れたこと。

 細めた目の深い色を現実に引き戻す。

 如何様なモノを翳されど、その上で叩き潰す。


 それが、神である。



「だが、些か業腹であるな」



 自嘲気味に吐き捨てて、ヨウセンは立ち上がった。



「果樹八領を育む片手間で構わぬ。挨拶にも来ぬ無礼者を捜せ」


「はっ!」



 一同は直ちに跪くと、光となりて四方に散っていった。











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  第10話/後編 『「異なるもの」の存在証明』

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――山形県山形市・某所



 一夜明けて、真人たちは再び天鏡閣を求めて悠創の丘へとやってきていた。



「おーおー、現れなすってまあ。まるで天空の城から望む雲海だ」



 満を持して佇む洋館に、紲がおどけて見せる。



「けど、やっぱり闇邪鎧は見当たらねえ。……どうする?」


「どうしようかねえ」



 真人の問いにも、紲は空とぼけたようにくつくつと笑うだけだった。

 そんな彼の様子に、俊丸が苦笑する。



「紲、あまり虐めてはいけませんよ」


「そーだそーだ、楪さんに言いつけるぞー!」



 横から入れられた流香の茶々に、紲のこめかみがひくついた。



「……何でお前にンな告げ口されなきゃなんねえんだよ」



 呆れた声に、糺が「昨夜、私たちが泊まった場所はどーこ?」肩を竦める。



「楪さん言ってたわよ。あんたは『大事なことを隠して無茶ばかりする』って。だから、闇邪鎧と戦う時には、きっちり目を光らせてくれってね」


「いやあ。おノロケ、ゴチ~☆」


「うっぜえ……」



 がっくりと項垂れたのも束の間、紲はがっつりと吐いたため息で反動を付けて上体を起こすと、言った。



「なあ真人、彫刻家ってのは、難儀な生業だと思わないか?」


「難儀……? どうして」


「例えば、絵画なんかで考えてみろ。漫画でもいい。あの手の芸術作品は、描いた物が第三者に読み取れさえすれば、画風が違っても、デフォルメされても、晩年のピカソのようであっても、それが『味』となる」


「ああ……まあ、そうだな」



 紲の言わんとするところを掴みあぐねて、真人は曖昧に頷いた。



「おかしいと思わないか?」


「おかしい?」


「だってそうだろう。似顔絵はどこまで行っても『似て非なる物』――つまり、『似非』なんだから。結局『モナ・リザ』は誰なんだ? 『織田信長』の肖像画はどれだ? ナポレオンの身長は?」



 屁理屈めいた言の葉を並べて、彼は悪戯っ子のように歯を見せる。



「だが、それでいいんだ。それが『表現』なんだよ」


「彫刻はそうもいかない、と?」


「ああ。もちろんダビデ像のようにイマジネーションで創ることはあるだろうが、それでも徹底的なまでの『リアル』が求められる。新海竹太郎も北白川官能久親王の騎馬像を製作した際、競技会で銀賞を取りながらも、バランスが悪いだなんだとバッシングが酷かったそうだぜ? 竹太郎は即作り直したそうだ」


「けど、それがプロの世界って奴なんじゃないのか?」


「そうとも言えるな」



 はてさて、と殊更にとぼけた足取りで、紲は天教閣に近づいていく。

 そうして、おもむろに口もとに手のひらを添えたかと思うと、声を張り上げた。



「よぉ! どこで見てんのかは知らねえが、よく聞けタコ太郎! テメェの力で天鏡閣の結界を構築したつもりだろうが――ハッ、こんな紛い物、全ッ然なってねえぞ?」



 山間に彼の声が響き、後には静寂が戻ってくる。



「何も起こらないじゃねえか」



 真人がそう抗議しようとした、その時だった。



『宜しい。なればとくと御覧じろ。完全なる結界の中にて、在りもせぬ欠点を挙げてみるがよい』



 声がしたかと思うと、天鏡閣の扉が開き、紲が吸い込まれた。

 まさに紲の下へ近づこうとしていた矢先の真人と、異変に気付いて真人を引き留めようとした糺との三人を呑み込み、再び固く扉が閉められる。








 * * * * * *








 真人たちと入れ替わるようにして現れた闇邪鎧に、雪弥たちはインロウガジェットを構えた。



「先輩たちをどこへやったんですか!」


『――目前に在るものを解せぬか、凡念』



 低く厳かな声で、タケタロウ闇邪鎧は一蹴した。



『宜しい。なれば傾聴せよ。此なるは真なる完全模彫。何人も異を唱えること敵わず、何物も穢すこと能わぬ。永遠に完全を維持する、贋作にして真作』


「うっひゃあ……何言ってるかまるでわかんないんですけど」



 流香が苦い顔で唸ると、きっと、闇邪鎧の鋭い眼光が牙を剥いた。



『宜しい。元より愚昧には解せぬと心している。なれば、身を以て思い知るがよい』



 タケタロウが手にしていた杖を一度大地に打ち鳴らせば、たちまち周囲に銅像騎兵のミダグナスが現れた。



『ミダグナスも、この地に眠るあまた凡夫の魂に過ぎぬが。我が真なる彫像を以てすれば、その叡智、その膂力、与えることなど造作もない。才ある者は限られど、その雛型があまた凡夫の核であるならば、無限の無敵兵団が完成するのだよ』



 その言い分に、愁慈郎が歯噛みした。



「要は、勝つためなら民草の命など棄てていいってか。そんな仁義に反することが、許されていいワケねえだろうが!」


『宜しい。それが其方の正義なのだろう。しかして、我の記憶するところが確かなれば、現在の世は無人操作オートパイロットだの、人工知能AIだのと、人間の代わりとなる駒を開発しているのではなかったか?』


「……ぐっ、いや、そんなことはねえ! 誰もが平和を望めば、そんな日は来ねえ! ITの発展は、人々の生活をより良くするために活用されるもんだ!」


『宜しい。未だに目を背けるとは、やはり凡才には限界があるようだ』


「何ィ……!?」



 ぎりりと奥歯を鳴らして憤怒の形相になった愁慈郎は、インロウガジェットにメダルを装填し、変身とともに駆けだした。



『其れだ。其方らとて闘争ありきではないか。平和を望むと言いながら、他者を拒絶し、傷つけて生きている人間ばかりが蔓延っている。だから腐る。だから争いは無くならぬ。

 其方らが求めているのは「己を甘やかしてくれる世界」であると、何故判らぬ!』



 侮蔑の感情を露わにした闇邪鎧は、杖を打ち鳴らした。



『不完全から目を背けるのであれば、せめて「完全」を直視してみよ! ――「死面化粧」!』



 結界が拡がり、その範囲にいるミダグナスたちに、次々と石膏のデスマスクが装着されていく。

 神の如き力を授かった彷徨える魂たちは、おどろおどろしいだけの雰囲気を一変させ、ある者は猛々しく腕を鳴らし、ある者は計算高くこちらを睥睨している。


 そして、次の杖を合図に、勇猛なミダグナスたちが愁慈郎へと襲いかかった。



「愁慈郎さん!」



 雪弥も変身して加勢を試みるも、しかし、理知的な騎馬兵たちが遊撃隊の如く鶴翼に陣を拡げてくることに気付き、足を止めた。



「拙い、囲まれたか――っ!」



 包囲網を突破すべくゴテンマルを振るうが、思考能力を得たミダグナスたち相手では思うようにいかない。


 後方の様子を窺うと、ソウリュウとルカも苦戦を強いられていた。

 二人とも、遠距離戦に強いタイプの八楯。これほどまでに乱戦の模様を呈していては、退避さえもおぼつかないだろう。


 たかがミダグナスと舐めてかかっては、命を落とす。


 刀を受けて斬り返し、側面からの槍も切っ先を逸らして防ぐ。

 反撃に転じようにも、騎馬の機動力で逃れられるのだからたまったものではない。かつての戦場にて、兵士たちは騎馬相手にどう立ち回っていたのだろうか。


 不意に、背後に気配を感じて振り返り、ゴテンは刮目した。

 もう、ミダグナスの槍は突き出されている。刀で言えば、振り下ろされ始めている状態である。

 すぐ眼前まで迫る切っ先。今からでは、防御反応さえ到底間に合わない。



「(ここまで、なのかっ!)」


「――っしゃオラァ!」



 威風堂々たる気声にぶん殴られて、ミダグナスの横っ面が吹き飛んだ。


 崩れていく銅像騎馬を蹴散らすように着地したアイゼンが、意気揚々と林檎拳『愛羅武勇』を翳して見せる。



「だいたいコツは掴めたな。デスマスクさえぶっ壊せば、雑魚は雑魚ってこった。ハハッ、頭を狙えェ!」



 まるでゾンビゲーだなと呵々大笑しながら、彼は飛び上がり、両側から迫る騎馬兵の鼻っ面へとキックを叩きこんだ。



「問題は、闇邪鎧の野郎がフケやがったことだが……まあ、その辺は真人と糺と紲の兄さんに任せときゃ大丈夫だろ」


「ええ、そうですね」


「よっしゃ! そうと決まれば、俺とお前の初タッグ、ぶちかましてやろうぜ!」


「……ああ、真人先輩と気が合う理由が分かります」



 苦笑しながら、ゴテンはアイゼンに続いてルカたちの救出へと向かった。








 * * * * * *








 天鏡閣内部に取り込まれた真人たちは、ミダグナスの一体さえ現れない不穏な空間に警戒態勢を取り続けていた。



「ふぅ……やっぱり、ここも駄目ね」



 部屋の窓が開かないことはもちろん、叩いても蹴っても、まるでびくともしない状況に、さしもの糺も声に疲れの色が現れていた。



「相変わらず野蛮なことしてんな、じゃじゃ馬」



 声に振り返ると、紲が優雅にティーカップへと口を付けているところだった。



「なっ、あんた何やってんのよ!?」


「賓客食堂にあったんだよ。知らないか? 天鏡閣グルメ」


「知ーらーなーいーわーよー! 知ってたとしても、何だってこんな時に」


「まあまあ、そうカリカリすんな。ミルクも付けようか?」


「いらないっ!」



 なんとも言えない形相でメンチを切ってくる糺にもなんのその、紲は悠然と周囲に視線を巡らせていた。



「さすが、紲さんは余裕そうだな」



 真人が感心すると、意外にも、紲は「そうでもないさ」と答えた。



「そう意識しているだけだよ。焦ってバタバタしたり、苛々からピリピリしてたところで、疲れるだけだからな。まあ、どうせ落ち着くなら紅茶よりもコーヒーが良かったが」


「けど、そんなものを飲んでも大丈夫なのか? この世のものではないものを口にしたら駄目なんじゃなかったか」


「ほう、黄泉戸喫ヨモツヘグイを知ってるのか」



 彼は感心した風に目を見開いた。



「まあ、ここは霊界でも地獄でもないから、安心していい。あくまで闇邪鎧の力で構築された結界ってだけだ。それに、『欠点を挙げてみろ』と言ったのはあいつだろう? 味も評価ポイントだろうが」


「んで、その評価とやらはどうなのよ」


「知らん。紅茶なんざ普段飲まねえから、美味いということ以外には、なーんにも判らん」



 悪びれた様子もなく言ってのける紲に、糺は呆れたとばかりに部屋を出ようとする。



「待てよ。何も見当が付いていないとは言ってないぜ?」


「はあ?」



 半信半疑で振り返った糺に、紲は立てた指を振ってみせた。



「新海竹太郎の才を引き出した闇邪鎧ならば、確かに完璧な天鏡閣を作れただろう。だが、『なる物』ってのはな、必ず現実とは異なる綻びがあるもんだ。だからこそ『異なる物』足りえる。存在意義にこそ矛盾を孕んでいるんだよ」


「闇邪鎧が作り出したものだからこそ、本物と違うってこと?」


「その通り。俺たちがするべきことは天鏡閣の粗探しじゃあない。ここはヤツが作ったものだという存在証明だ」



 紅茶を飲み干した紲は、立ち上がると、意味ありげな笑顔とともに部屋を出ていく。

 真人と糺は顔を見合わせ、とりあえず彼の後についていくことにした。


 紲が迷うことなく足を踏み入れたのは、西の客室だった。

 彼は部屋をぐるりと見渡し、やはりな、とほくそ笑んだ。



「そろそろ説明してくれてもいいんじゃなくってー?」


「ああ、悪かった」



 肩を竦めて、紲はアール・ヌーヴォー様式の草花柄の椅子に腰かけた。



「まず、ムドサゲたちが竜神だってことは知っているか?」


「いいや、知らなかった……」


「そうか。永泉寺ようせんじの毒竜だの、角川の語源となった『血の川』伝説の竜だの、とかく奴らは、そうした竜神の眷属だ」



――余は竜眷属五色備えが現神。紫極のヨウセンである!


――俺は竜眷属五色備えが一柱。赤角輝のツノカワ也ィ!



「ヨウセン……」


「ツノカワ……」



 真人たちは、それぞれが目の当たりにしたムドサゲたちの姿を思い返し、息を呑んだ。



「竜神、ひいては爬虫類人レプティリアン。一説に由れば、例えばスサノオと戦ったヤマタノオロチをはじめとした、神話に於いて神や人々と敵対してきた竜や蛇絡みの奴らが、奴ら眷属であると考えるものもある」


「そういえば、鬼と呼んだらツノカワが怒っていたな。確か、イザナギやイザナミから見た人間のようなものだから一緒にするな、とか」


「だろうな。酒呑童子なんかは、ヤマタノオロチの末裔だとする説もある。そうやってずっと、人類史におけるパブリックエネミーとされてきたのが、奴らだよ」


「詳しいんだな……」


「だから、元・本職だっつってんだろうが」



 紲は可笑しそうに腹を抱えた。



「話を戻そう。ヤマタノオロチを倒したのはスサノオだが、その姉兄は知っているか?」


「アマテラスとツクヨミ、よね」


「そうだ。そしてアマテラスは、日本の天皇家の祖どされている存在だ。まあ、こういう話を始めれば、『じゃあ天皇は「現人神あらひとがみ」なのか』だのなんだのややこしくなるから一旦置いておくが――要するに、奴らムドサゲにとってアマテラスの系譜は異物になるんだよ」



 だから、と息をついて、紲は部屋の一角を指で示した。



「本来この部屋にあるはずの、新海竹太郎作・有栖川宮威仁親王殿下の騎馬像がない。建造物である天鏡閣は模すことができても、皇族の御姿は模せなんだ、ってところだろうな」


「そういえば俊丸さん、新海竹太郎は親王の騎馬像も作っていたと言っていたわね」


「成程、だから騎馬に乗っているのもミダグナスだったのか」



 合点がいった。

 闇邪鎧がムドサゲによって生み出された存在である以上、その制約を破ることはできない。



「けど、神様も竜神も神なんだよな……? なんでここまで分裂しちまったんだ」


「そこを説明するとキリがねえ。どの説を取り上げても都市伝説レベルの眉唾モンになっちまうしな」



 そんなことより変身しろ、ほら、と催促されて、真人たちは取るもの取らずにインロウガジェットを構えた。



「「「オラ・オガレ!」」」


《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

《カジョウ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ブンショウ! カジョウ! シジョウ! ゴクジョウ! トウジョウ!》



 鎧を纏ったブンショウは、結界の一点へ向けて蹴りをかました。


 刹那のうちに景色が歪み、天鏡閣が崩壊していく。

 ニシキたちは元の世界へと帰還することに成功した。



「よし、戻ってこれた!」


正解ブルズ・アイ! やるじゃない、エセ霊能者」


「だから、元だっつの」



 ニシキたちが生還を喜び合っている前には、わなわなと肩を震わせるタケタロウ闇邪鎧がいる。



『何……だと……? 崩したか! 我が完全なる結界を!』


「あら? 正解したんだから『宜しい』って言ってほしいんだけど?」



 ねえ? と小首を傾げるレイに肩を竦め、ニシキは一歩前に出る。



「完全なんだろうさ――闇邪鎧としては」


『……何?』


「これまでの戦いで、あんたたちが偉人本人じゃないことは解ってる。そこを突いたんだよ。紲さんがな!」



 俊丸に続いて、紲というブレインを得た八楯に死角はない!

 そう、胸を張っていたつもり……だったのだが。



「はぁ~~~~……締まらねぇな、おい」


「えっ、俺、なんか拙いコト言った!?」



 背後からの長嘆息に、ニシキはたじろいだ。



「いや、いい。もういい。頭痛ぇ。……とりあえず、後はお前らで決めてこい!」



 そう言って、ブンショウはメダルを換装した。



「オラ・カワレ!」

《ジュヒョウ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ブンショウ! ハッピョウ! ゲバヒョウ! コウヒョウ!》


《ジュヒョウ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》


「うおっ!? おおおっ!?」



 空気中の水分を凝結させた氷の板に、ニシキとレイは持ち上げられた。

 氷の板は二つのスライダーを形成しており、その交差点にして終点は、タケタロウ闇邪鎧である。



「っし! 行くぞ、糺!」


「オーケー!」


《サクランボ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》

《ベニバナ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》




「「ちぇいさああああああ――――!!」」



 まるでスノーボードでもするかのように氷上を滑る推進力を得て力を増したニシキとレイの拳が、タケタロウ闇邪鎧を打ち砕いた。














――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』



 悠創の丘での戦いを終えて、翌日。

 真人は糺とともに、報告も兼ねて『ごっつぉ』を訪れていた。


 今ではお通し感覚で出してもらえる『いつもの』コーヒーを堪能しながら、真人はふと、思い出したことに顔を上げる。



「そういや、ウカノメさんは神様なんだよな?」


「ないだって藪から棒に、何したなや」



 普段おばあちゃん扱いされ過ぎているためか、少し照れたような、拗ねたような、複雑ながらも喜々とした様子でウカノメがやってくる。



「いやさ、紲さんが霊能者だったってのを疑う訳じゃねえんだけど。神様から見て、幽霊とか妖怪とか、いるもんなの?」


「いるいる。うちのトイレさも、たまに、紲のとこさいたっけ花子ちゃんが遊びに来っだぞ」



 すると不意に、隣でばんっ! と手のひらでカウンターを叩きつける音がした。



「…………じゃない」


「えっ?」


「いいい、いるわけないじゃない。お化けとか!」



 目を白黒させながら、糺は半狂乱で飛び退った。



「あっははははー! ウカノメさんてば、冗談きっついずー。ほれ、見てなさいよ真人。今! 私が! 幽霊なんていないってことを証明してあげるから!」



 などと声を上ずらせながら、奥のトイレのドアまで向かった糺は、あろうことか扉を3回ノックしやがった!

 


「はーなこさーん、あそびましょー」



 ……………静寂。



「ほーら見たことか! やっぱり幽霊なんていな――」


『はーあーいー』


「ひっ……!?」



 糺は喜び勇んだ妙な体制のまま、白目を剥いて硬直してしまう。



「な?いるべ?」


「どだな……だず」



 彼女はウカノメからのどや顔に呻きながら、傾くがままに後ろへと倒れていった。



「それ俺のセリフ! あー、じゃなくて、おい、大丈夫か、しっかりしろ、糺!」



 この後、真人は糺が落ち着くまで後頭部をさすり続ける羽目になるのだった。




――第10話『永遠の天鏡閣』(了)――

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