第11話『魔王再臨‐関山協奏曲‐』
前編/魔王の軍勢
――山形県東根市・関山峠
山形県は内陸東部・東根市と、宮城県仙台市を繋ぐ峠道――地元住民からは国道48号線に因み『ヨンパチ』として親しまれる道路は、今、関山トンネルを塞ぐ形で大破した車を起点に大渋滞を起こしていた。
「事故か!? 何が起こっているんだ!」
「怪我人がいるぞ、手を貸してくれ!」
上がる火の手の中で喧騒が右往左往している。
関山街道を昇る風が、山を越えきれずに跳ね返ったことで煙が充満し、事態はさらなる混乱の一途を辿っていた。
そんな中、煙を抜け出してきた避難者の一人が、堰き止められている後続車両から顔を出す人々に向かって、こう叫んだ。
「バケモノが出た! 逃げろォ!」
これには、渋滞によって苛立ちを極めたさしもの人々も、怒鳴り返すことを躊躇った。
誰もが怪訝な表情で、前方に立ち込める灰煙へと目を凝らす。
その先から、バチバチと音を立てて弾ける炎をフラッシュライトにでもするように、四つの影が現れる。
『否、化物に非ず。余は魔王、ぞ』
一際異彩を放つ禍々しいシルエットの声が、響いた。
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第11話/前編 『魔王の軍勢』
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「もう無理だ。こっから先は降りていくしかねえ!」
渋滞の最後尾に車を着けた真人は運転席から転がり出た。
糺、雪弥、流香らも降りて来たことを確認すると、彼は施錠もそこそこに、前方へ付けた車の俊丸、貴臣、愁慈郎を抜き去って走り出す。
はじめは車線を守って渋滞待ちをしていた車たちも、現場が近づくにつれて乱雑になり、ついには車を切り返して逃げようとした者たち同士の事故によって進行不可という状態になっていた。
「くそっ、どこなら通れる――ッ!?」
「バーカ。その必要はねえよ」
立ち惑った真人の隣でブレーキを踏んだバイクから降りつつ、紲がほくそ笑んだ。
ヘルメットを乱暴に脱ぎながら、彼は続ける。
「どうせ動けねぇ
「えぇー……」
「キレイゴトだと思うか? ならそれでもいい。だが、道を探している間に上がる悲鳴はちゃんと聴いておけよ」
俺は行くと告げ、紲が先行していく。
取り残された真人は、「解ってるんだけどよお!」と喚きながら、がしがしと頭を掻きむしりながら、考えた。
やがて、頬をパンと叩き、
「ごめんなさい!」
そう叫んで、道を塞ぐ車たちの上へと足をかけた。
火元の近くまで辿り着くと、紲が変身しているところだった。
《カジョウ!
独鈷杵から放たれた霧によって、周囲の炎が鳴りを潜めていく。
「やった、ひとまず鎮火はできたか」
「油断するんじゃねえぞ真人!」
「えっ?」
ブンショウの言葉に訊き返した、その時だった。
『キキィー!!』
獣のような雄叫びが辺りに反響する。
気が付けば、霧と炎が激突した跡である水蒸気によって、周囲の視界が奪われていた。
熱を孕んだ水蒸気の中では、敵を探すどころか、目を開けていることさえ辛い。
「まずは変身しねえと……!」
そう、真人がインロウガジェットを構えた時だった。
『いただキィー!』
突如として飛来してきた黒い影によって、構えたインロウガジェットを奪われてしまった。
「なっ!?」
「ったく、ンの馬鹿が! ――オラ・カワレ!」
《ジュヒョウ!
《ジュヒョウ!
周囲に充満した濃厚な湿気が、ブンショウの奥義によって凝固し、大地に吸着する形で消えていく。
『霧の奇襲、川中島を思わせますのう! キキッ、
開けた視界の先では、霜となった霧の煌めきの中で勝利の小躍りをする、鎧製の猿がいた。
「なっ、猿ゥ!?」
『キキッ、やーいやーい、お尻ぺんぺーん!』
「頭が痛ぇ、何から突っ込めばいいか分からねぇ……まぁいいや、おい、エテ公」
『ウキッ!? 何ぞ、無礼者。奥義を二度も用いた状態で、ワシに歯向かうか。窮鼠も猫も、猿には適わんキィー!』
挑発してくる猿型闇邪鎧に、ブンショウは――お手上げをしてみせた。
「やべぇ、そういやそうだった! 二度も奥義を使った状態で、闇邪鎧を倒せるだけの火力は出せねえ! 流石は、太閤にまで登り詰めた天下人。隙のねぇ見事な戦略だぜッ!」
『ウキィ。そうじゃろうて、そうじゃろうて』
「ああ。噛むのが『窮鼠』なら、な」
『――ウキッ?』
ブンショウの嘲るような声音に、猿が首を傾げる。
その、動きを止めた瞬間が仇となった。
「そうさ! 噛むのは『牛』なんだからなァ!!」
《リンゴ!
『キキッ!?』
躍りかかったアイゼンに、闇邪鎧が飛び退ろうとする――が、ブンショウが凍結させた霜によって足を滑らせ、『愛羅武勇』の一撃をモロに喰らって吹き飛んだ。
その拍子に敵の手を離れたインロウガジェットをキャッチしたアイゼンが、戻ってきて真人に手渡してくれる。
「なーにやってんのよ、あんたは」
「すまん」
駆け付けた糺にまで呆れた顔をされ、真人はバツが悪くなって頬を掻いた。
「んでんで、敵はあのお猿さんってワケ? ふふん、余裕っしょ」
「油断してると、猿回しするハメになるのはこっちよ、流香」
そう言って、表情を強張らせた。
「動物型の闇邪鎧は、凛を依り代としたムドサゲ『ハチモリ』の得意とするところ。
そうよね? いるんでしょう、ハチモリ!!」
「――なァんだ、熱烈なコールじゃねえか」
挑発的な女声がしたかと思うと、トンネルの入り口前にある雪避けのアーチに、緑の天狗が降り立った。
「アイドルとして嬉しいぜ? そういうの」
「戯言を……っ!!」
天狗のムドサゲ――ハチモリの舌なめずりに、糺が歯噛みした。
「糺、まさかと思うが……」
「そうよ愁慈郎。アレが凛を支配する病巣」
「ハハッ、連れねェこと言うなよ! ちゃんと憶えてるんだぜ? 悦べよ、こいつの中身はテメェを憎からず想ってるぞ、シュウちゃん?」
「ちっ、史上最大に腹立ったな、今の」
「駄目よ、愁慈郎。落ち着いて」
「……ああ」
辛うじて堪えた愁慈郎が、握り締めた拳を震わせた。
「それで? 今回の騒動は、あんたが主導ってワケ」
「いんや?」
「えっ……?」
『キキッ、ったりまえだがや! ワシが仕えるお方は唯御一人みゃあ! ウキッ!』
戸惑う糺に追い打ちをかけたのは、腰を擦りながらぴょんぴょんと跳ねる猿型闇邪鎧だった。
『遠からん者は音に聞け、近からんものは目にも見よ! 時の将軍より天下を任されし第六点魔王――』
「……はっ?」
今度は真人が目を丸くする番だった。
有りえない。
いや、ムドサゲによる長きに渡った闇邪鎧召喚の中で、被ることはあったのかもしれない。
しかして、この短期間で――
『平朝臣織田上総介三郎信長様なるぞ!』
「おい、マジかよ……」
秀吉の背後に瘴気が巻き起こったかと思うと、そこにはかつて舞鶴山で見た威圧感が現れた。
陽光を掻き消す漆。黒紫に濡れる鴉羽。
マントが威風を払えば、さらに二騎の闇邪鎧が現れた。
一騎は、巨大な戦斧を携えた大男。
一騎は、小太刀を手に風を纏う流麗な武者。
「まだ出るのか!?」
盤石となった敵陣に、真人は気圧された。
一旦変身を解いた紲が舌打ちをする。
「舐めたことしてくれるじゃねぇか」
「どういうことだ?」
「あの大男の肩当と、優男の胸当てを見てみろ」
指し示された方へ視線を向けると、肩当には鳥が二羽、縦に並んだ紋様が刻まれており、胸当てには大きく×印のような紋様が描かれていた。
「あれは……家紋?」
「その通りです」
険しい顔の俊丸が頷いた。
「二羽の雁――つまり『二つ雁金紋』は、『鬼柴田』として知られる猛将・柴田勝家のもの。そしてバツ印のように見えるものは『直違紋』。賢将『米五郎左』こと、丹羽長秀に由来する家紋です」
「『木綿羽柴に、米五郎左、掛かれ柴田』……、秀吉に長秀、勝家と来て、『退き佐久間』がいねえ。つまり、あいつらにとって、此度の戦とやらでは撤退など微塵も考えていないらしい」
「だから『舐めたこと』なのか……」
真人は生唾を呑み込んだ。
考えたくもない、否定の言葉が頭を過る。
羽柴秀吉。柴田勝家。丹羽長秀。
秀吉は言わずもがな、信長と家康に並ぶ天下人として。
勝家と長秀に関しても、歴史を習えば名前くらいは知っている。一勢力のトップでもないのに、だ。なれば、その実力など想像に難くない。
それだけの名前。それだけの戦力。
八対四――ハチモリを加味しても八対五。
多少頭数で勝っているところで、有利材料にすらなりえない。
「それに、もう一つ。建勲神社に祀られているため、ノブナガとの縁があることは解るが、他の面々はどういうこった? ヒデヨシもカツイエもナガヒデも、山形に関係なんざねえだろう」
「そうですね。羽柴秀次ならば最上義光公の娘を見初めた話から、辛うじて所縁もありましょうが……」
Wブレインに、ハチモリがため息を吐く。
「おいおい、細かいこと気にしてるとハゲんぞ」
だが、とアーチから飛び降りた。
「まあ、ご指摘は概ね当たってんぜ、ガリ勉野郎ども。さあ――絡繰りを御覧じろ」
「あらあら、まぁまぁ。せっかくのお披露目で御座いますのに。些か雑過ぎてはありませんこと?」
「うるせぇ。ござるのかありませんのかハッキリしやがれ。言葉遣いキモ過ぎて痒くなりマスワヨ?」
「くすくす、可愛い」
「あ゛?」
白装束に身を包んだ女が現れ、ハチモリを茶化している。
怪人態ではないが、ハチモリと並ぶからには、ムドサゲの一人と考えていいだろう。
嫋やかな所作ではあるが、依り代は勝気な色を残した美女といったところか。
そんな女に反応したのは、紲だった。
「おい……テメェ」
「はい、何で御座いましょう?」
「何故、そのガワを被ってやがる!!」
冷静な紲が声を荒らげたことに、真人たちまでが驚きに目を見張った。
形振りを構わず、彼は怒りを露わにしていく。
「っけんじゃねぇ、その絡繰りとやらも見えたぞクソアマが! テメェ、『口寄せ』をしたな!?」
「然り。ノブナガ公を起点に縁を結ばせていただきました」
「口寄せって?」
真人の問いに、紲は脂汗を浮かべながら、必死に呼吸を落ち着かせつつ答える。
「降霊術、といえば分かりやすいか? 奴の依り代は『オナカマ』の巫女。他の地方ではイタコやら梓巫女という名前で知られる一族の人間だ」
「あらあら、まぁまぁ。そうですか、其方はこの依り代に所縁ある御仁でしたのね」
「所縁だ? フザケロ、同郷にしてかつての婚約者だバカヤロウ。もう一度訊く、そいつは既に死んでいるのに、何故依り代にした?」
「くすくす、愚問でしょう? オナカマの口寄せ巫女が、何故、自らの体を死に近づけるのか」
にぃ、と釣り上げられた青白い口元から、紲が目を背ける。
「――戯れるでない、トヤ」
一陣の薫風が吹いてきたかと思うと、アーチの上に紫の影が降り立った。
同時に、緑と白が頭を垂れる。
「ヨウセン……っ!」
「久方ぶりよのう、果樹王。暫し見ぬ間に八楯も揃うたか。善き哉、善き哉」
「ああ、霞城で言っていたっけな。仲間が八人揃ったら相手してくれるんだろう?」
これが決戦ってわけだ、と空元気を張ってみる。
しかし、ヨウセンは涼しい顔で目を細める。
「逸るな。余は『余を凌ぐほどの昇り龍となった時』とも申したはずだ」
「……まだ、そうじゃないと?」
「然り」
「それにしては仰々しい布陣じゃない。織田家の重鎮相手には勝てるくらいだと認めてくれるわけ?」
糺が鼻白むと、ヨウセンは腹を抱えて笑った。
「クハハハハっ! 余に対して皮肉とな! 良いぞ、良いぞ紅花の姫よ!」
愉快さを堪えるように食いしばった歯は、次に、強く剥かれた。
「そう思うのであれば越えて見せい、『魔王』の再臨を! そうでなければならぬ! そうであらねばならぬ! さもなくば、余へ届く前に、下らぬ横槍にて貫かれるだろうよ!」
「どういうことだ!? おい――待て!」
追い縋ろうとする真人には応えず、ヨウセンはトヤを引き連れて風の中に消えていった。
代わりに飛来したのは、足下を抉る一発の銃弾。
『余興を待ってやったのだ。以降は余を向けい』
「ノブナガ……!!」
銃口から煙を吹く火縄銃越しに、闇邪鎧を睨めつける。
「オレは参戦させてもらうぜ。懐かしい顔と遊んでみたいからな」
『デ、アルカ。好きにせい』
傍らへと降り立ったハチモリに、ノブナガはくつくつと嗤った。
ノブナガは火縄銃を左手に持ち換え、右腕を払う。
『征けい、尾張の
「させるかよ! 行くぞ、皆!」
闇邪鎧たちは武器を構え、真人たちはインロウガジェットを構える。
ノブナガがおもむろに火縄銃を天へと向け――ここに、戦いの火蓋が切られた。
――中編へ続く――
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