中編/鬼を刻まれし名
火縄銃の発砲音。
真人たちは弾かれたようにインロウガジェットを構えた。
「オラ・オガレ!」
変身し、ニシキメイルを纏った果樹王は、狙うは大将首だといわんばかりに飛び出す。
「一度勝ってるんだ。また倒させてもらうぞ、ノブナガぁ!」
『クク……デ、アルカ』
冷ややかな声色の闇邪鎧は、まるでこちらには興味がないかのように、火縄銃で手遊びをしている。
その態度も理解できなくはない。
何故なら、『あの日』とは唯一にして決定的に違う部分があるからだ。
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第11話/中編 『鬼を刻まれし名』
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走るニシキの目の前に、巨漢の闇邪鎧――カツイエが立ちはだかる。
『させぬ!』
「そんなことは――」
ニシキは左手で出せる限りの全力ストレートをかまし、がっぷり四つに組んだ風を装って、右手でメダルを換装した。
「分かってる!」
《オオケヤキ! 出陣‐Go-ahead‐、ニシキ! 心に錦、鳴らせ柝!!》
身軽なニシキメイルで空高く飛び上がったところから、重量のあるケヤキメイルで急降下。
ケヤキグンバイを振り下ろし、勝家の持つ巨大斧と打ち合った。
『成程、備えの心はあるようだ。だが、貴公らを殿の下へは辿り着かせぬ』
「それはどうかな? ――雪弥!」
「はいっ!」
膠着状態の頭上を、若き侍の王・ゴテンが飛び越えていく。
しかし、
『させませんよ!』
「ちぃっ!!」
交差するように飛び上がって迎え撃つ壮麗の闇邪鎧――ナガヒデの振るってくる剣に、ゴテンは合わせて刀を払う。
彼もまた焦りはしない。空中でありながらも冷静に切り返した居合の技は、ナガヒデの肩口に牙を突き立てる。
『にっかり』
「……えっ?」
次の瞬間、ゴテンは目を疑っていた。
自分が切りつけたと思っていた相手は、石塊にすげ変わっていたからだ。
「なっ、石灯篭!?」
『然り』
側面から現れたナガヒデによって、ゴテンは地に斬り伏せられてしまった。
『にっかりと笑う幽霊を切らば、石灯篭だった……若き武士よ。その太刀筋を持つ其方なれば、聞いたことはあるとお見受けしますが?』
「『にっかり青江』ですか……」
愛刀の逸話さえも力とする闇邪鎧に、ゴテンは歯噛みする。
そこへ手を差し伸べたのはソウリュウだった。
「逸話の再現。ならば、斬らなければ良いだけのことです!」
盤上天下を構えて、ダイヤルをセットし、放つ。
『キキィー!』
今度はヒデヨシ闇邪鎧の影が横切り、将棋駒の弾丸を払い落された。
「くっ、届かないのか……ッ!」
『申したであろう。辿り着かせぬと』
まるで子供に言い聞かせるような口調でそう言ったかと思うと、カツイエは『むんっ!』と斧を横薙ぎにした。
ニシキを巻き込んでいる一撃ではあるが、狙いはこちらではない。
「おっと、隠密行動失敗、ってか」
進路に戦斧を叩きつけられ、ブンショウが飛び退る。
『見逃すと思うたか。貴公の鎧は山伏の加護在りし代物。出羽国の山伏とは、羽黒忍者にござろう?』
「お詳しいことで」
声を強張らせながら、ブンショウは肩を竦めた。
「なら私が!」
「おいおい……せっかく会えたのに、オレを無視すんじゃねえよ?」
駆けていこうとしたレイの出鼻を、ハチモリが天狗団扇で起こした旋風で挫く。
「なァ、魔王様よ。ちょっくらダチと仲良くしたいんだが、猿を借りてもいいか?」
『キキッ!? 猿呼ばわりとは無礼な!』
「黙れよチンパン。ババアの口寄せとはいえ、属性の媒介はオレが
一蹴して、ハチモリは首だけをノブナガに向ける。
「とはいえ、ここまで役者揃ってりゃ、御大将にご慈悲を仰いだ方よろしいかと思ったんだが? 一人抜けたくらいじゃ余裕だろ?」
『好きにせい』
『ウキッ!? ……アイアイ、分かり申した。分かり申したよ。キッ、せめて儂がトヨトミ性で限界していればのう……』
「決まりだな」
不敵に嗤って、ハチモリは首を戻し、レイたちへと視線を向けた。
「よし、そこのアイドル組。ちっとツラ貸せや」
「誰があんたなんかの命令を!」
「『鮭川凛』がどうなってもいいと?」
「くっ……流香、愁慈郎」
「聞かれるまでもないし!」
「ああ、やらいでか!」
山道へと入っていくハチモリを、レイたちが追いかけていく。
「拙い、分断されたか……」
敵の狙いに気付いたニシキは、戸惑いを隠せずにいた。
そんな時だった。
「おい。真人」
いつの間に傍までやってきていたブンショウが、声を潜めて言う。
「チャンスはあるぞ」
「えっ?」
「考えてもみろ。ムドサゲも含めて五体って状況は、言いたくはねえが、こっちが八人揃っていても、間違いなく向こうが有利のはずだ。それはお前も、これまでの戦いから予想は付くだろう?」
「…………」
頭では分かってはいた。もしかしたら、本能的にも理解していたかもしれない。
ただ彼も前置きした通り、口にしてしまうと戦う前から負けてしまうような気がして、認めたくはなかったのだ。
「そんな顔すんなよ」
「か、顔は見えてないだろ!?」
「ハハッ。まあそれは冗談としても、不利な状況だと認識することで始まる戦いだってあるはずだろう?」
「それはそうかもしれないけどさ……」
言葉を濁らせるニシキの方に、ブンショウが手を置き、前方で戦いを続けているゴテンとソウリュウ、ギンザンらを指さした。
「おかしいと思わないか?」
「おかしいって、何が」
「奥義でないとはいえ、雪弥はナガヒデの攻撃をモロに喰らっている。それでも変身解除には至っていない。
戦闘を得意としているわけでもない文系の俊丸が、貴臣と組んでいるとはいえ、あのカツイエの巨体相手に渡り合えている」
そして――と、ノブナガを指さす。
「奴は何故静観している? 仮に遊んでいるとしても、普通、俺とお前を抜いたたった三人と互角に見せるなどという無様は晒さない。違うか?」
「あっ……!?」
ニシキは目を見張った。
舞鶴山での光景が脳裏に蘇る。
――未熟なる小娘よ、我は貴様に敬意を表す。こちらも秘技を以て応えよう。
俺の知るノブナガは、小娘一人相手にも全力で潰しにかかる獅子だった。
――皮肉よな。我も不完全であったか。
その全力が発揮できぬことを悟らせぬ貂であり、
――意気や良し。だが、是非も無し。
何かが違っているのか……?
それとも、それが出来ない状況にあると?
「もしかして、俺が一度倒しているから、力が戻り切っていない?」
「仮説の一つだな。そして宿老たちは、そんなノブナガを介した口寄せによって限界しているから、十全な力を発揮できない。筋は通る」
ブンショウの言葉に、ニシキが頷きかけた時。
ふと、最奥で仁王立ちしているノブナガ闇邪鎧と、目が合った気がした。
『うぬら、見破ったか。ククク、フハハハハハハ!!』
天を震わせるような
『権六。五郎左』
『『はっ』』
主の呼びかけに、二騎の闇邪鎧は戦闘状態を解除して控える。
『貴奴らにも良き眼と、良き勘があるようだ。権六。五郎左。余が赦す、解け』
『『御意』』
一度深く頭を垂れてから、カツイエとナガヒデが立ち上がった。
『どうせならば、鬼武蔵も居れば良かったのう。今頃、地獄で地団太を踏んでいようか』
『どうでしょう。彼は二ノ宮の蛇神様さえ喰らいましたから……そも、ムドサゲとは相性が悪そうですが』
『ふはは、さもありなんじゃな!』
和やかに言葉を交わしているように見せて、その体から発される殺気が膨れ上がっているのが、空気を通して伝わってくる。
火災の残滓の黒煙さえ近寄ることを拒むような禍々しい気に、ニシキは膝が震え出すのを抑えるので精いっぱいだった。
『先程、そちらの棋士の方が、私を「米五郎左」と紹介してくださいましたね』
「えっ? ええ、はい……『織田軍の馬廻衆』。違いましたか」
『いえ、合っています。しかし……』
『拙者を「鬼柴田」と称したのならば、「鬼五郎左」と紹介して欲しかったと、拗ねているのよ』
『な、権六殿!』
『ふはははっ!』
気恥ずかしそうに抗議するナガヒデを茶化しながら、カツイエは斧を前方に翳した。
肩を動かして嘆息してから、ナガヒデもそれに刀を重ねる。
『「
二人がそう唱えると、たちまち風が吹き荒れ、邪気と混ざり合ってどす黒い血の色となり、その体躯を覆い隠した。
『鬼の名を刻まれし拙者らの業』
『邪神が業によりて真に至れり』
闇の奥から刃の切っ先が閃き、血塵が霧払いされると、そこには、鬼の角を生やして凶つ鎧の姿に変貌したカツイエとナガヒデが現れた。
「な、なんだこりゃあ……?」
『鬼、ぞ』
ノブナガが嗤う。
『これで、うぬらが杞憂していた力の差も埋められよう。越えて見せい、果樹王よ』
「くっ……」
「とんでもねえ隠し玉持ってやがったな。いや、さてはこれもたかだか第二陣程度の戯れか?」
ブンショウが舌打ちした。
「とにかく真人。一度ノブナガとやり合っているお前に懸ける。何でもいい、戦いながら奴の弱点を探せ」
「ああ。やってみる」
懼れを握りつぶし、固く結んだその拳を翳して、ニシキは地を蹴った。
――後編へ続く――
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