後編/次は、興じて見せよ


 山道を駆け登りながら、オヒナメイルへと換装したレイは、こちらをからかうように前方を行くハチモリへ目がけて五色袖を放った。


 木々を縫うようにしなり、唸りを上げる鎧袖を一瞥し、ハチモリは舌打ちをしながら飛び上がった。



「おいおい、天狗舐めてんじゃねぇぞコラ!? 眠てえ眠てえ!」



 木の枝に腰かけてけらけらと嘲笑ってくる敵に、レイはマスクの下の口角をつり上げる。


 彼女は投射角こそハチモリを目がけて設定したが、その矛先で狙っていた真の獲物は、そこではない。


 当然、奴が投擲を躱すことなど織り込み済みであった。


 一の太刀を外した五色袖はその勢いを緩めることなく、立ち並ぶ木々の幹に、それぞれ確かに巻き付く。



「あんたこそ、人間舐めてんじゃないわ――よ!!」



 伸ばした五色袖を収縮させる。やろうと思えば木の幹を圧し折ることもできただろうが、出力を丁寧に調節し、己の体が木に引き寄せられていくことに全霊を注ぐ。


 スリングショットの要領で木々の間をすり抜け、レイはハチモリのすぐ脇を掠めてかっ飛んだ。



「……あ? 何だ今の、どこ狙ってんだよメクラ女!」


「あんたの目こそ、どこ見てんのよ?」


「あん?」



 小首を傾げるハチモリに、レイは後ろ後ろ、と指を指して見せる。


 促されるまま振り返ったハチモリの眼前には、アイゼンが迫っていた。



「っしゃ取った! その鼻圧し折ってやるぜ!」

《リンゴ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



「ちィッ! 調子に乗ってンじゃねえぞロメオ!」


「で、そっちばっかり見てていいのかしら?」

《ベニバナ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



 ベニバナメイルに換装し直し、レイは吼えた。



「『紅花爛漫』! ちぇい、さああああああ――――――!!」


「『壱ノ型・仏血義理夜露死苦』! っしゃァァァァァァ!!」











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  第11話/後編 『次は、興じて見せよ』

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 全力全開、渾身の挟撃。


 目前まで迫った敗北の色に、ハチモリは体を大きく仰け反らせて、焦り出した。




 かに、見えた。



「なーんてな♪」



 彼女はそう言って、



「は?」


「なっ?」



 そう、歯を見せたのだ。


 異形の形態では声色や仕草のみでしかその変化を読み取ることのできない『表情』が、そこにあった。


 レイの振りかぶった拳の先に――

 アイゼンの引き絞った拳の先に――


 人間態へと変化したハチモリの、この世のものとは思えぬ程に下卑ていて、およそ人間のそれとは程遠い歪んだ嗤い顔があった。



 流れる景色がぐん、とスローモーションにダウンする。



「いーのかなぁ? この状態のオレが死ねば、テメェらの大事な大事な『鮭川凛ちゃん』も死ぬんだけどなぁ!?」



 レイは真っ白になった頭で、ただ親友の血走った眼を見ていた。


 今の話を信じるべきなのか? 敵の話を?

 いえ、こちらを動揺させる作戦に決まっている。


 もしかしたら、ここで攻め手を打つことこそ、正解なのかもしれない。

 いえ、けれど。そうだったとしたら、奴らが現界するために依り代を用いていることの説明が成り立たない。

 いいや違う。倒すことはできる。


 強大なムドサゲを、一体。『鮭川凛』という親友であり尊敬する少女の命と引き換えに。



 きっと、凛もそれを望んでいる。

 私が見て来た誇り高い彼女ならば、異形にその身を囚われていることこそを否とするはず。


 けれど。


 私に凛を――凛の体を壊すことができるのか?



「(駄目っ、違う違う違う違うっ! 何を考えているのよ、私は!!)」



 勝手に脳裏を流れてくれやがる罪悪感の走馬灯を歯ぎしりで磨り潰す。


 連れ去られる凛の背中に手を伸ばした時、悔しさに掴んだ拳の中に、ヤツダテドライバーが現れたあの日から――


 絶対に助けるって、決めたでしょうが!



「私のくせに、私の許可なく勝手に諦めてんじゃないっての!!

 あぁ、あああああああああっっっ!!!」



 腰の骨がイッてしまいそうなほどに体を捻り、寸でのところで八楯の奥義を空へと逃す。

 ハチモリを挟んだ対面のアイゼンも、自分の体へ拳を打ち付けるかのような無理矢理な角度で攻撃の解除をしようとしていた。



「させねェよ、ばーか」



 瞬時に異形形態へと戻っていたハチモリが、レイとアイゼンの肘を掴み、そっと押してきた。


 まるで、友人からそっと背中を押してもらったかのような、優しい手つき。


 既に制御不能に陥っている無理な姿勢を取っていたレイたちは、そこへ一回転の加速をかけられたことで――



「きゃああああああっ!!??」

「がぁああああああっ!!!!」



 互いの奥義をその身に受け、地面へと墜落した。


 ハチモリが拍手喝采でそれを見届ける。



「ヒヒッ、アーハハハハ!! そんな程度で『あたしを救う』だぁ? 片腹どころか、横隔膜ひっくり返りそうだぜ!」


「糺ちゃん! シュウちゃん!」



 地面からフローラルタクトで援護を図ろうとしていたルカの前に、ヒデヨシが立ち塞がる。



『キキッ、させんわ!』


「お猿さんはどいてて! あいつじゃなくて、ノブナガの部下なんでしょ?」


『そこは儂もヒジョ~~~に悩ましいところだがのう! ノブナガ様からお許しが出てしまった以上、何もせん訳には行かないんだぎゃあ! キキッ!』


「うっざ! うっっっざ!? 流香、そういう風に自分の行動を人の所為にする陰キャってマジ無理系なんですけど!」

《サクラ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》


『ケッ、キキッ、こっちこそ、お前のような小娘は願い下げだぎゃ!』



 そう吐き捨てると、ヒデヨシ闇邪鎧はレイたちの奥義の衝撃で落ちてきた枝を地面に突き立て、手近な木の幹から皮を剥ぎ、枝に立てかけるようにして被せた。



『負けると思えば負ける。勝つと思えば勝つ。是、至上の兵法也! ――「墨俣一夜城」』



 ヒデヨシが呪詛を唱え上げると、子供が作ったような稚拙な何かは、一瞬にして木造建築の城へと成り代わった。


 奥義を正面から受けても物ともしない城壁に、ルカは唖然と立ち尽くした。



「……はっ? え? 何だし、ソレ」


『ハリボテなれども城は城! 小さくっても一人前! 儂が城と信ずれば、こやつは城でござーる! おさーる! ウキキッ!』


「定義の……でっち上げ、ってわけ」



 強制変身解除によってその身を晒していた糺が、悔しさと怒りを滲ませた拳を地面に叩きつける。



「糺ちゃん、喋っちゃ駄目だって。じっとしてろし!」


「そうも、言って……らんねえだろ」


「シュウちゃんまでぇ!?」



 よろよろと身体を起こす愁慈郎を、ルカは慌てて押しとどめる。



『よそ見していていいんだがや?』


「――えっ?」



 チャキ、チャキ、と金属片のようなものが鳴る音が無数に聴こえた。


 恐る恐る振り返ったルカは、一夜城ハリボテの鉄砲狭間から突き出た銃口がこちらを狙っていることを知った。



「いやいやいやいや! 冗談っしょ? 墨俣の一夜城の話って、長篠で信長が鉄砲使うよりずっと前の話じゃん! いくらバケモノでもやって良いことと悪いことがあるし!」


『でっち上げてこその勝利よぉ!!』


「あーもうざっけんなし! 屁理屈屋の陰キャとかサイアク!」



 ルカはフローラルタクトを構えた。



「(けど、ぶっちゃけどーする系よこれ?)」



 横目で仲間たちの様子を窺う。

 どう見ても、ここでもう一度戦うことは不可能だ。



『――射てぇっ!』


「くそっ、『『咲クLOVE!サクラ☆ブロッサムシャワー』』」

《サクラ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》


『キキッ! 儂は知っておるぞ。果樹八領なる神の力は人間には過ぎたシロモノ。奥義の連続発動には無理があるウキ!』


「んなこと、流香だって知ってるし!」



 初めて変身した時、そんなことは痛い程思い知っている。


 それでもルカは奥義を放った。


 城を狙うでもなく、術者ヒデヨシを狙うでもなく、総大将ハチモリを狙うでもなく。


 全神経を集中させて、放たれる銃弾の一つ一つを桜の花弁で爆砕していく。



 花吹雪と硝煙の奔流が小爆発を巻き起こし、視界が晴れた頃――



『ウキッ? ウキキッ? あの小娘、どこ行った!』


「逃げられてんじゃねえよ、エテ公」


『文句があるみゃー?』


「あー……いや、ねえや。追撃も無しだ。



 獲物の去った眼下を、ハチモリはただ愉快そうに睥睨していた。






 * * * * * *






 鬼と化した織田の双肩の猛攻は、まさに文字通りの凄絶さを際立てていた。



『にっかり』


「くっ……またも石灯篭!」



 ナガヒデに斬りかかろうとするゴテンだったが、その身を捉えたと思った時には幽霊の如く躱されているのだからたまったものではない。


 剣術において最も避けるべきは『躱されること』。

 打ち合いであればそこで勢いは止まる。二の太刀へと繋げることもできる。


 しかし、空振りをしてしまうことは、本来切り下すはずだった場所まで無駄な力を消費することになり、さらに大きく隙を晒してしまう最悪中の悪手だった。


 かといって躱される前提で中途半端な攻撃を繰り出しては、肝心の機会を仕留めることなどできない。


 ソウリュウの援護で致命的な一撃こそ喰らっていないが、ゴテンの剣捌きには焦燥の色が浮かんでいた。



 一方、カツイエ闇邪鎧に挑むギンザンの旗色は、一見良さそうに見える。



莞爾かんじ!』


「へっ、さっきからよく分からない技使っているが、効いちゃいねえぞ!」



 大したダメージのない戦斧の攻撃に、ギンザンは勝機を見してスイカフレイルを振り回した。


 しかし、柴田勝家ほどの巨躯、明らかな破壊力を見て取れる戦斧。


 そして、『鬼刻卍血』による名の開放。


 これらを相手になどあり得るはずがないのだと、彼は気が付くべきだった。

 何かがおかしいと、一度間合いを切って引き下がるべきだった。


 加勢していたブンショウが、はたと攻撃の手を止める。



「莞爾……微笑み? 待て。丹羽長秀の刀は『にっかり青江』……勝家の刀は何だ? 同じ青江の作で、莞爾……まさかっ!?」


「おいおい先輩、怖気づいている場合じゃないぞ!」


「バカヤロウ! 待て、温泉の!」


『既に遅し』



 地鳴りのような声で、かつ愉悦たっぷりに、カツイエは斧の柄尻をアスファルトへかつーん、と打ち立てた。


 その瞬間、



「なっ、があああああああああっ!?」



 ギンザンがちぎれんばかりに身を捩らせて悶えた。


 これまで余裕だと高を括っていた全ての斬撃分の衝撃が、刹那のうちに凝縮されて彼を襲ったのだ。



 変身解除へと至らされた貴臣を見下ろして、カツイエが言う。



『我が獲物に斬られた者は、あまりの斬れ味故にそのことに気付かず、斬られて尚莞爾として笑い続け、数十歩の先にて真二つに分かれたと謂う。貴公が勝機と笑んだ数。それが莞爾の餌となる』


「くそっ……じゃあ、俺が油断するように、わざと手加減していたってことかよ」


『否。油断は貴公の業なれば』


「ははっ、ああそうかい」



 未だ絶痛の余韻が抜けない体を大の字に投げ出しながら、貴臣はにぃ、と空元気を振り絞って笑って見せた。



「あんたの油断も、業ってことで」


『……何?』


「走れぇ!!」



 貴臣の咆哮に乗り、後方で息を潜めていたニシキは風となった。



「うおおおおおおおおおおおお!」


『果樹王か! 往かせぬ!』


「あんたこそ往かせねえよ――『ピュリティ・ダイヤモンド』」

《ジュヒョウ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》


『むんっ、これは雪――否、氷か!』



 ブンショウの奥義は短時間の連続使用で威力こそ大きく減衰していたが、一時的に巨体を地面に縫い付ける役目くらいは果たすことができる。



『ならば私が!』


「させませんっ!」



 踵を返そうとするナガヒデの前に、ゴテンが滑り込む。



『にっかり』



 しかし、鬼となったために『斬られること』という前提条件がなくとも幽体化することができるようになったナガヒデに、その脇をすり抜け――



 させない。

 ゴテンは瞼を閉じる。



「確かに僕は、貴方の神威に苦戦していた。それは『消えた後、どう僕を攻撃してくるか』が読めなかったから……これは純粋な勝負の駆け引き。しかしこの場合、『先輩を追う』という目的さえ分かっていれば、消えた先を追うことなど造作もありません」


『……何っ?』


「俊丸さん!」


「かしこまりました!」



 ソウリュウは羅針盤のダイヤルを『香車』へと合わせ、引き金を引いた。


 真っ直ぐ、どこまでも伸びる将棋の駒の力を得た弾丸は、幽体化から現世へと戻って来た直後のナガヒデの背中を捉えた。



『く、殿!』


『クク。置けい』



 ナガヒデの声に、ノブナガは火縄銃を次元へと仕舞いながら返す。



『織田の双肩、出し抜いたことは評価しよう』


「はっ、そりゃあ光栄だぜ!」

《サクランボ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



 ニシキはドライバーのボタンを二度叩き、握る拳に力を込めた。



『だが、足りぬ』


「…………は?」


『権六と五郎左の目は欺けても、此処で俯瞰する余の目を欺くことなどできぬ。詰まらぬ。下らぬ。鬼を制して辿り着くならばおろか、鬼から逃げて、魔王に歯向かうか』


「俺はあんたを一度倒した男だ、不服か! 『サクランボンバー』!」



 ニシキが放った渾身のパンチは、ノブナガ闇邪鎧が翳したマントによって防がれた。


 マントにも当然、闇邪鎧としての力があるのだろう。八楯のエナジーと拮抗する、凄まじい邪気がゆらめいている。



『知らぬ。不服。不愉快である』


「はあ?」


『其は織田信長であり、余は第六天魔王である』


「言ってること、分かんねえよ!」


『デ、アルカ。ならば身に刻むがよい』



 熱の一切介在しない冷たい声音とともに、ノブナガのマントが再び翻される。



『圧切。不動。実休。薬研。星切。鬼丸。大般若。長篠。鉋切。岡田切。津田遠江。鶴丸。籠手切。新身。北野。鎬。朝倉。森川。香西。八樋………』



 両腕を拡げ、翼のように張ったマントの内側が、夜空のように渦巻いた。



『須弥山に散りし幾多の縁よ。今一度余が許へ下れ。須弥山よ、其の更に千の縁を率いて下れ。小千世界よ、その更に千の縁を率いて下れ。中千世界よ、その更に千の縁を率いて下れ。

 第六天が魔王、今此処に覇を布かん――神威「三千大千世界」』



 マントの内側から星空が溢れた。

 空間を侵食して拡散した『銀河』が、周囲を呑み込んでいく。


 そして、その星々の煌めき一つ一つが、無数にぎらつくだった。



「拙い。逃げろ、真人! ちっ、耐えられるか? 『ピュリティ・ダイヤモンド』!!」



 ブンショウがドライバーを叩き、ニシキの前に銀幕の障壁を召喚する。



『無駄である』



 ノブナガが放った刀たちは、分厚い天然の要害を、まるで道端に張った薄氷のように削りながらニシキに迫る。


 それはあっという間のことで、ニシキには逃げることなど許されなかった。



「ぐっ、ああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」



 これまでに感じたことのない程に烈しい、焼け付くような痛みが真人を襲った。

 喘ぐ暇もない。

 済んだ空気を求めて口を開けど、後から後からとめどなく断末魔が漏れ出てくるのだから、呼吸さえもままならない。


 せめて、息を吸えるという光さえあれば耐えられたかもしれない。

 それさえも許さぬ苛烈な攻撃に気を失うことさえできずに、ニシキはとうとう心まで抉られるようだった。



 開放されたのは、空へと投げ出された時だった。

 ニシキの体は、変身解除と共に大滝の滝つぼへ落ちていく。


 避難していた一般人たちの悲鳴が上がった。

 関山の大滝といえば、紅葉の観光名所でもある。シーズンにもなれば、東根と仙台を結ぶ道すがら、ここの紅葉を見るために路上駐車をする者も少なくない。


 そんな、『東根の戦士』としての聖域に抱き留められたことを幸いとすべきか。それとも、そこにさえ無慈悲に叩きつけられたことを嘆くべきか。




 国道上では、浮上してこないニシキの気配に興味を失ったノブナガが、淡々と、読み上げるように口を開く。



『余はここで待つ。次は、興じて見せよ』



 それだけ言い残して、ノブナガは配下と共に風に消えた。




――第11話『魔王再臨‐関山協奏曲‐』(了)――

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