中編/赤角輝の竜
後輩だった刀使いのヒーローが、変身の解けた友人と、友人が守った少年を運んできた。
友へと真っ先に手を差し伸べなければいけないのは自分であるはずなのに。それを理解していながら、創は目の前の現実を受け入れられなくて、立ち竦んでいた。
膝が震えている。握った拳に詰めが食い込む。
きっと、満身創痍の真人の方が、よっぽどガタが来ているのに。
それでも、動けなかった。
泣き出してしまった子供たちを慰めることもできない。
避難所でもある保健室のベッドに横たえられ、手当てを受けている友へと歩み寄る。
「真人……」
「へへっ、悪い。カッコ悪いところ、見せちまったな」
歯を見せてから、真人はむせかえった。
口の端からわずかながら、血が一条零れている。
「君が、『舞鶴山に現れたヒーロー』だったんだね」
「ああ。そうらしい」
噂になっているのは糺の方じゃねえかとは思うけどさ、と、真人は一人ごちて窓の外を見た。
外では彼が言う『糺』が変身したヒーロー、剣道部として共に汗を流した後輩・雪弥が変身したヒーロー。そして、山形では知らぬ人の方が少ない天才棋士・成生俊丸が変身したヒーロー。
三人の戦士たちが、横綱姿の異形二体と死闘を繰り広げている。
「ちょっと、動かないで!」
手当をしてくれていたスタッフの声に振り返ると、真人はもどかしそうに包帯を睨んでいた。
まるで、今にも手枷を千切ってここから飛び出さんとしているかのように。
「(どうして君は――)」
雪弥もそうだ。武人とはいえ、それは現代日本に於いてのもの。剣道や居合でどれほど優秀な成績を修めようとも、戦いに身を投じることは難しいはず。試合と死合は、軸が全く異なるのだ。
雛市糺も然り。あれほど性根が澄んでいて嫋やかな少女が、一体どんな理由を以て戦っているのだろうか。定かではないが、それが彼女に我流で腕を磨かせた背景なのだろうか。
俊丸などは最たるものだろう。類型で言えば文系、ましてや名うての打ち手とくれば、戦えるはずもないし戦う理由もないはずだ。何が彼を動かした?
「(どうして君たちは、そんなに頑張れるんだ)」
そんな彼らはヒーローに選ばれたというのに。
こんなにも僕は、渇望しているというのに。
「どうして僕は、ヒーローになれないんだ」
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第7話/中編 『赤角輝の竜』
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「創……」
「それにどうして言ってくれなかったんだい? 僕が作り物だから!?」
「それは……」
「いや、ごめん。八つ当たりだった」
自分が恥ずかしくなって、真人から目を逸らす。
そのとき、保健室の扉が開き、教師の一人が飛び込んできた。
「大変です、タケヒロくんがいません!」
「何だって! どんな子ですか――っ
ベッドから跳ね起きて、直後、真人は呻いた。
「あの、さっき体育館で、子供たちがケンカをしてしまったのはご存知ですよね」
「ああ、それならさっき――」
「その子ではなく、もう一人の方なんです。ケンカを叱った後、拗ねて飛び出して行ってしまって。校舎のどこにも見当たらなくて……」
「おいおい、マジかよ……バックレて家に帰ってくれてることを願うぜ」
そう言って真人は、平行棒でも渡るかのような覚束ない足取りで窓まで進み、外の様子を窺った。
耐えきれずに壁へもたれながらも、彼はじっと視線を巡らせて、
「いた。向こうの木の陰だ」
「ああ、良かった……」
教師が膝から崩れ落ちた。
真人が苦笑する。
「喜ぶのは早いっすよ、先生」
まただ。
今にも倒れそうな真人より、安堵の所為とはいえ、先に健全な人間が膝を突いた。
「助け出さなきゃなんねえけど、糺たちは手が塞がってるし、ここは俺が――」
「僕が行く。これ、借りるよ」
創は真人の手から印籠型の変身アイテムを掠め取り、窓から飛び出した。
「おい待て、ダメだ創――痛ぅ……っ!」
友の苦悶の声を置き去りにして、ひた走る。ただ足を回す。
悔しかった。叫び出したかった。ありったけの感情をバネにして、靴底に取り付けられたならと思う程に。
彼がこれほど命をかけているのに、僕は。
――誰かを笑顔にするために戦っていることは、素敵だと思うぜ。
友はそう言ってくれた。本当に嬉しかったし、もちろん自分の仕事に誇りを持っている。
けれど、それは現代という時代に於いて選択したヒーローの在り方でしかない。
分かってるんだ。それも一つの正解なんだってことは。
あの日から言い聞かせ続けてるんだ。僕は選ばれていないってことは。
「けれど、現に目の前にバケモノがいて! 手を伸ばさなければいけない人がいて! そんな時に僕は、自分の無力さに甘んじて、守られる側に回るなんてしたくない!」
例えば、店で買い物をしている客にとって、目の前の店員がバイトか社員かなど関係ないように。
自分をヒーローと呼んでくれた人がいるならば、僕にとって作り物かどうかなんて関係ない。
「それがどんなに無謀だとしても!」
男の子の前まで辿り着く。
助けて助けて、とうわ言のように繰り返す彼の頭を撫でて、微笑みかけた。
「大丈夫。もう少しの辛抱だから。あとは僕に任せて」
背後から、地を揺るがすような四股の踏み鳴らしが聞こえた。
振り返る。
「この子に手は出させない!」
メダルを差し込むと腰に現れたドライバーに、震えあがる。
守らなければならない命と、張らなければならない命。その重みが腰にかかり、逃げ出しそうになる。
二人の戦士が気付き、声を上げた。
「ちょっとあんた、それ真人のでしょう。何やってんの!?」
「今すぐ逃げてください、創先輩!」
知ったことではない。
「僕が守るんだ。オラ・オガレ!」
しかし、ドライバーへ印籠型のガジェットを差し込んでも、反応がない。
「どうして……」
自分が選ばれていないから、ダメだというのか!
天に咆えようにも、目の前まで迫っていた
創はゲンエモン闇邪鎧の突進を受けて吹き飛び、木の幹に叩きつけられた。
息を吸い込むこともままならず、咳き込む。
アクション用にスーツの内側へクッションが張られているとはいえ、まるで車か何かと衝突したようだった。
胸のパーツがひしゃげている。背中は――どうなっているか知りたくもない。
「(真人……君は、こんな恐ろしいモノと戦っていたのか?)」
自分は今の一撃で折れてしまいそうだというのに。
創はガタガタと外れてしまいそうな膝に歯を食いしばりながら、せめて背中の男の子だけでも守るべく、両手を拡げた。
しかし、視界に映っているのは無味乾燥とした土の色だけである。
ああ、そうか。
砂を削るように滑り込む足音を頭上に聞いたとき、創は歯を食いしばった。
* * * * * *
遡って、創が飛び出した直後の保健室。
真人は自分を羽交い絞めにしてくるアサヒスタッフの二人と格闘をしていた。
「大丈夫っす、大丈夫だから離してください!」
「こんな傷で、とても大丈夫には見えませんよ!」
「ああもう、だから大丈夫なんだっつうの!」
さすがアクターというべきだろうか。糺や雪弥との稽古にも難なく付いてきただけあって、体力にも膂力にも、一般レベル以上のものがある。
変身さえできれば振り払うことも容易いだろうが、人道的にどうかとも思うし、何よりインロウガジェットを取られてしまった状態ではそれも叶わなかった。
「ったく、二人とも、外を見てください!」
真人は叫んだ。
「見てみろよ。今、大丈夫じゃないのは、あいつらだ! 俺なんかより、まずはあいつらをどうにかしねえとだろうが!」
左腕の力が抜けた。
ここぞとばかりに、右へと身体を回す。
「俺ならできる。頼む」
じっと目を見据えると、ようやく彼も腕を解放してくれた。
しかし、にわかに保健室内がざわつき、子供たちが悲鳴を上げた。
振り返れば、案の定変身に失敗していたらしい創が、闇邪鎧の攻撃に吹き飛ばされていたところだった。
反射的に保健室を飛び出す。
動け、動いてくれ、俺の脚。
何度も転びそうになりながら、痺れたように半ば感覚のなくなっている足を引きずるように、スライディングで友の下へとたどり着く。
「おうおう、ヒーローが寝っ転がってるってどうなんだよ?」
「真人……?」
息も絶え絶えに、創が首をもたげた。
手を差し伸べて、その体を起こす。よろめく体を受け止めたとき、真人は何故だか、全身の痛みがふっと和らぐのを感じた。
「君こそ、立っていて平気なのかい」
「ああ」
ああ、そうか。
これが創の笑顔を支えてきた、誰かを守る想いというやつなんだろう。
「傷だらけだ。あんなバケモノに、立ち向かえるのか?」
「ああ」
どこまででも戦っていられるという、根拠のないエネルギーが溢れてくる。
心の底から、かっかと滾る力が湧いてくる。
「嘘だ……無茶だよ」
「ああ、嘘だよ」
「……っ!?」
だから真人は、羨ましく思っていた笑顔を真似して、精一杯に笑って見せた。
「けど案外、無茶でも無理でもねえんだぜ?」
傍らに落ちているインロウガジェットを拾い上げる。
「ぶっちゃけ俺……死ぬ覚悟とか出来てねえんだよ。何回戦ってもあいつらは怖い。戦ってる最中も、戦った後も、痛えし辛えしさ。ほんと、なんでこんなことやってるんだろうって思いながら寝るときもある」
《サクランボ!》
「けど、だから戦える。生きたいから」
《
「でもそれは、俺だけが生きていればいいんじゃない。だから守るんだ――オラ・オガレ!」
《サクランボ!
「しゃあっ!」
空気を肺一杯に取り込んでから、気合一喝。真人はサクランボメイルを全身に纏った。
「さあ、第二ラウンドと行こうか、ゲンエモンさんよ!」
渾身の
闇邪鎧がたたらを踏んだことに、ニシキは拳の具合を確認しながら頷いた。
大丈夫、やれる。
ほらな、創。案外無茶でも無理でもないだろう?
「あら、真打ちのご帰還? 早かったじゃない」
「おかげさまでな! お前こそ、よそ見してんじゃねえぞ!」
「ふふっ、お気遣いどうも!」
レイの軽口に挨拶を返しながら、反撃に転じる。
――いや、転じようとした刹那。
「盛ってんじゃねえよ。もう勝った気でいるのか、あ?」
ニシキとレイの間を割くように、紅き異形が現れた。
内なる衝動がマグマとなって溢れたかのように筋骨隆々とした体躯。顔は憤怒に歪み、折れた角は禍々しい。
全身を覆い隠すかのような薄墨の髪は、さながら幽鬼のようにおどろに揺れている。
「何だ…………鬼?」
「はっ、フザケロ。アレらも眷属ではあるが、俺らにとって、イザナギ、イザナミから見たテメェら人間みてえなもんだ、一緒にすんじゃねえ」
鼻を鳴らして、紅き異形は咆哮した。
「俺は
――後編へ続く――
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