後編/お前が希望を守るなら
「俺は
ツノカワと名乗る異形が天に吼えると、その圧に恐れをなして地が震えた。
轟々と烈しい地鳴りに叩き起こされ、ミダグナスたちが蠢きはじめる。
ニシキは自身を取り囲むミダグナスを殴り、蹴り――背後の創たちに迫ろうとしていた一体にも飛び蹴りをかますと、振り返った。
「へっ。所詮、ミダグナスはミダグナスみたいだな! 」
「真人っ! 油断しちゃだめ!」
闇邪鎧を牽制しながら、レイが叫んだ。
「奥にいるそいつは、あなたのお父さんを手に掛けた奴よ!」
「なんだってっ!?」
驚き、拳が鈍る。
その隙に滑り込んできたツノカワから、大振りの一撃をもらってしまった。
奴はくつくつと、愉快そうに笑いながら、首を回す。
「ああ? ああ。……思い出したぜ。向こうの女は、あの時のジャリガキか。おまけに、あの野郎の息子が後継ぎになったと。ククク」
「この野郎……」
「おう、そうだ。俺がテメエの親父の仇だよ。さあ、復讐に燃えてみるか?」
「そんなこと……言われるまでもねえ!」
ニシキは立ち上がる。そう、言われるまでもないことだった。
拳が怒りに打ち震える。心が憎しみではちきれそうになる。
だが、しかし。
そんなことは、父の望むところじゃあない。
何故インロウガジェットを託されたのか。
何故自分が戦うことを決意したのか。
それらを考えれば、ここで怒りに狂うことが大間違いだと、簡単に結論がつく。
ただ、理性では復讐心を抑え込めても、懼れまでは丸め込むことができない。
尊敬する父を――強い父を屠った敵に、俺が勝つことはできるんだろうか?
「……考えるまでもねえ、か」
ニシキは一度、背後の創と、子供を見やり、深呼吸した。
「うおおおおおおおおおオオオ――――――――ッッ!!」
もやもやと丹田の辺りでうずまく感情を、空に向かって吐き捨てる。
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第7話/後編 『お前が希望を守るなら』
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「言われるまでもねえ。考えるまでもねえ。やらいでか!」
「ほう? なるほどなるほど……クク、良い闘気をしてやがる。あいつの息子だってのも、伊達じゃないらしいな」
「行くぞ、ツノカワ!」
「来やがれ、ニシキ!」
互いに地を蹴る。刹那の後、拳が交差した。
先に顔面へと攻撃を食らったニシキだったが、屈強なツノカワとのリーチを埋めるべく、気合でさらに踏み込む。
拳が彼岸を捉える瞬間に、引き絞った左手でドライバーを叩いた。
《サクランボ!
「『サクランボンバー』ァァァ!!」
「何っ――どおおおあああッッッ!?」
ツノカワがたたらを踏んだ。
空いた間合いを埋めながら、ニシキは銃のリロードをするかのように、一度奥義を発動したサクランボメダルを取り外す。
「オラ・カワレ!」
《ラ・フランス!
「はああああああ――――!!」
気合を閃めかせる。
しかし、首元目がけて払ったラフランスラッシャーは、すんでのところでツノカワに受け止められてしまった。
「なっ、指で!?」
「ったりめえだ、舐めんな。勝機に驕ったヌルい剣を振りやがって」
ツノカワは拳撃の余波が残るらしい頭を振りながら、睨みを効かせてくる。
「それなら――『ラフランスプラッシュ』!」
《ラ・フランス! |八楯奥義‐Ultimate-strike‐《ヤツダテ・アルティメットストライク》!!》
剣から迸らせた水圧で、徐々にツノカワの指が開いていく。
この隙に斬り直す! そう、ニシキが踏み込もうとした、その起こりの瞬間だった。
「洒落臭ェ!」
ツノカワが放った内転させる回し蹴りに、ラフランスの剣が、鍔元から掻っ攫われてしまう。
手元を離れた剣は飛沫を挙げながらブーメランのように飛んでいき、わらわらとひしめくミダグナスたちを根切りにしていった。
だが、肝心のツノカワは平然としており、返す蹴り足に、ニシキは吹き飛ばされる。
「ぐ、ああ……」
「真人!」
「来るな!」
聞こえた創の声と足音を、一括で制する。
ニシキはもつれる足で立ち上がると、苦笑した。随分と吹き飛ばされたものだ。
「けど、真人」
「危ないって言っただろ……それに、お前は何をやってるんだ……?」
「えっ?」
「子供たちに希望を与えるんだろ? その子、ガッチガチに震えてるじゃねえか。そこに希望はあるのかよ?」
創が目を伏せた。
ニシキは彼の足元で怯えている男の子の頭を撫で、膝に付いた砂を払ってやる。
「悪いな、創。さすがに余裕ねえんだ。だから、偉そうなこと言ってるついでに、聞いてくれ」
二人の手を繋がせて、立ち上がる。
「……黙っていたこと、謝らねえぞ」
「…………」
「お前に嫌われてもいい。俺だけが変身してるってことを恨まれてもいい。けどな、お前が生き延びられるなら、お前と笑える未来が1パーセントでも残るなら、俺はここから一歩も退かねえ!
お前が希望を守るなら、俺はその希望を受け取る人が一人でも残るように守る! それが俺という戦士――ヒーローだ!」
インロウガジェットにそっと触れる。
あの時親父も、そういう気持ちでレイを守ってくれたんだろう?
大丈夫。それが伝わっているから、俺はまだ戦える。
「ハッ!この状況で、まだ生き延びられるなんて思ってんのかよ。目出度い奴だな!」
「それはどうかな?」
「あン?」
ニシキは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「来い!」
空に向かって手を翳す。
校舎の向こう――それでもなお隠れることなく雄大にそびえる大ケヤキから、光が飛び出して、ニシキの手に収まった。
拳では軽い。剣では鋭すぎる。
大きな掌でもって相手を薙ぎ払う、豪快な剛力。それが今、ツノカワを退けるために必要な力!
ニシキは大ケヤキの描かれたメダルを片手に、ヤツダテドライバーからガジェットを引き抜く。
《オオケヤキ!
「オラ・カワレ!」
《オオケヤキ!
ラフランスの鎧が解け、代わりに重鎧がニシキを包む。
肉襦袢――もとい、鎧襦袢というべきだろうか。力士の如く猛々しい肉体によって磨き上げられたケヤキメイルは、ツノカワにさえ劣らない、強い膂力の脈動を感じさせた。
しかし、反撃に転じようとしたところで、ニシキは体の異変に気付く。
「おっとと……こりゃあ、走れねえな」
力士の体というものは、シルエットだけならば肥満体のそれだが、その中身は常人を遥かに超える筋肉によって支えられているのだから、考えてみれば当然のことだった。
はてさて、この力を自分に御することができるのだろうか。
鼻の頭を掻きながら、ドライバーのスイッチを一度叩く。
「行くぞ、『ケヤキグンバイ』!」
軍配型の手斧を召喚し、改めてツノカワへと躍りかかる。
「けっ、新しい鎧を纏ったくらいで粋がるんじゃねえ。父親諸共、根絶やしにしてやらァな!」
「させるかよ。瞬発力には自信があるんだぜ?」
ニシキはにぃ、と歯を剥く。
剣道を修める者は短期決戦型――すなわち、速筋が多い肉体であることが多い。
打突部位が限られ、一度の試合時間も高校は四分、一般でも五分と短く、その中で熟達した者同士が、三本勝負という必殺を打ち込む競り合いを求められるのだ。
相手に打つ間合いを与えず、しかしてこちらの勝機を逃さず。己の体重と防具の重さに耐えながら、より遠くから一足で距離を縮め、刹那の一瞬をもぎ取る。
走ることに適さないケヤキメイルでも、剣道で培った蹴り足の力があれば、強い一撃を振り絞ることは難しくないのだ。
ツノカワが振るう、刀のように鋭い腕の一薙ぎを、グンバイで受け止める。
ニシキは連続技の容量で左足を引き付け、さらに一歩踏み込み、どてっ腹にツッパリを叩き込んだ。
「何……、俺が押されている、だとォ!?」
「そうだ! 押し返してやるよ。何度でも!」
咆哮を上げながら、ニシキはドライバーを二度叩いた。
一瞬、全身に不自然な痛みが走るのを感じた。
「(くそっ、奥義の使い過ぎか。……だが、もう一歩だけでいい、持ってくれ、俺の体!)」
《オオケヤキ! |八楯奥義‐Ultimate-strike‐《ヤツダテ・アルティメットストライク》!!》
「トドメだツノカワーー『
グンバイを放り、張り手のラッシュをお見舞いする。皮肉にも、つい先刻、闇邪鎧二体からかわいがりを受けたおかげで、『どこを狙われれば嫌か』ということは感覚的に学んでいた。
反撃をしようとするツノカワの芽を、腕の付け根や鳩尾への攻撃で根本から払い飛ばす。
「おのれおのれ、クソ雑魚風情があァァァッ!」
強引に距離を取ったツノカワが、逆襲の姿勢をとる。
しかしそれは、天から舞い戻ってきた『行事』が許さない。
ニシキはケヤキグンバイを掴むと、ツノカワに向かって真一文字に叩きつけた。
「ぐおおおおおおおおおっ!?」
ダメージの蓄積したツノカワは、異形の姿を保てなくなったのか、荒くれ男の姿に戻っていく。
「勝負あり、だな」
「はあ? っざっけんじゃねえ。竜神舐めんな、コラ。手加減だよ、手加減」
「負け惜しみか?」
「事実だ、間抜け。忘れてねえか、それとも何か? テメェは、テメェの父親を殺した俺を、ちょっと場数踏んだ程度で超えられるとでも?」
「それは……ぐ、ああっ」
ついに奥義連打の反動に耐えきれず、ニシキの変身も解けてしまう。
「ハッ、だっせえ、痛み分けか。締まらねえな、お互いによぉ?
こんなこと言いたかねぇが、俺も本調子じゃねえ。テメェの親父と殺りあったダメージも残ってるらしいしな。だから、次は――」
ツノカワの人間態は、舌なめずりをして嗤った。
「全力で殺り合おうぜ?」
戦闘狂の瞳に、真人はただ、黙って頷く。
「そっくりだな。良い眼だ。テメェ、名前は」
「白水……真人」
「親父の名は」
「義人だ」
「そうか! 白水義人が息子・真人よ! 強くなれ! テメェの
高笑いを残して、ツノカワは瘴気の向こうへと消えていった。
「くっ……そうだ、糺たちは!?」
跪くのもそこそこに、真人は振り返る。
レイたちの戦いも、佳境を迎えていた。
「オラ・カワレ!」
《オヒナサマ!
霞城で得た力に装いを改めたレイが、伸縮自在の小袖でアサエモンとゲンエモンの腕を拘束する。
大岡裁きにも似た体勢で、引き裂かれるような痛みに堪えながら、レイが叫ぶ。
「今よ、お願い!」
「「はいっ!」」
《バラ! |八楯奥義‐Ultimate-strike‐《ヤツダテ・アルティメットストライク》!!》
「今一度、咲誇れ――『焔薔薇』!」
《ショウギ! |八楯奥義‐Ultimate-strike‐《ヤツダテ・アルティメットストライク》!!》
「我が旗の下に集いし将兵よ、奮いなさい――『幻想号令』」
ゴテンに斬り裂かれ、あるいはソウリュウに撃ち抜かれ、闇邪鎧たちは消滅していく。
あとに残った、スーツアクターの姿に、真人はほうっと胸を撫で下ろした。
* * * * * *
嵐の過ぎ去った校庭で、真人は、変身を解いた糺たちと合流した。
「良かった。無事だったのね、真人」
「ああ、なんとかな……だが、仕留めきれなかった」
「ううん。こっちこそ、手間取ってごめんなさい。早くそっちに加勢できれば……」
「力及ばぬばかりに……」
「悔しい……ですね」
「い、いいさいいさ!みんな無事なんだ、まずはそれを喜ぼうぜ!」
真人は努めて明るく笑って見せる。
それは、自分のためでもあった。
霞城で遭遇した、ヨウセンの姿が脳裏に過る。
奴は、異形の姿を取らなくてもニシキを圧倒するだけの力があった。
ヨウセンとツノカワは、どちらも『竜眷属五色備え』と名乗っていた。ともすれば、ツノカワも本来、最後に見せた人間の姿でも凄まじい力を発揮できると見ていい。
今回退けられたのは、奇跡といっていいだろう。
「(ありがとう……親父)」
サクランボのメダルを握りしめる。
もっと強くならなければならない。ムドサゲたちが何を目論んでいるかは定かではないが、少なくとも、山形の人々を危険に晒すことであるのは間違いない。
「真人」
不意に、創から声をかけられ、振り返る。
「うん?」
「真人、僕は……」
彼が言おうとした何かは、校舎から飛び出してきた歓声に掻き消されてしまった。
興奮したような子供たちはあっというまに真人たちを取り囲み、ひっしとしがみついて離してくれない。
「すっげえ、カッコよかった!」
「ねえ、変身して!変身!」
「あ……はは、困ったな」
真人は救いを求めて糺に視線を向けるが、「だーめ」と口パクで伝えられてしまう。
包囲を突破しようにも、子供たち相手ではやりにくい。ミダグナスであればどれほど良かった。
困り果てて頬を掻いた真人は――その手を下ろしがてら、こっそり抜け出そうとする創の襟首を掴み、引き戻した。
「どこ行くんだよ。ほら、お前も来いって」
死なば諸共である。にっひひ、と悪戯っ子のように笑って見せると、しかし、創は目を伏せるばかりだった。
「でも、僕は何も……」
そんな時、子供の何人かが創を囲む。
「タカちゃんを守ってくれてありがとう、アサヒ!」
「えっ……?」
キラキラした瞳に怯えるように、創は、おずおずと視線を向けてくる。
真人は、黙って頷いて返した。
少しの間目を閉じてから、創――いや、アサヒははにかんで、顔を上げる。
「強くなるよ。どうすれば良いかは解らないけれど……いつか、君と肩を並べられるように」
「そっか。俺も待ってる」
どちらからともなく差し出した手を、握り締める。
しかし、それはすぐに、わあっと襲いかかった子供たちによってほどかれてしまった。
「そうだそうだ!もっと強くなって、ニシキなんかやっつけちゃえ!」
「えっ、俺やっつけられちゃうの……?」
「だってお前、タカちゃん助けてくれなかったじゃん!」
「そうだそうだ! タカちゃん助けてくれたのはアサヒだもん!」
「いや、その、俺も一人助けたはずなんだけどなあ……なんて?」
そんな真人の弁解も空しく、子供たちから「うっさい、死ね!」という物騒な言葉とともに、次々とスネ蹴りをお見舞いされてしまう。
反撃などできず、飛び跳ねれば他の子供を怪我させかねない。
とうとう参ってしまった真人は、徐々に集団の輪から抜け出しながら、スネを抑えて倒れ込んだ。
「ぐぅおっっ、どだなだずー!!」
ツノカワと戦う方が楽だったかもしれない。そんな悲痛な叫びが、晴れ晴れとした空にこだました。
――第7話『欅とグンバイ』(了)――
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