後編/王手です
真人たちは子供たちから得た情報を元に、小さな山まで辿り着いた。
「おい、あれ見ろよ!」
山の中腹を指さす。工事現場のブルーシートがやたら目立つように、木々の間に似つかわしくない蒼がうろついているのはここからでもわかる。
「一、二……四体しかいないわ。あと一体はどうしたのかしら」
糺が首を傾げる。分裂していないのか、あるいは。
「嫌な予感がするな。行くぞ」
「命令すんな、バカ!」
真人たちは登山口を探すともなく、山のどてっ腹から突入することにした。
「「オラ・オガレ!」」
《サクランボ!
《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》
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第2話/後編 『王手です』
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彷徨うヒロシゲに飛びかかり、先制の一撃をお見舞いする。
「何代目か知らねえが、くらすけてやる!」
ニシキは続けざまにラッシュを叩きこみ、ボディブローを放った。
しかし、たたらを踏んだヒロシゲ闇邪鎧が四散したのも束の間、すぐに復活を果たしてしまう。仮定が正しければ、こいつは二代目以降のヒロシゲということになる。
「糺! 片っ端から奥義を叩きこむってのはどうだ?」
「おススメできないわね。消耗が激しいし、奥義の連打はガス欠を起こすわよ。もう一体がどこかにいるってこと、忘れないで」
「ガス欠ねえ……どうりでライ○ーキックもスペ○ウム光線も、最後に使うワケだよ」
ニシキは、闇邪鎧に攻撃をかましながら周囲を観察した。
数は四体。それは間違いない。目の前のと、そっちにいる少し明るい青のと、レイが相手をしている暗めの青と……
「……ん?」
ニシキは目を凝らした。微妙な差に思えるが、確かに一体一体の色が異なる。
「おい、こいつら全員色が違うぞ!」
「あら奇遇。やっぱりあんたもそう思う?」
互いに背中合わせとなってヒロシゲたちと対峙しながら、耳打ちする。
「ってことは、本物の色を探せばいいんじゃねえか」
「ヒロシゲ・ブルーってやつね。で? あんた、どれがその色か知ってたりする?」
沈黙が走る。
「ああうん、そうだよな。普通判らないよな」
ニシキはうんうんと、自分で納得する。色の明暗でAとBが別の色だと判断はできても、それがどんな色かの判別はできないものだ。そもそも色の名前を知らないのだから。
「昔な、授業で使ってた油絵具に『クロミアムオキサイドグリーンブリリアント』ってのがあったんだよ。長っげえ名前で、皆笑いながら覚えたんだけどさ、じゃあどの色がそれですかって今訊かれても無理だわ。答えらんねえわ。ハッハッハ」
「……つまり、知らないってことね」
再び沈黙が走る。
「と、とにかくもう一体を捜してぶっ倒すぞ!」
「なんかムカつくけど、了解!」
戦いながら、より山奥へ入ると、随分と年季の入ったプレハブの農作業小屋が見えてきた。
「ああくそ、どこにいるんだよ初代ヒロシゲ!」
もう何度倒したかわからないヒロシゲを再び倒す。少なくとも、周囲にいる奴らが本体ではなさそうなことは理解した。
もう一人はどこなのか。そして、コウちゃんは。
そんな時だった。
「先生!?」
声に顔を上げる。小屋のドアから、男の子が顔を出していた。
「あの子がコウちゃんか!」
「ボク、危ないから隠れてて!」
レイが叫んだが、時すでに遅し。
『見つけたぞ、北斎ィィィ!』
空から降ってきたヒロシゲ闇邪鎧が、半開きのドアを吹き飛ばしてしまったのだ。
『北斎、滅せよ』
ニシキは走り出す。しかし、この距離では絶対に間に合わない。あまつさえ、周囲のヒロシゲたちが絵筆の衝撃波で妨害をしてくる始末だ。
「やめろおおおおおお!!」
振り上げられた絵筆が、コウちゃんに向かって下ろされる。
刹那、その小さな体躯が横っ飛びに吹き飛んだ。
絵筆によってではない。何者か、大人の人影が割り込んできたのだ。
「コウタくん、無事ですか!」
息は上がっているが、落ち着いた口調の丁寧語。乱れてこそいるが、特徴的な作務衣。
「私の後ろへ。大丈夫、すぐに済みますよ」
思わぬ救世主は、成生俊丸だった。
* * * * * *
俊丸はゆっくりと深呼吸した。
「真人さん、糺さん。この子を頼みます」
「は? いや、成生さんこそ下がってください。危ないですよ!」
桜桃の鎧を纏う白き拳闘士の心配に、首を振る。
「ここは私に任せてください。教え子に手を出されたのです、戦うべきは、私です」
作務衣の袖から決意――インロウガジェットを掲げて見せる。
「それは……ダメです成生さん。あなたまで死地に飛び込むなんて!」
紅花の鎧を纏う紅き舞闘姫の説得に、微笑んで返す。
危険は百も承知だった。その点を踏まえて鑑みれば、ここは二人と共闘した方がいいだろうことさえ解っている。今の自分は、力を得て自惚れているのかもしれない。
けれど。
「意地を張らせてください。私が、男であるために。愛おしい山形の地を守る、真の勇士であるために!」
「糺。俺たちは外れていよう」
ニシキの言葉に心中で感謝する。同じ男であるあなたなら、解ってくれると信じていました。
そして私は、そんな優しい心を持ったあなたが山形に住まうことを、そしてあなたが住まう山形を、誇りに思う。
二人の戦士たちと入れ違いに、異形――闇邪鎧と言ったか――が飛び退る。
五対一。初陣にしては上々だろう!
《ショウギ!》
インロウガジェットにメダルをセットする。腰に出現したヤツダテドライバーは、さながら作務衣の帯のようで、随分と体に馴染んだ。
《
「オラ・オガレ!」
《ショウギ!
紋章の光に導かれ、俊丸の体に王の鎧が纏う。着物をベースにした文官、あるいは日本帝国時代の将校が着るようなマントが風にたなびいた。マントがはためく度、描かれた双つの龍――将棋において飛車と角行が成った龍と竜馬――がその身をうねる。
鎧は奇しくもヒロシゲ・ブルーと同系色。天の童が舞い降りた、澄んだ空の青だった。
「私は未来見通す慧眼。棋士にして騎士――
ドライバーのスイッチを押し、右腕に羅針盤型の武器『
「さて、授業を始めましょう。『女子供に手を出すな』という言葉がありますが……これは別に、それが外道だからというフェミニスト的思想ではないのです。だって、人に手を出している時点で、もう道を外れているでしょう?」
歩み寄りながら、盤上天下のダイヤルを回す。
「この言葉は、『女子供に手を出せば、それを愛する男が命を賭して復讐しにくるからやめておけ』という、悪人側の教訓なのですよ!」
ソウリュウは理解した。この高揚感は、怒りだ。
ダイヤルを『桂馬』に合わせ、引き金を引く。はじめは真っ直ぐ発射されたエネルギー砲が、突如二又に軌道を変え、五体並んだうちの間二体を撃ち抜いた。
すぐさまダイヤル調整。『香車』に合わせ、真正面のヒロシゲを逃がさない。
『舐めるな、小僧!』
両端のヒロシゲが同時に飛びかかってくる。しかし、当然想定内だ。
ダイヤルを大きく振り、『角行』へ合わせて天へ射出する。羅針盤から斜め方向に飛ぶ攻撃は、迫る二体のヒロシゲを見事に撃ち落とした。
「つ、強え……」
背後からニシキの感嘆が聞こえる。
「少し、こそばゆいですね。しかし将棋とは戦の再現。つまりこの力は、対多の戦いでこそ真価を発揮するのです」
「でも、ヒロシゲ・ブルーの初代を倒さないと駄目ですよ!」
ああ、成程。ソウリュウは唸った。
道理で、かのノブナガを撃退した二人の力を持ってしても、苦戦するわけである。
「しかし困りましたね。ヒロシゲ・ブルーは別名フェルメール・ブルー。
さてどうしたものか。ソウリュウはダイヤルを弄びながら、思案に耽る。
それを好機と見たか、ヒロシゲたちが絵筆を操り始めた。
『ここに新たな世を描かん。「東海道五拾三次・番外」!』
攻撃によって五体の距離が開いていたこともあり、描かれる絵は、随分と巨大なものになっている。海をバックに宿場町を目指す人々。そしてその奥に望むは雄大な山、広大な空。
さすがは歌川広重の魂。悪に染められて尚、見事な趣だ。
『悪手だったな、棋士の小僧よ。浮世を塗り替える奔流に呑まれるがいいわ!』
「この盤面で……そう、見えますか?」
悪手を打ったのは一体どちらであろうか。目の前に広がるのは、かの東海道五十三次を発展させた新たな一枚といえど、それはヒロシゲの絵なのだ。なれば。
「この絵にて鮮やかに染められた海の青。それこそが、ヒロシゲ・ブルー!」
視えた。右から二番目のヒロシゲ闇邪鎧こそ、本体である初代!
「王手です」
《ショウギ!
ダイヤルを一周させ、全ての駒の兵士を召喚する。天から舞い降りる幻想の駒兵たちは体躯こそ小柄ながら、まるでワルキューレが行進するかのような威風を醸している。
「我が旗の下に集いし将兵よ、奮いなさい――『
ソウリュウが手を払うと、駒兵たちが突撃を開始した。描きかけの絵画を突き破り、本体を守るべく身を挺したヒロシゲたちごと、その体を貫いていく。
地に倒れ伏したヒロシゲに、ソウリュウが歩み寄る。
「『情緒の広重、奇抜の北斎』。常に並び称された好敵手を、本当に消したかったのですか?」
『…………』
最早語る言葉もないとばかりに、闇邪鎧は天を仰ぐのみだった。
「私はあなたを素晴らしい絵師だと思いますよ。今度、うちの塾でも覗いてみてください。次回はあなたについて授業をすることをお約束しましょう」
『…………そうか』
その言葉を最期に、ヒロシゲ闇邪鎧は爆ぜた。
* * * * * *
――山形県天童市・某所
戦いを終え、ヒロシゲの依代となっていた青年やコウタくんを含めた子供たちを無事に送り返した後で、真人たちは、俊丸に連れられて蕎麦屋に戻って来ていた。
既に電話で連絡を入れていたらしく、店に入ってすぐ、天ざる二枚と鴨そばが運ばれてくる。
「一緒に食べませんか? あの時、食べそびれたでしょう。御馳走しますよ」
「マジっすか! よっしゃ、腹ペコなんですよ!」
喜び勇んでどっかと席に着き、蕎麦に食らいついた真人とは裏腹に、糺は少し離れたところで立ち尽くしたままだった。
「ん、ほうひた?」
行儀悪くも、蕎麦を口いっぱいに含んだまま訊ねる。
「成生さん」
「俊丸でいいですよ」
柔らかな返答に、糺は「やっぱり」と長嘆息を吐いた。
「奢る代わりに、あなたが戦うことを認めろ、ってことでしょう?」
「いいえ」
そう言って、俊丸は丁寧に箸を割る。
「断られたとしても、私は戦い続けるでしょう」
「……死にますよ。実際に、私の目の前で命を落とした方もいるんです」
「そうですか」
どこ吹く風で傍をすする。それが、決して忠告を無視するものではないということは、真人たちにも十分に伝わっていた。
そもそも。既に戦いに身を投じている真人や糺がどうこう言ったところで、そこに説得力はないのだ。「あなたも死にますよ」と返されてしまえば、それで終わりだろう。
しかし俊丸はそう言わない。それこそが、彼の覚悟を示す証拠だった。
「いいんじゃねえか?」
「あんたは、また安請け合いをして……」
真人は背中を押したつもりだったが、どうやらそれは、糺の表情をさらに複雑なものにさせるだけだったらしい。
こうなったら奥の手だ。真人は意を決して、禁忌に踏み込むことにする。
「あーあー、早く食べないと麺が伸びるなー。量が多くなってから食ったら太るんじゃねえ?」
直後、スパーンと小気味いい、スリッパの一撃が放たれた。
真人はテーブルに突っ伏した。予測はしていたが、なんとなく、いつもより痛い気がする。
「デ・リ・カ・シー!」
「…………ごめんなさい」
そんな小コントをする二人に、俊丸がくっくと肩を震わせていた。
糺は急に気恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまう。
「ああもう。分かった、分かりました。いただきますし、認めます! ただ、死ぬのは絶対に禁止ですからね!」
「ええ、勿論。それではどうぞ、冷めないうちに召し上がってください」
「やたっ!」
やはり相当腹が減っていたのだろう。『待て』から解放された子犬のように、糺は食べ損ねていた鴨そばに飛び付いた。幸せそうな顔である。
「ちなみに、麺が伸びると言いますが。実際には伸びませんよ」
「えっ、そうなんですか?」
「水分を吸ってコシがなくなる状態を、かの文豪・夏目漱石がそう表現したそうです。つまり、長く伸びるというよりは、腰が抜けてノビている、というニュアンスですね」
「ええと、つまり……太らない?」
おずおずと訊ねる糺に、俊丸は微笑みかけた。
「どうでしょう。水分を含んでしまっている状態ですので、
「ちょっとあんた、口開けなさい!」
「はあ!?」
突如、丼を持ってにじり寄ってきた糺に、真人は不意を突かれてしまった。そのぽかーんと開いた口に、無理矢理そばを突っ込まれてしまう。
「ちょっ、何すんだよ!」
「私オンナノコだから、食べきれないの。手伝って?」
「いやいや、食えよ! 大丈夫だよ! 太るって言ったの謝るから――モガモガッ!?」
「うっさい。アイドルとの間接キスができるのよ、悦びなさい!」
「モガッ……
やがて、ひとしきり笑った俊丸から「汁を吸っているだけで、一杯の総カロリーは変わらない」と説明を受けるまで、真人は地獄の強制わんこそばから逃げることができないのだった。
――第2話『天藍の筆の絵師』(了)――
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