後編/そんな理由で嫉妬したの、初めてだもの


「あんたは、エセ霊能者!」


「似非じゃねえ、元だ、元」



 紲は不快に思った風もなく、からかうように訂正した。

 真人は、自分の記憶にある彼のパーソナルデータが一瞬にして塗り替えられたことに、軽く眩暈を憶えて眉間を押さえる。



「ええと、ちょっと待ってくれ、糺。彼が、前に行っていた『もう一人』の?」


「イグザクトリィ。ろくすっぽ連絡もつかない、キザ野郎よ」


「おいおい、聞いたか? 熱烈なラブコールだ」



 紲は振り返り、楪に対しておどけてみせた。彼女も上品に口元へ手を当てて、くすくすと笑っている。紲の皮肉的な態度には慣れているらしく、糺の「褒めてないわよ!」という言葉にも特に触れることはない。

 自由気儘な戦士は、ふと、こちらに視線を向けてきた。



「おい、白水の御曹司。テメェも義人さんの息子なら、腹決めろ」


「あんた、俺の親父を知っているのか?」


「知っているもなにも、あの人の今際を見取ったのも、テメェの家にインロウガジェットを持っていったのも、俺だ」


「あんたが……」



 自分の運命を激変させた相手が、目の前にいる。

 けれど、どういう言葉を返せばいいのかは判らなかった。


 戦士として糺を守って散ったのだ。父の死については父の納得するところであったと思うし、それを恨みとして紲にぶつけることは筋違いだろう。

 インロウガジェットを自分の手元に仕向けたことも、さしもの皮肉屋とて、伊達や酔狂で行う道理はないはずだ。自分自身、戦いに赴くことは納得している。命の瀬戸際に追いやられたことに対して、怒りを抱くつもりもない。


 ああ、無駄に物分かりの良くなった、『大人』とやらになった自分が憎らしい。



「何故」



 だから、そんな言葉しか紡げなかった。理由があったのは察する。その理由を教えてほしいと。自分の考えているものとの、答え合わせをしてほしかった。



「それはこっちの質問だ、真人」


「えっ……?」


「お前は何故、雛市糺を置いていく? 何故、守って戦うとは考えられない? そして、もしも糺とともに立ち向かっている未来があるとすれば、そのお前は、何故そうしている?」


「俺は……俺は……」



 真人は頭を振った。問いの主軸がころころと変わり、まるで禅問答のように思考を締めつけてくる。



「悩め。そこに答えがある。お前を縛っているのは、お前自身だ」


「俺は、俺は!」



 そんなことは分かっているんだ! 叫びたくなったが、その言葉を吐き捨ててしまったら終わってしまう気がした。



「(俺に、誰かを守って死ぬ覚悟があるのか?)」



 目を閉じる。今一度考える。

 誰かを庇って無防備を晒したがために死んだとすれば、自分は、そこに恨みや、怒りや、後悔の念を抱かずにいられるだろうか。その人を守るという荷物を背負っているせいで負けたのだという思念を残さずに、守ることができた喜びと安堵に、微笑みをたたえることはできるのだろうか。



「いや、そんなこと、考えるまでもなかったな」



 笑いが込み上げる。小難しく考えるだけ無駄だった。



「だって俺は、舞鶴山で初めて変身した時から、ずっと同じ思いだったんだから!」


「ふっ……そうか」



 紲の見定めるような視線に挑発で返し、振り返る。



「行こう、糺」


「えっ? ああ、うん」



 ミダグナスの群れに立ち向かおうとしたところで、ふと、待ったがかかった。



「あのなあ。気合いはいいが、色々と忘れてねえか?」



 振り返ると、紲は呆れたように髪をかき乱し、一つ一つ指を指した。



「一つ、そこのガキはどうする。まあ、それは楪に任せればいいが――頼めるか」


「はい、お任せください」


「二つ、背後にはブルっちまいながらもスクープを求めるマスコミがいるが、そんな前で戦うのか? 今なら映画の撮影だとか、超常現象バケモノに勇敢に立ち向かう青年たち、で済むかもしれねえが、その後はどうする」


「それは……」



 真人は返答に詰まった。こころを抱き寄せた楪の向こうに、カメラが数台。野次馬として集まった人々も、スマートフォンでの撮影を試みている。



「三つ。さて、このカメコどもを封じながらミダグナスを一掃して、お前たちを山形城へと送り込める人間がいるんだが、そのことについては?」


「あ、ああっ、あああああっ!?」



 糺が素っ頓狂な悲鳴を上げた。



「そうよ、こいつがいるじゃない! ねえ、あんたのモンショウメダルは無事なの?」


「愚問だな」



 そう言って、紲はジャケットの内ポケットからガジェットとメダルを取り出した。



「悪いが楪。少し、そこで待っていてくれるか」


「はい。どうぞ、紲さんの思うままに」



 見送る言葉に頷き、紲がメダルを装填する。



《カジョウ! Yah, Must Get Up! Yah, Must Get Up!》


「オラ・オガレ」


《カジョウ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ブンショウ! シジョウ! ゴクジョウ! トウジョウ!》



 空気中に立ち込める見えない水分が、霞となって紲の体を覆っていく。やがてその体をすっかり覆い隠したところで、霞はぱっと晴れた。

 そこには、紫の帷子に水色の法衣を纏った、忍者とも山伏とも呼べるような風体の戦士が立っていた。










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  第6話/後編 『そんな理由で嫉妬したの、初めてだもの』

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「これが、もう一人の……戦士!」


「あン? ああ、何だ、教えてなかったのか」


「あんたに連絡がつかないから紹介できなかったんでしょう!?」



 噛みついてくる糺をからかうように笑い流してから、戦士となった紲はドライバーから召喚して、構える。



紡史王ほうしおうブンショウだ。さあ、あるべき正史を手繰り紡ごうか」



 そんなブンショウの気配を察したか、ミダグナスの何体かがこちらへ押し寄せてきた。



「ったく、名乗りもそこそこに攻めてくるたあ。作曲中のモーツァルトを急かすくらい、無粋過ぎやしねえか?」



 掌を掲げて肩を竦めたブンショウは、しかし、こともなげに得物の独鈷杵をひと払いしてみせる。するとたちまち聖なる霧がたなびき、眩さに視界を遮られたミダグナスが身を捩った。



「そらよ。気持ちを込めてやるから、味わいな」



 彼は手首を二、三度振るってほぐしてから、おもむろに霞に向かって拳を叩きこんだ。

 霞の長さは二メートルほどあり、とても徒手攻撃の届く距離ではなかったが、霞の端から突き入れた拳は反対側の端から飛び出して、見事にミダグナスの顔面を捉えた。



《カジョウ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》


「おーい、テメエら! ちっとばかし頭下げてろ!」



 ブンショウの声に気付き、雪弥たちは何ごとが起きたのか分からないままに従った。



「良い子だ。――『ハイエスト・ミスト』」



 独鈷杵を逆手に持ち、地を打つ。

 地脈が震え、大地に眠る水気すいきが呼び起された。地表から霞となって立ち上ったエネルギーはたちまちミダグナスにまとわりつき、その姿を隠してしまう。


 ブンショウは丹田から吐いた息で気を整えると、飛び上がり、後ろ回し蹴りを放った。

 その威力は霞の内部に伝播し、ミダグナスたちは霞から押し出されるように吹き飛び、消滅した。



 まるで魔法である。

 真人があっけに取られていると、遠くから悲鳴が聞こえた。

 振り返ると、カメラを向けていた人々が目を剥いて、地面を凝視したまま固まっている。

 その足下には、無残な姿のカメラやスマートフォンが転がっていた。



「あいつらには悪いが、カメラを壊させてもらった。霞の湿気で基盤も腐らせているから、既に撮っている分のデータ復旧も無理だろう。残念だな」


「あんた、えっぐいことするのな……」



 唖然としていると、変身を解いた紲に背中を叩かれた。



「何をぼやっとしてるんだ、早くケリつけてこい」


「あ、ああ。あんたは?」


「お前は馬鹿か。それとも何だ。城の外にまでミダグナスが沸いちまう状況で、俺に妻と、子守りを引き受けたこのガキとを置いてそっちにいけと強いる鬼畜か何かか」



 顎をしゃくれさせての抗議からはおよそ怒気は感じられないが、少なくとも、彼がヨシアキとの戦いに参加しないことだけは理解した。



「こいつはこんなだから、気にするだけ無駄よ」



 さ、行こう。と糺が走り出そうとしたとき、何かが弾けるような音がした。すぐに、糺の息漏れが後を追う。

 彼女が挿していたらしい髪飾りが壊れ、髪がほどけていた。



「ちっ……縁起悪いわね」



 オリエンタルな東洋人風の姫か何かを模した髪飾りを、糺は名残惜しそうにポケットにしまい込む。彼女はほどけた髪を結び直そうとして、そんな暇もないと思い直したのか、軽く梳いたくらいに留めて顔を上げた。



「まって、糺お姉ちゃん!」



 駆け出そうとした背中に、こころが声をかける。

 彼女はそっと糺に歩み寄り、自分の髪飾りを外して、差し出した。

 同じデザインのものだ。おそらく、七日町に繰り出した際に買い揃えたものなのだろう。


 こころは糺の手を取り、髪飾りごと包み込むように、小さな量の手で挟み込んだ。



「そのまま行っちゃ、だめ」


「でもこれは……こころちゃんの」


「こころはいいけれど、糺お姉ちゃんはだめ。アイドルは、ちゃんときれいにしてなきゃ」



 ほどけた髪を指して、こころが笑う。



「……こころちゃん」


「早くしろ」



 急かす紲の声に、糺はハッとしたように居住まいを正した。



「ごめん、こころちゃん。後で一緒に買おう。お姉ちゃん急がなきゃだし、今からのことはアイドルとしてじゃなくって――」


「そうじゃねえだろ」



 紲が、きっぱりと言葉を断った。



「うだうだ戸惑ってねえで、さっさとその子の意志を受け取れ、と言っているんだ」


「……え?」


「お前は誰だ? 紅姫レイという戦士である以前に、雛市糺だろう。それともお前は、真人にあれだけ啖呵を切っておいて、自分は『残った女』とやらのことを無視するつもりか」



 紲の優しくも厳しい眼差しに、糺は目を閉じ、息を呑んで、手を頭に持っていった。

 その手が花弁のように開き、頭からそっと離れると、そこには可憐な髪飾りが復活していた。



「礼は言わないわよ」


「だろうな。言うべきは俺にじゃなく、この子にだ。無事に戻ったら、強く抱きしめてやれ」


「わあっ! こころ、お姉ちゃんとぎゅうっ、てしたいの!」



 未来を想像してはしゃぐこころの頭を、紲がぽんぽんと撫でてやる。



「こっちは俺に任せろ。その様子だと、もう一つの忘れていることも、わざわざ言わなくてもよさそうだな」


「ほんっと、いちいち嫌味ったらしいわね。まあ? 子供心に寄り添ってるあんたを見ているのも気持ちが悪いし、言われなくても行かせてもらうわよ」


「おう、そうせいそうせい」



 はっはと笑う紲を尻目に、糺はこちらに目配せをしてくる。

 真人は頷いて、共に走り出した。






 * * * * * *






 大手門を潜った糺は、雪弥たちに続いてミダグナスに飛び蹴りをかました。

 随分としんどい。これまで如何に鎧に守られていたのかと思うと、悔しいほどに情けなかった。こころの気持ちを受け取って、こんなものなのかと。

 目につく雑魚をどうにか散らし終え、肩で息をしながら天守閣を睨みつける。


 一陣の風が降りてきて、ヨシアキが現れた。



『帰ってきてくれたか、お伊万よ』



 またそれか。糺は息切れの合間にため息を吐いた。闇邪鎧として歪められているとはいえ、なかなかに見苦しいものがある。



――もう一つの忘れていることも、わざわざ言わなくてもよさそうだな。



 紲の言葉を思い返し、真人を見る。



「ごめん、みんなと手分けして、雑魚の相手をおねがいできる?」



 真人が目を見開き、振り返った。それだけで、心配が伝わってきて、ただただ心強かった。

 しっかりと頷いて返す。



「これは私の意地。女として、駒姫の代わりにぶちかましてくるわ」



 大丈夫。私は雛市糺なのだから。あなたに恥じない姿、見せたげる。

 糺はそっと、こころの髪飾りに触れて、最後のスイッチを蹴り入れた。



『さあ、近うよれ。二度と離さないことを、弥陀に誓おう』


「……るっさいのよ」


『うん?』


「ああもう、うるっさいのよあんた! 私は雛市糺! あんたの愛しの駒姫じゃあないし、なんならさっきまで駒姫の存在さえ知らなかったわ! 習わなかったもの!」



 ぞんざいに拒絶すると、ヨシアキは唸った。

 空の手のひらを彷徨わせ、ここにいない誰かの影を求めている。



『ならぬ、断じて虚言はならぬ。斯様な美しさはお伊万の他におるまいて』


「はっ、お褒めに預かり恐悦至極! 確かに私は美人よ? でもね、ぶっちゃけ、その辺の学校を覗けば一人二人いるわよこれくらい」


『グ、グアアアアアアッッッ!』



 ヨシアキは乱暴にオニキリマルクニツナを呼び寄せると、地面に叩きつけた。



『何故だ、何故だ何故だお伊万! 儂の下へ極楽より参ってくれたのではないのか。儂のために往年の美しさを取り戻してくれたのではないのか!』


「あーあ……うちのパパもこんなになるのかしら。そう思うと、親より先には死ねないわねえ」



 気持ちは解らなくもない。が。ポケット越しにガジェットをとんとん叩いていた苛々は、もう爆発寸前だった。

 同級生が、彼氏から元カノと比べられることに腹を立てているとかなんとか、コイバナに花を咲かせているのを聞く度、別にいいじゃないかと、比べさせて、自分の方が上だと知らしめてやればいいとは思っていたけれど。


 ああ、これは確かに腹が立つなあ。目の前の男は彼氏でも何でもないけれど。別の女を重ねられるだけでけったクソ悪い。それがどんな偉人でも、どんな美女だとしてもだ。



「ったく、フラれた童貞がストーカーに変わる瞬間でも見せられてんの!? あんたが娘を溺愛していることは聞いたけど、寝言もいい加減にしてよね! そこは悪夢だ、目を覚ませ!」



 我慢がならず、糺はヨシアキに詰め寄った。鎧の胴胸に指を引っかけて揺さぶってから、目の前にいるのが異形だということをふと思い出し、おかしくなる。



「私が綺麗でありたいのはね、あんたのためでもなければ、男の目を引こうって理由でもなければ、自分大好きナルシーだからでもないわ。私がいつか全てを委ねる人が、恥ずかしくないように。私を選んで良かったと、心から信じてもらえるように。そのために、私自身が誇りを持つためのものなの!」



 大きく息を吸う。



「私は前に走りたいのよ! 縋って来んな!」



 思いっきりひっぱたく。不思議と、ヨシアキはよろめいた。



「あんたの娘だってそうだろう! 悲運に命を塞がれても、駒姫は最上義光の娘として誇り高く散ったんだろう! そうあろうという想いを、踏みにじるな! たとえ闇邪鎧に成り果ててしまったとしても、そこだけは染まってやるなよ、父親だろう!?」



 こめかみが熱くなった。涙を拭おうとして、そこが渇いているのに気が付き、熱くなったのは目頭ではないと気付く。

 正体は、こころから託された髪飾りだった。


 とくん、とくん、と。プリンセスの鼓動が光となっている。

 彼女に想いを馳せる。あの子も同じだったろうに。大好きなお兄ちゃんが戦いに赴いているのだ、心配で仕方がないはずだ。それをおくびにも出さず、あろうことか、私への叱咤激励までかけてくれる。



「(参ったなあ。私も似たようなもんだったってわけか)」



 痛感する。さっきは怒鳴ってごめんね、真人。



「――あんたはどうなの、最上義光ィ!」



 髪飾りを外し、握りしめた手で一発ぶち込んだ。



『ぐぅ……っ!』



 ヨシアキが数歩、後退した。

 糺は手の内に残った感触を噛みしめるように、指を開く。

 そこにあったメダルは、三月に現れる、河北町の誇りたるお姫様が描かれていた。

 最近できた小さな親友には心の中で感謝をし、インロウガジェットに装填する。



《オヒナサマ!》



 これが、紲が伝えたかったことだろう。真人が二枚目のメダルを手に入れたことをウカノメから聞いていたのか、あるいは彼も二枚目のメダルを持っているからかは知らないが。まあ、今はそんなことどうでもいい。



Yah, Must Get Up! Yah, Must Get Up!》



 早く片付けて、こころとの約束を果たさねば。

 早く片付けて、真人にじっくりとお説教をしなければ。



「オラ――オガレ!」



 ああ。誰かを想うって、こんなに胸躍ること。きっと、このお姫様も、そわそわそわそわとしていて、ひな壇でじっとなんかしていられなかったでしょうね。



《オヒナサマ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、レイ! 舞い踊れ、レインボウ・プリンセス!》



 新たな鎧を纏う。ベニバナメイルの素体はそのままに、ドレスから振袖へと装いを変えて、紅の大和撫子が降臨した。



『おのれ八楯、伊万を騙り、儂を愚弄するかッ!』


「だから、初端ハナから騙ってないっての!」



 ドライバーを叩いて武器『雛袖』を呼び出すと、五色の内衣で構成された小袖が伸び、振り回されるオニキリマルの刀身を絡め取る。



「お、布衣術? 面白いわね。それなら――」



 糺は一足踏み込んで、ヨシアキの周りを踊るように掌打を繰り出した。

 八卦掌をベースにして、袖の抵抗を感じると同時に、ステップを踏みながらハンズアップ。ターンを決めてシットダウン。するとあら不思議。袖でがんじがらめにされた大将軍のできあがり。



「はあっ!」



 雛袖を引くと、伸びたコードを巻き戻すように小袖が収縮した。

 巻き戻しの勢いに振り回され、ヨシアキがよろめく。



「これで終わりよ!」



 糺はドライバーのスイッチを二度タップした。



《オヒナサマ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



 技を解放すると、小袖は五色雛そばのように帯となって広がった。雛あられのように可愛らしくきらめく姿は、まるで指先から虹を生み出しているようで。

 なんて、綺麗。これからどうするのかということを考えると、ちょっと躊躇しちゃうくらい。


 ……まあ、仕方がないか。



「『五色繚乱』! ちぇいさあああ――――――っ!」



 腕を払った。天空に舞い上がった虹が、瀑布となってヨシアキに降り注ぐ。

 薄れていく山形城の結界の中、ヨシアキは太陽を掴み損ねて、地に崩れ落ちた。


 仰向けの巨体に、糺は歩み寄る。



『……儂は。守れる道はあったのだろうか』


「ないわね。歴史にたらればなんてナンセンス。でしょう?」



 現実を突きつける声は、心なしか震えてしまった。

 ヨシアキが押し黙る。



「でも、まあ。あなたのような素晴らしい父親を持って、駒姫は幸せだったと思うわ。だって『父親がどんな人物か』なんて、そんな理由で嫉妬したの、初めてだもの」


『……そうか』



 そう言い残して、ヨシアキは風に溶けていく。

 糺が霞んだ視界をこすった時にはもう、依代になっていたのだろう、身を寄せ合った父娘の姿がそこにあった。


 父親が、自分のからだで娘を隠しているだけの、雑な抱き方。形振り構わず、娘を守ることだけを考えていたのね。



「お幸せに」



 寝顔に声をかけて、糺は振り返った。

 ほら、もうそこまで、真人たちの足音が聞こえる。






 * * * * * *






 真人たちが城から出ると、こころが出迎えてくれた。



「こころォ!」



 貴臣が大手を拡げて駆け寄るも、彼女はその脇をすり抜けてしまう。驚いて振り返る彼の目には、糺の姿が映っていた。



「糺お姉ちゃん!」


「こころちゃん、ありがとう! こころちゃんがくれた髪飾りのおかげで、お姉ちゃん、頑張れたわよ!」



 そう言って、彼女はお雛様のモンショウメダルを掲げて見せ、喜びを分かち合うように、ぎゅっと、強くこころを抱き締めた。



「残念だな、お兄ちゃ――」



 真人はフラれてしまった貴臣を慰めようと、肩に手を置こうとしたところで、彼の体の震えの異常さに手を止めた。

 悲しみでも切なさでもない。指を組み、膝を立てて、何かに祈るように。



「尊い……」


「いやまあ解らなくもないが、さすがにそこまででは」



 すると、ハグをしていた女子たちから、キッと睨みつけられた。



「こっち見んな、このスケベども!」


「ども!」


「こころォ! そんな言葉を覚えちゃだめだァァァ!」


「……どだなだず」



 ていうか俺も入ってんのかよ。

 自分は関係ないのだと主張するべく体の向きを外すと、遠くに、肩を寄せ合うつがいの姿が見えた。



「紲さん!」



 呼ぶと、彼は振り返りもせず、肩越しに手を挙げただけだった。



「ははっ、どだなだず」



 糺の言っていた、キザ野郎という意味が、なんとなく分かった気がする。

 いつかまた、共に戦うことができるのだろうか。その時には、父を見取ってくれたお礼を言おう。真人はそう、心に決めた。




――第6話『桜天に霞城あり』(了)――

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