中編/伊万の面影


 騎馬から飛び上がったヨウセンが着物の袖をはらりと薙ぐと、その手から瘴気が舞い上がった。

 まるで翼を拡げるように立ち込めさせた邪悪な気を胸元で一つに圧縮し、義光公の銅像へと叩きつける。



「さあ、死して尚梟雄の名を拭えぬ鬼の仕手よ。ムドサゲが王たる余の名において命じる。今、闇邪鎧と成りて姿を現せ!」



 気は義光公の鎧の背を貫き、心の臓まで到達した。

 微かに脈動をはじめたかと思うと、それは離れたところで見ている真人たちにも聴こえる程の鼓動となって辺りに響く。


 集まっている人々には、何が起こっているのかは理解できない。

 しかし、何かが起こっていることだけは理解できたらしい。


 一人が走り出したことで堤防は決壊し、まるで急に海が時化たかのように広場が荒れ狂った。

 真人たちは人の波に呑まれ、逃げてくださいと声をかけることさえままならない。



「クク、皮肉よな」



 ヨウセンが喉を鳴らしている。ふと、その瞳が眼下のある箇所を捉えた。

 家族連れの客だ。父親が、はぐれないように娘を抱き締めている。



「ああ、親子の情とは何時の世もあわれさな。最上義光の前でそのような猿楽を催すとは、反吐が出る程の皮肉よな。あな、甘美甘美。良きものを見せてもらった褒美じゃ、余からの甘露を受け取るがよい!」



 ヨウセンが憎々しげに手を翳すと、義光公像の中で芽吹き育った瘴気が解き放たれ、狂犬のように親子を丸呑みにした。



「てめえ、何をしやがった!」


「舞鶴山よ」


「舞鶴山だぁ?」



 真人は紫の鬼――もとい、竜神の言葉を、にわかには呑み込めずにいた。

 思い返し、立ち竦む。



「みんな、変身だ! あの親子は、闇邪鎧になっちまう!」



 真人は慌てて、インロウガジェットをドライバーに叩きこんだ。



「ちっ、そういうことかよ!」


「呆けている場合ではありませんでした。私も続きます!」


「「「オラ・オガレ!」


《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《スイカ! 出陣‐Go-ahead‐、ギンザン! 力量ウデ良し、器量カオ良し、熱量ココロ良し!!》

《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》



 貴臣と俊丸も倣って果樹八領を纏う。

 ニシキはギンザンたちに親子を任せ、一人、飛び上がった。

 狙いは、不敵な笑みを浮かべている鼻持ちならない野郎である。



「元から断ってやる! おりゃあああああ!」


「はあ……益荒男ぶりは認めるが、鬼武者には程遠い蛮勇よ」


「な――っ!?」



 繰り出した拳はあっさりと捻り上げられてしまい、ニシキは宙に吊られるような態勢を余儀なくされた。



「竜のあぎとは雑食なれど、斯様な青い果実はとても食めたものではないぞ、果樹王よ」


「テメェ……」



 掴まれた拳を起点に身体を振り回し、顔面目がけて蹴りを放つ。

 しかし、足刀がその耳に触れるかという瞬間、ヨウセンは頭を低くしてそれを躱す。空中で勢いのまま体が一回転したニシキの腹に、逆に拳を打ち込んできた。



「が……はっ……」



 砂利に叩きつけられ、ニシキは苦痛に転げ回る。

 内臓を的確に狙ったわけでもなければ、研ぎ澄ませた必殺の一撃であった様子もなかった。構えとフォームこそ一流の風格を呈していた、打ち込み自体はウォーミングアップをするかのようなごく軽いもの。

 獅子が煩わしい蝿に右手を払うように。麒麟が泥を落とすために足を跳ねあげるように。



「これが、竜の力か……」



 ニシキは立ち上がり、ヨウセンを睨みつけた。



「重畳。まだ構える気力はあるか。ならばその拳をヨシアキに向けよ。先も申し付けた通り、貴様の相手は余ではない」


「俺じゃあ不足だってのかよ?」


「然り」



 あっけなく頷かれ、ニシキはたたらを踏んだ。



「強うなれ果樹王。八領を揃え、余を凌ぐほどの昇り龍となった時、相手をしてやろう」


「……随分と余裕じゃねえか。あんた達の目的は何だ」


「無論、世界の破滅を」


「なら、俺たちを生かさねえで、ここで倒したらいいんじゃねえの?」



 俺の親父をそうしたように。

 そう言うと、ヨウセンは愚問だと笑った。



「永き歴史の裏で、貴様ら果樹八領は代を継ぎ、再び立ち上がる。いい加減終わりにしたいと思わぬか。余は十全となった貴様らを圧倒的に屠り、後世の者たちが歯向かおうとすらせぬよう出鼻を挫きたいのだよ。貴様らも、をご所望であろ?」


「ぬけぬけと――」



 我慢ならず飛びかかろうとしたが、ヨウセンが着物の袖で顔を隠したかと思うと、日射しに溶けるように消えてしまった。



「おい、待ちやがれ!」



 虚空に叫んだのも束の間。ニシキの下へ、仲間たちが後退してくる。



「さすがは最上義光公というべきでしょうか。いやはや、強いですね」


「真人、ヨウセンって奴のことは一旦置いて、こっちに加勢してくれ」


「あ、ああ」



 ニシキは闇邪鎧に向き直った。

 元となった義光公の像とはおよそ似ても似つかない異形が、そこにはいた。

 おぞましき姿でありながら、その威風に翳りはない。さすがは出羽の王というべきか。



『増えよったか。忌々しき八楯の群れが、またも儂に手向かうか!』



 ヨシアキはごう、ごうと唸り声を上げ、天に向かって手を翳した。



『来い、稀代の名刀「オニキリマルクニツナ」よ!』



 召喚した一振りの妖刀を手に、巨体が向かってくる。










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  第6話/中編 『伊万の面影』

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「ちっ、刀には剣だ! ――オラ・カワレ!」

《ラ・フランス! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ニシキ! 心に錦、掲げるつるぎ!!》



 フランメイルを纏ったニシキは一文字にラフランスライサーを抜き、ヨシアキの振り下ろす刀に立ち向かった。


 一合し、ぎりぎりと拮抗したのもはじめだけ。すぐに膂力の差が現れ、踏ん張るニシキの足は砂利の地面を抉るように押されてしまう。

 ソウリュウの援護射撃にも巨体がたじろぐことはない。



「ぐ、おっらあああああ!」



 気合いを入れて踏ん張り直そうとした時、ニシキは腹部に走る鈍痛に崩れ落ちた。

 ヨウセンの拳が後を引いていた。

 押し切ってきた刀は右肩に落ち、剣を取り落としてしまう。



「真人! ちっ、食らいやがれ、『スイカダイナマイト』ォ!」



 ギンザンがスイカフレイルを振るい、膨れ上がった西瓜爆弾を叩きこんだ。しかし、



『ふんっ!』



 ヨシアキはそれを左手で受け止めると、まるで石ころでも投げるように――

 投げ返してきた。



「はあ!? いや、待て待て待て待て!」


「私にお任せを!」



 ソウリュウが対空射撃で爆破させることで、辛うじて難を凌いだが、制御を失った爆風によって、ニシキたちは吹き飛ばされてしまった。



『これが今日こんにちの出羽か。のう、伊万いま? これが儂らの慈しんだ出羽か?』



 変身が解けた真人たちに構う素振りもなく、闇邪鎧は途方に暮れた様子で空を見上げ、緑を見渡した。



『今、最盛の美しさを取り戻してやろう。しばし待ってくれ』



 そう言って、刀を地面に突き立て、合掌した。



『「四方梅咲、月白妙、雪清はなにむかい、てをうちて」』



 その言葉に導かれるように、霞城公園は姿を変えた。東大手門には春が、南の済生館には夏が、西の広場には秋が、そして北の門には冬が。

 次々と四季折々の欠片が生まれ、辺りを彩っていく。



「なんだよ、これ……」


「真人さん、あれを!」



 俊丸に指示された方を見ると、そこには立派な天守を掲げた城があった。



「あれは……まさか、山形城……?」



 霞が棚引き、細部まで良くは見て取れないが、天守の屋根には金の鯱ならぬ、銀の鮭が並び誇っているのが判る。



「――ちょっと真人、何があったの!?」



 声に振り返ると、糺と雪弥が駆けつけてくれていた。



「すまねえ、闇邪鎧が」


「オーライ、簡潔でよろしい。ちょっとごめんね、ここ切れてる」



 糺が頬にハンカチをあてがってくれた。包み込むような指先に、ようやくまだ命があるという実感を抱くことができた。



「おい、こころはどうした」


「大丈夫よ。ここに来る途中で騒ぎは聞こえたから、最上義光歴史館のカフェにいてもらってる。というか、そういう気が回る余裕があるなら、シャキッと立ちなさいな、シスコン」



 軽口を叩きながらも、その瞳には安堵の色があった。

 向こう側では、雪弥が俊丸を助け起こしている。



「すみません、不甲斐ないばかりに」


「いえ、皆さんが束になっても敗北を喫する相手では、仕方もないでしょう。……もしかして、最上義光、ですか?」



 静かに頷いた俊丸に、雪弥は目を閉じ、腰を上げた。



「……糺さん」


「ええ、やってやろうじゃない」



 二人は去りゆく背中に待ったをかけた。



「最上義光さん、帰るにはちょおっと早いんじゃないかしら?」


『――――また、八楯か』



 ヨシアキは足を止め、肩越しに睨みつけてくる。



「ええ、その八楯よ」



 宣戦布告をした糺が、インロウガジェットを取り出だしたときだった。



『伊万……? おお、帰ってきてくれたか、お伊万! 三条にいると聞いていたが、よもや山形に戻っていたとは』


「え、なに、私?」


『見よ、出羽の地も還ったのだ! 何をしている、近う、近う寄らんか!』



 糺はこちらにアイコンタクトで疑問符を投げかけてくるが、真人に解かる由もない。

 二人は俊丸に救いを求めた。



「おそらく、お伊万の方とは、義光公の愛娘である駒姫のことかと!」


「はいぃっ!? じゃあ何、私はそのお姫様と間違えられてるってわけ?」



 冗談よしてよと肩を落として、気を取り直すようにモンショウメダルを取り出す。

 だが、しかし、



『何故だ、何故だお伊万! どうして八楯に与をする!』



 ヨシアキが咆哮した。

 共鳴するように山形城がうなりを上げ、天守の窓を開いた。

 すると奇妙な風が吹き荒れ、真人たちには何も不自由がないまま、周囲の桜や梅の木が揺れ始める。


 いや、真人たちにも異変はあった。

 風は真人たちからモンショウメダルを巻き上げ、奪ってしまったのだ。



『八楯など、改易にしてくれるわ!』



 ヨシアキが号令をかけると、メダルたちは天守に吸い込まれ、その扉に封じ込められてしまった。



「おい、やばくねえか、これ」



 真人は空になったインロウガジェットを手に、呆然としていた。

 印籠があれど、そこに紋が刻まれていなかったら威光を示すこともできない。かの隠居が活躍する歴史ドラマは終わりを迎えられず、若き戦士が活躍する果樹八楯は変身するはじまることができない。



『フフ、フハハハハ、フハハハハハハ! さあ伊万、帰ってこい!』


「え…………嫌、私は……」



 太刀を手ににじり寄る闇邪鎧に、糺はカチカチと空のガジェットのスイッチを押し続けながら、か細い声で拒絶をしている。

 その膝は震え、後ろに下がることさえできずにいた。



「しっかりしろ! 一旦逃げるぞ、糺!」



 辛うじて自分を奮い立たせた真人は、ヨシアキの手が届くよりも先に糺を引き寄せ、駆け出した。



『待て、伊万、伊万アアアアアッ!』



 ヨシアキの絶叫を背に、真人はひたすらに足を動かす。彼女の手を離さないことだけに意識を集中させていた。











 霞城公園から飛び出した真人たちは、追手がかからないことを確認し、最上義光歴史館へと避難した。

 係員が怪訝な顔で訊ねてくるのを、自分たちも事情を飲みこめずにいる避難者であることを装って、奥のカフェスペースへ通してもらう。


 他にも逃げ込んだらしい客がいたが、彼らが見たのはヨウセンのみ。バケモノだなんだという声は上がっていたが、闇邪鎧を目撃していないためか、そう遠くまで逃げる様子はないようだ。

 現に、ここへ逃げ込む前、歴史館の前で山形城の写真を撮る者の姿さえあった。


 中に入ると、こころが貴臣へと飛び込んできた。無事の再会に、貴臣の頬も緩んでいる。

 厄災をそのままにしてきたという居心地の悪さを感じながらも、真人たちは一角の席に陣取った。



「ふう。どうやら皆、無事みたいだな」


「それにしても、どうしてあいつは追ってこないんだ? メダルを失ったオレたちなんか、簡単に討てるだろうに」



 声を潜める貴臣に、俊丸が答えた。



「おそらく、ヨシアキが発動したあの技は、結界のようなものなのでしょう。完全なる山形城を構築する代わりに、自身はその中から出られないか、あるいは……」



 そこへ、糺と雪弥が水を持ってきてくれた。真人は礼を言って、一気に煽る。冷たい水が沁み込み、体の内側から腹部を疼かせた。



「お腹、痛むの?」


「ああ、ちょっとな。闇邪鎧を生み出す親玉にやられた」


「そんなっ!」



 糺は何かに急かされるように真人のシャツを捲ってきた。恥ずかしさを払おうとした手を抑えつけてまで、彼女はこちらの具合を調べてくる。

 赤黒くなっている内出血を撫で、毛穴の一つも異常を見逃さないかというほど鬼気迫る表情で。たっぷりと開いた目から、涙が滲み、零れた。

 真人は、そっと彼女の頭に手を置いた。



「大丈夫。生きてるよ」


「…………ほんとう?」


「ああ。奴については後で話す。まずはヨシアキだ」



 糺の肩を起こし、真人は俊丸を見やった。



「イマ、だっけ? 誰なんすか、それ」


「義光公の娘です。東国一の美女といわれていて、その美しさに、奥州平定のためこの地を訪れた豊臣秀次も惚れこみました。当時はまだ豊臣時代だったのですよ」


「秀次は、秀吉の息子だっけか? そんな奴に娘を娶られたら、大出世じゃねえか」


「ええ。しかし、娘を溺愛する義光は断ります。再三の命令にも、せめて成人するまで待ってくれと、そう答えているのです」


「関白に逆らってまでなんて。愛されていたのね」



 糺が優しげに微笑みを湛えた。



「しかし二年後、十五になった駒姫を悲運が襲います。世にいう聚楽第事件――秀次粛清の悲劇です」


「ちょっと待って、あの時代って十四、五が成人でしょう。まさか、嫁いですぐに粛清に巻き込まれたの?」


「いいえ、嫁ぐに巻き込まれました」



 俊丸の言葉に、一同は息を呑んだ。

 雪弥も目を背けるほどだ。同じ女性である糺は眩暈を覚えたようにかぶりを振り、貴臣はこころを離さないようぎゅっと抱きしめている。



「秀次に会ってもいなかったといいます。京に着くのがもう一日でも遅かったなら……それでも、彼女は大名の娘として、運命を受け入れました。それは辞世の句からも読み取れます」


「そんな、なんてこと……」



 とうとう糺が立ち眩んだ。真人はその肩を抱き止め、自分の代わりに椅子に座らせてやる。

 大丈夫と浮く腰に、首を振って制する。



「義光公は、その駒姫と糺さんを重ねてるということでしょうか……」


「そうかあ? だってあっちは東国一の美女なんだろおうあいたたたたたた!?」


「デ・リ・カ・シー」


「いや悪い、場を和ませようとしたんだって、だから耳はダメだって、取れるって!」



 助けを求めるも、貴臣たちは「今のは真人が悪いな」「同感です」と目を合わせてもくれなかった。



「糺さんへの妄執は解りました。それで、僕は戦っていないので判りませんが、どう対策を練りましょうか」


「「………………」」



 雪弥に問われ、真人と貴臣は押し黙った。



「まずは変身できないことには、なあ。あの刀にバッサリで終わっちまう」


「刀、ですか」


「ああ。なんつったっけ」


「鬼、鬼……オニなんとかだ」


「まさか、鬼切丸国綱ですか!?」



 目をくわと開いた雪弥に詰め寄られ、貴臣が首をこくこく震わせる。



「ああ、ああ。だから義光公だけは嫌いなんですよ」


「雪弥くん、どういうことです? 天下五剣に数えられるものは『国綱』と記憶していますが、鬼切丸国綱とは……」


「義光公が造り出した贋作です。元々は、源頼光が天照から授かったという刀の一振り、『鬼切安綱』でした。しかし、鬼丸国綱や童子切安綱の人気に気後れしたなどという理由で、最上家は鬼切安綱の銘を上書きし、あろうことか『鬼切丸国綱』などという紛い物を生み出したんです」



 雪弥は目を覆い、天井を仰ぐ。是が非にでも僕が変身できていればと、歯噛みした口の端から血が滲んでいる。



「雪弥……そうか、刀の道を志すお前にとっては、大敵なんだな」


「私たちにとっても、ですよ、真人さん」


「えっ? ああ、まあ、そりゃあ」



 返事に窮した真人に、俊丸は首を振る。



「もちろん、倒すべき闇邪鎧ということもありますが。ウカノメさんの話では、果樹八領は八幡太郎が八幡様から授かった秘宝なのでしょう? そうであれば、八幡太郎の子孫である源頼光由来の刀を改竄したことは、果樹八楯としても見過ごせないことです」


「でしょうね。白鳥長久を虚言者と断じた男はどこに行ったのやら」



 雪弥も苦々しく頷いていた。












 ふと、騒ぎを聞きつけた真人たちは歴史館を飛び出した。

 外はマスコミやら野次馬やらで溢れかえっていたが、それらが逃げ惑うことで、より混沌とした状況になっている。


 一人を捕まえて訊ねると、霞城の方を指さすだけで、ろくに答えてもくれないままに逃げ出してしまった。


 その先を見やると、霞城から出て来たらしいミダグナスの兵団が、逃げ惑う人々を襲っていた。そして何よりも目につくのは、その前線が押し上げられるにつれて、霞城を中心とした四季の天変地異がじわじわとその範囲を拡げていることだろう。


 真人は雪弥と頷き合った。



「ミダグナスだけなら、変身せずとも行けるかもしれません」


「ああ。よし、糺。お前はこころちゃんと逃げろ」


「ええ――はあっ!? ワイノット? 私も戦う。こころちゃんを預けるなら、それは兄である貴臣くんにすべきじゃない」



 噛みついてくる糺の瞳を、真人は真っ向から見据えた。



「闇邪鎧に狙われてんのはお前だ。少しでも、遠くへ逃げろ。この状況を何とかしたら連絡するからさ」


「オレからも頼む。それじゃ、先行ってるぜ」



 貴臣はこころの頭をくしゃっと撫でてから、雪弥たちとともにミダグナスの群れへと向かって行った。



「これで貴臣はいない。こころちゃんを頼めるのはお前だけだ、糺」


「くどい! そうやって男子ってカッコつけたがるけど、残った女のことは何っっにも考えてない! ふざけんな。舐めんな。私だって戦士だ。傷だらけのあんたたちを置いて尻尾を巻けって、もう一度私の目を見て言ってみなさいよ!」


「ああ、言ってやるさ!」


「――ッ!?」



 糺は言葉を失った。唇だけがパクパクと、『どうして』を伝えてくる。



「お前は親友を助けるために戦ってるんだろ。こんなところで死ぬな」


「でも、でも! ああ、そうよ。ヨシアキが私を駒姫だと思っているのなら、いっそ成りきって、モンショウメダルを返してもらうように頼めばいいじゃない。そのために私も――」


「駄目だ」



 ぴしゃりと打ち切る。

 糺が縋りついてきた。



「お願い、真人! 変身できない状態で勝ち目なんてない! あなたは私に、あなたのお父さんのように誰かが死ぬことを背負えって言うの?」


「ああ、そうだ」


「私に、真人が死ぬことを受け入れろって……そう言うの?」


「……ああ、そうだ」



 真人は目を逸らさずに、きっぱりと告げた。

 残る女性のことを持ち出した、彼女の言い分も解かる。それに反対するのは、決して自分がフェミニスト紛いの人間だからではない。自分のお袋を見て育ったのだ、女性が強いことなど十分に承知している。

 糺に戦う力があるからこそ、その理由を知っているからこそ。



「行け、糺」



 そう、言おうとした時だった。



「――やれやれ。けったいなモンが見えたから戻って来てみれば、らしくねえな。じゃじゃ馬娘」



 老成したような、低い声に振り返る。



「あんたは……」



 真人は目を疑った。男に見覚えがあったからというだけではない。

 伴侶を引き連れたその男は、手近にいたミダグナスの鳩尾を迷うことなく蹴り飛ばしたのだ。



「ったく、乗り込み、取り返すって発想をすんのがテメェだと思っていたが、俺の見込み違いだったかな」


「あんた、あんた――」



 傍までやってきた男を見上げ、糺は声にならない声を漏らしてから、やっと、こう叫んだ。



「――エセ霊能者!」




――後編につづく――

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