中編/父の遺した力


 八楯やつだての力を身に纏った少女は、ドライバー右腰部のスイッチを叩いた。要請に応えたリストブーケ型の円形刃『紅花乾坤圏べにばなけんこんけん』が両手首に現れる。

 変身している間にどうやら進路を塞がれてしまったらしい。まずはうじゃうじゃと鬱陶しい下級兵士・ミダグナスたちを片付けるべく、片っ端から攻撃を叩きこむ。


 流れるように弧を描く腕と、そこから繰り出される拳と脚。幼い頃、カンフー映画の見よう見まねで身につけた、我流の詠春拳である。闇邪鎧という異形は必ずミダグナスを引きつれて現れるため、体力を温存しなければならない。女性が創始したという、最小限の動きで敵を打ち倒す技は、実におあつらえ向きだった。


 先回りさせていた視線が、こちらを囲んでいる最後の雑魚を捉えた。しこたま稽古したダンスの動きを取り入れたステップとターンで、飛び回し蹴りをお見舞いしてやる。

 魂の塵となって消滅したミダグナスを尻目に、顔を上げた。



『ほう、我に仇なすか』



 闇邪鎧は嬉しそうに見えた。もちろん、と顎で返事をする。



『貴様、名は』


「咲き誇る紅花の戦士。紅姫こうきレイ」



 くっく、と闇邪鎧が喉を鳴らした。



『デ、アルカ』



 癪に障る。レイはゴーグル越しに、敵を睨めつけた。

 私はあんたたち全てを倒すんだ。そして必ず奴らに辿りつき、そして――



「ぶっ倒す! ちぇいさあああ――――ッ!」



 願いと怒りに震える拳を繰り出した。



「効いて、ない……?」



 手応えはあった。しかし、よろめく気配さえ微塵もない。

 これが、日本人ならば誰もが知っている覇者の力だとでもいうのか。



『是非も無し。貴様、戴冠より碌に経験を積めておらぬな?』



 闇邪鎧が言う。冷たい声に、仰け反ったのはレイの方だった。



「くっ……うっさいわね、だから何!? あんたを絶対に倒すってコトは変わらないわ!」


『意気や良し。だが、我を第六天魔王と知っての言葉であろうな』



 蝿でも払うかのような刀の一薙ぎ。乾坤圏の刃で受け流し、間合いを取る。



でしょうよ。舞鶴山、人間将棋、依代は敦盛の舞い手! ここまで揃っていてノブナガじゃないなんて言われたら、麓の神社に戻って、肖像画に唾吐いてやるところだったわ」


『デ、アルカ』



 ノブナガが嗤う。



 レイは苛立たしげに、ドライバーのスイッチを二度叩いた。



《ベニバナ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!! 》


「あんたは所詮、魂を弄くられた怪物まがいものに過ぎないんだから――」



 さながら印を結ぶように、あるいは型の演舞をするように。両手首のブーケを打ち鳴らす度、レイの周囲に小さな紅花が舞いあがる。

 それらはやがて彼女の右拳に纏い、美しい頭状花となった。



「――さっさと消えなさい、『紅花爛漫こうからんまん』!」


『むんっ!』



 花のエネルギーを一点集中させた必殺の攻撃には、さしものノブナガも得物で迎え撃つ。

 下から突き上げる拳と、上段から振り下ろした刀とが激突した。


 相打ちを制したのは拳。しかしそれでは意味がない。刀の一振り程度を圧し折ったところで、本体に届かなければ、それは勝ったとは言えない。



「ちっ」



 レイは再びスイッチへと手を伸ばす。しかし、連続使用した奥義はノリが悪いことを思い出す。クールタイム度外視で放った技で、果たしてノブナガを撃退するに至るのだろうか。


 その一瞬の躊躇が命取りだった。


 ノブナガがおもむろに、レイの目前へと銃を構える。



『未熟なる小娘よ、我は貴様に敬意を表す。こちらも秘技を以て応えよう』



 狙いは胸元。心臓の位置だ。



「しまった――!?」


『冥土で誇るがいい。「破軍・三段射さんだんうち」』



 圧がかかり、息が止まった刹那。痛みを感じる暇もなく、ノブナガの姿が急速に遠のいた。











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  第1話/中編 『父の遺した力』

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 真人は呆気に取られていた。

 異形に戦いを挑んだ女戦士が、正確に胸部を捉えられた三度の射撃によって吹き飛んだ。将棋盤から大きく逸脱し、公衆トイレの壁を凹ませる勢いで衝突する。



『皮肉よな。我も不完全であったか』



 一方の化物は、煙の立つ銃口を眺めてぼやき、マントを翻した。新たに『叫び』の兵士を呼び出し、駐車場に押しやられている人々へと矛先を向け始めている。



「おいおい、やべえって!」



 真人は女戦士の方へと駆け出した。


 変身の解除されたらしい少女が、咳き込みながらのた打ち回る。

 生きていた。それだけでほっとする。



「大丈夫か!」



 壁から距離を離して体を横たえると、少女はおぼろげな瞳を彷徨わせた。



「あんた、さっきの……」



 彼女の身体はスーツに随分と守られていたのだろう。満身創痍ではあるものの、あのような銃撃を喰らった割に大きな外傷は見受けられなかった。

 真人が胸を撫で下ろすと、少女は渇いた声で笑った。



「はは、だっさいところ見られちゃったわね」


「ださいも何もねえよ。体、起こせるか?」



 手を差し出したが、弱々しく払われてしまう。



「私のことはいいから。あんたはさっさと逃げなさい」



 少女はそう言って、自力で立ち上がろうともがいたが、たちまち膝から崩れ落ちた。食いしばった歯から荒い息だけが漏れている。



「無理すんなって!」



 気遣ったつもりの言葉だった。しかし、少女から返ってきたのは、憎々しげな視線。



「……無理すんな? じゃあ誰があいつを止めるのよ。無理しなきゃなんないでしょうが!」



 叫んで、たまらず咽る。


 見ていられなかった。どうやら彼女は異形と何かしらの因縁があるらしいが、戦う力が残っていなければどうしようもない。



「分かった。なら俺が行く」


「はあ!?」



 彼女が戦えないなら、俺が戦えばいい。

 真人は辺りに視線を走らせた。公衆トイレのすぐ裏は山の斜面である。木々が生えているおかげで、手頃な棒切れはすぐに見つかった。


 正直怖いが、やらなければ死ぬのだ。それならば、やって死んでやる。

 武者震いか臆病風か。ガクガクと笑う膝を深呼吸で落ち着けていると、その足首を掴まれた。



「行っちゃダメ。死ぬわよ」



 瞳の色は切実だった。鬼気迫る勢いすら感じる。



「それを捨てて。お願いだから」



 真人は少女の強さに息を呑んだ。

 先ほどは悪い部類に入る出会いだったが、彼女は今、こちらの身を本気で案じている。自分がボロボロになりながらも、なお。


 きゅっと足首にかけられた力に反応するように、手から棒切れが滑り落ちた。

 それを確認した少女は、柔らかく微笑む。



「生身の人間が闇邪鎧に敵うはずないの。それは勇気ではなく、無駄死に」



 足を放され、真人はよろけた。



「じゃあどうすりゃいいんだよ。俺が変身できるわけでもねえし……」



 負け惜しみを口にしながら、汗でびしょびしょになった手のひらを、ジーンズの尻で拭う。

 ふと、ポケットに固い感触があった。



「そうだ、あるじゃねえか!」



 今朝見つけた父の形見。そういえば、元々少女との接点も、この携帯灰皿もとい印籠がきっかけだったことを失念していた。

 彼女はこれで戦士に変身していた。それならば。


 真人がポケットから取り出した印籠に、少女の目の色が変わった。



「ちょっと、どうしてあんたがインロウガジェットを持ってるのよ!?」



 真人はさっき見た光景を真似て、少女がインロウガジェットと呼んだケースを開いてみた。

 しかし、何度か開け閉めを繰り返したところで、変化が起きる兆しさえない。


 何かが足りない。真人は必死に記憶を掘り起こした。



「ヘイ、こら無視すんな。どうしてそれを持ってんのかって訊いてんの!」


「なあ。さっき君が使ってたメダル、貸してくれ」


「はあ? いやムリムリムリムリ!」



 腰のポーチへ手を伸ばそうとすると、彼女はダンゴ虫のようにうずくまり、死守の姿勢をとった。今が非常事態でなければ、いたいけな少女を襲う変態野郎の構図だったに違いない。



「インロウガジェット……だっけ? こいつとメダルがあれば、俺も変身できるんだろ?」


「ムーリーだーってー!」


「嫌なのは分かるけど、ほら、こんな状況だからさ」


「だから無理なの! 私のメダルじゃあ、あんたは変身できないのよ」



 少女はなんとか体を起こすと、壁に上体をよりかけた。

 ポーチから出したインロウを開き、メダルをひっくり返して見せてくれる。



「インロウガジェットのケースの中にマークがあるでしょう? これと、モンショウメダルの裏面に描かれたマークが一致していないと、適合しないの。アンダースタン?」



 彼女のインロウとメダルに描かれていたのは、変身時に現れた二重円――これは『北』の崩し字である――に『河』の字の刻まれたもの。河北町かほくちょうの町章だ。



「そういや、そんなんあったな」



 妙な位置に描かれていると思ったが、ちょうどセットしたメダルの背面とぴったりくっつくようになっているらしい。



「で? あんたのインロウガジェットはどこのよ」



 よこしなさいと言わんばかりの手に、真人は自分のインロウを渡す。

 受け取った少女は、覗きこむなり頬を引きつらせた。


 こちらに描かれているのは東根市章である。兜の前立てのような曲線形から先端だけが分離しているシンボルマークで、公的には東根の『ひ』を図案化したものとされている。



「まさか、そんな……はあ、最悪だわ。あのエセ霊能者、何てことしてくれたのよ」


「何かしたのが?」


「こっちの話!」



 少女は口調とは裏腹に、両手でそっとインロウを突き返してきた。てっきり放り投げられると思っていただけに、恭しくもとれる態度に肩透かしを食らった気分である。

 そんな真人の困惑をよそに、少女は現実を言い放つ。



「ともかく、モンショウメダルがないなら変身は無理。あんたは帰って、お父さんの形見を大事に仕舞って、とっとと寝なさい」


「どうして、これが親父のだって知ってるんだ?」


「私、そんなこと言ったかしら」



 あまりに自然なスマイルは、言った言ってないの押し問答を飛び越えて、自分の聞き間違いだったのだろうかという思いを抱かせる。


 真人が首を傾げていると、そこへ『叫び』がやってきた。



「ったく、こっちは取り込み中なんだよ!」



 顔面を力いっぱいぶん殴ると、『叫び』は塵になって消えていく。



「倒せた……?」



 感触を忘れないよう拳を握る。よし、やれそうだ。



「ミダグナスを倒したくらいで調子に乗るな、バカ」


「ミダグナスぅ?」


「そうよ。あいつらは、この辺りに眠る浮遊霊が実体化したものなの。ずっと大昔から溜まりに溜まった、供養もされずに忘れ去られた存在よ。群れない限り、生身の人間でも対処できる。

 問題は親玉である闇邪鎧の方。あっちは土地に縁のある偉人の魂の欠片を、ムドサゲっていう奴らが邪悪に染め上げたモノ。あんたじゃ太刀打ちできないわ」


「そうかよ……」



 出鼻を挫かれ、真人は肩を落とした。

 変身できないことは解った。目の前の少女も、まだ立ち上がれるまでに回復していない。ミダグナスとかいう奴らは倒せても、闇邪鎧とかいう親玉には生身の人間が敵わないということも聞いた。


 しかし、だとしても、だ。それが逃げる理由になるものか!



「あーくそ、なんなんだず、どだなだず! 頭がパンクしそうだ!」



 吐き捨てて、自分の頬を引っ叩く。



「俺にやれることがあるかもしれないってのに、指咥えて見てられるかよ!」



 足下の棒切れを拾い上げ、今度は落とさないよう手の内を調節する。



「ンなことしてたら、親父に笑われちまう!」



 真人は左手にインロウガジェットを握りしめ、



「ちょっと、待ちなさい! だめ、待って!」



 少女の悲鳴を置き去りにした。











 ガムシャラに得物を振り回し、真人はようやく何体目かのミダグナスを倒した。

 余裕なんてない。学生時代の剣道経験が役に立つかとも思ったが、防具の有無による安心感にどれほど守られていたかを痛感する。気声を発しようにも、口を開けば恐怖に叫び出してしまいそうで、じっと歯を食いしばる。


 それでもどうにか、闇邪鎧の背後を取った。

 しかし、振り上げた棒切れが止まる。



『――笑止』



 闇邪鎧はこちらに背を向けたまま、刀の柄で腹を突いてきたのだ。



「か……はっ……」



 たまらず膝をついた真人は、頭を掴み上げられた。

 禍々しい巨躯と視線が合う。底冷えのするような眼だ。



『意気や良し。だが、是非も無し』



 斬る価値もないとばかりに、放り投げられる。

 慣性のままに石畳を転げ回った真人は、力なく地に伏せた。



「ちく、しょう……」



 腕に力が入らない。脚が震えて仕方ない。威勢よく出しゃばって、このザマだ。

 気が付けば、自分がいるのは将棋盤最奥列の中央。つまり、『王』の位置。


 痛烈な皮肉だった。こんな醜態を晒す者の、何が王か。



「親父……俺、どうすればいい……?」



 握りしめたインロウガジェットに縋りつく。

 こいつで変身ができるんだろう? でもよ、メダルがないと駄目らしいんだ。

 なあ。親父は、何か知っていたのか?

 教えてくれよ。俺は戦わなきゃならないんだ。



「俺は皆を助けたいんだよ! 頼む。力を貸してくれ、親父!」



 叫びに応えるように、インロウガジェットが輝いた。

 体に力が漲る。不思議な感覚だった。おそるおそる立ち上がった真人の周りを、小さな何かが回っている。

 そっと手に迎えると、それはサクランボの紋様が描かれたメダルだった。



「サンキュな、親父」



 握りしめたモンショウメダルを、インロウガジェットに装填する。



「けど、この一歩だけでいい。そっから先は、俺自身で走って見せるさ!」


《サクランボ! Yah, Must Get Up! Yah, Must Get Up!》



 腰にヤツダテドライバーが出現し、待機音声が流れる。

 戦う決意で拳を引き結び、構えた。



「オラ・オガレ!」


《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》



 身に纏うスーツは、何者にも負けぬ正義の白。胸にサクランボを模した紅の鎧を備え、果実の軸の代わりに緑のスカーフが風にたなびいている。


 果樹王ニシキ――山形の若き王が、今、覚醒した。




――後編へつづく――

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