後編/おやすみ


――関山・山中



 山道に乗り込んでいた糺たちは、そこでハチモリ・ヒデヨシのタッグに再会した。



「ビビッちまってるかと思ったが。よく来たな」


「ビビる? ああ、震えてはいたわよ」



 ハチモリの挑発に、糺は鼻を鳴らして返す。



「――怒りにね!」



 叫びを呼気とし、横隔膜に力を籠める。

 今やすっかり体に定着した『声を出すノウハウ』に、まさかこんな状況でボイストレーニングに感謝することになるとはと、糺は内心苦笑した。


 ああ、そうだ。

 私は――私たちは。持てる限りの技術をすべて使って叫んでやる。

 だから、耳をかっぽじって聴きなさいな。


 あんたの最期となる戦いの始まりを告げる、鬨の声を!!



「「「オラ・オガレ!」」」

《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》

《サクラ! 出陣‐Go-ahead‐、ルカ! 届けSacred-Loveサクラ、永久へ咲クLoveサクラ!》

《リンゴ! 出陣‐Go-ahead‐、アイゼン! 一切合切ギッタンバッタン!》



「「「おおおおおおオオオオオオ!!」」」



 鎧を纏うのもそこそこに、雄叫びを上げながら走り出す。


 狙うは大将ハチモリの首ただ一つ。

 糺は今一度、熱い想いを握りしめた拳を胸に叩きつけ、変身を完了させた。



『キキッ! 逃げ出すような輩が何人束になろうが、何度来ようが同じこと! 愉快な愉快な猿回し、いつもより余計に回してござ~る。ウキッ!』



 余裕綽々といった様子で、ヒデヨシがぴょこぴょこと飛び跳ねている。


 おしりぺんぺんの姿勢を睨みながら、ルカがフローラルタクトを召喚した。



「そっちこそ、逃げられた分際で何言ってんだし。そうやって取り逃がしちゃうくらいだから、本能寺にも間に合わなかった系じゃないの?」


『あ? おみゃー、たーけたこと言いよるのう。ちょうすいとると、潰すぞ? ――「墨俣一夜城」!』


「最初っからそのつもりだし! ――『咲クLOVE!サクラ☆ブロッサムシャワー』!」











//**************//

  第12話/後編 『おやすみ』

//**************//











 ハリボテ城の狭間から放たれる狙撃の雨を、ルカは努めて落ち着いて撃ち払う。


 別に、熱くなっていないわけではなかった。

 確かに糺や愁慈郎に比べれば、鮭川凛に対して『大切な「つや姫」の仲間』というの認識しか持たない自分が戦いに参加することは、どこか温度差を感じるような気がした。


 糺も、愁慈郎も。そして、彼女らを茶化すハチモリも。

 ぶっちゃけ今、流香のことなんて見てない。


 けれど、寂しくはなかった。

 父と母という肩書だけの何者かがそうすることとは、まるで違う。

 力になりたいという気持ちも、父と母という肩書だけの何者かにすることとは、まるで違う。


 胸の奥があたたかい。



「(左右で弾幕のリズムを作ってる。そろそろ崩してくる頃かな――うし!)」



 だから頭を冷やす。

 誰よりも想いを燃やしている糺の悲願。愁慈郎の切望。


 自分のミスなんかで、潰えさせてたまるものか!



「ちょーちょー、アイドル相手にリズムゲーとか、舐めてる系? 流香を狙っているタップは一か所なんて、フルコン余裕なんですけど」


『ウッキーッ! ほんっと~にいけ好かないガキだぎゃあ!』



 怒りに地団太を踏むヒデヨシに、ルカはマスクの中でほくそ笑んだ。


 それでいい。

 



 しかし、ルカたちには誤算があった。

 囮作戦というものは、囮が囮として成立してこそのものである。



『よろしい、ならば戦争だぎゃあ!』



 ヒデヨシは苛立ちを振り払うように一度大きく飛び跳ねると、腕を組んで仁王立ちの態勢を取った。



『――「鬼刻卍血」』


「……へっ?」



 思わず手を止めてしまう。向こうの射撃も一旦停止していたことが幸いだった。



「キコクバンケツって……雪弥くんたちが言ってた、鬼の力の開放ってやつ!?

 いーやいやいや! お猿さんは鬼じゃないっしょ!?」



 狼狽えていると、ヒデヨシは一笑に付すことすらせず、淡々と、軽蔑するような声色で告げてくる。



『この術式は、刻まれた真の名を解放する業よ。つまり、儂の場合は「太閤」になるわけじゃな』



 これまでとは打って変わって、おどけた色のない態度。

 ヒデヨシの風格が変わったことは、武術や氣などといったものに通じていないルカにさえひしひしと感じられる程だった。



『畏れたな?』


「…………えっ」


『それでいい。そのまま平伏せ、下郎。――「律令結界・刀狩」』



 ぞわ、と背筋を支配した怖気に弾かれるように、ルカはフローラルタクトを掲げた。

 拙い、何かが来る。



「う、うわあああああああああ――――――――!!」

《サクラ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



 砦を破壊するために、残る全力を込めてタクトを振るう。

 しかし、桜吹雪が発射される前にこちらの下へと達した結界によって、フローラルタクトは消滅してしまった。



「えっ、ちょ、何でっ!?」


『刀狩だと言うたじゃろう。お前の得物は、指揮棒であると同時に細剣でもある。儂の領域の中では、いかなる刃の存在も許さぬ』


「ハッ! なんだよ、奥の手隠してやがったか。さすがは太閤にまで登り詰めた知恵者様だこって」



 木の上で俯瞰していたハチモリが、手を叩いている。



「どうするよチビ助。お前が何を企んでいたかは知らねえが、武器振り回せなくなったんじゃおしまいだな。帰ってママのおっぱいでも吸ってな。――ああ! そういえば、お前のママは男のところだっけかぁ!!」



 白々しい言葉を投げかけられるが、しかし、ルカは動じなかった。


 そう。確かに誤算があった。

 押し潰すだけの力を持つ相手の前では、囮など無力。


 けれど。

 それは、こちらが成す術なく押しつぶされた場合のこと。


 ルカは肩を竦める。



「ちょっと、イラッと来るけど……まあいいや。そうやって流香のこと甘く見てくれたおかげで、今があるんだもんね」


『何を言っている?』


「行って、シュウちゃん!」



 ルカはに向かって声を上げた。



「応! 剣が駄目だっつーんなら、拳でぶん殴るまでよ!」


『ぬんっ!?』



 すぐ背後に現れたアイゼンに、ヒデヨシは驚きを隠せずにいた。

 だが流石は太閤というべきか。すぐさま現在展開している城を解体し、対アイゼン用に展開し直そうと動く手際に淀みは見られない。



「先手、必勝ォォォ!!」

《リンゴ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



 アイゼンは新たに展開されようとしている一夜城の、その放出される直前のエネルギー体に向けて拳を叩きこんだ。



『放出前とはいえ、膨大な法力の質は変わらぬ。お前の小さき手などでは、無駄な足掻きよ!』


「なら、もっぺん力込めてやるだけだ!」

《リンゴ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



 地面に足を踏ん張り、アイゼンはドライバーを叩いて奥義の質量を底上げしていく。

 一回こっきり。失敗に終われば敗北確定の荒業である。


 わずかに拳が押し込まれたことに焦ったか、ハチモリが声を荒らげた。



「いいのかよ? ここで力を使い果たしちまったら、大事な大事な『鮭川凛ちゃん』を、テメェの手で救うことなんてできないんだぜ?」


「洒落臭え」


「…………あ?」


「洒落臭えって言ってんだよ!」

《リンゴ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



 さらに奥義のギアを上げたアイゼンは、咆哮する。



「確かに、好きな女守るために出しゃばりたいのは男の性だ。だがな。そうしない事ことこそが最善手であるならば、俺は喜んで身を引く!」


『そのために命を無駄に散らすようでは詮無き事よ。嗚呼、お前を見ていると業腹よ。お市様を得て粋がっていた勝家を思い出すわ!』


「うるせぇんだよ猿畜生!」



 ぐんっ、と上体を倒すように体重をかけた拳は、ついにヒデヨシの一夜城のエネルギー体を打ち破った。



『ぐっ、ぉぉぉ……!』



 真正面から奥義を打ち破られたことで、ヒデヨシは胸を抑えて呻き、苦しみにたたらを踏む。



「――我が聖拳に刻むは、愛一文字ィ!」



 この機を逃さんと、アイゼンが顔を上げた。

 煌々と燃えている拳は、まだ奥義を解除していない。



「右手の恵愛空より広く、左手の情愛海より深しッ!」


 一歩。


「三面六臂の明王より賜りし、『愛羅武勇』を携えて、咲かせてみしょう愛の華ッ!」


 また一歩。


「四苦八苦。足して百八の煩悩、この義愛王アイゼンが――ぶん殴らせてもらうぜ!」

《リンゴ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》



 間合いを詰めて、アイゼンはさらにギアを上げた拳を引き絞った。



「歯ァ、食いしばれよ? ――『壱ノ型・仏血義理夜露死苦』!!」



 開放された巨大なリンゴの籠手に貫かれ、ヒデヨシは断末魔を上げる間もなく砕け散る。


 ぜえぜえと肩で大きく息を整えようとしていたアイゼンだったが、回復よりも、酷使した果樹八領の装着が解かれる方が先だった。


 耐えきれず、地面に倒れ伏した愁慈郎に、ルカが駆け寄る。


 そこへ、頭上から拍手が降り注いだ。


「ハーッハハハハハ! おめでとう! よかったな! サルを斃した。そこそこには面白い見世物だった! ……だがそれまでだ」


「…………あン?」



 ルカの手助けがあって起こすことが精いっぱいの状態からも、愁慈郎のギラつく双眸がハチモリへ向けられる。

 奴は「おお、怖い怖い」とせせら笑った。



「力を使い果たして、テメェは何を手に入れた? オレはピンピンしてんぜ? 威勢だけじゃ女は守れねえんだよ」


「……ああ、そうだろうな。その通りだクソ天狗」


「良い子だ。よく分かってンじゃねえか」



 鼻を鳴らしたハチモリに構わず、愁慈郎は続ける。



「だからこそ、に託したんだ」


「……あ?」


「――良い子ねグッボーイ。花丸をあげましょう。大輪のね!」

《ベニバナ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》


「なっ、があああああっ!?」



 どこからともなく、木々に反射して聞こえてきた声へ振り返る前に、ハチモリの体が吹き飛んだ。


 木の枝から地面へ、数メートルの高さから叩き落されたハチモリは、暫く転がった先でようやく停止する。



「さすがはムドサゲ。これだけじゃくたばらないのね」



 着地したレイが、ふらふらになりながらも爆ぜる様子のないハチモリに嘆息した。



「あ、がァ……痛ェ……!」



 何とか立ち上がったハチモリは、人間態に変化して、勝ち誇ったように歯を剥く。



「は、ハハッ、ギャハハハハっ! 今のでトドメを刺せなかったのが運の尽きだな雛市糺ィ!」



 しかし、レイがそんな遠吠えを意に介すことはない。



「ホーリィシット。私の大好きな貌で、それ以上言葉クソを吐かないでくれるかしら」


「うるせぇ、うるせぇうるせぇ! 勝ちゃあいいんだよ。この姿のオレのことは殴れねえだろ!!」


「それはどうかしら? むしろ喜んで殴ろうと思っているわよ、私。だって、、せめて凛の魂だけでも無事に天国に送ってあげたいもの」



 じりじりと詰め寄ってくる足取りに、ハチモリはたじろいだ。



「けっ、やって見ろよオラ。その瞬間、オトモダチは永遠に帰ってこないがな!」



強がるなドント・エール。今ので確信したわ」


「…………」


「あんたたちは依代を介して現界できているんでしょう? それなら、本当に、一番困るのは、依代を失って彷徨うこととなるあんた自身じゃないかしら」



 クスクスと冷たい微笑を湛えながら、レイはドライバーをタッチする。



《ベニバナ! 八楯奥義ヤツダテ・アルティメットストライク!!》


「昨日、私と愁慈郎の攻撃を避けたあんたも然り。以前、真人が霞城公園で対峙したヨウセンも然り。あんたらは人間態でありながら、本来の依代自身が持つ身体能力を遥かに凌いでいた」



 立てた指の先を、トン、とハチモリの腹部に当てがう。

 攻撃に対する筋硬直防御反応を事前に引き起こすことで最大限のダメージを叩きこむ、二打仕掛けの高等技術である。



「つまり、原理は闇邪鎧のそれと同じ。今のあんたはあくまでムドサゲの能力としての擬態で、本来の依り代である凛は、あんたの内にいる。違う?」



 ハチモリが表情を歪めた。

 それは、糺の読みが誤りであると嘲笑うようでもあり。図星を突かれて引き攣っているようでもあり。


 レイは心の中で祈った。

 親愛なる友人へ懺悔した。



「(凛。間違っていたらゴメンね)」



 だが、目は瞑らない。万が一のことがあっても、己のしでかしたことを永遠に脳裏こころに焼き付けるために。


 しかとハチモリを睨めつけるべく、レイは目を見開いた。



「『紅花爛漫』!!」


「ぐあああああああああ――――――!?」



 凄まじい爆発に、ルカと愁慈郎は目を細める。


 ただ一人刮目していたレイは、収束する火の手の後に残った人影へと手を伸ばした。


 腕の中にを抱くと、そっと横たえて無事を確認し、変身を解く。


 ドライアイスが漏れるように、緑の瘴気が彼女の体から抜け、やがてその頬に血色が戻ってくる。

 静かに眠る凛の表情はとても穏やかなものだった。



「やった……? やったし! っしゃー、大勝利ィ!」



 変身を解いた流香がきゃっきゃと飛び跳ねる。

 彼女に肩を貸してもらいながら、覚束ない足取りで、愁慈郎がやってきた。



「糺。ありがとう」


「ううん、こちらこそ」



 涙でくしゃくしゃになりながら、



「お帰り。凛」



 糺は、凛の体温を慈しむように、何度も何度も抱き締めた。







 * * * * * *






――関山・大滝




 赤い欄干の隙間を、ニシキマオウが交錯する。


 然程広くはない橋の上だというのに、マオウ闇邪鎧の攻撃が鈍る様子はなく、こちらがサクランボンボンでどう飛びかかろうと、刀を振るって迎撃してきた。


 昨夜の内に、その辺りの話は俊丸に聞いていた。

 一説によれば、豊臣秀吉が刀狩令を発布したことは『刀を集めるため』とされており、実際に数打の類は資源として利用されながら、名刀などは保管されていたのだとか。

 しかし織田信長は、さらに輪をかけての刀剣コレクターであったとされ、京都の茶会の際には、数々の刀を披露していた目録が残っている程であるという。



 闇邪鎧としての躰は巨大なれど、狭いところでも切れ味を存分に誇ったという『圧し切長谷部』や、そもそも刀身の短い短刀の類など、返し手が尽きることはないらしい。



 そして、それらを口寄せによって使役したものが『三千大千世界』の正体である。




 不意に欄干の隙間から異次元が開き、刀の切っ先が視界の端に映る。



「くそっ、またか!」



 空間を縫うように飛来する刀たちを後ろっ飛びで躱したニシキは、あっという間に橋の端まで追いやられてしまっていた。


 これが仕切り直しになるならばまだ良いが、マオウ闇邪鎧は銃を取り出して更に攻め立ててきた。

 ニシキも負けじと、サクランボンボンからのタネ飛ばしで応戦する。



「ちぃっ!」


『ぬぅん!』



 互いにたまらず、橋の上から飛び退る。


 見た感じでは浅瀬であり、夏場には水遊びの場として開放されている場でもあるため足下の不安はない。

 惑うことなく降り立ったニシキは、すぐに態勢を立て直した。



 橋を挟むように位置する小さな川原地帯に立ち、改めてマオウと対峙する。



 果樹八領の鎧を纏っているとはいえ、手の内、体力、膂力、全てにおいてこちらが劣っている。

 一撃必殺の活路を見出さない限りは、このままジリ貧になることは解り切っていた。



 意を決し、ニシキは信長公から譲り受けたメダルを取り出す。



『その力。……成程。我の礎か。人間に頼るしかないとは、も堕ちたものよ』


「信長公は、お前がノブナガを名乗ることを許さないとさ」


『無価値。名に縛られるどころか、自ずから固執するなど、愚かの極みぞ』



 マオウの言葉に、ニシキは全身がかっと激昂するのが分かった。


 すぐにハッと、背後の滝壺から送られてくる心地よい冷気で我に返りながらも、一度沸いた怒りは収まってくれずにいた。



「……ざっけんじゃねえよ」



 拳を握り締める。



「カツイエやナガヒデを否定すんのかよ!? 織田軍の鬼としての名前があったからこそ、あれだけ強い力を発揮できたんじゃねえのかよ!!」


『否。履き違えるな、果樹王。あれらが強き者故に鬼と呼ばれたのであり、鬼だからあれら足り得るのではない』


「そんなん納得できるか! ヒデヨシだって、あんたが『第六天魔王』であり、『織田上総介信長』だからこそ付き慕っているんだろう!? あいつらの前で、同じこと言えんのかよ。名前に価値なんてないって、言えるのかよ!!」



 詰問したが、マオウはどこ吹く風で。

 さあっと流れて来た空気に、マントが静かにはためく。



『愚問だな。我は我であり、彼は彼である。成すべきことを成さば、名など勝手について来よう。「天下人」とな』


「天下人……」


『うぬらもそうであろう? 闇邪鎧を排し、ムドサゲを排し、世の頂に君臨せんとしているのではないか』


「そんな、別に俺は……」



 混乱したニシキは、子供のようにいやいやと首を振った。


 自分はただ、力を得た者として闇邪鎧を倒すことを誓い、これまで戦ってきた。

 それが父から受け継いだ己の使命であると信じてきた。


 不意に、ヨウセンとの会話が脳裏を過る。



――強うなれ果樹王。八領を揃え、余を凌ぐほどの昇り龍となった時、相手をしてやろう。


――随分と余裕じゃねえか。あんた達の目的は何だ。


――無論、世界の破滅を。



 奴らは『世界の破滅』を目論んでいるという。

 ならば勿論、こちらはそれを止めるべく手を尽くすことが使命であるはずだ。


 そして、その後はどうなる?

 ムドサゲを倒した後は、奴らが復活しないように『王』たちが君臨するべきなのだろうか。


 長きにわたり、歴史の裏で繰り返されて来た戦いの終止符さえ見えないというのに、その先のことなど、考えてもみなかった。



 首を振る。

 そもそも、考えるまでもないことなのだ。

 ムドサゲを倒した後は平和に還る。ただ、それだけのこと。



「俺はただ、皆を守るために戦うだけだ」


『それは力を持つ者の怠慢、ぞ』


「何……?」


『君臨せねば王に非ず。王が在らねば民も在らず。今の貴様が王となる世ならば、ムドサゲが統治する方が余程民草のためであろうよ』



 見損なったといわんばかりの、底冷えするような口調で吐き捨てると、マオウはその周囲に異次元を展開し始めた。


 奥義が、来る。



『平和を求めるならば、初端から力など持たずに去ね。王ならざる者よ』



 ニシキは、メダルを換装しようとインロウガジェットにかけた手が、わなわなと震えていることに気が付いた。


 これは、畏れだ。


 マオウの言っていることも理解できる。

 争いが無くならないのはそれぞれの正義があるから、といわれることも知っている。


 ムドサゲにはムドサゲの正義があり。

 目の前のダイロクテンマオウにも、彼なりの正義があり。


 そして、自分は――



「ああくそっ! 考えるのはやめだ!」



 ニシキは手のひらでパンパンと顔を叩き、自身を鼓舞した。



「答えは変わらねえ。俺は――お前たちを撥ね退けるための力を握り、立ち上がるだけだ!」


『デアルカ。見解の相違だな。力とは統べるためにこそあるものよ』


「平和を守るためだからこそ、お前たちのような者から皆を守るために力を持つんだ! 王だ民だと言うのなら、民を守ってこその王だろうが!」



 インロウガジェットを引き抜き、メダルを装填する。


《オオタキ! Yah, Must Get Up! Yah, Must Get Up!》


「オラ・カワレ!」


《オオタキ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ニシキ! 心に錦、ハジける元気!!》



 水飛沫が遊ぶような躍動感のある軽鎧が全身を包み、命の母たるエネルギーを運ぶ風が、マフラーとなって首元に現れた。


 ドライバーのスイッチを叩くと、両手に水流が湧き立ち、それぞれ銃となって手に収まる。

 右手の青青しい緑の季節を映した一丁が『関山丸』。

 左手の色鮮やかな紅葉黄葉で煌めく一丁が『大滝丸』。



 ニシキは二、三度グリップの感触を確かめ、構えた。



『そのような歪な平和の在り方など在り得ぬ。力があるからこそ乱世は止まぬのだと何故解らぬか!』


「お前たちが現れなければ万事解決なんだっての!」


『それが甘い考えだと言っているのだ! 平和が欲しくば、その他の「力」をすべて薙ぎ倒し、それから棄てよ。外敵を放置して民のためなど、自惚れるでない!

 須弥山に散りし幾多の縁よ。今一度余が許へ下れ。――神威「三千大千世界」!』


「自惚れねえ、溺れもしねえ! 俺の力の使い方は、俺が決める!!」



 無数の刀が放たれる中、ニシキは二丁の銃を手に突き進んだ。


 二回目ともなれば、随分と目も慣れた。

 ある程度の太刀筋ならば、剣道の感覚を活かせば躱すことも難くはない。

 残る「どうしても躱せない太刀」に全神経を集中させ、撃ち落とす。


 橋の手前まで来たところで、ニシキは太陽を背に跳躍した。


 大滝丸の銃口を関山丸のグリップの根元部分へ連結させる。

 ロングレンジのライフル銃と化した得物を構え、狙いを定めた。



――我こそが魔王だと自惚れる者の、鼻っ柱を圧し折ってやるがよい。


「力を貸してくれ、信長公! ――『セキヤマ・ブラスト』!」



 銃口から迸ったオオタキのエネルギーは膨れ上がり、瀑布のような烈しい水流となってマオウ闇邪鎧の顔面鼻っ柱を射すくめた。


 正中線を抉り、その巨体を地面に縫い付けるかのように貫通した弾丸は、地面で弾け、水飛沫となって霧散する。それらがまた跳弾のようにマオウの体へ襲いかかった。



『ぐおおおッッッ!?』



 上から下からと駆り立てられ鎧が砕け散ったマオウの体から、三千大千世界を包括する異次元がとめどなく溢れたかと思うと、一気に収束して、爆ぜた。


 まるでビッグバンである。

 巻き起こった爆風が収まってくると、残ったのは、きらきらと大気中を漂うオオタキの力の残滓たちだった。



「……ん?」



 勝利を噛みしめていたニシキだったが、ふと、川の中で一際輝く何かを見た。


 ちょうど、マオウ闇邪鎧が爆ぜたところに、一枚のメダルが落ちている。



「なんだこれ。サクランボ、なのか……?」



 ニシキは首を傾げる。

 何故ならそれは、これまで手にしてきた銀のメダルとは異なり、黒く妖しい光を醸すものだったからだった。












――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』




「使えないメダル、ですか」



 黒いメダルを目の前に翳しながら、俊丸が難しい顔をする。

 真人はさくらんぼのタルトを頬張りながら、疲れ切った声で返事をした。


 今は『ごっつぉ』を貸し切りにして、背後では雪弥と貴臣も、コーヒーとケーキでささやかな祝勝会を行っている。



「そのままだったり、ニシキに変身してからだったり、色々試してみたんだけど。さっぱりで」


「うーん。紋章自体は、ニシキのもので間違いないと思うのですが……」



 ふう、と溜め息を吐いて、俊丸は申し訳なさそうにメダルを返してくれた。

 彼の言う通り、紋章はニシキの他のメダルと同じものである。なんなら、色が違うだけで、普段使っているサクランボメダルとほぼ同じだと言っていい。

 以前糺から聞いた、モンショウメダルとインロウガジェットの対の関係が適用されるなら、このメダルは自分が使うもので間違いないと思うのだが。



「なあ、ウカノメさん。本当に知らねえ?」



 カウンターの向こう側へと声をかける。

 自分だけ皿にたんまりと載せたケーキを堪能していたおばあちゃんが、食事を邪魔されたせいか、不機嫌そうに答えた。



「そだな黒いメダルあて、しゃねず! さっきもそう言ったべした!」


「んー、そっかー」



 打つ手なし、か。

 頭を抱えていると、コーヒーで一息入れた俊丸が言った。



「せめて、紲がいれば何か分かったかもしれないのですが」


「今頃、病院で楪さんに説教くらってますからね」



 そう返して笑い合う。


 織田信長を口寄せするため、自身を死に近づけることで条件を満たした紲は、ある意味今回、一番の功労者と言っても良かった。

 しかし妻である楪には何の相談もしていなかったらしく、病院への搬送に際して連絡をとったところ、電話越しに――しかも、スピーカー機能を使わずに――その場にいた全員の耳に怒声が届いてしまう程、彼女はお冠だった。


 愛する人を守る、とはよく言うが、こうした戦いの渦に巻き込まれている身としては難儀なものだろう。

 真人はタルトをコーヒーで流し込みながら、少しだけ紲に同情を送った。


 そういえば、父・義人が果樹王ニシキであったことは母も知っているらしいことを紲から聞いているが、まだ直接確かめることができずにいる。

 母も、楪のようにやきもきしていたのだろうか。

 そう考えると、母が起こった時の鬼婆のような形相は、やっぱり優しさだったのだろうと、微笑ましく思うことができた。



「(俺も、死ねないな)」



 万が一のことがあれば、母はどんな顔をするだろう。

 そして、あいつは――



「ただいまー」



 入り口から元気な声が飛び込んできた。

 鮭川凛を奪還し、病院へ送り届けて来た糺たちが帰って来たのだ。


 真人は腰を上げ、彼女を迎えた。



「お帰り。どうだった?」


「とりあえず、命に別状はないって」



 糺は気丈に微笑んで見せていたが、ふと、その体がぐらついたのに気づき、慌てて受け止める。



「おい、大丈夫か?」



 同性に助けを求めようと視線を送ったが、流香は口笛を吹きながら、愁慈郎の首根っこを掴んで雪弥たちの方へと退散してしまった。

 俊丸も席を立った気配を背後に感じ、ようやく自分の置かれた状況に気付いた真人は、気恥ずかしくて何も言えなくなった。



「……少し、疲れちゃったかな。気が抜けたというか」


「そうか。お疲れ」


「ん、ありがと。真人もお疲れ様」



 何の疑いもなく体重を預けられていることが伝わってくる。


 頑張って来た小さな肩を支えて、真人は、ずっと考えてきたことを告げることにした。

 親友を取り戻したのだ。彼女は普通の女の子に戻る権利がある。



「なあ糺。これからはもう――」


「ストップ」



 しかし、細い人差し指によって唇が塞がれてしまった。



「まだまだ戦うつもりだから、私。追い払おうったって、そうはいかないわよ」


「そんなつもりは……」



 ない、とは言えなかった。

 本当は、怒鳴ってでも帰らせたかった。

 これ以上、彼女に傷ついて欲しくはなかったから。



 どう説得したものかと言いあぐねていると、糺がこちらの背中に腕を回して、きゅっと体を寄せてくる。

 体を預けられることと抱き締められることの重みの違いに気付いた真人は、緊張で言葉を失った。



「だから、さ。明日からはまた、隣に立って戦うことになるんだから。今日はもう少し、腕の中にこのままでいさせて」


「いや、えっと……その、な?」


「すぅー……すぅー……」



 立ったままの姿勢で寝息を立て始めてしまった糺に、苦笑する。

 ゆっくりと腕をほどき、手近なテーブル席の椅子に腰かけさせて、上着をかけてやった――ところで、背後に嫌な気配が二つ。



「あらあら、まあまあ。奥さん見まして?」

「ああ。愛されてんなあ、このじゃじゃ馬は」



 流香と愁慈郎の耳打ちに、真人はこめかみをひくつかせる。

 余計なお世話である。大体、さっき流香が逃げてくれやがらなければ、こんな事態にはなっていないわけで。



「「式はいつですか?」」


「挙げねえよ!?」



 思わず声を上げると、あろうことか茶化してきた犯人たちは、指を立てて「しぃーっ!」と警告してきた。



「……どだなだず」



 正論なだけに言い返せない。

 流香に押し込められるように糺の隣へと座らされ、また何故かそっち側と結託していた雪弥が持ってきたコーヒーのカップを手に握らされ、真人は糺が目覚めるまでの番付きをさせられることとなってしまった。



「おやすみ。糺」



 ずれた上着をかけ直しながら、そっと囁く。

 再び口を付けたコーヒーは、酸味が強い氣がした。




――第12話『魔王再臨‐OVERLORD OF ZIPANGU‐』(了)――

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