後編/知らん!
「こいつが、必要なモンなんだろう?」
貴臣が包みを開くと、そこには一枚のメダルがあった。
見えている面には、額に角のある武者を正面からみたような勇ましいマーク――片仮名の『オ』を図案化した尾花沢市の市章が描かれている。
目を丸くしたウカノメが、半信半疑にひっくり返すと、そこには西瓜のマークがあった。
「ないだってや……こいづ、どこで手に入れたのや?」
「こいつは、こころがくれたものなんだよ」
そう言って、貴臣は首から下げた蛍のネックレスを愛おしそうに掲げる。
「ネックレスをプレゼントしたら、あいつ『お兄ちゃんにぴったりのお返しを神様にお願いしたら出てきた』って言ってな。サンタが来るにも時期外れだし、親父もお袋も知らないと言うしで、正直不気味だった――今日までは」
顔を上げる。
「これが思し召しなのだとしたら、オレはその運命ってやつに感謝したい」
「んだか」
ウカノメが頷いた時、誰が打ち上げたのか、外で極彩色が弾けた。
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第5話/後編 『知らん!』
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翌朝、真人たちは外に集まっていた。
『どーもどーも、清風印の饅頭はいらっしゃりませぬか~!』
軽快な謳い文句に、今一度気を引き締める。どこからか一陣の風が吹いたかと思うと、そこにはセイフウ闇邪鎧が立っていた。
『いやはや、開店前よりの行列にしては、ちと数が欲しいところでございますなあ』
「その必要はありませんからね」
「そうよ。閉店セールの間もなく潰してあげるわ」
『おうふ、こわいこわい。どっちが悪党なんでございましょ。ああいや、悪党というよりはいじめっこですな。その羽織は旅館の者が身に纏うものでござりましょう? あなたがたもそこに与して、ワタクシに乱暴する気なんですね、エロ同人みたいに!』
「……意味わかんない」
「よく回る舌ですね……」
調子が崩れる様子のないセイフウに、糺と雪弥が顔を顰める。
真人が一歩進み出た。
「こいつは俺が無理言って、
それを聞いたセイフウははたと足を止め、考え込む風に頬を掻く。
『ううむ……私はどちらを否定すればよろしいのでしょう?』
「何っ!?」
『そのような格式ばった出で立ちをしないと気合も入れられない貴方方か、あるいは……従事する者としての誇りである法被をほいほいと他人に貸せる、銀山温泉の担い手か』
「こんの野郎――」
くつくつと嗤うセイフウに、真人は怒り心頭だった。
感情が込み上げる。ぐつぐつと煮えたぎる。温泉よりも熱く、沸騰していく。
「いくぞ、二人とも!」
「ええ!」「はいっ!」
《サクランボ!
《ベニバナ! 出陣‐Go-ahead‐、レイ! 花開け、クリムゾン・プリンセス!!》
《バラ! 出陣‐Go-ahead‐、ゴテン!
果樹の鎧を纏ったニシキは、地を蹴り、飛び上がった。
「ちょんどしてろ、くらすけてやる――どりゃああっ!」
大きく勢いをつけた拳の一振りは、しかし、セイフウにひらりと躱される。
『おおっと、危ない危ない』
「そうね、まだ危ないわよ?」
すかさず懐に入ったのはレイ。地面すれすれから打ち上げるようなアッパーと、その背後から現れたゴテンの居合抜きで、セイフウを狙い撃つ。
足下を気にすれば刀が、上を躱せば拳が迫る。後ろに退けば刀のリーチが、横に捌けば拳のフットワークが追ってくる。
退路を封じたコンビネーションが、セイフウにクリーンヒットした。
『あいたたたっ、酷いですな、んもう!』
胸を抑えてぴょんぴょんと跳ねた後で、セイフウはため息ひとつ、周囲に邪気を立ち込めさせた。
『やれやれ、物量作戦は品がありませんが……数には数で対抗させてもらいましょ』
湯煙のように漂う邪気の中から、大量のミダグナスが召喚される。
レイが鼻で笑った。
「そんな雑魚、いくら集めても仕方がないわよ?」
『ええ、ええ。そうでしょうとも。貴女たちにとっては――ね』
「まさか、狙いは
ニシキが身を翻した時にはもう遅く、ミダグナスたちは橋を渡り、対岸を駆け、温泉街に立ち並ぶ旅館という旅館に攻め入ろうとしていた。
「まずい、行くぞ雪弥!」
「はいっ!」
ゴテンとともに追い縋ろうとするも、さらに召喚されたミダグナスによって進路を塞がれてしまう。それをあしらうことは容易く、ほんの少しの時間があれば十分である。
しかし、その少しの時間で、旅館の包囲網が完成されていた。
真人は舌打ちをする。
「(俺と雪弥で挟むように蹴散らして、セイフウの足止めは糺に任せるか? いや、闇邪鎧の相手をするなら俺か雪弥の方がいいのか……?)」
どの手段が早いだろう、誰が行けば確実だろう。それとも、セイフウを三人がかりで仕留めた方が、結果的にミダグナスの早期消滅に繋がるのだろうか。
これまでにない状況に立ち惑う。
そんな時だった。
ミダグナスが『憧憬湯』の前に立ち、自動ドアが開く――と同時に、中から飛び出した棒状の何かに吹き飛ばされたのだ。
「も、モップぅ!?」
ニシキは目を疑った。
当のモップは引っ込むどころか、箒やらデッキブラシやらを引きつれて飛び出してくる。隣で経営している蕎麦屋からはフライパンが、饅頭屋からは生地を伸ばす麺棒が躍起になって現れた。
どの顔も見たことがある。昨日、大広間に集まっていた人々だ。
「何が……起こってるんだ?」
「おっとり刀にしては、用意が良すぎます……よね?」
気が付けば、温泉街中の従業員が表に出てきていた。それどころか、浴衣姿の観光客までもが、ボストンバッグを振り回しながらミダグナスに飛びかかっている。
「うおおおお! おらたちの銀山温泉を壊させねがらな!」
「死にたくない、死んでたまるか、やってやるぞ!」
決死――というには恐怖が勝っているが、パニックに陥っているという様子にも見えない。
皆が一様に、意志を持って異形に立ち向かっていた。
ニシキは一人の従業員の援護をしながら、その肩を捕まえる。
「おい、危ないじゃねえか。何をしてるんだよ?」
すると、彼は歯を見せて笑った。
「私たちも、プロフェッショナルですから! 辛気臭い顔なんてしてられませんよ!」
「プロ……? その声、どこかで――ああっ!!」
ニシキは記憶を掘り返し、驚きに声を上げた。
――支配人。こちら側の湯に空きはございますでしょうか?
彼は、真人たちがお湯をいただいた際、扉越しに貴臣へお伺いを立てた従業員である。
つまり、彼が言う『プロフェッショナル』とは、
――そうやって俺たちは、銀山温泉の従業員としてお客様に。一社会人として子供たちに。プロフェッショナルの一人として、キラキラして見えるようにしなきゃならねえんだ。従業員が辛気臭い顔している旅館とか泊まりたくねえし、子供たちも憧れないだろう?
湯煙に溶けたと思っていた理想像は、確かに受け継がれていた。
「人は一人で生きていけない、か」
ニシキはいつかの言葉を噛みしめる。
単に、自分が生きるために他人の力が必要だからというわけではないのだと、気付く。目の前の彼が、貴臣の言葉を聞いたのは偶然かもしれない。しかし、その想いが彼を動かし、伝播して他の従業員が立ち上がったのは、従業員たちの行動力であり、想いがあったからこそ。
そして何より、貴臣が理想を掲げ、突き進もうとする人物であったからこそなのだ。
貴臣が従業員たちによって『立派な支配人』として生きていられるように、人は一人では何者でもない。一人ではアイデンティティが死んでしまうからだ。
「そうだ、皆で守るんだ! オレたちの銀山温泉を!」
戦う従業員たちの後ろから、件の貴臣が歩いてくる。
一歩一歩、誇りを持った力強い足取りだった。
「だが、ケガだけはすんなよ!」
そう言って、貴臣は法被の袖から手のひら大の金色のケースを取り出した。
「な、あれは……!」
「仕事に支障を来たしたら許さねえし――」
ぐっと大切に握りしめられた右手からモンショウメダルが現れ、インロウガジェットへと装填される。
「――オレがさせねえ」
《スイカ!
命を育む
「真打ち登場! 待たせたな、オレは――命泉王ギンザンだ!」
現れた蒼穹の戦士は、ブルース・リーのように親指で鼻を弾き、笑った。
* * * * * *
ギンザンは欄干を飛び越え、人手の薄いところのミダグナスを蹴り飛ばした。他の奴らが振り返ったところに、渾身のパンチをお見舞いしてやる。
手を何度か握っては開き、その感触を確かめる。
「うし、やれるな」
意外や意外。初めて使った力の割に、随分と体に馴染んでいた。
これが神様の力というやつだからなのか、それとも、大切な人の想いによって成し得た力だからなのか。
「ありがとう、こころ」
鎧越しに、胸元にあるだろうネックレスに手を当てる。
背負うものがある。肩に載せられたものがある。胸に熱く抱く人がいる。
負けられないな。ギンザンは微笑み、ヤツダテドライバーのスイッチを叩いた。
現れたのは、鎖付きの
「ははっ、尾花沢スイカか。美味そうだ!」
武器の形状自体は、ファンタジーの映画やゲームなどで見たことがないわけでもない。しかし、その記憶にあるものと比べると、スイカは随分と大きい。
西瓜型鎖付鉄球『スイカフレイル』を手にしたギンザンは、手始めにセイフウへとぶん投げてみた。
『わ、ちょ、ウェイウェイウェイッ! そんな危なそうな鈍器とか聞いてないでござるよ!』
「オレも聞いてねえんだ、おあいこってことで!」
左手で絵を引き、鎖を右手の指に引っかけて軌道を変える。体を一回転させて周囲のミダグナスを薙ぎ倒しながら、再びセイフウへと狙いを定めた。
『危ないと言っているでしょう、ぷんぷん!』
鉄球から逃げ回りながら、セイフウは次元の扉を開いた。
『おいでませ、「
雁が雄々しく羽ばたく。相変わらず、闇邪鎧の使いにしては清廉としたものだ。
滑空してくるそれに、ギンザンは怯むことなく鎖を引き込んだ。
『ふふふ、忘れたのですかな? ワタクシの奥義に暴力は無意みぃっ!?』
勝ち誇ったセイフウの声は二秒で崩れ去った。
鉄球が触れた雁が撃ち落とされたからだ。
『何で? どうして? ホワイジャパニーズバード!?』
「何でかって言われてもな。誇り……かな」
『ほわっちゅ!? 冗談でしょう!?』
地団太を踏んでの抗議がうるさい。
ギンザンは冗談だ、と肩を竦めると、得物を掲げた。
「ちょいとネタバレになるんだがよ、こいつは爆弾なんだ」
『あハイ…………はい?』
「発破だよ、発破。銀山の名前の由来は知ってるだろう? その開発に使われた発破の力を持っているのがコレだ」
『だから何だと言うのです! 爆弾はバクダン! 武器はボウリョク! そうでございましょう?』
頭を抱えた素っ頓狂な悲鳴に、ギンザンはちっちっち、と指を振る。
「前提が違うんだなあ。開発は何のためだ? 爆弾は何のためだ? 作業を効率化させ、地域の活性化、繁栄、ひいては人に恵を齎すためだろう? いわば、剣と包丁の違いみたいなもんさ」
『はああああああああああ!?』
セイフウはがっくりと膝をついた。
『つまり何ですか。爆弾は殺傷や暴力のためのものではないから、ワタクシの奥義の抑止力対象ではないと?』
「まあ、そうなるな」
『包丁とて人を刺せば殺人でござりますよ!? 貴方の得物も同様、それがなんであれ、得物として用い、攻撃のために爆発させるなら暴力でございましょう!』
「それはほら、あれだ。オレは暴力のためじゃあなく、皆を守るために振るってるから」
『いやいやいやいや!』
「いやいやいやいや!」
セイフウの言葉と同時に、何故だか隣からもツッコみが入り、ギンザンはたじろいだ。
「どうした真人、遅かったじゃないか。……ん? ああ、雑魚を蹴散らしてくれてたのな。ありがとう」
「どういたしまして――じゃなくってよ! なんか今の説明だと、俺の拳は暴力のためにあったみたいなことになる、みたいなー?」
ちらっちらっと顔を向けてくるのが鬱陶しい。そんなことを訊かれても――
「知らん!」
「ええー…………」
『んもう、これだから体育会系はっ! ここは戦略的撤退をば……コソコソ』
「させるかよ」
ギンザンはドライバーのスイッチを二度叩き、スイカフレイルを構えた。
《スイカ!
「さあ、でっかい花火を上げようか。『スイカダイナマイト』!」
鉄球を放つと、スイカはその身を熟れさせ、真っ赤に膨らんでいく。
尻尾をまくセイフウの背を捉えた瞬間、巨大になったスイカが弾けた。
『ドリフっ!』
空に打ち上げられたセイフウは、花火になった。
* * * * * *
「ちょっと、ウカノメさん!? 俊丸さんの時もそうだけど、どうしてそう、ほいほいインロウガジェットを渡しちゃうのよ!」
「あーあー、聞こえね! 婆ちゃん耳遠ぐなっちまって!」
「まあた、嘘ばっかり! どうして年寄りってそう都合のいい体してるのよ!」
温泉街の端の方で、糺がウカノメに詰め寄っているのを、真人は苦笑いで眺めていた。
銀山温泉には平穏が戻った。硫黄の匂いが、どこか懐かしく感じるようだ。
「そうですか。はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
携帯から耳を離し、貴臣が振り返る。
「闇邪鎧に襲われた人たちの意識が戻ったと、病院から連絡があった。おそらく、他の受け入れ先も同様だろう」
「そうか、一安心だな」
そう返すと、貴臣は大きく息を吐いた。こちらとしては社交辞令のような返答でも、彼にとっては旅館の生命に関わる一大事だったこと。どれほどの不安があっただろう。
「みんな、ありがとう。苦労をかけました」
貴臣は従業員たちに向き直り、頭を下げた。
「気にしねでけろや。おらだがやりたくてやってんだがら」
彼らは一様に、晴れやかな顔をしていた。今更ながら震える膝を堪えながら、どっと噴き出す汗を拭いもせずに、ただただ、笑っている。
ひとりの老従業員が、貴臣に頭を上げるよう声をかけた。
「支配人。パソコンの話も、使いたくねえって言ったこと、悪いっけな」
「んだな。あたしたちも、覚えていがんなねべ。銀山温泉のためにな!」
「だから、その、教えてくれっと……」
声に、貴臣の目が見開かれる。
真人には心なしか、その瞳が揺れているように見えた。
「みんな……ありがとう! 仕事増やして苦労をかける。だがその分、ちゃんとお給料って形でお礼させてもらうつもりだ。これからもよろしく頼む!」
「「「はいっ!」」」
「さあ、持ち場に戻れ! 今日のお客様が、思い出を作りにいらっしゃるぞ!」
貴臣が手を叩くと、従業員たちはさっと解散した。やる気に満ち溢れた、見事な動きである。
「さて、真人。旅館の仕事もあるから出づっぱりって訳にもいかねえが、オレも闇邪鎧たちとの戦いに協力させてくれ」
「ああ。こちらこそ、よろしく」
真人は突き出された拳に応え、握手を交わした。
「まったくもう……男子って、ほんとこういうユージョー好きだよね」
「ふふっ。戦力が増えると、前向きに捉えましょう」
「あなたにも言っているのよー?」
糺は雪弥に頬を膨らませてみせてから、
「まあ一番悪いのは、インロウガジェットを渡したウカノメさん――っていうか、あのババアどこ行った!」
「誰がババアだず!」
声が遠い。真人たちがそちらへ顔を向けると、温泉街入口の売店前に腰かけ、饅頭とお茶を楽しんでいるウカノメがいた。
「やっぱり聞こえてるんじゃない!」
糺が駆け寄り、饅頭を取り上げる。彼女はそれをつまみ食いしようと口を開けて、にわかに固まった。
「この焼印……闇邪鎧の饅頭じゃない! 食べて平気なの?」
「神様だがらさすけねえ」
「うっわ、ずっるー! 私も神様にしてよ! インロウガジェット渡すみたいに、ほら!」
ウカノメの襟首を掴んでがっくんがっくん揺らしている糺を対岸で見ていた真人は、頬が引き攣るのを感じていた。
「神様にって……どだなだず」
「はっは! 自分を神様扱いにしろというクレーマーは多いが、神様そのものにしろって要求は初めて見るな」
さすがはアイドルだ、などとよく解らない理屈で大笑いする貴臣の隣で、真人は雪弥と視線を交わし、苦笑した。
銀山温泉は今日も晴れ。日射しに振り仰げば、大空に舞い上がる翼の影が横切り、雁が音がこだました。
――第5話『テルマエ・ギンザン』(了)――
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