中編/ニセモノ


 チェリーランドで無事に菓子を買い求め、ついでに興味を持ったいくつかのお土産を後部座席に積んだ真人たちは、ついでに糺の冷やかしでもしようかと笑いながらついた帰り道で異変に気付いた。

 体育館の敷地から走ってくる女の子たちと、それに追い縋ろうとするミダグナスの群れだ。



「なんじゃ、ありゃあ……?」


「行きましょう!」



 体育館前に乱暴に乗りつけ、エンジンを切る間も惜しんで車から飛び出す。



「「オラ・オガレ!」」


《サクランボ! 出陣‐Go-ahead‐ゴー・アヘッド、ニシキ! 心に錦、両手に勇気!!》

《ショウギ! 出陣‐Go-ahead‐、ソウリュウ! Flipping-the-board!!》











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  第3話/中編 『ニセモノ』

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 ニシキは女の子たちの前に立ちはだかり、ミダグナスを迎え撃った。遊撃手を務めたソウリュウが、敵の横っ腹へとビームを放つ。

 女の子たちを逃がすことは叶ったが、どこにこれだか溜まっていたのか、ミダグナスも人海戦術で迫ってくる。戦闘力こそ大したことないが、数が現れると鬱陶しい。


 ふと、ソウリュウの背後へとひっそり迫る二体のミダグナスの姿に、ニシキは声を荒らげた。



「センセ、後ろ!」



 それに頷くと、ソウリュウは『盤上天下』のダイヤルを回した。合わせたのは『銀将』。

 前方と斜め後方への攻撃を一手でこなし、彼は難なく危機を超えた。



「へへっ、やるう!」


「ありがとうございます。『一マスしか動けない』駒なので、過信は禁物ですが」



 謙遜するソウリュウと合流して奥へと向かえば、そこではまさに、レイと闇邪鎧とが戦っている最中だった。


 レイが紅花の拳を振るえば、闇邪鎧は距離を取って蹴り技を放つ。

 否、蹴りではなかった。届くはずがない距離から振り抜かれた足の先から、何かが射出されたのだ。回転しながら飛んでいく平面のそれは、上面に何かがついている。



「ぞ、草履ィ!?」



 それが鼻緒であることに気付いたニシキは、素っ頓狂な声を上げた。



「ええっと、山形で草履といえば……何でしょう、センセ」



 思い当たるはずもなく、隣の知識人に丸投げをする。



「河北スリッパの雛型となった最上もがみ草履ですね。おそらくあの闇邪鎧は、その発明者にして河北発展の礎……まさに『足元』を築いた名士・田宮たみや五郎ごろう氏でしょう」


「さすがセンセ。……で、対策は何でしょうか」


「さすがにそこまでは。ただ、五郎氏は草履の質を上げつつ量産化するため圧搾機を開発したことでも知られます。圧搾機とは、乾燥させた草履を引き締めるため、高温で熱しながらプレスする機械ですね」


「うげ……」



 ニシキはカエルのような声を出した。あの下駄飛ばしもとい草履飛ばしは、正確には闇邪鎧の履く草履から射出されるエネルギーのようなものらしく、残弾数や隙が窺いづらい。

 それだけでも厄介そうであるというのに、高温のプレス機とは。



「ええい、ままよ!」



 意を決して、真人は駆け出した。



「助太刀するぜ、糺!」


「は……何であんたがここにいるのよ!?」



 驚くレイの頭上を飛び越え、拳を振り下ろす。

 ゴロウ闇邪鎧はたじろいだものの、すぐに体勢を立て直し、蹴りを放ってきた。

 横っ飛びで避けようにも、連続回し蹴りから放たれる次弾の草履がそれを許さない。

 食らってしまうかというその瞬間、割って入った光線が草履を弾き飛ばした。



「ナイスアシスト!」


「気を付けてください。ヒロシゲもそうでしたが、闇邪鎧という時点で、一文化人の戦闘力という認識は捨てた方がいい」


「……うっす!」



 頬に汗が伝う。むしろヒロシゲの方が存在だったとさえ思えるほどだ。

 対してゴロウの蹴りは、アクション映画で見るようなプロのそれだ。特にカンフー映画などで主演を張る人物たちは軒並み、武術の大会で輝かしい成績を修めていたりする。そうした武技に引けをとらない冴えは、誰が予測などできようか。

 生粋の武人が闇邪鎧になるとどうなるか……考えるだけでもゾッとしない。


 不意に、ゴロウ闇邪鎧が視線を明後日の方向へ移した。

 それを追うと、自転車に乗った中年女性が、こちらの様子を窺っている。カゴに積まれたビニール袋は、すぐ近くにあるスーパーのものだろう。

 ニシキが行動を起こすよりも早く、ゴロウ闇邪鎧が足を上げた。

 草履飛ばしの狙いは、女性に気を取られたニシキ――ではなく、女性そのもの。



「やめろおおお――――――!!」



 ニシキは辛うじて女性の前に滑り込み、草履の攻撃を真正面から受けて膝を突く。



「逃げて……ください……」



 自分が狙われたことで、これが映画の撮影や何かではないことを悟ったらしい女性は、血相を変えて逃げ出した。

 よろよろと立ち上がったニシキに、哄笑がかけられる。



『滑稽なものよな、ニセモノの王よ!』


「ニセモノ……だと……?」



 ゴロウ闇邪鎧は肩を竦め、可笑しそうに嗤った。



『違うとでも言うのかね? 貴様は先の女を身を挺して守ったが、戦士ならば、一人を犠牲にして私を討てば良かっただろうに』


「見殺しにしろってのか? ンなことできるかよ!」


『そのせいで私を討ち漏らし、その他大勢の犠牲が出ることになっても、か?』


「それは…………」



 ニシキは答えることができなかった。目の前の人を守るということばかりで、その先のことなどこれっぽっちも考えていなかったのだ。



『貴様もだ、娘』



 そう言って、ゴロウ闇邪鎧はレイを一瞥する。



『先ほど貴様は、魂の残滓たちに「誰に手を出したか」と問うたな。守る相手によって力の入れようを変えるとは……それでも戦士か? ママゴトなら家でやりたまえ』


「なっ――――」



 唖然としたレイの返事を待つともなく、闇邪鎧の指先がソウリュウに向けられる。



『そして貴様だ。ああ、貴様が最も性質たちが悪い』


「何故、でしょう……?」


『理解できぬか。貴様は我が魂の結晶を「河北スリッパの雛型」などとほざきおったな。聞こえていたぞ、非常に不愉快だ』



 闇邪鎧は両手を大きく拡げ、空に向かって吼えた。



『スリッパ卓球などというニセモノの源流が私であるなどと、断じて認めるものか! アレは愚策である。新たなものを生み出さず、過去の遺産に改悪を加え、さもそれが画期的であるかのようにのたまう……それが人間の愚かしさよ。だからこそ廃れたのだと何故気付かぬ!』



 審判の雷のように、両の手が地面へと叩きつけられる。

 すると、ニシキたちの足下に、鉄板のようなものが出現した。



「これはまさか……圧搾機かっ!?」


『贋作よ、潰えて滅びたまえ。「艶やか也、棕梠皮竹皮超越せし草履ジェニュイン・アーティクル」』



 圧搾機が閉じ、ニシキたちは前後からの強烈な衝撃に押し潰された。

 変身解除にまで追い込まれ、地に伏せる。ぼやける視界を辛うじてもたげると、既にそこには、ゴロウ闇邪鎧の姿はなくなっていた。











――山形県某所・喫茶『ごっつぉ』



 真人たちは周囲の捜索に奔走したが、ゴロウ闇邪鎧の痕跡を見つけることは叶わず。電話で同級生の無事を確認できた糺と共に『ごっつぉ』へと撤退した。


 カウンターに頬杖をついて、母に頼まれたものとは別に買ってきたラフランスのチョコバーを齧る。アーモンドとパフの食感に続いて、甘い果実の香りがふわっと口内に広がるお土産用の菓子だ。

 しかし、胸の奥に渦巻いているのは、仄苦いダメージである。



「ニセモノ、ねえ……」


「気にしないでください。あれは本当の田宮五郎氏の言葉ではありません」


「んだ。思い詰めてもんまぐねえべす、今日はコーヒーばサービスしてけっがら、一息つがっしゃえ」



 俊丸とウカノメの慰めに、真人と糺は消え入りそうな嘆息で返した。



「そりゃあ、河北スリッパに関してはそうだろうけどさ」


「私自身については、何も言い返せなかったわ」



 突っ伏した糺が、指で『の』の字を書き始める。

 真人は天井を仰ぎ、舞鶴山でのことを思い出していた。ノブナガの強大な力の前に紅姫レイが倒れてしまった時の絶望感は、はっきりと覚えている。


 あの日、自分がインロウガジェットを見つけていなかったら。ガジェットを手にノブナガへと立ち向かった時、モンショウメダルが現れてくれなかったなら。変身できたとして、ニシキも敗北を喫していたら。



――皮肉よな。我も不完全であったか。



 ノブナガはああ言っていた。初陣の白星は、奇跡だったのかもしれない。

 今でこそ運命だとか必然だとか、そんな風に洒落込むこともできる。しかし、その歯車の一つでも欠けていれば、自分はおろか、舞鶴山にいた人々も生きていなかったかもしれないのだ。



――そのせいで私を討ち漏らし、その他大勢の犠牲が出ることになっても、か?



 ゴロウ闇邪鎧の言葉が過り、真人が奥歯を噛みしめた時だった。



「あっらー、お菓子、ごちそうさまだっけなー!」


「甘くてサクッとしてて、美味しかったわあ」


「何、糺ちゃん。友達とどっかさ行ってきたのが?」



 姦しい――もとい、賑やかな女声が飛び込んできた。

 妙齢の女性が三人。彼女たちはこの店の常連客で、真人も顔くらいは知っていた。そのため、どうせ一人で食べるには多い土産菓子を、ウカノメ経由で彼女たちにも配っていたのである。



「糺、知り合いか?」


「ええ。こちらから高豆蒄こうずくさん、簗沢やなざわさん、月布つきぬのさん。ウカノメさんとも古くからの馴染みなんですって」


「やんだー、古くからあて! 私、お婆ちゃんみたいに思われっべしたー」



 甲高い声でケラケラ笑いながら、糺の肩を叩いているのが高豆蒄。



「何言ってんだず。あたしだは十分お婆ちゃんだべや」



 高笑いの後には淡白とも取れる落ち着いた女性が、簗沢。



「んだよにゃあ。糺ちゃんより年が上の子供もいるもんねえ」



 ほわっと語尾の伸びる品の良さそうな方が月布、ということらしい。

 ひとしきり笑った後で、高豆蒄さんが糺の耳に口を寄せた。



「んで、どっちがボーイフレンドなんだした?」


「ぴぇっ!?」



 糺がフリーズした。

 高豆蒄も強かなもので、耳打ちの体を取りながら声を潜めることもない。おかげで真人まで、いらぬ緊張感を抱くことになってしまった。

 そんな彼に、月布が微笑みながら追い打ちをかけてくる。



「お兄さんはあ、名前、何て言うのお?」


「えっ? っと……白水真人っすけど」



 何ともいえないペースの違いに、真人はただ返事をすることしかできない。



「ああ、君がかあ! 真人くん。糺ちゃんを、守ってあげてねえ?」


「はい? ……はい」


「はい、じゃないわ!」



 辛うじておばちゃんパワーから抜け出した糺が、スリッパを振り抜いた。

 ……いや、抜け出せてなどいなかった。「「「おお、夫婦漫才!」」」と目を輝かせて拍手するおばちゃんたちに、糺はハッとして、



「そ、そんなんじゃ。夫婦なんかじゃありませんからっ!」



 ロッカールームへと逃走してしまった。



「あんにゃろう、逃げやがった……」



 真人もカウンターから逃げ出そうとしたが、簗沢と高豆蒄から羽交い絞めにされてしまう。



「そだな顔してどさ行ぐなや」


「そうだぞー、女の子と接する時は笑顔だぞー」


「あ、いや。あのですね――モガモガッ!?」



 抗議しようと開いた口に、月布からチョコバーを突っ込まれた。



「悩みがある時は、美味しいものを食べるといいんだよお」


「もごっ……ケホッケホッ。それ、親父からも同じこと言われ――まし、た」



 真人ははたと思案に耽る。

 喫茶店『ごっつぉ』がいつからあるのかは知らないが、この店が戦士たちの拠点であるのならば、父もこの店に来たことがあるはずである。



「もしかして皆さん、俺の親父とも知り合いなんすか」


「いえーす! 義人よしひとくんも真美まみちゃんも、二人が結婚する前から知ってまーす!」


「二人とも、まだ大学に入ったばかりの頃だっけよね」


「んだあ。今の真人くんみたいに、めんごいっけんだよお?」


「そんな前から、っすか」



 真人は目を瞬かせる。母とも知り合いだとは思わなかった。両親からは一度もこの店について訊いた事はなかったのだが。

 そして何より、父は当時からニシキとして戦っていたのだろうか。だとすれば、今の自分よりも若い時分に、戦う覚悟や理由と、どう向き合っていたのだろう。



「こらこら、また眉間に皺が寄って、みだぐなすになっちゃってるよお」



 月布から頬を引っ張られて我に返る。



「ミダグナスっすか!?」



 咄嗟に浮かんだのは、闇邪鎧と共に現れる魂のバケモノたちだった。さすがにあんな、スプラッター映画のシリアルキラーが被るマスクのような顔にはなっていないはずだが。



「そお。真人くんは、ラフランスが昔『みだぐなす』って呼ばれてたこと、知ってるかなあ?」


「えっ? いえ……初耳っす」



 ラフランスが正確には『ラ・フランス』と表記されることくらいは知っていたが、上品にとろける甘さの果実と、山形の方言で『醜い』だとか『見られたものではない』という意味の言葉が繋がるようにはとても思えなかった。



「昔はねえ、固くて美味しくないし見た目も悪いって、悪く言われていたんだよお。それでも、ちゃんと熟したらとっても美味しいってわかると、果物の女王様って呼ばれるようになるの」



 うっとりと語られた話に、真人は感嘆を漏らした。

 ラフランスはその名の通りフランス由来の果実で、一般的には西洋梨とも呼ばれている。こうした果実の渡来に際して問題となるのは、大抵、気候などの栽培環境だが、しかし。ことラフランスは、原産であるフランスの方が絶滅状態にあるなど、数奇な運命を辿っている。


 今では山形の名産として馴染みの深い高級果実だが、それは『みだぐなす』から『果物の女王』になった背景故。文字通りのシンデレラストーリーがあったのだ。



「だから、今は上手くいかなくて悩むこともあるかもしれないけれど頑張って! いつかきっと、女王様になれるから!」


「いや、俺男っすけど……」


「ほだな小っさいごどば気にすんなずー!」



 高豆蒄からばしばしと背中を叩かれた。戦士の鎧が緩和してくれたとはいえ傷は傷。服の上からでも辛いものがある。


 真人が逃げるように体をよじらせると、視線の先で、ロッカールームのドアから顔を覗かせている糺を見つけた。

 彼女はこちらと目が合ったことに気付くとしおらしく下唇を噛み、顔の前での小さな手招きだけを残して、室内へ戻ってしまう。


 そんな糺の様子には、おばちゃんズも気づいていたらしい。席を立った真人の尻に、もう一度だけ、高豆蒄の手のひらがぶち当てられた。



「頑張れオトコノコー!」


「いやだからそういうんじゃねえっす!」



 女性の平手は地味に痛い。ひょこひょこと跳ねながら、真人はロッカールームへ向かった。



――後編につづく――

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