第8話 008 38(t)軽戦車
先に戦車の方が動いてくれた。
やっと動いてくれたかと……そんな感じなのだが。
しかし、これで止まった時間がまた動き出す。
少しの安堵と……次に起こる、もしかしての最悪に恐怖を感じた。
だが、感じるだけ。
動いたと言っても戦車その物じゃない。
運転席であろうその上のハッチが開けられたのだ。
詰まりは、誰かが出てくる。
ソレを、ジッと待った。
待つと言う程の大層な事でもなかったのだが。
すぐに出て来た、髭図らの親父。
その男が口を開いた。
「その服……友軍だよな……」
確かめるように。
「何故……手を上げている?」
友軍? 服? 自分を見た。
渡された派手なポンチョか?
これは軍服だったのか。
戦争の敵味方を判別する印の旗の代わりの服、中世まではヨーロッパでも日本でもそんなモノが有ったようだが……それだったのか。
そして、そんな友軍で有る筈の男が目の前で手を上げていれば……訝しむ事にも為るのだろう。
戦車に乗っているのだから軍人の筈。
命のやり取りを常に感じているのだからそれも当然か。
「あ……いや、突然の事で」
静かに手を下ろした。
さて、俺は偽物だ……軍人に等に成った覚えはない。
どう、誤魔化そうか……。
「おい! 早く戦車の中に入れ」
突然に叫ぶ親父。
「魔物だ! 話は中で聞く」
そして、空を指差している。
見れば。
コウモリの様な体躯にペリカンの様な尖った長い嘴、後方に伸びた頭蓋骨の延長の様な鶏冠。
そして……デカイ!
そんなモノが空を飛んでいた。
あれは、見た事がある……リアルでは無くて本だ。
恐竜図鑑……それに載っていたプテラノドンってヤツだ。
俺は慌てて戦車に取り付いた。
親父の側に寄る。
眉をしかめた親父が。
「上だ」
砲塔……戦車の頭の様なモノを指す。
「慌てるなよ……まだ襲っては来ないぞ」
俺が操縦席のハッチに入ろうとしたと思ったのだろう。
しかし、急げと言ったり慌てるなと言ったり……ややこしい親父だ。
だが、実際にそうなのだから仕方無い、そう気を取り直して天辺に登った。
そこには分かりやすく丸いハッチが有る。
もちろん鍵等も無い、だた少し重い鉄の蓋だ。
ソレを持ち上げて狭い穴に足から体を捩じ込んだ。
中はやたらに狭かった。
外見からも想像が付いたが、それ以上だ。
鉄に囲まれた戦車内。
入った直ぐには良くわからない機械? の様なモノが出っ張っている。
砲に繋がっているのだからその本体なのだろうが、鉄の塊で組まれたそれはやたらに邪魔だ。
戦車に乗り込んで砲が邪魔だとはおかしな話なのだが。
邪魔と感じたのは仕方無い。
それに、わけのわからないレバーに丸いハンドル。
壁に這うパイプに使い道のわからない装置。
「おい! ハッチくらいは閉めてくれ」
親父がこちらを向いて怒鳴る。
その親父は、俺の前少し下がった所に座っていた。
そこが操縦席かと、幾つかのレバーでソレとわかる。
車内の真ん中に前後に通る大きなパイプで左右が別れているその右側だ。
そこから半身で睨んでいた。
慌ててハッチを閉じる。
それを見て、頷いた親父。
続けて。
「言いたい事はわかる」
なにがだ?
首を捻るまではいかないが、顔には出ていたのだろう。
俺にはその言いたい事等……何も無いのだが。
狭い以外は。
「逃げちまったんだよ」
溜め息混じりに。
「戦車長も……装填手も……な」
成る程……確かに親父一人しか居ない。
幾らなんでもこれだけゴチャゴチャした物を一人で動かすわけもないか。
「戦車長が居ないから、砲撃も出来やしない」
今一理解不能だが適当に頷いておく。
「まあ、撃てた所で空を飛んでりゃ無理なんだけどな」
外のプテラノドンの事か。
「大丈夫なのか?」
いやにノンビリとしているように見えるが。
「何がだ? ……ああ外のヤツか」
笑って。
「戦車の中に居ればヤツには手も足も出せんよ」
「そうなのか……」
ヤツが弱いのか? 戦車が強いのか?
たぶん後者なのだろう、幾ら魔物だからといって鉄の塊をドウコウは無理だ。
魔物? 魔物か……一瞬、自分がそう考えた事に驚いた。
「だが……邪魔な事には変わり無い、ヤツが居る限りは外には出られんし……小便も出来ん」
やはり、生身では危険なのだな……。
見た目どうりか。
「で、お前さんは何で一人で歩いて居たんだ? 見たところ……戦車長だろう? 自分の戦車は何処だ?」
戦車長?
何の事だと親父の目線を辿れば俺の着ている服の刺繍を見ているようだ。
「その家紋……名門だろう? さぞや立派な戦車なんだろうな」
羨ましいとそんな感じか?
「いや……戦車はない」
そんなモノは持った覚えもない。
「ああ……そりゃあ」
苦笑い。
「お互い……大変だな」
何か、勘違いをしたようだ。
俺の戦車が破壊されたか? とか。
まさか、持ち逃げとかか?
「まあ、気を落とすな」
俺の横を指差し。
「一服でもどうだ?」
横を見ればハンドル……たぶんこれは砲塔を回す為のモノだ、その横の窪みに煙草とライターが挟まっていた。
禁煙して久しいのだが、以前はそれなりのヘビースモーカーだった俺はその煙草を知っていた。
青いパッケージにバイキングの兜の絵、ゴロワーズだ。
久しぶりだが、今の状況……頭を休めるには効果的だろう。
もう、禁煙なんか糞くらへだ。
一本引き出し。
鼻に当てる、うん良い匂いだ。
両切りなのでフィルターの臭いも邪魔していない、そもそもフィルターが無いのだ煙草だけの匂い。
口に咥えて、ライターを手で覆い火を……。
着かなかった。
平たい楕円の筒に頭にレバーと小さな蓋が繋がったオイルライター。
石は火花を飛ばしている。
だが、着かない。
「オイル切れだ……」
「ありゃ、そりゃあ仕方無いな、火はソレしかない」
ぐるりと車内を指して。
「砲弾は火薬だからな……本来は禁煙だ」
大笑い。
ここまで準備させておいてそれはないだろう!
もう既に体も脳もニコチンに期待している、今更それは無しは我慢できない。
「油は外に補助タンクが有るがその中だ」
外に出ろと?
諦めろと?
「親父は吸わんのか?」
「ワシは煙草の趣味は無い」
笑っている。
「その煙草もライターもこの戦車に初めから有ったものだ」
喫煙者でも無いのに何故に煙草を進めた?
そこに、小さな悪意を感じる。
チョッとしたイタズラの積もりなのだろうが、かなりイラッときてしまった。
ライターを握り込み、親父を睨み付ける。
と、同時にライターの持ち主の意識が俺に流れ込んでくる。
前回のファウストパトローネの時と同じだ。
「38(t)プラガ……」
「ん? この戦車の名前だな……だが、プラガってのは何だ?」
「コイツはプラガエンジンを積んでいるだろう……だからそう呼ぶのだ」
知らない筈の知識を勝手に披露している。
第二次世界大戦中のドイツの10トン級の軽戦車だ。
因みにこの戦車の生産国はチェコでドイツではない、名前の最後の(t)はチェコスロバキア製を表している……決して重さのトンではない。
「流石に詳しいんだな……知らなかったよ」
「操縦手……谷の底に移動だ」
親父に命じる。
俺は勝手に動く体に意識を預けた。
何をする積もりなのかがわかったからだ。
弾薬庫から砲弾を引き出し、砲に込める。
そして、砲手の位置に着いて。
「外のヤツの方に向けて前進だ」
親父に指示を出す。
「丘の斜面を利用して撃つ」
「お……おう」
そんな無茶をしても当たるわけがないと、そんな顔なのだろうが。
俺の態度の急変に気をされたか素直に従ってくれた。
砲の照準を覗く。
視界には入らない。
一端腰を上げて上のハッチから外を覗いた。
後方に居る、向こうもこちらを見ていた。
旋回しながら、開いたハッチ目掛けて滑空態勢。
「後方に移動しろ」
直ぐに戦車が反応する。
排気音が上がりガスを吹く。
ヤツが一気に襲い掛かってきた。
見た目そのままの動き、滑空で近付き嘴か足の爪での攻撃だろう。
真っ直ぐに滑るように飛んでくる。
俺はハッチから引っ込み。
砲に飛び付き、照準に目を当てた、砲は前方を向いている方向は逆だ。
もちろんヤツの姿は覗けない。
今見えているのは丘の斜面。
親父に叫ぶ。
「前進、丘を登れ!」
同時に右手で壁のハンドルを回した。
左右の微調整。
丘の切れ目から空が見えた。
と、同時に天井に音。
ヤツの爪か?
そして、照準の視界に現れた。
戦車を叩いて飛び越え、そのまま上昇するつもりなのだろう、その後ろ姿。
「停止」
急ブレーキで照準が上下に揺れる。
修まる間に仰俯角の調整。
仰俯角? 何だそれは……体から離れた心が疑問に思う。
だが、体はそれに答えず動いて示してくれた。
砲の下に付くハンドルを回して上下を決める。
ヤツが空中で旋回。
こちらを向いた。
同時に戦車の揺れが修まる。
その時、照準とヤツがピタリと一致した。
俺は引き金を引いた。
轟音が草原に響く。
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