第268話 268 王に成った公爵


 ふとした疑問は、何故か強烈に頭痛が襲う。

 余計な事を考えるなと……そう言う事なのだろう。


 私は頭を押さえて、城を見やる。

 先程迄の、親衛隊員は大きな木箱を担いでいたが今はもうそれも無いようだ……もうすぐだ。


 「おい貴様!」

 叫びが聞こえるのでそちらを向けば、公爵がこちらに速足で近付いて来た。

 見た目に大層な格好をしている。

 式典用のゴテゴテとした礼服に長く細い真っ直ぐなサーベルを腰からさげていた。

 晴れて王に成れると意気込んだのだろう。


 その公爵の後方には銃を下に向けた親衛隊員2人を従えては居るが、それらは公爵の警備ではない。

 その銃が構えられる時は、銃口は公爵を狙う。

 

 その公爵はそれもわかった上での怒鳴りだ。

 「どういう事だ! なぜ爆弾を城に仕掛ける」

 怒りは顕だが、掴み掛かるのはどうにか制止出来ている様だ。


 「もちろん、破壊するためです」

 公爵の醜く歪んだ顔には目もくれず、素直に答えた。


 「誰に断りもなくにだ」

 ピクピクとさせるこめかみは血管を浮かび上がらせて今にも切れそうだ。

 「城はもう私のモノだ」


 「王を継承されたのですね……おめでとう御座います」

 チラリと公爵に目線を滑らせて。

 「しかし、城は私達が貰い受けました……元国王からの約束です」


 「元国王だ?」


 「正確には元元国王ですかね」

 少し笑みを口角に吊るして。

 「皇帝王……ネクロマンサーで最後に大陸間弾道魔法を放った王、その御方直々です」

 

 「何をわけのわからない事を……」


 怒りに任せて怒鳴り散らす公爵を遮って。

 「貴方は、先代の王の命と国王の地位をてに入れた……それは皇帝王の力添えが有りきですよね」

 小さく頷いて見せて。

 「親衛隊もそれに協力しました……その見返りが城です」

 鼻で笑って。

 「私共が戴いたソレをどう扱おうが自由だと思いますが?」


 「それがどう言う事かわかって言っているのか? 城が無ければ国民は着いて来ない……」


 「そうですね……象徴ですからね」


 「それがわかっていてか? フェイク・エルフ供はどうする? エルフもだ」


 「フェイク・エルフの国は……今現在、存在しませんよ、ロンバルディアと同じ事が同時に起こりましたから」

 あちらは何とか警察だったか?

 フェイク・エルフの組織には興味も無いので聞いた覚えは有るのだが、忘れてしまった。

 「エルフの方は奴隷紋を集中管理しているわけでは無いので……大陸間弾道魔法を撃って滅ぼすそうです」


 「大陸間弾道魔法?」

 驚いた公爵。

 だがすぐに気を取り直したのか。

 「いや、それよりも奴隷紋だ……貴様等は、奴隷紋を破壊する積もりなのか?」


 「そうですね、我々と元国王の悲願ですからね」


 「そんな事をすれば、奴隷が自由に為るではないか! 貴様も私も、国中の者が殺されるぞ! 意味がわかって言っているのか?」

 

 「奴隷が自由に為るだけです……」

 少し頭痛がぶり返してきた。

 このむやみやたらと唾を吐く公爵のせいだ。


 少し目線をズラせば、城からこちらに走ってくる者が居る。

 黒尽くめのその男は爆破の手配を任せた男だ。

 「準備完了です」

 走り込んできたその男は、公爵を見て少し驚いては居たが報告は確実に告げくれた。

 そして、私はそれに頷いて……。

 右手を軽く上げて下ろす。

 「やれ!」


 「止めろ! 今すぐ中止だ!」

 叫ぶ公爵の声を遮る様に爆発音が幾つも響きだす。

 初めはくぐもった音。

 それは次第に大きくなり。

 そして瓦礫の崩れる音と混ざり。

 音は地響きに変わった。


 「終わりだ……」

 それは公爵の呟きだった。

 意味は違うのだろうが、その呟きには私も同意する。

 「ゾンビ供は……奴隷紋で管理されていたのだぞ……」

 公爵は私をチラリと見るが……直に首を降って。

 「元国王は何処だ!」

 今一度、怒りを見せて。

 「貴様は何処に居るのかを知って居るのか?」


 「いえ……何処に居られるのでしょうかね」

 小首を傾げて。

 「存じて降りませんが……」


 私を睨んだ公爵。

 しかし知らないものは答えられない。

 

 「まあいい、知っていそうな者には心当たりがある」

 ほう……と、方眉を上げた私を見て。

 「ヴェルダンの男は元国王の血縁だと聞いた……ヤツは今は戦場だが、ヴェルダンのジジイは知っている筈だ」

 ふむ、成る程と頷く。

 その男を戦場に追いやったのは公爵自身だが、繋がりの線を自ら細くしたとは思い当たらないと見える。

 元国王の血縁は、たしかファウスト中佐だったか。

 伯爵はそれを後見しただけだと思うのだが……本当に元国王の居場所を知って居るのか?


 私のその態度が気に食わないのだろう、公爵は怒鳴る。

 「王の命令だ、ヴェルダン家に連れて行け」

 

 ……まあ、今は確かに公爵が王だ。

 それを約束したのは元国王、私も見ていた。

 「いいでしょう」

 先の黒服に向き直り。

 「この御方をヴェルダン家にお連れしろ」


 「王だ……」

 自分でそう呟き、しかし何かを焦り始めたのか。

 「その者達は人間にしろ! 奴隷兵やゾンビでは無く人間だ」


 「わかりました」

 公爵に頷いて。

 「その様に」

 黒服に命じる。

 

 

 慌ただしく離れた公爵の後ろ姿を見守り。

 「何時まで王でいられるか……」

 小さく首を振り……可哀想な男だと哀れんでやろう。


 と、その目の端にゾンビが入り込んできた。

 ふむ、もう仕事も終えて何処かに行くのだろうか?

 だが、その虚ろな目は私を見ている様にも見える。


 「私に何か用か?」

 声を掛けて笑ってしまう。

 ゾンビとは言っては居るが、人形の様な産まれたてのホムンクルスをゴーレム化しただけだ。

 そんな赤ん坊の様なモノに話す知能など無いのだ。

 暫く経てば学習出来るのものなのかも知れないが、それには何年も掛かるだろう。

 そして、やはりかゾンビは返事を返さない。

 

 しかし、そんなゾンビが、1人、2人と集まりだした。

 数十名に囲まれた様だが、皆が私を見ていた。

 そしてジリジリとこちらにニジリ寄る。

 

 あまりに気分が良いものでもないと、近くに居た親衛隊の隊員に声を掛けて排除させようとした……のだが。

 その隊員は、私をチラリと見て何処かに行ってしまった。

 「なんだ、命令拒否か? 態度の悪い奴だ」

 見れば階級章も無い。

 「奴隷兵か? 奴は廃棄だな」

 もう1人、通り掛かった親衛隊の……これも奴隷兵の様だがに指示を出す。

 

 その奴隷兵は小さく肩を竦めて、見当違いな方へと行だした。

 「コイツもか……」

 私は声を大きくして。

 「おい、誰か居ないのか! 誰でも良い……ここに来い」

 しかし、誰も返事も姿も見せない。

 

 そのうちに、近付いたゾンビ兵の1人がナニやら大きなモノを引き摺っていた。

 黒い塊……軟らかく袋の様なソレ。

 ズルズルと動く度に跳ねる様に転がる……手足。

 それは親衛隊員の死体だった。


 何が起こった?

 公爵の仕業か?

 誰がこれを命じた?

 ……命じた?

 奴隷もゾンビも縛るのは奴隷紋。

 

 途端に吐き気を催す様な頭痛。

 何も考える事は出来ない程の痛み。

 しかし、肌で感じる恐怖はそこに在る。


 私はヨロヨロと側には置いていた戦車に手を掛けて……体を持ち上げよとした。

 逃げなければいけない。

 

 その私の腰を掴んだゾンビ。

 戦車から引き剥がす。

 その時にはもう、複数の手が私を掴んでいた。

 指先に痛みが走る。

 ゾンビが私の指を喰っている。

 足の太股が痛い。

 脇腹が……

 腕が……

 喉……。



 「パト!」

 俺の背中を叩くヴィーゼ。

 「大丈夫? 凄い声を上げてたけど……」

 心配気に俺を覗き込んでいた。


 「大丈夫だ……」

 俺は深呼吸をして。

 「それよりも、もうココはいい」

 公爵はヴェルダン家に向かった。

 そこにはアンもジジイも居る……花音と名乗る百合子もだ。


 俺は出来るだけの大声で。

 「移動だ! ヴェルダン家だ!」

 そのまま戦車を回転させて。

 「ここの奴らは放っておけ」

 奴等は解放された、親衛隊の奴隷兵だ。

 今は自分達の置かれた境遇から逃げようとしているだけだ。

 奴隷兵士も、知能も判別も出来ないゾンビに狙われて居るのだから……。

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