第267話 267 短剣の持ち主
ドンと大きな音で俺の意識は半分戻った。
砲撃は後ろで常に響いてはいるが、この音はすぐ近く。
目の前の手が触れそうな位置に在る、ルノーft-17軽戦車の砲口から煙が上がって居た。
その戦車の背中にはマンセルが居て、砲塔の後ろのハッチを覗いて指示を出していた。
中に乗って居たのはヴィーゼ。
ガチャコンと音をさせて砲弾を詰めている。
ルノーft-17軽戦車の3.7cm砲の砲弾は、38(t)軽戦車の3.7cm砲の砲弾とは違い短くて軽い、重さも1kgを切る。
ヴィーゼでも持てる重さだ。
俺の意識が飛んでいる間にヴィーゼがマンセルに頼み込んだのだろう。
あれって私でも撃てる?
バルタみたいに撃ちたい。
たぶんそんな所だろう。
でも、操縦は誰がするんだ?
運転手が居ないだろうに……。
と、ボケた頭で考えている俺を、まだ何かが引っ張り、引き摺っている。
意識が引っ張られる感覚。
その元はといえば……手に持つ短剣。
コイツは念が強すぎるのか?
慌ててそれを投げ捨てようとしたのだが……。
……。
……目の前の元国王は笑いながらに、私に近付いて来ていた。
しかし、私の目は目の前の少女の差し出す手に釘つけに成っている。
今、見た公爵の姿が頭から離れない。
この手は握ってはいけない。
そして何とか声を絞り出す。
「私は裏切る積もりは有りません」
そして、少し離れた場所でマリーと話をしている公爵に目線を送り。
「それを、見られればややこしく成りませんか?」
公爵にスキルを見られて、勘繰られると言いたかったのだが。
しかし、例え怪しまれたとしてももう一度、花音のスキルを使えば良いのだろうが。
私にはそう告げる事くらいしか出来ない。
記憶を弄るスキル。
それは心の中も見られる事でも有る筈だ。
見えないモノを書き換えても、矛盾が残るだけだ。
本人では無くても何処かで誰かがそれに気付くだろう。
だから相手の心を覗いて、矛盾を起こさない形で改変する……そんなスキルの筈だ。
カンと地面に落ちた短剣の音で我に返った俺は、その落ちた短剣を見た。
強すぎた念がこもる短剣。
手から放すその瞬間にも何かを伝えようと、俺を引きずり込んだ。
だが、俺は答えを見付けた。
この惨状は元国王の仕業だ。
そして、花音のスキルも……だ。
いや、百合子が本当の名前か。
俺の記憶の何処までを書き換えたのだろうか?
最初の出会いは?
花音では無いのなら、あの時の母親の死は?
確かに母親とはぐれた娘の行動とは思えない程に母の事を言い出さなかった。
小次郎は?
それは事実だろうと腰に挿した拳銃が教えてくれる……が。
その時に花音は残った。
俺は一人で解毒剤を取りに行ったのは……行かされた?
マンセルに出会った。
盗賊を倒して子供達にも出会った。
それらは事実だが……記憶を改変して誘導された? とも思える。
他にも幾つも不自然な事が有る。
簡単に貴族に成れた。
戦争もだ。
……あの時も……。
「戦車長……」
俺を呼ぶその声。
「考え事は後に出来ませんか?」
そしてマンセルは指を指す。
何処からか表れた親衛隊の戦車が数両、こちらに走って来ていた。
「あれは……どちらですかね?」
敵か味方かと訪ねているのだろうが。
俺は叫ぶ。
「あれは敵だ」
クーデターを目論んだ元国王に着いた方だ。
俺はこの国に思い入れは無い。
だけど、兵士としての仕事と収入は得た。
兵士は改竄された記憶か?
しかし、収入は確かだった。
「アレ撃つよ」
ルノーft-17に乗り込んでいるヴィーゼが叫んでいる。
そうだ、子供達にも出会った。
死なせるわけにはいかない。
子供達の為にではない……俺が存在する意味の為にもだ。
記憶があやふやなモノでも、俺はここに立っている。
「撃て!」
俺は叫んで、ヴィーゼの乗るルノーft-17の前部の観音開きに上に跳ね上げられたハッチに潜り込み、操縦席に着く。
「マンセル! エンジンを掛けてくれ」
「あいよ」
マンセルはルノーft-17の後ろに回り、戦車の尾橇を落として、そこに有るクランクを回す。
ブルっと震えるエンジン。
プスンプスンと鳴く排気管。
キャブレターがコーっと低く唸り出した時。
バラバラと車体を揺らしてエンジンが息吹を示す。
クラッチを切り。
アクセルを一煽りしてアイドリングを安定させて、右手のギアを入れた。
ドンと音をさせるヴィーゼ。
バルタのように当たったとは言わない。
「チッ」っと舌打ちが聞こえたので外したのだろう。
広い王城広場の玄関口だが、隠れる所も至るところに在る。
木造の低い建物もその内の1つだが、背の高い植木や低い垣根もそうだった。
こちらに4号や3号を見て取って隠れながらに近付こうとしているのだろう。
敵は貧弱なルノーft-17だ。
今は俺達は固まっているが、分散して個別に撃破しても問題は無い筈。
敵の砲に危険なのは今、俺とヴィーゼが乗る同じ戦車か?
後は、マンセルの38(t)軽戦車だ……それでも前や横からでは抜かれる事も無いのだろうが。
俺は前進を開始しようと、左足を緩めた。
ハッチは前で開いたままだ。
これを閉めると、狭いスリットだけが視界に為る、今の闇夜ではそれでは俺は見えない。
敵に銃で撃たれれば危険でも有るが……と、横を向けば4号や3号が抜いていく。
致命的に遅い速度だから前に出る事もない。
その実用速度は笑える時速4kmだ。
そんなスピードだからか、マンセルが走って横に来た。
「戦車長、忘れ物です」
投げて手渡されたモノは、先程の短剣。
思わず掴んだ俺は唸る暇もなくに……意識を引き摺られた。
……。
私は、王城の入り口の門の直ぐ中で立っていた。
横には親衛隊の装備であるルノーft-17軽戦車が停まっている。
私が乗る戦車だ。
そして、そこに立って見ていた先は城。
部下の親衛隊員やら、公爵の操るゾンビゴーレムがワラワラと城に走り込んでいる。
偵察隊の報告では、公爵は無事に王を殺害出来たらしい。
元々が近衛兵の総指揮官である公爵が攻めたのだから、城の防御は皆無で反撃も無い。
ただゾンビを城に雪崩れ込ませるだけだ。
だが、私にはもう1つの仕事が残っていた。
奴隷の解放。
その為に、国を棄てたのだ。
私が何故にそれを目指したのかは、もうわからない。
物心着いた時から何故に奴隷は存在するのかが腑に落ちなかったのだ。
私は、裕福な家に産まれた。
そして命じれば奴隷は何でもしてくれた。
死ねと言えば死のうとするし。
実際に命じた時は、父にこっぴどく怒られたが……奴隷は金が掛かっている、我が家の財産だ、と。
だが、その命じた奴隷は父の毎晩の玩具なので、それを壊そうとしたのが気にいらなかっただけだとは気付いては居たが。
しかし、財産である事には違いない。
私の始めての玩具もその奴隷の娘だし、生かしておいて良かったと過去を反省も出来た。
その娘はすぐに死んでしまったが。
父に言わせれば、まだそれが出来るの年齢でも無かった様だ。
奴隷も人と同じで、子供が産める様に為ればそのシルシの赤い血を流すモノだからそれまでは待たなければ壊れて当然だと。
今に為ればわかる。
小さな子供に一日中、何日も弄べば壊れもするさ。
やり過ぎたのだ。
でも、思春期の男にそんな玩具を与えたのがいけない、暇に為れば何時でも何処でもだ……私の場合は、暇が無くても寝る間も惜しんでだったが。
簡単に死ぬモノだから、お陰で代わりの玩具は3年も待たなければいけなかった。
その次は成長も速くて頑丈な獣人にしてもらったが。
所詮は獣人だ。
3人目の玩具は、やはり人間が良いと再確認は出来た。
それも出来れば……子供が良いと。
嫌がる顔も、痛がる顔も、首を締めれば余計に赤く染まって美しい。
獣人は私の力では、首を絞めたところで平然としている……とても面白くない事だ。
その獣人は、5年程で売ってしまったが……あの獣人は何の獣人だったのだろうか?
たしかボノボと本人に聞いた気がするが、それがどんな生き物かは未だにわからない。
まあ、壊れず何時でも私に付き合ってくれたのは、その獣人だけだったが。
普通の人間は1年ももたなかった。
つい先日も1人死んだところだ。
……はて。
私は、何故に奴隷を解放しようとしているのだろうか?
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