第269話 269 屋敷の死体
俺達は城から出て、貴族街に向かった。
門の外は相変わらずのラプトルが徘徊するエリア。
城の門の中には居なかったのが不思議に思うが……この魔物も誰かにコントロールされているのだろう。
いや、大猪が親玉だとはわかっているのだが、その大猪を誰がコントロールしているかだ。
今までの流れでは、元国王なのだが……ネクロマンサーでは有ってもテイマーだとは聞いていない。
花音が記憶を改竄したとしても、それが魔物にも効くのかも疑問だ。
魔物の記憶の意味を人が覗いて理解出来るのか?
その見掛けないと言えば……国防警察軍もだ。
親衛隊がここまで自由にやれたのは、国防警察軍の邪魔が入って居ないからだろう。
アンの父親は何処に行った?
味方の戦車が砲を撃ちながらに前進している中。
ドンと響かせてヴィーゼも砲を撃った。
「チィッ……」
外した様だ。
バルタ見て簡単だとでも思っていたのだろう。
あれは特別だ。
だが、そのヴィーゼも特別でもある。
誰にも見えない筈の建物の影から走り出るラプトルを先に見付けている。
暗い夜でも近ければ、気配くらいは見えるのだろう。
もちろん、その外した魔物はバルタが仕留めていた。
バルタもまた見えない敵の足音で判断していたのだろう。
「この戦車……遅い!」
ヴィーゼが当たらない責任を戦車に押し付けてきた。
遅いのは仕方が無い、フランス戦車に速いは無い。
「もっと早くには動かないの? バルタに先を越されるじゃん」
完全にブー垂れていた。
泣いて怯えて縮こまっている依りは良いのだが。
それにしても魔物を撃つのに競い合って、味方を誤射するなよ。
と、横に居た……たぶん俺達を守ってくれて居た3突に砲弾が当たった。
ガインと音を立てて後方に弾き飛ばす。
方向と角度から、前方から撃たれたもの。
味方の誤射では無さそうだ。
「敵の戦車か?」
ゾンビに戦車の操縦は出来そうに無かった。
魔物は無論無理だろう。
親衛隊の奴隷兵士は、戦う依りも逃げる事を優先している筈だ……なら。
それは、街に隠れて居た住民のゾンビだ。
本物方だ。
ゾンビも元国王の配下なのだから、何処かで戦車を手に入れた?
それは簡単な事だろう。
俺だって簡単に見付けられた。
倒した親衛隊のモノを奪う。
それとも、逃げた奴隷兵士が乗っていた戦車を拾ったか?
「ヴィーゼ今のは何処から撃ってきた?」
「もう居ないよ……バルタに撃たれてる」
またもやブー垂れている。
暫くはすれば穴の空いた所から火を吹いているルノーft-17が、路地の角に見付けられた。
38(t)の3.7cm砲でもルノーft-17には通用する。
軽戦車とはいえ、初期の3号中戦車と同等の能力だ。
しかし、これを見た街の住人ゾンビは、その力の差を思い知ったことだろう。
たとえ戦車を手に入れても、3突や4号には歯が立たず一方的にやられるだけだ、と。
そんなゾンビや魔物の攻撃も貴族街に入れば、力無く散発的なモノに変わっていた。
追い掛けて来ていたラプトルもソコで止まって見ているだけに為る。
まるで貴族街から出ないなら見逃してやろうと、そんな意思もみれる。
軟禁状態の捕虜収容所の様なものか?
貴族街の街の様子を見れば何処も戸締まりを固めて閉じ籠っている様だ。
捕虜として扱うと言う依りは、面倒臭い戦車や武器を持った貴族とは相手にしたくないとそんな感じにも思える。
ゾンビ市民にとっては貴族や王族は居ても居なくても支障が無い存在なのだろう。
市民街で見掛ければ攻撃をするが、出て来ないなら好きにすれば良い、とだ。
まあ、城の後ろ楯を失った貴族などはもうその意味も無いのだが。
俺達はヴェルダンの屋敷の正面入り口から中に入る。
今更、裏口を使う意味も無いだろう。
その玄関前にはキューベルワーゲンが横付けされていた。
俺は、そこで戦車を降りて銃を構えて車を調べる。
犬耳三姉妹とタヌキ耳姉妹も着いて来た。
他のモノはその場を固めるか、車両ごと裏に回っていた。
「誰も居ない感じ」
エレンの言葉に皆も頷いている。
「何だか臭いけど……」
覗いた車の中も空だ。
そして鍵は刺さったままでイグニッションはオンに成っている。
すぐにでも移動をする積もりでエンジンは掛けっぱなしにでもしていたのだろうか?
外を向いて、車の後方を見れば、左右の排気管の下に油シミが出来ている。
ガス欠で止まった?
どちらにしても、ここに車を置いた人物はまだ近くに居るのだろう。
それはヴェルダンのジジイでは無いのは確かだ。
玄関ロータリーには馬車しか乗り入れさせないので、俺は殆ど使った事がない。
住む場所が違うので、こっちの母屋の方は関係が無いと言えばそれまでだが。
構えた銃のマガジンを抜いて弾を確認した俺は、正面玄関に向かった。
扉の外。
以上は無いようだ。
中に人の気配も無い。
二枚扉の片方を静かに押した。
内開き扉が軋む音を立てて開く。
少し開けて覗いた中は真っ暗で、何も見えない。
俺はエレンに目線を投げる。
エレンは鼻を摘まんで首を横に振る。
俺は大きく扉を開いた。
やはり何も見えない。
ポケットの懐中電灯を取り出して、光を走らせる。
床の一点に黒く蠢くモノが見えて、それがイキナリ膨らんだ。
俺は慌ててしまった。
予想外動き。
建物の中に魔物でも居るのかと、数発を撃ち込む。
その黒いモノは跳ねて、そこから黒い影をこちらに飛ばしてきた。
思わず顔を覆うが。
俺の体に何かが起こったわけではない。
パサパサとカサカサと羽音を立てた虫が飛んだだけだった。
その虫の集っていたモノは、派手な服を着た……たぶん侯爵。
死んで相当数の日数が過ぎている様だ。
完全に腐敗して、肉の殆どが液体化して流れて、床にシミをつくっている。
耳に入るカサカサとした音。
それは扉の横からも聞こえた。
そちらにもライトを当てる。
黒い影が蠢く、その隙間から見える黒い服が2人分。
親衛隊のモノだろう。
「死んでるね……臭いと思ってたけど」
三姉妹は驚きもしていない。
死体の臭いだとわかっていたようだ。
「臭いは……この3つだけだよ」
「ジジイ達は大丈夫なのだろうか?」
俺は呟く。
「みんな、屋敷の捜索を頼む」
たぶん……誰も居ないだろうとは思うが。
誰か居るのなら、こんな状態に成るまで死体を放って置く筈がない。
頷いた子供達は、そのまま走って屋敷の中にバラけた。
俺はもう一度、公爵を見る。
死因はわからない。
それが見れる状態では無いからだ。
足で蹴って虫を払う。
ベチョリと靴底に何かが絡み付く。
眉を寄せた俺。
公爵は気の毒だとは思うが、それでも念願の王には成れたのだ。
死んでも本望だろう。
その任期は半日も持たないかったが。
俺も屋敷の捜索に参加しようと踵を返す。
公爵には興味も無い。
と、カツンと足先に触れるもの。
光を当てると、キラリと反射したそれは長く細い長剣だった。
「サーベル?」
これで公爵は死んだのか?
手に持ち刃先を見るも、血の後は無い。
だが、拭かれては居るが油は見える。
人を斬った形跡は有る……。
死体を残して……凶器の剣の血だけを拭うモノなのか? それもそのまま置いての話だ。
もう一度、公爵を見た。
そして気付いた。
公爵の腰にぶら下がるのは鞘だけ……。
……。
俺はまた引き摺られる感覚に襲われる。
「しまった、これは公爵の剣だ……」
呟いた言葉が声に成ったかどうかも怪しい。
……。
ワシは、両手で持った剣を目の前の男に突き立てていた。
その男の頭に王冠を転がして、刺した剣の刀身を刃も気にせずに握っていた。
死にゆくこの男は王だった。
「公爵……貴様、なぜ……」
呻きと共に吐き出した王。
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