第270話 270 公爵の見た夢
王城の中の奥の奥に有る王の執務室。
豪華にきらびやかに飾り立てられた装飾品。
広さはそれほどでも無く、対角線上を歩けば25歩程の真四角な部屋。
普通に考えれば十分に広い部屋だが、一国の王の執務室としてはどうなのだろうか?
その部屋に入った公爵は、自分が王に成ればこの部屋は使う事は無いだろうなと決めた様だ。
床の赤い絨毯もすぐに王の血で染まる。
ここで殺すつもりなのだからだ。
部屋の奥の分厚い机に座る王が声を上げた。
「侯爵……この騒ぎはなんだ?」
部屋に入って、顔も見ずに放たれた言葉。
「はい、民衆が城内になだれ込んできました」
正確には民衆のなりをしたゾンビだ。
「さっさと追い出せ」
眉をしかめている王。
城の奥のこの部屋にも外の喧騒が聞こえてきていた。
一人一人の怒号が集まり、集団の咆哮の様に壁に響く。
爆発音や、砲撃に銃の発砲音もそれに混ざり聞こえてきた。
「はい……しかし……」
わざとらしく呻く。
「しかしなんだ」
イライラし始めた王。
「なにぶん……人数が多過ぎて、親衛隊と近衛兵だけでは対処に限界が……」
額の汗を拭う仕草。
そのどちらも、騒いでいる方だ。
「国防警察軍はどうした?」
「はい、今はその大半が南の遺跡の調査に出ていまして……」
「な……」
叫ぼうとして口ごもる。
それを調査せよと命じたのは王自身だ。
親衛隊は最近に起こした事件、貴族の娘の誘拐未遂……勘違いか間違いかわ知らないが、そのお陰で評判と信用を大きく落としていた。
遺跡には大陸間弾道魔法の魔方陣も在るとの事で、親衛隊は抜きにして国防警察軍だけで調査せよと、命じたのだ。
王としては、大規模で重要な仕事から外して、親衛隊に反省を促した積もりの様だが、それが裏目に出た……そんな格好に上手く落とし込めている。
邪魔な国防警察軍を王都から追い出し、もう既に調査しつくした遺跡に閉じ込める事にも成功した。
適当に暴れる、得たいの知れない巨大ゴーレムがまた良い仕事もしてくれている、その対処で王都に国防警察軍は殆ど残っていない。
その時パパパパッと銃の連射音が大きく響いた。
公爵は、慌てて廊下に半身を出して確認をする。
親衛隊員が1人銃を構えて公爵を見て頷く。
その足元には、撃たれて血を流している右大臣の死体。
公爵は体を部屋に戻して。
「ここも危ない様です」
王の顔を伺い。
「移動をお願い出来ますか?」
「こんな所まで入り込んでいるのか?」
王の声は威厳のメッキが剥がれる寸前に聞こえる。
「大丈夫です」
公爵は廊下を睨み、右手で腰の剣を抜き、左手で王を制止する。
「道中はおまかせ下さい」
「そんな剣でどうにか出来るのか?」
「銃を持つ者が居ても、私の直ぐ後ろに居ていただければ盾になれます」
目線は廊下だが、意識は王に釘付けていた。
「離れないで下さい」
1歩を廊下に出す。
それを見て、慌てた王は何の疑いも無く……公爵からしたら不用意過ぎる態度で近付いてくる。
チラリと王を見た公爵。
王はそれに勘違いの返事を頷いて返す。
公爵はもう1歩を大きく踏み出した。
廊下にでは無くて執務室の方……後ろに居た王に向かって。
同時に差し出した剣は王の腹のど真ん中に吸い込まれる。
「なにを……」
驚き、目を見開いてその剣の歯を両手で押さえようとする王。
公爵は細い剣を捻り上げて、心臓を目指して上に引き上げた。
どさりと床に落ちた、王で有った肉塊。
腹に刺さった剣を抜いて、もう一度……今度は喉を横に切り裂く。
その喉から吹き出る血の量を見ながら、安堵の息を大きく吐き出した。
心臓が動きを止めたので、溢れる血も少ない。
確実に死んでいる。
公爵は部屋を出て、右大臣を確認した。
息は無い。
その右大臣の着衣で剣に着いた血を拭い、廊下を進む。
次の目標は左大臣だった。
公爵が王に成るには、現王に位を譲り受けるか……上から順番に死ぬかだ。
譲り受けるとは、現王が生きていなければ出来ない。
だから、今の選択肢は……自分の番まで回ってくる迄の上を殺す事だけだ。
それは結構な人数に為る。
公爵は貴族では一番上の位だが、王族に元王族……そして今は民間出の政治家それらが邪魔に為る。
何かと理由を着けて城に集めては居るが、確実に殺さなければいけない。
1人でも逃せば、後々ややこしい事になる。
新しく王に襲名しても、継承権がと言われればそれだけでケチが付く。
面倒事は根絶やしにしておくに限る。
左大臣の部屋には、既に死体しか転がっていなかった。
確かめる迄もなくに死んでいるのが1目でわかる……首と胴が別々に有る。
銃では無くて剣筋だ。
親衛隊の仕業では無くて、部下の近衛兵だろう。
近衛兵の掌握は完璧に出来ている、それも元国王の力なのだが。
「後は……王族か」
また廊下を歩く。
途中で見付けた親衛隊の1人に状況を聞いた。
「どうなっている?」
もちろん、王族の事だ。
が、返事は見当違いな言葉が返ってきた。
「はい、爆破の準備は順調です……後は城の基礎の柱に爆薬を設置すれば完了です」
「爆破だ?」
何を爆破する。
城の基礎を爆破?
「それでは城が壊れるではないか!」
イキナリの剣幕に驚いた親衛隊の兵士。
「はい……壊せとの命令です」
オドオドと呻く。
「誰にだ!」
それにはもう返事も返さない、完全に怯えきって押し黙っている。
しかし、親衛隊の兵に命令を出すのは親衛隊の司令官だとはすぐにわかる。
「くそ……司令官は何処に居る?」
やはり返事は返さない。
その代わりか、公爵の声に反応した数人の親衛隊員が集まってきた。
「爆破をさせると為れば……」
公爵はもう親衛隊を見ずに考えている。
「城の全貌が見える場所……正面の門か」
大きく踵を返した侯爵、スタスタと歩き始めた。
速足に……大股で。
「どちらへ?」
怯えた親衛隊員では無くて、後から来た方だ。
なにやら先の親衛隊員と話をしていたようだが、公爵にはどうでもよい。
だから簡潔に答えてやった。
「貴様等の司令官の所だ!」
公爵は城を出て、真っ直ぐに進む。
後ろには先程の、怯えていなかった二人が銃を持ち着いてくる。
それが護衛では無いのはわかりきっていたが、下手に騒げば撃たれるかも知れないと放って置くことにした。
警戒はしていたが、公爵は味方だとでも言われて居たのだろう。
……いや、役に立つ道具くらいか?
腹が立つし鬱陶しいが、そのうちに王に為れば思う存分に仕返しをしてやればいい。
なんなら親衛隊そのものを無くしてやればいい。
それよりもだ。
今は爆破を止めなければ、城の無い王なんて格好もつかん。
ズカズカと歩いて、遠くに立つ司令官を見付けた。
門の前、戦車の横だ。
顔はまだ判別できる距離では無いがそうだとわかる。
他の者は忙しく動いているのに、その男だけがジッと城を見詰めて仁王立ちだ。
そんな者は司令官ぐらいしか居ない。
「貴様! どう言う積もりだ!」
近付くにつれて、我慢が出来なくなって叫んでしまう。
「どうもこうも……城は破壊します」
死んだような目で答えた司令官。
目線は城だが……城が見えている様には思えない。
表情も貼り付けたお面に不気味だ。
「止めろ……中止しろ」
公爵のその言葉の前に、後ろで大きな爆発が連続で起こった。
音と地響きに驚いた公爵は肩を竦めて……そして、ゆっくりと振り返る。
城は火薬の煙と崩れた瓦礫の埃が入り交じったモノで城が見えない。
見えないが……どうなったかはわかった。
もうそこに有るのは元城の瓦礫の山だ。
そして同時に血の気が引くのがわかる。
城が壊れたと言う事は……奴隷がすべて……兵も、ゾンビゴーレムも、城下町の住民もが解放されて自由。
縛るモノの無くなった者達。
それはもう、命令も指示も出来ない……道具では無い危険な存在。
慌てた公爵は。
「部下を貸せ」
とにかく人間になら、まだ命令は出来るだろう。
元から縛りは無いのだから。
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