第256話 256 劇場と夢

 

 廃墟の街。

 その中央に建つ崩落した教会の広場を挟んで真向かいに建つ比較的損壊の少ない大きな建物を、今夜の宿と決め込んだ。

 その建物は劇場のようだ、外見も太い柱を並べられて重厚そうな雰囲気を醸していたが、中もきらびやかに飾られているそんな外周の通路のようなフロアーには赤い絨毯が敷き詰められていて、そこから重そうな扉をくぐれば、広いホールに備え付けの椅子が並べられて正面には一段高い舞台が見えた。

 そして、高い天井には穴も空いていない。

 

 舞台の有るホールは椅子が邪魔だが、その手前の通路は広く部下達が全員寝れるスペースは有り余る程で、何より雪の心配をする必要も無さそうだ。

 だが、寒さ凌ぎに小さなテントは張る必要が有るようだ。

 テントの中にストーブランタンを吊るした炬燵の様なモノ……やはり暖かそうだと羨ましく見ていると、背後からマンセルが。

 「トレーラーの方が暖かいでしょうに」

 確かにそうなのだが……何か微妙に違う、抗えない魅力がそこに有るような気がするのだ。


 それをマンセルに言った所で、笑われて終わるのだろうから黙っては居るが……わからないのだろうなと、溜め息を一つ。


 「で、街の様子は?」

 話を変えて、マンセルに向き合う。

 先に偵察に入った俺達も街の中は確認したのだが、見過ごしが無いかをマンセルと数名に頼んでいたのだ。


 「何も無いですね……食料も武器も根こそぎ大佐が持っていったんでしょうね」

 肩を竦めたマンセル。


 「死体の数も……街の規模からすると極端に少ない様です」

 マンセルの背後に居たララも答えた。

 

 「それも大佐が奴隷にして連れていったんじゃあ無いですかい」

 

 そのマンセルの言葉には疑問が残る。

 「こんな大きな街の住人をすべてか?」

 

 「じゃあ逃げたんでしょう」

 それもオカシイ気がする。

 大佐が通ったのはもう何日も前の筈だ。

 焼けた戦車を見てみても、1・2周間は経っていそうだ。

 何人かは戻って来ていてもいい筈だが?


 口許を押さえて考えを巡らした。

 大佐はまだ、この街の近くに居るのか?

 それとも、別の何かが起こったか?

 

 「だんな……考えても答えは出ないですよ」

 マンセルもそれはオカシイとは気付いては居るの様だ。

 「とにかく、この街には何も無い……驚異に為るモノも含めてです」


 「それと……」

 劇場の正面に着けた、キッチンカーから降りてきたアリカ。

 俺を探して居たようだ、見付けたとそんな顔で。

 「食料もそろそろ底を着きそうです」


 「大量に積み込んでたろう?」

 驚いたマンセルが声を上げる。


 「人数が多過ぎるから……」

 怒られたと感じたのか、少し声が小さくなる。


 「途中で魔物を狩る積もりでの計算だったからな」

 俺はアリカに頷いてやる。


 「そう言えば、魔物に1度も出会いませんでしたね……」

 マンセルも考え込んで、小さく呟く。

 「それもオカシな話だ」

 

 「フェイク・エルフ領は魔物が少ないのだろう?」

 以前にそう聞いたが?

 魔素が少ないから、魔物も少ないと。


 「それでも一匹も居ないわけじゃあないです」

 参ったなと顔をしかめたマンセル。

 「後……何日分だ?」


 「節約しても、後……2・3日で終わりです」

 

 それを聞いて、唸る俺とマンセル。

 節約とは言うが、最近のスープも具が無くて水だけだった様な気もする。

 その上でまだ節約か……。


 「どうします?」

 マンセルは投げた様だ。

 俺に解決策を求める。


 「この辺りにダンジョンは無いよな?」


 「在っても場所がわかりません」

 首を振ったマンセル。


 「では、魔物を探すか?」


 それにも首を振る。

 雪の積もる原野では、食える草木も見付けられるかどうかとそんな顔。


 「なら……エルフを食うか」

 氷着いた死体だ、腐っている事も無いだろう。

 エルフかフェイク・エルフなら道端に幾らでも転がっている。


 が、その場の全員が引いた。

 本気かと驚いている。


 そして、俺も驚いた。

 何を口走った?

 エルフもフェイク・エルフも人だ……人肉を食う?

 ……しかし、俺の記憶はその味を知っていると教えてくれた。

 うまいとまでだ。

 だが、何時、食った?

 転生前は平和な日本だ……。

 転生後は魔物を捕まえて、そこまで飢えた記憶もない。

 ……。

 これはシャーマンで得た誰かの記憶なのだろう、もう俺の中に完全に馴染んでしまって誰の記憶かもわからないが……何処かでの転生奴隷兵士のモノに違いない。

 他人の経験や知識を得るとは、このリスクも含めてかと初めて理解した。

 元国王やマリーが言っていたのはこの事だったのだろう。

 やはり危険な能力だ。

 皆の目がなければ気付かずに……躊躇する事なく食っていたかも知れん。

 その判断と理性が有る今の段階を越えないように、少しスキルの使用は控えた方が良さそうだ。


 「しかし……どうしたものか?」

 話を誤魔化す様に適当に続ける。

 「出来るだけ早くに大佐と合流するしか無さそうだな」


 「……そうですね」

 その場で、マンセルだけが返事をくれたが……それでも、何かが引っ掛かる様だ。

 冗談でも酷すぎると、そんな含みか?

 残りの娘達には人格を疑われた様だ。

 シャーマンと言う名の病気だとでも言っておこうかとも思う。

 が、それを言ったところで同じだとも気が付いた。

 


 その日の夜。

 俺は悪い夢にうなされていた。

 熱帯のジャングルで銃を構えてさ迷い歩く。

 ボロ布の様に成った軍服を着た俺とその仲間達。

 そして、その仲間の顔は日本人だった。

 手に持つ銃は三八式歩兵銃。

 旧日本軍の装備だ。

 

 「不時着したライトニングはこっちだ」

 仲間の1人が俺達を誘導する。

 

 「本当にライトニングだったのか?」

 別の仲間は少し笑っていた。


 「あのメザシみたいな双胴機を見間違える筈は無い、パラシュートも見なかったからまだ戦闘機の中だ」

 

 「生きて居るなら……食料を全部食われる前に見付けないとな」

 俺達の目的はそれだった。

 アメリカとの戦争なんてどうでもいい。

 とにかく食い物だ。

 どうせ日本は負けるのは目に見えている。

 アメリカ映画を観た事のある奴なら皆がわかっている事だ。

 それを、おおっぴらに口に出せないから、みんな日本万歳と叫ぶのだ。

 日本万歳の本当の意味は、負けて終わりって事だ。

 だからみんな叫びながら手を上げている。

 お手上げって事さ。

 勝てるわけがないってわかっているんだ。


 「まあ、食料が無いなら……」

 俺はソコで口を閉じた。


 みんなもその先の言葉はわかっている。

 その米兵を食うだけだ……と。

 航空機のパイロットなんてろくに武器も無い、せいぜいが拳銃だけだ。

 数人で囲めば簡単な狩りだ。

 こんなチャンスは滅多に有るもんじゃあ無い。

 何時もは俺達に爆弾を落とすか、機銃で掃射するかのヤツが不時着だと?

 空の上なら高見の見物かも知れないが、地上に落ちればただのエサだ。

 俺達の腹の足しにでも成って貰おう。

 コレが国の偉いさんの言う現地調達ってヤツの正体だ。


 藪を漕いで崖の上に出た。

 鼻に着く塩の香りと、目に入る空と海の青色。

 そして、眼下に海岸線。

 その砂浜に頭から突き刺さった、ロッキードp-38ライトニング双胴のアメリカの戦闘機。


 堕ちたのは海の上で、そこから陸に向かって滑り砂浜で跳ねて刺さったのだろう。

 その衝撃ならパイロットは半日は動けない筈だ。

 俺は、目を凝らして操縦席の中を覗いた。


 「居ないぞ」

 俺よりも先にその事に気付いたのは隣の奴。


 「何処だ? 探せ」

 何処に隠れた?

 始末を着けないと迂闊に近寄れないじゃあないか。

 「早く見つけないと、仲間が救出に来るぞ」

 言っていて笑いたくなる。

 アメリカは味方を助けに来るんだ、日本とは大違いだ。

 

 「居た……岩影だ」

 少し離れた仲間の声が聞こえた。

 俺からは岩しか見えない、角度の都合か?


 「そこから撃てるか?」

 

 「無理だ……俺は銃を撃ったことが無い」

 そうだろう。

 俺も無い。

 こんな小さな島に送られたって、米兵は意味も無い島は無視して次の島に行く。

 時たま、気が向いた様に上空を飛ぶだけだ。

 空の上に銃を撃ったって飛行機に当たりやしない。

 仮に当たったとしても、こんな小さな弾であのデカいのが堕ちる筈もない。

 

 「崖を降りて近付くか……」

 「弾が湿気って無きゃあ良いが」

 口々に愚痴る仲間に俺は。

 「そん時は、殴り倒せば良いさ」

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