第257話 257 フェイク・エルフにとっての英雄


 「ねえ……起きて」

 その声に起こされた俺。

 眠い目を擦り、見上げればクロエだった。


 俺は何時ものトレーラーのベッドで寝ていた。

 そして、何時もの様に裸の三姉妹と裸のバルタ。

 何時もと少し違うのは、今日は裸のヴィーゼが増えている。

 エルと寝ていた筈だがと首を捻るが……そのエルも側のソファーに寝ていた。

 流石にエルは服を着ている。


 「嫌な夢を観た」

 寝惚けて独り言が口に着く。

 日本兵だ?

 何処でそんな者の記憶を読んだ?

 異世界には、戦争経験が有るのはドイツ人かソ連人かアメリカ人だけの筈。

 居たとしてもイタリアやフランスのヨーロッパ人だ。

 日本人は平和な時代の転生者だけの筈なのに……。

 何処かで誰かの持ち物に紛れていたのかも知れない。

 まあ、食う前に起こされて良かったとしておこう。

 あの続きはきっと……食っている。


 「うなされていた居たけど……大丈夫?」

 そんなクロエだが、その口調は心配をしている気配ではない。


 「ああ……」

 首を何度か振って、生返事を返す。

 そして、窓の外を見やるとまだ暗かった。

 朝はまだ先らしい。

 では、なぜ俺を起こしたと、クロエを見れば。

 トレーラーの出入り口を指差して。

 「お客さん」

 

 「客?」

 こんな夜中にか?

 少尉だろうか……いや、少尉だと客とは言わんだろう。

 この街の元住人なら、エルフかフェイク・エルフと為るし。

 敵は敵だ。

 「誰だ?」

 思い巡らせてもラチが飽きそうにない。

 聞くのが早いとクロエを見る。


 「さあ、ヴェルダン伯爵に会いたいって……名前は聞いても教えてくれなかった」

 肩を竦めている。

 だがヴェルダンと名前を出すのだから、何か意味が有るのは明白だと俺を起こしに来たらしい。


 頷いて。

 「では……」

 中にと言い掛けて止めた。

 クロエの目が、ベッドの裸の子供達に注がれているのが見えたからだ。

 確かにコレは見せられない。

 どんな誤解をされるかは目に見えている。

 「外で会おう」


 俺は適当に服を掴む。

 ズボンにシャツと、くすねたストーブランタンだ。



 トレーラーの外に出ると、目の前。

 サイドカー付きのbmw-R75の前に1人の男が立っていた。

 初めて見る顔だ。


 普通の民間人の身なりだが、立ち方に威厳を醸し出している。

 ジジイやアンの父親やその他貴族に共通する、その立ち居振舞い。

 俺や元国王の様な、いつの間にかで貴族に成った者とは違うと示している様だ。

 だが、立場は元国王の方が上で……それも認めてか誰も何も言わない。

 俺も言われた事は無い。

 まあ、貴族を知らなければ、ただの背筋の伸びた姿勢の良い男だ。


 「夜分に済みません」

 頭を下げる男。

 

 「ヴェルダンに用とは?」

 わざと伯爵の部分を省略した。

 今は紋章衣を着ていないと思ったからだ。

 それが無くては俺とは判別出来ないだろうから、わかりやすくするためだ。

 

 「はい……妹に会いに」

 目の前の男は、俺のその格好と言葉で貴族の堅苦しさを捨てて話す。

 お互いが貴族を意識しないと、俺が示したと思ったようだ。

 

 「妹?」

 と、言葉には出すが……貴族の兄を持つとは、やはり貴族。

 もしかして、アンの事か?

 「シャロン・アンは、今はヴェルダンの屋敷に居るが……」


 少し考えた男。

 「王都ですか……」


 「たしか……ムーア殿でしたか?」

 当てずっぽうに聞いてみる。

 二択の筈だが……。


 「いえ、私は弟の方でクレイブです」

 外した様だ。


 「妹さんに用事なら本宅に行かれれば、当家の主も拒む事も無いと思いますが」

 ここからは随分と遠く為るが。

 そんな事はどうでもいい。

 ここで、この男が俺の前に来た意味を考えれば……妹は口実だろう。

 

 「流石に王都は遠いですね」

 そう笑って。

 「伝言をお願い出来ますでしょうか?」


 それが本題なのだろう。

 「なんだ?」


 「近々、フェイク・エルフ領で暴動が起きます……気を付ける様にと」

 そう告げて、後ろを向いたクレイブ。

 もう用は済んだとバイクに手を掛けた所を、俺は呼び止めた。

 「暴動はロンバルディアでは無いのか?」


 ピクリと反応を示したクレイブ。

 もう一度、こちらを向いた。

 「なぜその様に?」


 「俺の得た情報では、近々ロンバルディアが滅ぶと聞いた」

 暴動の事なのだろうかと、今の話と繋げてみたのだが。

 

 「その様な情報は無いですね……フェイク・エルフ領での事です」


 ふむ……と、考える。

 「その情報を得るのに、売ったのはまた大佐か?」

 

 少し考え込んだクレイブ。

 「いえ……今回は違います」

 

 今回はと、きたか。

 やはり前回は売ったのだろう。

 「今度、大佐に会うんだがその話も聞いてみよう」

 ジッとクレイブを見る。

 大佐にも話してもいい話との確認だ。


 だが、以外にも。

 「その話は、もう大佐も御存知ですよ」


 「ほう……」

 知っているとなると……誰が教えた?

 まさか、この情報のソースが大佐では無いよな?

 

 「私も帯同していましたから……」

 少し間を置いて。

 「ここの住人を解放したのも私です」


 「大佐が連れて行ったのでは無いのか……」

 

 「いえ、大佐と一緒に行きましたが……それは奴隷としてでは有りません」


 「よく、わからないが……どう言うことだ?」


 「フェイク・エルフはエルフに隷属している種なのです……それも無理矢理に」

 話が見えないと、俺はそんな顔をしたのだろう。

 クレイブが続けた。

 「フェイク・エルフは元はエルフです、エルフの成をしていますがエルフの能力は無い、ですがその姿故に人には毛嫌いされてきました。だからこんな魔素の少ない僻地に逃げ込んだのです。そして、エルフに対する捨てられたと嫌悪感を持ちながら、しかし信仰心も捨てられないそんな種族です」


 ネグレクト受けた子供が、それでも親を親とするアレと同じ様な感情か……。

 

 「その心にエルフが付け込んだのです。フェイク・エルフの街にエルフの教会を建てた、首都にはとても大きな教会です……そして、その地下に……」


 「奴隷紋の管理をする魔具でも置いたか?」

 俺はカードを出して見せた。


 「はい……システムはカードとは違いますが、我々人が造ったモノを模した様です」


 「自分達の子供の脳を抜き取ったのか……」


 「そうでは無いようです、聞く所によると……転生者がもたらしたドリーという技術を使ったとか」

 

 ドリー? 何処かで聞いたが。

 脳をと為れば、クローン羊のドリーと成りそうだが……クローンなら、見た目も心もエルフそのモノだろう。

 繋がる能力を持つエルフには、例え人工的に造られたと為っても、それを道具として使う事は難しいと思うのだが……。

 感情は共有している筈だし……。


 そんな疑問に思う俺を見て。

 「たしか……アイピーエスサイボウ? そんな呼び名も聞かれました」

 クレイブもそれが何なのかは理解できていない様だ。

 もっともドリーがどういう意味なのかもわからないのだろうが……まあ、魔法の何かで片付けている? そんなところか。


 「iPS細胞の事だな」


 「知っているのですか? 貴方が知っているとなると……それは兵器」


 俺の事を誰に聞いたか、どう調べたかはわからないが……随分と片寄った評価だ。

 「兵器では無い……いや、使い様に依っては兵器にも成るか?」

 軍事転用の可能性も聞いた気がする。

 だが、エルフが造ったモノはそんな兵器では無い。

 たぶんだが、iPS細胞で脳だけを造ってそれを繋げたんだ。

 ロンバルディアの王都の地下に有る、それと同じモノを造った。


 「よくわかりませんが……とにかくそれで、フェイク・エルフの総てを奴隷化したのです」

 頷いて。

 「宗教の名前を借りて……我々のカードの代わりを各々の街の教会が使われたのです」


 俺は広場に在る教会の廃墟に目を向けて。

 「だから徹底的に壊したのか……」


 「はい、それと……コレを」

 手に持つバンダナの様なスカーフのようなモノ。

 指した所に魔方陣が描かれている。

 「奴隷化の繋がりを絶つ魔方陣です……元は貴方が持ち帰ったヘルメットの魔方陣です」


 成る程……知らずに奴隷化されていたフェイク・エルフも電波塔の様な役割をしていた教会が壊されて正気に戻った。

 それを、また奴隷化されないようにとそれを配ったのか……。

 詰まりは、クレイブの言う暴動とは、そんな元奴隷化された住人達が首都を目指すと……他の仲間を解放するために、か。

 

 そして、それを指揮するのは大佐だ。

 フェイク・エルフの解放の為の英雄に為ったワケだ。

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