第255話 255 雪中行軍


 翌日の昼過ぎ頃。

 いまだに雪の降り頻る原野で行軍の先頭を務めて居たマンセルから連絡が入った。

 前方に街が見えてきたと言う。

 その連絡を受けた俺は、シュビムワーゲンを加速させる指示を出し、次々と自走砲や戦車を追い越して行った。

 

 後方では前の車輌に踏み荒らされて、茶色い地面が顔を覗かせていたが、先頭に近付くにつれて、地面も白いまま。

 圧雪された床は凍結路面と成りカチカチでツルツル。

 列なる戦車も時折滑っているのも見れた。

 そうやって削って、こねくり回して、後方は泥沼化だ。

 

 そして先頭集団。

 マンセルの38(t)軽戦車が回転する履帯に雪を巻き上げながら新雪を乗り越える様に跳ねながらに進んでいる。

 その跳ね上げて雪と空から降るホンモノの雪とが重なり、目の前は真っ白だ。

 俺には完全なホワイトアウトだった。

 

 しかし、運転をしているイナやエノには見えている様だ。

 追い越す最中も危なげがない。

 今は昼間なので、二人共にサングラスを掛けて居るのだが……以前に聞いた、太陽の光が明る過ぎて真っ白に見えている目は、この感じに慣れているのかも知れない。

 

 『一旦停止だ……エンジンは切るなよ』

 全体に念話を飛ばす。

 そしてイナとエノには口頭で指示。

 「先頭に出てくれ」


 

 先頭の38(t)の前に出た俺は、シュビムワーゲンの後席の上に立ち上がり双眼鏡を覗く。

 真っ白だった。

 戦車の跳ねあげる雪はもう無い。

 今は空から吹雪くのみなのだが、それでも俺には何も見えなかった。

 『マンセルは良く街がわかったな』

 見えないからと言って否定はしない。

 仲間が有ると言えば、それは有るのだ。


 『バルタですよ』

 マンセルからの返事は、簡単な答えだった。

 『風の音が……建物と建物の間を走っているんです』

 バルタも簡単に答えた。

 人工物が立てる風の音と自然物の音では違いが有る事もわからんが……有るのだろう。

 「距離的には見えるモノでも無いのか」

 

 「見えてますよ」

 イナが運転席で答える。

 「大きな街だよね」

 エノも同意している。


 二人には見えているのかと頷く。

 そして、チラリと横のヴィーゼを見た。

 見られたヴィーゼは小首を傾げる。

 この白い景色では意識を飛ばして上から見ても同じ様だ、見えないらしい。


 『バルタ……敵か人の気配はわかるか?』

 

 『誰も居ないと思いますけど……』

 少し歯切れが悪い返答。

 音を立てずに潜まれて居れば、わからないとそうなのだろう。


 『ナディア……耳の良い者を1人、借りてもいいか?』

 バルタを連れて行ければ早いのだが、戦車の外に出せば着膨れてコロコロだ。

 そんな状態では、イザ戦闘となっても対処は出来んだろう。


 『私が行きましょうか?』

 ナディアがそう答えたのだが。

 『いや……そのまま獣人達の指揮に専念してくれ』

 俺が偵察に出る積もりなのだから、指揮をする者が固まっても問題が有る。

 それ以前に総指揮官が偵察ってのはもっと問題が有るのだが……何時までも後方に居ては俺の我慢が限界だ。


 『では……ララにお願いします』

 そうやって送られてきたララ……一目見て何の獣人かはスグにわかる。

 ウサギ耳がそのままだった。

 成る程、この耳ならバルタ以上の能力が有りそうだ。

 乗り物はケッテンクラートで、後には土塊ゴーレムが反対に向いて2体。


 そして、もう一台のケッテンクラートも来た。

 こちらはヴァレンティナと言うエルフだ。

 やはり2体の土塊ゴーレム。

 横で話を聞いていたポリーナが寄越した通信の為の者だ。

 

 その二人、見た目は全くの大人なのだが、年を聞くと二十歳前だと言う。

 背は相変わらずに低いが、少し老けて見えるのは人種の違いなのだろうか?

 しかし、どちらも戦闘は得意そうには見えない、とても華奢だ。

 それでも、タヌキ耳娘達と同じkar98kに銃剣を装備して背中に抱え、腰には9mmのmp-40サブマシンガン。

 そして幾つかの手榴弾を括り着けている。

 子供達が持つランドセルは背中には無かった。


 それは子供達と違って、集団で横並びに銃を撃ち前に進む事を考えての事なのだろう。

 大量に弾薬を持たずに、それらは後方から補給されれば言いと考えていると思われる。

 本来はそうなのだ。

 犬耳三姉妹が荷物を持ちすぎなのだ。

 敵に向かって撃って、そして弾が切れれば下がるかその場での補充を待つ。

 だが、三姉妹はそれが待てない。

 撃って、敵を倒したらとにかく前に進む事だけを考える。

 だから、大量の弾薬を背中に背負い込むのだ。

 まあそれでも、得意のファウストパトローネを撃てば補給に戻らないと行けないのだが……その際はとても騒がしい。 

 

 「ヴィーゼは残ってもいいんだぞ」

 俺の横に常に居るヴィーゼに声を掛けたのだが。

 「行く」

 その一言で終わらせた。

 

 まあ銃は撃てないが、格闘戦ではやたらと強いので大丈夫だろうと頷いて返す。

 そして横を向けば、三姉妹がまだかまだかとウズウズを隠さないで待っている。

 着いてくる気、満々だ。

 今更、置いていくと言っても面倒臭くブー垂れるだけだと、その三人は諦めた。

 街中での偵察なので、鼻も役には立つだろう。

 だが、一言は言っておく。

 「敵に見付かっても、見付けても戦闘は極力、避けて逃げるぞ」

 わかっているのかどうかもわからない返事を返す三姉妹。

 大丈夫なのだろうか?

 「まあいい……行くぞ」

 

 俺達は本隊を置いて、街に向かって走り出した。

 


 うっすらと俺でも見える程に近付いた街。

 成る程、大きい街の様だ。

 そして、雪煙を盛大に跳ね上げて進む俺達に向けての発砲も無い。

 だからと言って、まだ安心は出来る状況でも無い。

 街中なのだ、隠れる所は幾らでも有る。

 そして、敵を見付けても俺ならもっと近付く迄は隠れている。

 敵の情報を知る為と、確実に仕留める為だ。

 『敵の気配は?』

 鼻はこの距離では効きはしないが、目と耳はと確認。

 

 『無いです』

 返答は簡単。

 タヌキ耳姉妹とララ。


 『もう少し近付こう』

 運転席のイナの肩を叩く。



 街の端に立っても、敵の気配は無かった。

 それ以前に生き物の存在も感じない。

 街は穴だらけで、完全な廃墟だった。

 大規模な戦闘は有ったのだろう、穴は戦車砲で開けられた穴だ。

 石造りの3階建てや4階建ての頑丈そうな建物の壁を見事に丸くぶち抜いている。

 生活感の有ったであろう家具や日用品もその建物の中で雪に埋もれかかっていた。

 

 街の中を少し進めば、見覚えの有るもの。

 4号戦車の焼けた残骸に白く雪が積もる。

 撃たれたのは前から戦車砲のようだ、長砲身の後期型t-34だろうか?

 穿たれた穴は若干だが大きい様な気もする。

 85mm砲搭載型なら、ティガーに匹敵する強さだ。

 俺達の部隊では分が悪い。

 

 その先にはグリーレ自走砲、こちらはオープントップの車内に手榴弾を投げ込まれた様だ。

 外は綺麗だが、車内は焼け焦げている。

 

 先にやられたのは4号だろう、戦車戦を仕掛けて敵戦車を殲滅したか街から追い出す事に成功したかで、グリーレが街に入った。

 だが、隠れていた歩兵に殺られたのだろう。

 相当に激戦に為ったに違いない。

 そして、大佐の作戦はゴリ押しで脳筋なのも見て取れる。

 自走砲を不用意に街に入れるからだ。

 

 そのまま街の中央に車を進める。

 相変わらずに静かだ。

 敵の気配は無いが、死体は道端に転々と転がっている。

 それも手足を縛られた状態で頭を撃ち抜かれていた。

 エルフの神父が言っていたのはこの事だったのだろうか。

 最初の村の住人は、この街の者が逃げて来たのかもしれない。

 街の中央の教会も見る影も無くに崩壊していた。


 『誰も居ないね』

 『建物の中も地下室の中も空っぽ』

 『食料も無い……』

 三姉妹は適当な建物に入って家捜しをしていた。

 

 何処をどう捜しても、無人の廃墟の街だった。

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