第254話 254 転生奴隷兵士が俺に伝えた事
キャンプから少し外れた場所で、声を掛けてきた男。
少尉のところの奴隷兵士なのだが。
しゃがんでタバコを吸っていた俺は、その男を見上げる格好になる。
男達の数人がそうやってキャンプから離れてタバコを吸っていた。
とは言ってもその男達の姿は見えない、タバコの火と酒も入っての喧騒が聞こえてくるだけで、その存在を表している。
俺は1人で静かに成りたくて、この場所を選んだのだが。
目の前に立った男は、違う様だ。
手にも何処にもタバコを持っては居ない。
酒も持っては居なさそうだった。
転生者だと知っているぞ、と。
その一言を伝える為だけにここに来た様だ。
俺は咥えタバコで頭を掻いた。
どうしたものかと考え込む。
1人の奴隷が、貴族の俺に向かってコイツは転生者だと叫んでも、誰も相手にはされないだろう。
だが、裏で妙な噂なら広まるかもしれない。
……実際に俺は転生者なのだから。
「別にあんたをどうこうする積もりはない」
俺が黙っている事を、適当に解釈したのだろう目の前の男。
「もちろんそれをネタに揺すろうとも考えては居ない」
ふむ……と、頷き。
「なぜそう思った?」
良くわかったな、とは聞かない。
認めたか認めないかの両方の意味と取れる言葉を選んだ積もりだ。
「俺の仲間が、あんたの言葉に引っ掛かるモノを見付けた」
少し俺を観察でもしているのか、間を空ける。
「映画の話だ」
「映画?」
俺はそんな話をしたか?
「こちらの世界には映画なんてモノは無いが転生者の奴隷の話を聞いたヤツが居るかも知れない、俺も元の世界では観た事が有る……懐かしむ様にそんな話をした事も有る……」
素直に頷いて聞き入る俺。
「だが、あんたはその役者の名前を口にした……ロバート・デュヴァル、アメリカの映画俳優とまで」
やはり俺を観察している?
「それを聞いたヤツが皆に聞いて回ったんだ、ロバート・デュヴァルを知っているか? と、だが誰もその映画俳優を知る者は居なかった」
まあそうだろう、第二次世界大戦中のドイツの転生者が知るはずもない人物だ。
その俳優が有名に為るのはもっと先の話だし。
それ以前に俺の日本でも知っている者は少ないとも思う、本人には悪いがマイナーな役者だ。
「だが、その時に聞いていた1人がオカシイと言い出した……こちらに無い映画の話で役者の話をしたとして、こちらの人間がそれを覚えているものだろうか? と、確かにそうだと皆がそれに頷いた。もちろん俺もだ、さも当たり前の様にそれを話せるのは転生者だからでは無いかとな」
成る程……俺が迂闊だったのか。
その話は朧気ながらに覚えている、橋の爆破の後。
俺は熱を出して朦朧として一本の映画を思い出していた。
それにはその名の映画の役者が出ていたのは確かだ。
俺は無意識にそれを口に出してしまったようだ。
「で……俺には何の様だ」
ワザワザそれを確かめに来たのだ、何かが有るのだろう。
まあ、話の中に何人かの人物……転生奴隷が出てくるのはワザとだろう。
この男を殺しても、その何人かが必ず喋るとの脅しも含めてだ。
だが、目の前の男は首を振るだけ。
「だから、何もないと最初に言ったろう」
そして1つ頷いて。
「有るとすれば……それは忠告だ、もうじきロンバルディアは滅ぶ」
「戦争に負けると、そう言う意味か?」
俺のそれにも首を振る。
「戦争の勝ち負けは知らない」
「戦争以外で……何か有るのか?」
それにも首を振るだけ。
答える気は無い様だ。
だが、何かを知っているそんな素振りは匂わせている。
「結果を知っていれば、その時に慌て無いで済むだろう? ロンバルディアが滅んだその後で、上手く立ち回ってくれればそれでいい……あんたならそれが出来そうだ」
ロンバルディアが滅べば俺は貴族では無くなる。
その後をと言うなら……何を期待しているのだろうか?
転生奴隷の解放か?
いや、それは国が滅んだ時点で既に出来ている筈だ。
転生者が平和に暮らせる居場所を作れと、そうなのだろうか。
そんな事を考えていると、目の前に居た男はいつの間にかに姿を消していた。
その方向には、キャンプに居る女子供の黄色い声だけが有った。
もしかしたら、その今の状態を見て、滅んだ後でもこれを期待しているのかも知れない。
楽しそうに笑う子供達の声をそのままに、それを国中に広げろとか?
いくら何でもそれは無理だろう。
今ので精一杯だ。
まあ、出来るだけの事はやるが……駄目でも恨むなよとは言っておきたかった。
しかし……戦争以外で滅ぶ理由とはなんなのだろうか?
確信を持って口にしていた様だが……。
とても気になる部分だが、それをもう一度、問い詰めても教えてはくれないだろう。
もうじき……その言葉通りなら、答えは待てばわかるとそうなる。
まあ、わかったところで、俺に何が出来るのかは怪しいが。
国なんて、規模が大きすぎる。
タバコを地面に押し付けて、俺は立ち上がって子供達の方へと歩き出す。
考えても出ない答えは、先延ばしだ。
翌朝。
辺りは一面雪景色に変わっていた。
降る雪も、横殴りだ。
そしてそれは行軍にも影響を与えていた。
履帯の乗り物には問題は無いのだが。
タイヤ付きが遅れ出す。
特に重いトレーラーを引っ張るキッチンカーがぬかるみを滑って進まない。
その都度、エルのヴェスペや手近なケッテンクラートでの救出だ。
それでも駄目なら、ゴーレム達が寄って集って担ぎ上げる。
スクーターやカブのバイク部隊も新雪の雪の中には入って行けないので、先を行く戦車で踏み荒らした泥だらけのぬかるみを進むしかない。
ただし……三姉妹を除く、だ。
モンキーも新雪の中ではタイヤが取られる筈なのだが、雪なら転んでも痛くないと、敢えて突っ込んでいる。
脱出出来なく成ったときは、ゴーレムちゃんお願い……だそうだ。
それでも、何度か転ぶうちにコツを掴んだのか、豪快に雪を跳ね上げてバイクを進めている。
たぶん、その方がシンドイとも思うのだが……楽しいが勝るようだ。
「移動のペースが随分と落ちた様だが……それでも休みながら進むしかないな」
シュビムワーゲンの後席に座る俺の膝を抱いて寝ているヴィーゼの体に積もった雪を払いながらに呟いた。
ヴィーゼは雪に埋まっても気にもしないらしい。
この状態でも川や湖を見付ければ飛び込み兼ねないと考えるだけで震えがくる。
ヴィーゼ的には問題は無くとも見ている方が辛いのだ。
出来れば夏服組の獣人達にも、コートを着て欲しいのだが……動きが制限されるのは嫌だと頑なに拒否された。
主に三姉妹が代表してだ。
その日の野営はどうしようかと迷っていると、元ドイツ兵の奴隷兵士が任せろと、テントを設営し始めた。
戦車を交互に並べて風避けにして、4号戦車の砲塔を横に向けてそのはみ出した砲を支柱にして器用に軍幕を張る。
各々は2名程が入れる小さなテントだが、風と雪を戦車に防がせる為に潰れる事は無いそうだ。
後は中に魔石を使ったストーブランタン……缶コーヒー程のサイズなのだが、コレが中々に優秀な暖房器具だ。
戦車の中にも吊るしてあるが、バルタが上着を脱ぐ程なので温度もしっかり高めだ。
しかも、触っても火傷もしない上に、燃え移る事も無いそうで。
詰まりはポンチョを着て首からそれを下げれば、簡単な炬燵になる程だ。
マンセルが用意したのだが、あまりの高性能に……くれと俺が言うと笑われた。
俺の着ている紋章衣の方がはるかに優秀なのだそうだ。
確かに、雪の中に立っていても寒くは無いのだが……でも、炬燵ではない。
ただ寒くは無い、少し優秀な防寒着としか思えないのだが。
とにかく、値段が違う別物なのだそうだ。
それでもそのランタンを1つ取り上げて、子供達や娘達に自慢しに言ったのだけど。
その全員に鼻で笑われた。
誰もが知っている、当たり前の事らしい。
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