第253話 253 静かな進軍


 翌朝。

 そこの住人はそのままにして、俺達は町を出た。

 その事に関して、少尉は何か言いたげだったがそれは聞かないフリをした。

 女、子供や老人を殺した所で誰も誉めてはくれないだろうと、そんな雰囲気を醸し出しての事。


 俺はシュビムワーゲンの後ろの席。

 横にはヴィーゼがまだくっついている。

 前の席にはイナとエノ。

 隊列の後ろの方を進んでいる。


 「相変わらず、雪は止まないね」

 「パラパラだけどズッとだね」

 「積もるのかな?」

 三姉妹は車の横をそのまま着いてくる。

 ヴィーゼの事が心配なのだろう。


 「所で、寒くは無いのか?」

 三姉妹の格好は、何時ものままで防寒着も着ていない。

 犬耳は寒さに強いとエルが言っていたが、見ている方が震えそうだ。

 白色のセーラーワンピは明らかに夏服だった。

 その言ったエルも夏服のままだったが。



 その日1日、全く何事もなく行軍は続いた。

 敵どころか魔物にも出会わない。

 まだらに木の生えた原野の様な景色も変わらない。

 少しの変化は探せば見つかる、その程度だ。

 降ってくる雪のサイズと量が少し増えた。

 道が少しぬかるんで来た。

 その程度だった。

 その道なのだが、舗装された道を持っているのはロンバルディアだけの様だ。

 戦争に対する積極性の表れなのだろうが、にしても北に伸びる道は無かった。

 フェイク・エルフは元々は相手にしていなかったのだろうか?

 それとも戦争に為るとは思ってもいなかった?

 辺りの景色を見ても本当に何もない原野が広がるだけ、首都と首都を直線に結んで進んでいるのに、この感じは……フェイク・エルフの方も戦争の準備どころか、ロンバルディアとの付き合いそのものを考えていなかったと、そんな風に見える。

 本当のところはエルフに戦争に巻き込まれたとそんな感じなのかも知れない。

 単純にロンバルディアの蒔いた種が大き過ぎたのだろうが。


 「そろそろ日も暮れるね」

 「何処で休む?」

 「何にも無いけどね」

 三姉妹が声を掛けてきた。


 「ホントに何にも無いな……適当にここらで良いか」

 俺は念話に変えて。

 『全隊止まれ、今夜はここで夜営をする』


 その言葉と同時に先頭が止まり。

 続く者は横にと広がり円を描く様に一塊になり停止した。

 中央にはキッチンカーが入り込む形に収まり、各々がテントを張ってキャンプの準備を始める。

 このテントも、雪が酷くなれば張れない様にも成りそうだ。

 天幕に雪が積もって倒れる心配をする様では、その下では寝れないだろうから……まともに寝れるのは今夜迄かも知れない。

 北に進めばもっと寒そうだ。



 キッチンカーの横、焚き火を起こしてそれを囲んで皆が飯を食っていた。

 俺もそこに混ざる。

 辺りは真っ暗だ。

 この場所以外は音も吸い込まれそうな闇。

 

 渡されたシチュウは具が殆ど入っていないスープだ。

 味はグヤーシェなのだが、随分と淋しい。


 「肉が無い」

 横に座るヴィーゼが愚痴を溢して、俺のスープを覗いて、また溜め息。

 俺のスープにも具は入っていなかったからだ。

 

 「腹には溜まりそうに無いな」

 そこにやって来たアリカに苦笑い。


 「国境を越えてから魔物も狩って無いから、材料を少し節約したの」

 アリカもぐるりと周囲を見渡して、溜め息を付いている。

 

 人も増えて、魔物も居ないんじゃあ不安にも為るか。

 武器や弾薬は大量に用意はしたが、食料は何時もの感じで現地調達出来るだろうとたかを括っていたのだが、寒いと魔物も出歩かないのは誤算だ。


 と、そこに少尉が横切ったので声を掛ける。

 「この先は、まだ遠いのか?」

 俺にはフェイク・エルフの土地勘は全く無い。


 「そうですでね、明日の夜にはもう1つの町に着けるとは思いますが……また、戦闘に成りますかね」

 昨日の町の住人を根絶やしにしなかったのが気に入らないのだろう、少し素っ気なくも感じる返答。


 「そこも、大佐が通った後なら……もう廃墟だろう」

 少し少尉の様子を伺って。

 「残った者が居ても大した攻撃も出来んのでは無いか?」


 そういう事では無いとそんな顔。

 そんなに恨みを持つ程に戦争もしていないだろうとも思うのだが。

 やはりロンバルディア人は戦争をわかっていない様だ。

 攻めた国の住人を根絶やしにすれば、国力も無くなる。

 そうなれば、得られる利益も無くなるだろうに。

 こんな寂れた土地だけが有っても、人が居なければ何の価値も産み出せない。


 まあ人種違いの戦争だと、異人種は受け入れがたい存在なのかも知れないが。

 少しは国の利益も考えれば良いのにとも思うが……それを一兵士に言ってもわからんか。

 感覚的には、人間擬きの亜人が偉そうに喧嘩を売ってきたと、そんな感じなのだろう。

 相手にもしていないが存在は知っている、裏山の猿が人を襲ったのでそれを退治するってなところか。

 その猿にロンバルディアが滅ぼされるかも知れないのに、その危機感は無いようだ。

 少尉本人はまだまともに戦争を戦っていないのだろう。

 戦争の怖さも敵の怖さもわかっていない。

 後方の補給部隊で、前回は殆どが戦闘は無かった。

 戦ったのは俺の隊だけだった様だし。

 救出部隊だって、人数を掛けて敵の方向に銃を撃っていただけだった。

 有る意味平和な戦争屋だとチラリと少尉を見やる。

 ……手榴弾の破片を受けると痛いぞと教えてやりたい。

 もう完全に治ってはいるが、未だに背中が痒くなる。

 ウジが這う気色悪さもまだ忘れられん。


 俺の視線に何かを感じたのか、スッと何処かに消えた少尉。

 俺は大きく息を吐き。

 懐からタバコを取り出した。

 と、ふと見れば誰もタバコを吸っていない。

 いや、喫煙者は居る筈なのにと探したが見当たらない。

 というか、男共が少ない気がする。

 女子供がワイワイと楽しそうに飯を食っているばかりだ。


 成る程、この雰囲気ではタバコは吸いにくいなと俺は理解した。

 みんな何処かにタバコを吸いに逃げたのだ。

 そして俺もそれに倣う事にする。

 が、腰にしがみ付いているヴィーゼをどうしたものかと、頭を掻いていると、そこにバルタが見えた。

 やっとこさ戦車から出てきた様だ。

 冬のコートやダウンを何枚も重ね着しているその姿はモコモコを通り越してコロコロだった。

 暖かい戦車から出るにはそれくらい着込まないと決断出来ない程の寒がりなのだろう。

 まあ、猫だしそうか。

 「ヴィーゼ」

 俺はバルタを指差して、夏服のままのヴィーゼに……イタチなので寒さには強いのだろう。

 「バルタを暖めてやれ、寒すぎて死にそうだぞ」

 

 そのヴィーゼも笑っている。

 「イナとエノも寒そうにしていたけど、あんなには為ってないね」

 その二人はダウンのコートを羽織る、まあ普通の格好だ。

 

 「そう言えばエルは?」

 見掛けないが。

 

 「エルも寒さには強いよ」

 狐でもキタキツネの近いのかもだな、もう既に知っていた情報だよヴィーゼ君。

 いや、そうでは無いのだが……。

 他の獣人と話でもしているのだろうか?

 俺の子供達の中では一番に社交的だ。

 それは犬耳三姉妹だと思っていたのだが、馴染むまで微妙に人見知りをするようだった。

 犬の持つ警戒心が顔を出すのだろうか?

 特に日が暮れた夜にその傾向が出るようだ。

 

 獣人はなかなかに個性が強い。

 いや、子供だからかな?

 そのうちに新しく入った獣人の娘達の観察でもしてみよう。

 牛や羊や鹿……アライグマにパンダまで居る。

 まだ、馴染んで無いのか地を見せてはくれないが、そのうちに個性を出して楽しませてくれるのかもだ。



 さて、ヴィーゼをバルタに押し付けてキャンプから離れる。

 タバコを吸うためだけの散歩だ。

 

 すぐに他の男共も見付けられた。

 あちこちでタバコの火が蛍の様に瞬いている。

 騒がしい声もするので酒を飲んでいる者も居るようだ。


 俺はそれには混ざらずに1人で、しゃがみ込んでタバコに火を着けた。

 大きく吸い込んで吐く。

 煙は暗くて見えないが、鼻先の赤い火種だけが明るく暗く見えた。


 「あんた……転生者だろう」

 背後から俺にだろう、声を掛ける者が居る。

 誰も居ない筈の1人の俺だ。

 声を掛けたなら俺しかいない。


 転生者とのその言葉に振り向いた俺。

 そこに立っていたのは、俺の部隊の者ではない。

 少尉の隊の奴隷兵士だった。

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