第11話 011 盗賊のアジト


 緊張の国防警察の兵士達と苦虫の少女。

 

 「手柄はくれてやる! それ以外は全て俺のモノだ!」

 俺はキューポラからで出て、戦車の砲塔の上に立った。

 胸の図柄は貴族同士ならすぐにわかる。

 だが、一般庶民出の兵士達にはその図柄全てを記憶している者は少ない。

 しかし、図柄がわからなくても一目でわかるモノが有る。

 それは貴族紋の入った服の丈だ。

 服の丈の長さがそのまま位なのだ。

 だから兵士達は、キューポラで半身を隠していた俺に対しての態度の出方に迷っての言動だったのだろう。

 それを示す為に砲塔の上に立ったのだ。

 少女の服の丈は尻が隠れる位。

 俺は膝まで。

 その差は歴然だ。


 因みにだが、最上位の貴族様は足先が見える位で、その上の王は引き摺って居るのだそうだ。

 歩き難いだろうに……そこまで偉くなれば歩く事も少ないのか?

 逆に短いとヘソまでだ。

 ほぼ一般と変わらない最下位なのだが、その格好は逆に恥ずかしく無いのかと心配してしまう。

 余計なお世話だったかな?


 「通してやれ……」

 答えを出すのに暫く考えていたがそれは、自身のプライドに折り合いを着けるための時間か?

 だが、その一言で道が開けた。

 

 俺は戦車の中に戻り、親父に合図を送る。

 ユックリと間を進み始める。


 「旦那……国防警察軍に喧嘩は不味いですぜ……後々、面倒に成る」

 

 「かも知れんが、邪魔されて花音が危ない目に合わされるのは堪らん」


 「奴等もプロだ……そうそう不手際はせんだろう」

 そう続けようとした親父をせいして。

 

 「奴等は盗賊達をナメている」

 仲間を殺されて慌てて出てきたのだろう……情報が足りていないようだ。

 「録な武装もしていない」


 「確かに見た感じは自動小銃だけだったが……相手は盗賊だろう?」

 最後は言い淀み。

 「まさかそれ以上の武装をしているのか?」

 それはほぼ呻きだった。


 「この酒瓶……全部貰うぞ」

 返事の代わりだ。

 酒の入った木のケースを指差した。


 「まだ、飲みきっていないのに……」

 だが、拒否はしない。


 俺は空の瓶だけを掴み車外に出た。

 戦車は前進を続けたそのままで、背後の予備タンクまで這う。


 国防警察軍は後ろに着いて来ているのが見えた。

 意地なのだろう引き放されじと速足で、こちらを睨み付けながら。

 38(t)戦車の全速力は四十キロ程、それも整地での話。

 今は森の中で地面はガタガタだ、その上に親父も少し加減しているようだ、だから軽装の兵士達も着いてこられる。

 

 そんな兵士達を無視して空瓶にガソリンを摘めた、栓は千切った雑巾だ。

 そして、その行動を少女司令官は見ていた筈だ。

 見せるようにしたのだから。

 その意味は自分で考えろと投げてはいるが、わからないようで有れば戦場で自分を責める事に為るだろう。

 それは自業自得だ。



 「見えてきたな」

 俺は戦車の中に引っ込み、親父に声を掛けた。


 戦車の中からは見にくいが、丸太を組んだ頑丈な塀に囲まれた砦だった。

 

 「あれか……」

 親父にも見えたようだ。

 「門は……開けてくれないよな?」


 「そんなもん……問答無用で押し通れ」

 

 「もう俺達の存在はバレているよな?」


 「当たり前だ、その為に派手に行軍してるんだから」

 そう言い終わらないうちに、カカカカカっと音が車内に響く。


 「撃って来やがった」

 

 「自動小銃の弾だ貫通はしない、気にせずに門を押し倒せ」


 「あ、ああ……」

 

 「何だ? 怖いのか? 戦場は初めてでは無いだろう?」


 「盗賊退治と誘拐された娘の救出だろう?」

 戦場の言葉に驚いたのだろう。


 「とにかくアクセルを踏み続けろ、絶対に止まるな」

 そう怒鳴って、砲に弾を装填した。

 

 戦車が門にぶつかる。

 押し倒されたその門を踏み越え中に飛び込んだ。

 それと同時に戦車砲を発射。

 轟音が響く。

 砲先から炎と煙。

 そして、前方の簡単な造りの小屋が吹き飛んだ。

 

 「問答無用だな……」


 親父の呻きは無視して。

 素早く次弾を装填。

 ハンドルを掴み、砲主を右に振る。

 もう一発。

 別の小屋が吹き飛ぶ。

 その時点でワラワラと盗賊が飛び出してきた。

 

 木で出来た簡素な小屋に隠れる意味は無いと思い知ったのだろう。

 

 「左に回れ」

 砲はそのまま右向き。

 「小屋は全て踏み潰せ」


 「はいよ……」

 半分程は諦めか? そんな返事だ。


 小屋に戦車が突っ込む。

 崩壊し押し潰された小屋を蹂躙して、次の小屋。


 その頃には、国防警察軍の兵も中に雪崩れ込んできた。

 至る所で銃撃戦が始まる。

 

 「そろそろ……本命が出てくるぞ」

 さっき造った火炎瓶を目で確認した。


 幾つか目の小屋を破壊したその時。

 その反対の小屋の壁をぶち破ってデカイ戦車が現れた。

 

 「あれの事だったのか!」


 砲はこちらを向いている。

 「避けろ!」

 不味いぞ! あれはt-34戦車だ。

 軽戦車の38(t)の3倍の30トン級だ!


 槍の意識は戦車自体を見たわけでは無かった、その状況を又聞きだったのだ。

 頭目が戦車を手にいれた……赤い星のマークの戦車。

 その時点でソ連だとはわかった。

 槍の持ち主が聞いたのは酔った仲間で、デカイのか? の問にそれほどでもと答えた。

 小さいなら、bt-7ソ連軽戦車なのかと当たりを着けたのだが。

 おそらく酔った仲間もそれを直接に見たわけでは無かったのだろう。

 槍の持ち主が発したデカイのか? の言葉にビビったのか? と、馬鹿にされたと思って虚勢を張ったに違いない。


 火炎瓶を握り締めて。

 bt-7ならこれで倒せたのだが……。

 第二次世界大戦の前のノモハン事件で対峙した日本軍は複数のbt-7を火炎瓶で焼き払ったとの話だ。

 火炎瓶が駄目でもこの戦車と同等だったのだ。


 轟音が響いた。

 t-34の放った8.5cmの砲弾が、俺達の戦車の上を掠めたようだ。

 当たれば一撃だ。 


 「とにかく回り込め」


 親父は既に戦車を左に振って、相手の履帯……無限軌道の事、戦車の足だ……を、擦りながらに走り抜ける。

 その軋む音を聞いて、こちらの砲が今向いている右に来たであろうその時に、照準も見ずに砲を放った。

 当てる積もりなど無かったのだが、距離の近さか見事に当たってくれた。

 ドンと言う爆音と、ガインと言う命中音。

 だが、それの意味はただ相手を驚かせるだけ。

 そもそもこの戦車の、38(t)の37mm砲では0距離でも撃ち抜けない。


 「親父! そのままグルグル回りを走り続けろ……ヤツの旋回砲塔は手動だ遅いその射線に入るな」

 

 そう叫んでキューポラのハッチを開けて頭を覗かせる。

 タイミング良く真後ろに回るのを確認するためだ。

 何処からか自動小銃の弾が飛んでくる。

 動いているのだ早々当たる物じゃないと決めて掛かる。


 t-34の横を過ぎる。

 38(t)の砲塔の上のキューポラからヤツの背中が見下ろせた。

 そして、ヤツの砲がこちを追い掛ける様に迫っている。

 突然地面から土煙が吹き上がる。

 ヤツがアクセルを吹かしたのだ。

 t-34戦車の排気管は後方真下に向いているだから土煙。

 そして、その意味は下がる積もりだ、砲塔のスピードが足らないなら下がって位置を調整すればいい。

 それをやろうとしている。

 

 俺は数本の酒をヤツの背中に当てて割り、最後に火の着いた火炎瓶を投げ付ける。

 燃え上がるt-34の背中、そこにはエンジンとその上にラジエーターが有る。

 元々にソ連は寒い国だ、ラジエーターの性能はそれほど良くはない。

 水冷だが、冷たい空気がその冷却を助けるのだ。

 だから、そこは明確に弱点でも有る。

 

 「やったのか?」

 見えてはいない筈だが親父が叫ぶ。


 「まだだ、火は着けたが暫くは動く、完全に停まるまでは安心できん」

 そう答えながら、火炎瓶を一つ腹のベルトに捩じ込み。

 ファウストパトローネの安全ピンを抜いた。

 「親父はとにかく逃げ続けろ、一発でもマトモに食らったらひとたまりもないぞ」

 

 「何だ? 何をする気だ」

 悲鳴に近い。

 「何処へ行く気だ!」

 俺がハッチに飛び付いたのを背中に感じたのだろう。

 「砲手が居なければ撃てないじゃないか」


 「どのみち当たっても弾かれるだけだ、砲は右に有るそれをたまに向けるように走ればヤツは怯む……砲は向けられればそれだけで怖いからな」

 そう叫んで、俺はキューポラから外に飛び出した。


 戦車から飛び降りたソコはヤツの目の前、砲は未だに俺達の戦車を追いかけている。

 こちらは見ていないと決め込んで、ファウストパトローネを構えた。

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