第19話 019 ダンジョンと言われた街


 俺達はいったん戻る事にした。

 村に着くなりバルタが馬車に駆け寄って皆に説明を始める。


 俺は一人、雑貨屋に入って。

 「双眼鏡は置いてないか?」

 そう、店のおばさんに訪ねたのだが、簡単に首を振られた。


 仕方無いと諦めて、馬車の所へと行く。

 

 「花音ちゃん、お願いね」

 バルタが花音に言っていた。

 

 「花音は残るのか?」

 話の筋はわからないが、そう言う事なんだろう。


 花音はイタチの子、ヴィーゼを後ろから抱き抱えて。

 「うん、ここで待ってる」

 そう俺に返す。


 そうだな……その方がいい。

 何かの拍子に母親の遺体に出くわすかもしれない。

 あそこには花音の母親が眠っている。


 「私も行く!」

 だが、花音に抱き着かれて居るヴィーゼが叫んだ。

 「バルタと一緒に行くの!」


 そんなヴィーゼを花音が宥めていた。

 ずっと駄々を捏ねていたのか?


 「危ないから、ここで待ってて」

 バルタも合わせて宥める。


 「でも、危ないなら一緒じゃないの?」

 キツネの子、エルだ。

 馬車の幌から覗きつつ。

 「その人が死んだら……私達も……」


 「確かに」

 マンセルがそれに同意した。

 持ち主が死ねば、その持ち物である子供達もどうなるのか? と、そんな話なのだろう。


 「それに、ヴィーゼの能力は役に立つんじゃないの?」

 エルが投げやりに答える。

 面倒臭いという呈が見えてきた。

 

 「そうかもだけど……まだ子供だし」

 バルタが考え込んだ。


 そんなバルタを見て。

 君も子供なんだけどな……とは言わない。

 ややこしく成りそうだからだ。

 

 「能力って……イタチの?」

 マンセルはそれに食い付いた。


 「そう、先祖返り何だって」

 エルはバルタの相手も面倒になってきているのか、マンセルの方を向いて。

 「立ったままで回りが見えるの」


 ? それは普通の事なのでは?

 特別な能力ってわけでも無いだろう? 俺でも出来るとその場でキョロキョロと目線を回した。


 そんな俺を見たのだろう。

 「ヴィーゼ、やって見せて上げて」

 エルが命令をする。


 それに素直に頷いたヴィーゼ。

 二人の関係性が良くわからない。

 仲が悪いのか?

 エルの目線が冷たい気がする。

 それともこれがエルの性格なのかもしれない。

 

 そのヴィーゼ。

 花音の腕から離れて、その場で目を瞑り立ち尽くす。

 時折、目は閉じたままでキョロキョロと首を振る仕草を見せる。

 その姿、何処か既視感を感じた。

 なんだったっけ? と、考えれば直ぐに思い出した。

 動物園で見た本物のイタチが二本足で立ってキョロキョロの、それだ。

 と、ポンと手を打つ。

 

 程なく、ヴィーゼがしゃがみ込んで地面に何やら描き始めた。


 俺は、それを覗き込んでみる。

 ……。

 何が何だかわからない。


 花音も首を捻っている様だ。

 ソッと右手を出してヴィーゼの肩に手を当てた。


 「あ! この街の地図ね」

 そう呟く花音。


 「地図? わかるのか?」

 半分は花音のわかる理由……だが、直ぐに思い出した。

 花音のスキル、占い師とか言ったか……は、右手で触った者の心が読めると言っていた。 

 なぜにそれが占い師なのか……その理由は、心を読んで適当に最もらしい事を言うのが占い師だからだろう。

 未来がわかるなら、それは予言者だ。


 もう半分の方はヴィーゼ。

 地図がわかるのは何故だ?


 「この子は、意識を立ち上がらせて空に飛ばせるのよ」

 エルが説明をしてくれた。


 それは、幽体離脱の様なモノで上空から覗いたと言うことか。


 「自分の立っている真上にしか飛ばせないけどね」

 エルが肩を竦める。

 見えるだけで何が出来るわけでもないと、言いたげに。


 「イヤ……じゅうぶんに凄い」

 俺は唸ってしまった。

 地形がわかるというのは戦車にとっては最大の武器に成る。

 逃げ込む場所。

 隠れる場所。

 気付かれずに撃てる場所。

 それらがわかれば明らかに有利だ。

 バルタの耳のレーダーと合わせれば、イキナリの会敵での戦闘は無くなる筈だ。

 

 「ヨシ、連れていこう」

 バルタも、もう既に居るのだ子供が一人増えても同じ事だろう。

 「マンセル、紙とペンを揃えてやってくれ」

 そう言って、カードを渡した。


 頷いたマンセル、そのまま雑貨屋に向かう。

 マンセルも異論は無いようだ。


 「他の子も何か特技は有るのか?」

 獣人は特別なのかもしれないと、聞いてみる。

 バルタが耳レーダーと砲撃の才能が有るように。


 「ヴィーゼ程の凄いのは無いわ」

 肩を竦めて。

 「犬の子達は体力が凄いのと……タヌキの姉妹と私はチョッとだけ変化が出来るくらいね」


 「変化?」

 その俺の問に。

 

 こうよとばかりに自身の耳と尻尾を指差して、そこが小さくポンと煙を上げたその瞬間に耳と尻尾が消えた。

 「人に化けられるの、それだけ」


 ふむ……指を指されていないと気付かないかもしれない、そんな小さな変化だ。

 不思議では有るが、驚く程でもない。

 バルタとヴィーゼの後では尚更だ。

 

 「エルはもう一つ有るじゃない」

 後ろに居たタヌキの子が顔を覗かせる。

 姉妹のどちらだろうか?

 犬の子もだが、同じ顔なので区別が着かない。

 

 「そっちは、ホントに役に立たないわ」

 首を振ったエル。

 「私達はもう既に奴隷だから……」


 奴隷に関わる能力か……ならあまり期待は出来ないか。

 それに、本人も言いたく無さそうだ。

 それについては聞かないでおこう。

 いつかその気に成れば教えてくれるだろう。



 

 そして、俺達は馬車を置いてダンジョンに向かった。


 軽快に走る、狭い戦車の中。

 ヴィーゼは操縦席の横の本来は通信士が座る場所に修まっている。

 バルタは装填手の所、と言っても射手とは砲を挟んで右と左なのだが。

 俺はキューポラから半身を出して風を感じていた。

 実際、狭くて息が詰まるのから逃げているだけなのだが。

 会話もないし……。

 皆、ダンジョンに気後れしているようだ。

 若干一名……ヴィーゼを除いて。

 そのヴィーゼはヨダレを垂らして寝こけている。


 そして、桜の木を過ぎて……川の横を通り、ダンジョンが見えてきた。

 

 いったん戦車を停めて外を覗くマンセル。

 「あれ……ですか」

 

 明るい昼間に見るとその異様さが良くわかる。

 線を引いた様に町と草原がハッキリと別れている。

 そして、町側のビルは壁が切れていて各々の階層の中が見えていた。

 

 「ゆっくりと前進して中心を目指す」

 そう指示を出して、切れている町の道路を指差した。


 愚痴りたいのを我慢してか? 大きく息を吐くだけでなにも言わずに操縦席に戻り、その上のハッチをしっかりと閉じるマンセル。

 戦車を動かした。


 「凄い……」

 俺達の世界を初めて見るのだろう。

 覗き窓から見える街並みに、バルタが声を上げる。

 「背の高い建物、石で出来ているんですか? それに何だかカラフルで……綺麗」


 駅近の道路の両脇だから、色んな店の看板を見てだろう。

 電気と人通りの無い今は、俺には寂しく映るのだが。

 村の雰囲気を見るに、この世界のバルタに取っては驚きの景色の様だ。

 

 その道を進み、ダンジョンの中央。

 地下鉄の駅の真上のショッピングモールが見えてきた。

 前は夜の闇に紛れてわからなかったが、いかにもな奇抜な造りだった。

 「あの建物の前に着けてくれ」

 

 「なんだか……気味が悪いな」

 ぼやくマンセル。

 見る者にとってはそうも見えるのか。


 ショッピングモールの前の大通りの真ん中に戦車を停めさせて。

 「チョッと様子を見てくる」

 そう告げて戦車から飛び降りた。


 「大丈夫なんですか?」

 驚いたマンセル。


 「バルタ……魔物の気配は有るか?」

 続いてキューポラから頭を出したバルタに聞いた。


 「居なさそうです」

 おそるおそるだが、首を振る。


 「だそうだ」

 そう肩を竦めて一歩を出した。


 「待って」

 マンセルとバルタが同時に叫ぶ。


 見れば、バルタも戦車から降りようとして居る。

 そして、マンセルは一度車内に戻ってmp-40サブマシンガンを放ってよこした。

 「盗賊戦の時に」

 笑って。

 「くすねといたんですよ」


 チラリと受け取った銃を見る。

 これは、国防警察軍の方が持っていなかったか?

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