第17話 017 猫耳娘はバルタ
大きな月が真上に光って怪しく照らす。
そんな葡萄畑の真ん中に戦車を停めて魔物を待っていた。
俺とマンセルと、そして猫耳娘。
馬車を切り離して村の安全な所で待つようにと言ったのだが、この猫耳娘が自分も戦うと頑として譲らなかった。
奴隷で在る以上は最低限の仕事をしないといけないと、そう言って。
子供なのだから、そんな事はしなくても良いと断ったのだが。
なにやら不安な様子だ。
役に立たないと俺に捨てられるかもと目を伏せる。
どうにも、この異世界はあまり良い所では無さそうだ。
戦争は在る。
奴隷も在る。
そして、子供が不安な気持ちで過ごさなければいけない……獣人であるというだけで。
「奴隷……か」
戦車のキューポラから半身を出しながらに呟いた。
マンセルはその下の運転席上のハッチから半身を出している。
「奴隷には、反対ですか?」
その手には酒瓶。
「当たり前だ」
少し語尾が立つ。
「奴隷はされる方も辛いが……持つ方も辛い、良い事なんか何も無い」
仮に俺が何かを命令したとする。
猫耳娘はそれに従うだろう……だが、それは主従関係での話で、猫耳娘の本心は見えない。
にこやかに笑っていても。
例え本心から慕って貰えても、ソコには絶対の主従関係が存在する。
仮に、その主人が俺では無くて、俺に敵対している者で在るなら……その者の命令なら躊躇無く俺に剣を向けるだろう。
そして、その主人としての立場は何時どう変わるかもわからない。
ソコに絶対はあり得ない。
例え獣人であっても、心を持つ一個人なのだから。
「やはり……奴隷の縛りは無くさなければ」
「今の世の中では無理ですね……この子達が生きていけない」
マンセルも奴隷制度には反対なのだろう。
「さっさと戦争を終わらして、政治家にでも成ってください」
法を変えねば駄目か……。
それよりも皆の意識の方か?
月夜の怪しい明かりがそんな事を考えさせるのだろう。
ただ待つというのは……駄目だな。
その当人の猫耳娘は、砲塔の中で照準器を覗いていた。
何かの仕事で出来る事は引き金を引くくらいしか思い浮かばなかった。
弾を込める装填主には、その砲弾が重すぎるだろうし。
それに虫を捕まえた素早さを見れば、案外才能が有るかも知れない。
「そんなに緊張しなくても良いぞ」
そう猫耳娘に声を掛ける。
「さっき教えた通りに狙って撃つだけだ」
「はい……」
目は照準器から離さない。
本来は戦車長が撃つのだから、狭い車内では今、キューポラから半身を出している俺に密着して抱えられる格好だ。
だから固くなった体が良くわかる。
頑張ろうとするその姿勢は良いのだが……まだ魔物も見えていないのに、疲れるだろうに。
「そう言えば……名前は?」
「バルタです……バルタ・ザール、14才です」
「え! 14才?」
驚いて声が出た。
見た目は花音の少し上くらいにしか見えなかったのに。
「盗賊の所には長かったのか?」
マンセルが聞いた。
成る程……栄養が足りて無かったのか。
成長期の子供にひもじい思いさせるとは、それも残酷な話だ。
「他の子も其ぐらいの年?」
「旦那……その子は猫耳だから」
? な、顔に成る。
「ああ……猫耳ってのは……その」
言い澱むマンセル。
「生殖器にトゲが有るんですよ……確実に繁殖するために……抜けないように」
ん……そう言えば元の世界の猫もそんな事を。
「あれ? トゲが有るのは雄の筈」
春に猫が騒がしいのは、その痛みのせいだと聞いたが。
「いや……女の子の方にです」
首を振り。
「猫耳の男の大事な所はそれに合わせて……直ぐに生え変わるんですよ」
「生え変わるって……それは大事だな」
「無茶苦茶に痛いラシイですよ」
「で……それと、どういう関係が?」
あまり想像はしたくないと、話を戻す。
「だから、猫耳娘だけが……売れ残ったんですよ」
溜め息。
「他は十二歳に成れば直ぐに……その趣味か、そんな店に売られるか……ですよ」
「成る程……」
「大方、他の子の面倒を見させる為に残しておいたんでしょうよ」
「……一番小さい、イタチの子はヴィーゼ……六歳です」
バルタが小さく、そう言った。
「名字はわからないそうです、キツネの子のエルの次に盗賊の所では古い子です」
「ヴィーゼにエル……自分の名字もわからないうちにか」
たぶん、三・四歳ぐらいだったのだろう。
「あと、タヌキの姉妹がイナとエノで名字がサバーカ、双子です」
「犬の子は三つ子だろう?」
マンセルが聞く。
「はい、エレンとアンナとネーヴ・ジョンズです」
「双子に三つ子は……お母さんも大変だ」
思わず唸る。
「なに言ってんですか獣人は皆が子沢山ですよ、一度に沢山産んで生き延びた子が次を産むんです……そう言う生存戦略なんです」
マンセルが笑った。
たぶんまた、そんな事も知らないのか? の、そんな勢いで。
「まあ、猫耳娘以外はあと二・三年で楽しめる様には成りますよ……痛いのがお好みなら猫耳娘も有りでしょうけど」
そのマンセルの発言に、半分俺に抱えられている猫耳娘の体が固く成るのがわかった。
「そんな趣味は無い」
「そりゃあ良かった、人だとその次が無くなりますからね、一回こっきりは悲しすぎる」
「そうじゃあ無い……子供に手を出すそんな趣味は無いと言ったんだ」
「じゃあ、五年ぐらいですかね? 十年は待ちすぎでしょうし」
マンセルはまだ続ける気か?
「年は関係無い……奴隷には手はださん」
「皆……覚悟は出来て居ると思いますよ」
「親父……酔っているな? いい加減にしとけ」
見れば、酒瓶をあおっている。
「おっと……失礼」
そう言って、戦車の中に引っ込んだ。
「酒癖が悪いな?」
そう言いバルタの頭を撫でた。
引っ付いている手の置き場に困ったのと、心配するなとの思いを込めて。
「私達が奴隷だからですか? 獣人だからは関係無い?」
「ん……?」
ああ、そうか。
マンセルは獣人に対しての差別が在るかどうかを試したのか。
「獣人は関係無い」
安心させる為にもそう言いきった。
「そういうのは、対等な立場で両者の合意が必要だ」
その言葉に少しだけ緊張が取れた気がする。
見えてはいないのだが、抱えた体の固さが少し和らいだ。
が、直ぐに緊張が戻ってきた。
「来ます」
バルタの頭に置いた手に、その両脇の耳がピクピクと動くのが伝わる。
「魔物か?」
「右側です」
そう言って、砲塔のハンドルを回そうとするが重くて動かせない様だ。
俺もそちらを確認するのだが見えない。
月明かりはしっかりとある……距離か?
「マンセル……ゆっくりと距離を詰めろ」
「ハイよ」
ほぼ同時にエンジン音が唸り、車体が右に向いて進みだす。
進みながら砲は上下に動くのが見えた。
上下は動かせる様だ。
だが、左右はやはり駄目なようでそちらのハンドルには力がこもるがビクともしない。
そんなバルタを見かねて、その手に俺の手を添えて力を貸してやった。
伸ばした手の都合上、キューポラからは頭だけに成ってしまったが。
見えていない俺よりも、相手の方向がわかるバルタが優先されるべきだろう。
猫耳は凄い才能かも知れない。
まるでレーダーだ。
動く戦車の上で砲が魔物を探す。
「見えました」
声を殺してそう俺に告げる。
「猪の魔物です」
「オークか?」
マンセルが確認。
「いえ、四つ足なので……そのまま猪です」
「ソイツは……厄介かもしれんな」
唸るマンセル。
俺は砲の先を辿り目を凝らす。
葡萄の木と畑の棚田の段差に隠れて影が動いたのが見えた。
「アイツか……」
「撃っても良いですか?」
緊張のピークだ、バルタの鼻息が荒くなる。
「まだだ……もう少し全体が見える位置まで移動だ」
それにマンセルが答えて、戦車を左に振った。
そちらは棚田の下がる方、段差を一段一段降りて行く。
距離はそのままで回り込む方向。
「全体が見えました」
影だが俺にも見えた。
本当にそのまま猪だ。
そして、こちらに気付いているようだ。
コッチを見ている。
「真ん中をしっかり狙って撃て」
「わかりました」
微妙に砲が動き……。
止まる。
「撃ちます」
月夜に豪砲が響き渡る。
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