第262話 262 混乱


 シュビムワーゲンを戦場の方に向けて走らせる。

 高台から真っ直ぐ下った所なので、車は坂で加速が着いていた。


 助手席のヴィーゼは相変わらずに泣いている。

 後席のタヌキ耳姉妹は不安そうにはしているが、落ち着こうと決めたのか子供の成で椅子に深く座ってジッとしていた。


 後ろを着いてくる三姉妹は、何時もの元気は無い。

 お互いの意思の疎通は話すしかないのだが、それをするにはバイクでは叫ぶか近付くかなので諦めたか?

 それ以前に、何が起こったかが理解出来なくて、どう話して良いのかもわからないのかもしれない。


 ケッテンクラートのララとヴァレンティナは何時もとは変わり無い。

 子供達とは違って、もう大人に近いお姉さんでもあるし、元々は奴隷通信の無い環境に長く居たので、元に戻っただけだ。

 だけど、心の中では考えているのかも知れない……もう自由だと。


 高台からの斜面がキツく成ってきた。

 シュビムワーゲンは鼻先がボートと同じ形状なので、ソリの様に雪の上を滑り加速をする。

 4WDの4本のタイヤは盛大に雪を掻いて巻き上げてはいるが、接地感に乏しくハンドルもやたらに軽い。

 それは坂をただ単に滑り落ちている、そんな感じだ。

 車体が横を向けば雪を噛んで横転しそうだが。

 それでも操舵は辛うじて効いているおかげで、鼻先を下に向けて居ればどうにか成りそうだ。

 

 と、突然に車のスピードが落ちて姿勢が安定し出した。

 何がと後ろを見れば、バックミラーにイナの背中が映る。

 後ろの水上運行様のスクリューを下げて居たようだ。

 それが真後ろで雪を噛む抵抗が増えて、そのおかげか操舵が楽に成った。

 「有り難う、助かった」

 

 それにニコリと返したイナ。

 雪の中で長いこと運転していて思い付いたのだろう。

 「で、どうするの?」

 俺が声を掛けたのに安心をしたのか、エノがシートを掴み前屈みで俺に訪ねてくる。

 「とにかく、全員で後退だ……安全な所まで下がる」

 今の状態では話も出来ない。


 「わかった」

 頷いたのかどうかはわからないが、エナが後ろを向いて叫び出す。

 「戦闘は中止で下がれって、みんなに伝えて」


 サイドミラーに映る三姉妹は首を振っていた、声が届かないのだろうか?

 耳に手を当てている。

 

 「せいので……二人で同時に叫ぶわよ」

 バックミラーのイナとエナがお互いに頷いている。

 「伝令に走るの! 戦闘を辞める様に言って」

 そして、二人で揃って、後方の街の方角を腕を大きく振って指差している。


 サイドミラーの三姉妹はそれに頷いた。

 わからなくてもやるべき事が有るならと動き出す。

 考える依りも行動が三姉妹だ。

 今の伝言をララやヴァレンティナにも伝えていた。


 

 高台から見下ろしていた戦場は雪と土が跳ね上がるだけが目立つだけだったが。

 実際に近付いて見れば。

 敵と味方の戦車が入り乱れて混沌としている。

 それは俺が知っている戦場ではない。


 「俺達の方だけが混乱しているだけでは無いのか?」

 俺が首を捻っていると。

 敵の戦車、シャーマンが砲をこちらに向けた。

 距離はまだ有るが派手に坂道を下っている俺達が目立ってしまったのかも知れない。

 マズイ。

 だが、今は急な方向転換は出来ない、それをすれば転がるだけだ。

 

 と、そこにもう1両のt-34が先のシャーマン戦車に並ぼうとして近付いた。

 ますますマズイ。

 2両の砲に狙われれば逃げる術も無い。


 『誰か!』

 もちろん念話に返事は無い。

 ただ俺が1人、頭の中で念じただけだ。

 

 最初のシャーマン戦車の砲がピタリと止まる。

 撃たれる。

 俺は最悪を想定して。

 「イナとエナは飛び降りろ」

 そして、横のヴィーゼの腕を掴み、車外へと放り投げようとした時。


 「待って、おかしい」

 声は後ろから、エノだ。


 その同時に砲撃音が響くが、俺達にも近くにも着弾はしなかった。

 俺達に狙いを着けていたシャーマン戦車の砲口に煙も見えない、が。

 その背後から黒い煙を上げていた、エンジンを撃ち抜かれている。

 撃ったのは近付いていた敵の戦車。

 撃たれた方はその砲を俺達から外して、撃った奴の方へと砲塔を回転させている。

 敵同士で撃ち合うのか?

 

 しかしその砲塔は回転の途中で撃ち抜かれた。

 エンジンをやられ、砲塔もやられた戦車はそこで、完全に動きを止めた。

 

 撃った方は、俺達とは見当違いな方向、斜面を斜めに走り去って行く。

 戦場から離れる積もりの様だ。

 これは逃げているのか?


 見れば、他の敵戦車も戦場からバラバラと逃げはじめていた。

 逃げているのはt-34ばかりだが。


 これは……フェイク・エルフの方も奴隷通信か縛りが解けたのか?

 シャーマン戦車はエルフ軍だ、そちらは普通に戦争をしようとしているが、明らかにフェイク・エルフのt-34はそれを放棄しようとしている。

 そして、まるで恨みでも晴らすようにシャーマン戦車に砲を向けていた。


 それらを合わせて考えられる事は1つ。

 ……フェイク・エルフの方でも奴隷兵士が解放された。

 大佐が狙っていたフェイク・エルフの首都に在る、奴隷を縛る魔法が納められた教会が崩壊したって事だろう。


 それを大佐がやったのかはわからないが……ロンバルディアに起こった事がフェイク・エルフでも起こったのかもしれない。

 

 しかしそれを今、考えている暇はない。

 俺はその倒されたシャーマン戦車の横を通り過ぎて、戦場のど真ん中に車を進めた。


 そこには3つの集団が入り乱れる。

 真面目にとはおかしな言い方だが、戦争をしようとしている者達……戦車を見るにエルフだ。

 エルフの方にも転生奴隷兵士が居る筈だが、こちらは影響を受けていないように見える。

 奴隷の縛り方、奴隷紋の……奴等はエルフ紋と言っていたか、の管理の方法が違うのだろうか。


 そして、もう1つは。

 混乱に乗じてエルフに一泡吹かせ様としているフェイク・エルフの転生奴隷兵士達?

 いや、転生奴隷兵士達は逃げているだけの奴等かもしれない。

 普通のフェイク・エルフの兵士達がエルフに牙を剥いているのだろう。

 自分達を縛って、強制的に戦場に連れて来たのはエルフとの認識か?


 そして、その逃げるだけの転生奴隷兵士……元はソ連兵か。


 それも合わせると4グループとなる。

 最後は俺達の兵士達。

 混乱はしているが、前線を維持しようとしていた。

 敵を倒す為の前進は止めて、後方の自走砲や非戦闘員のクロエを筆頭に後方の部隊を守ろうとしている様だ。

 

 俺はの間を突っ切って叫びを上げる。

 「下がれ! 退却だ」

 誰彼とは言わずにただ叫ぶ。


 後ろに着いて来ていた筈のケッテンクラートの2台が後方の自走砲の所に走って行く。

 いつの間にか三姉妹と相談していたのだろう。

 その三姉妹は他のバイク部隊を巻き込んで、横に広がった3突に伝令に走っている。


 俺は、戦車部隊だと4号戦車に銃を撃ち込み、こちらを向かせて手で合図を送って回る。

 と、マンセル達の38(t)を見付けた。

 

 そこに走り寄って、俺は戦車に乗り込む。

 シュビムワーゲンはイナとエナに任せて二手に別れる事にしたのだ。

 ヴィーゼはそれに着いてきた。

 俺と離れると大きな声で泣くのだから仕方無い。

 

 「大丈夫?」

 バルタが戦車に押し込まれたヴィーゼを抱いて宥めて居た。


 「みんな奴隷通信が出来なく成っている筈だ」

 俺も38(t)に乗り込んですぐに叫んだ。

 「いったん退却するのだが、知らせる方法が口頭しかない」


 「ハイよ」

 マンセルはそれだけで理解したのか戦車のアクセルを踏んだ。

 「戦場を走り回れば良いんでしょう?」


 「ああ、指示はバルタかハンナ経由で送る」

 俺はそれだけを伝えて、キューポラから半身を出して、ルガーp08を構えた。

 狙うのは味方の戦車の砲塔部分。

 9mmで叩いてこちらの存在を知らせる為だ。

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