第263話 263 王都へ
俺達部隊は混乱した戦場から脱け出す事に成功した。
自走砲が下がり。
ラインを引いた3突がソレを後ろ向きに下げていく。
戦車はその撤退戦の援護、自身は下がりながら追い掛けて突出するモノを叩いて押し戻す。
本来なら砲撃を散々に受けて、多大な損害を出しながらの筈なのだが……混乱した敵にはその余裕も無かった様だ。
北に戦車の砲と鼻先を向けて下がるのは最前線から10km迄だった。
そこから先は南に向けて全速力で最後の廃墟の街に駆け込む。
いったんはその街で体制を立て直して再度南に向けて出発した。
先頭を3突に変えて、自走砲と軽トラやバイク部隊と後方部隊……そして最後尾は回転砲塔を持つ戦車だ。
それは、ここから王都までをほぼノンストップで走る為の配置。
もう戦争を最優先するわけでは無くて、魔物を排除出来ればそれで良いとの判断だ。
フェイク・エルフ軍に出くわしても戦う積もりもないが……たぶんそれは無いだろう。
エルフ軍で有っても、マトモには相手をする積もりはない。
俺達の最優先は王都の確認と、ヴェルダン家のジジイやムーズの救出だ。
その為に滞在した廃墟は1時間も居なかった筈だ。
ガソリンを補給して、イザと云うときの弾の補充。
そして……不明者の確認。
「軍曹、部隊の状況は?」
俺は速足で歩き、街の中の広い道路を使っての補給と再配置を確認していた。
後ろから着いて来るのは、その軍曹とヤニス、マクシミリアンの元冒険者と元転生奴隷の2人。
補給に手間取る戦車や自走砲を管理する者達だ。
「4号が8両にt-34が1両、3突が10両、ヴェスペはそのまま10両です」
軍曹がヤニスとマクシミリアンの分まで纏めて答えた。
「獣人と通信兵は、ほぼ無傷です」
その報告に俺は目を細める。
結構な数で減っている。
最初は大佐の援護で、敵に圧を掛けるだけで被害は最小限にと、その積もりだったのだが……やはり、混乱で喪失したか。
戦車だけなら3分の1を失っている。
損耗率が50%で全滅なので、それに近い数字だ。
「戦死か?」
一応は聞いておく。
それには軍曹も首を左右に振って。
「わかりません……途中、大佐の所の4号が混ざりましたので、やられたのがどちらか……」
撤退の時に見掛けた穴の空いた4号の事か……。
「離脱で有って欲しいんだがな」
その俺の言葉に、ヤニスが声を上げた。
「敵前逃亡をする者等は……おりませんでした」
声を荒げてはいないが、意思はこもっている。
元ドイツ軍兵士としての矜持なのだろう。
「奴隷紋が消えた時点で軍人じゃあ無い……だから敵前逃亡でもないよ」
そう、縛るモノは無いのだから。
その状態は第一次世界対戦以前には普通の事だ。
いざ戦闘が始まればポロポロと兵士が溢れていく……戦場が混乱すれば、場合によっては半数が霧散するそんなモノだ。
通信と指令系統の現代化でそれがおこり難く為っただけの事で。
今のこの異世界では、奴隷の縛りがそれの代わりだ、それが無くなればどこぞに消えても不思議ではない。
が……ヤニスが言うのだ。
「戦死か……俺のせいだな」
ソッと呟く。
「いえ軍人なら……」
そう言い掛けてヤニスは考え直したようだ。
「助けて頂いた恩に報いるのに、死を掛けるのは当然です……」
俺がもう軍人じゃあ無いと言った事で、言葉を選んだのだろう。
「助けたとは言っても……それは軍曹だろう? 俺は大した事はしていないよ」
「軍曹もそうですが……我々にはとても大きな事でした、縛られない奴隷の立場と、そして仕事も頂きましたから」
「そうか……だが、もう自由なのは確かだ」
俺は足を止めて、3人に向き直り。
「見た目の違う獣人やエルフではそうもいかんが、同じ見た目の人間なら何処でも暮らしていける……もし、抜けたいと思う者が居ても止めるな、自由にしてやれ」
本当の所は、獣人とエルフ達にも同じ事を言ってやりたいのだが、この異世界では、見た目での差別と偏見は消えないだろう。
その2つはそう簡単に変わるもんでも無い。
例え国が滅びてもだ。
そこにナディアとポリーナが走り寄ってきた。
「補給と食料の配給は終わりました、何時でも出発出来ます」
人数の多くて力も強い獣人娘とゴーレム達に補給を。
力は無いが今回の戦闘で比較的、体力を使う事の無かったエルフ娘達に食料の配給を手伝わさせていたのだ。
その2部隊は、移動に為れば殆どが車輌で休憩も取れるだろうからだ。
「よし、出発だ」
俺は声を大きく指示を出す。
そして、シュビムワーゲンに向かおうとした時。
ナディアが俺の背中に声を掛けた。
「獣人とエルフも……誰も抜けたいととは思っていません」
先の話が聞こえて居たのか。
そうだなナディアも耳が良い方だったな。
俺は後ろ手で、それに答えてやる。
隊は出来る限りの速度で南下を始めた。
街を出て、次の町を横切る。
一切の寄り道は無しだ。
シュビムワーゲンのハンドルを握る俺は、その部隊を見てとても誇らしく思う。
もう軍隊でも無いのに隊列を組んで、整然と進む姿をみてだ。
「ねえ……」
そんな俺に声を掛けてきたヴィーゼ。
今は後席でイナとエナ一緒に3人で座っている。
そして、少し嫌味を交えて。
「このオジサン……鬱陶しいんだけど」
指差しているのは、助手席に項垂れて座る少尉。
その少尉は呟くように呻く。
「一応は俺の方が上官なんだぞ」
「なに言ってるの、軍隊どころか国も潰れたんでしょう? 階級に意味が有るの?」
少しは元気に為ったヴィーゼだが、えらく口が悪く成っている。
本当は助手席に座りたいのに、そこを取られたからの様だ。
その少尉は俺をチラリと見た。
「本当に国が滅びたんでしょうか?」
何度目かの同じ質問を繰り返していた。
あまりにしつこいので、俺は適当に返す。
「ソレをこれから確かめに行くんだ」
「はあぁ……」
溜め息か返事かもわからない返答。
「奴隷の縛りが消えたのだから、もう国は無いわよ」
これはイナだった。
「あんたのトコの奴隷も逃げたんでしょう?」
エノ。
やはり2人も苛立っている。
少尉は戦場で奴隷兵士に裏切られて、車から1人降ろされ置いてけぼりを食らったのだ。
「トラックを取られただけで済んで良かったわね」
「後ろから撃たれなくて良かったわね」
その言葉に、もう一度大きく項垂れた少尉。
俺が横で見ていても鬱陶しい。
子供達がイラつく気持ちも良くわかる。
「エルフ軍は何処から来たんでしょうか? 王都を落とす程なら相当な数の筈ですよね……」
それも何度も聞いた。
「知らん」
そもそもエルフ軍とも決まっていない。
確かにその可能性は大きいだろうが……だが、大部隊を送り込めるルートはない筈だ、橋は俺が潰した。
「別の国かも知れん」
その俺の答えも何度目だ?
「南の国も西の国も同じ様に敵対していたのだろう? そのどちらも小国だとバカにして油断でもしたのかも知れん」
そしてまた大きな溜め息を吐く少尉。
「ねえ、もうこのオジサン……捨てて行かない?」
ヴィーゼも同じ様に溜め息を吐いていた。
国境を越えて、ロンバルディアの幾つかの町や村を横切る。
町はそれなりに混乱していた様だが、小さな村は何事も無い様に平和だった。
村は奴隷でも、村人として受け入れている所も有るので縛りが無くてもそんなに困る事も無いのだろう。
実際に人の成りに見えても、血が混じって居て差別の対象にされて王都に住めない、そんな者も居るようだし。
しかし、俺にはそれよりも気になる事が合った。
もうすぐ王都が見えてくる筈なのだが……この道中、一度も魔物に出会わない。
フェイク・エルフ領に入ってからと考えれば何日目だろうか?
ここまで魔物を見掛けないのも始めての事だと不思議で成らなかった。
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