第264話 264 崩壊した城
少し小高い丘からロンバルディアの王都を、双眼鏡を使って覗いていた。
雪も無くなり、冬枯れの草原の丘の上からだ。
王都を囲う城壁もその回りに寄り添う様に集まるスラムも無傷に見えたが、その中心の城は無惨に崩れている。
まるでピンポイントに爆撃に会ったようだ。
だが空の飛べないこの世界では、それは無い。
何処からかの砲撃……。
城だけを正確に狙った集中砲火。
「何処にも居ない見たい」
王都の回りを一周してきた三姉妹の報告だ。
崩壊した城と王都を始めて見た時に、違和感を覚えた俺は三姉妹に王都を中心に半径10kmの外側を一周させたのだ。
砲撃なら、5kmから10kmの間に野戦砲か自走砲が居る筈だ、と。
まあ砲兵の質を考えればそれ以下かもしれないが……4kmが射程だとすると日露戦争の日本軍レベルだ。
これはその時のロシア依りも遥かに優秀なのだが、今ある兵器でそれでは悲しすぎる。
砲は素人が撃てば、せいぜいビックリ花火にしか為らない。
もう王都に入ったのか?
外に兵力を残さずに?
首を捻る俺を見てかネーヴが。
「外側の壁に穴は無かったよ」
残りの二人も頷いて居る。
「?」
俺はあれ? っと首を傾げた。
「一回外を回って居なかったから、今度は近付いてもう一周したの」
アンナだった。
「危ないだろう」
思わず声が出る。
「うん危なかったかも……」
エレンが頷きつつ。
「魔物の臭いが凄くした」
「魔物だ?」
それには少し驚いたのだが、すぐに意味が有るのかと考える。
壁を無視して、街の中心だけを破壊できる魔物は居るのか?
それには能力だけでなく知能も必要だぞ。
まあこの際、魔物は置いておこう。
それよりも外に敵が居ないなら、やはり中か。
唸り始めた俺。
「奴隷が解放された時が、城が撃たれた時だとすると……」
マンセルも同じ様に考えていた様だ。
「もう既に一週間は過ぎてますよね……補給か何かで一時撤退とかですかね?」
「それは……」
有り得ないだろうと、言い掛けて止まる。
大佐は途中の街を破壊だけして次に移動した。
しかし、王都は最終目的地点だろう?
そこを簡単に放棄するものなのか?
「もう、行ってみればいいんじゃあ無いの?」
堂々巡りのそのやり取りに、面倒臭いと切れたのはエル。
「中に敵が居たなら、撃てば良いじゃない」
「簡単に言うが……市街戦は先に街に入った方が遥かに有利に成るんだ、待ち伏せ仕放題だからな」
「それでも家が在るんだし、花音やムーズが心配じゃない」
少しイライラが見えたのはそれでか。
だがそれは俺心配だ。
城が狙われたなら、王も貴族も同じだろうからだ。
伯爵の中途半端な階級は見逃してくれていれば良いのだが。
俺なら拘束するだろう、以後の統治を考えるならば、放って置けば邪魔に為るから利用する事を考える。
「まあ……そうだな」
俺はエルの頭に手を置いた。
「撃たれるなら撃ち返せば良いか」
何時までもここで見ていて、しょうがないのも確かだ。
「あと少しだけ待ちませんか?」
俺の決断に水を差したのはマンセル。
指を上に差して。
「もう少しで日も暮れます……夜の闇に紛れた方がまだ安心でしょう」
それは、俺達には獣人が多いからの事も含めての提案の様だ。
三姉妹やタヌキ耳姉妹を見ている。
成る程、納得だ。
「そうしよう」
そして、俺の決断も着いた。
夜の闇を抜けて、王都の入り口……城門を抜けた。
何時もの適当な門番は居ない、扉が閉まるのは見たことも無いが、それでも近衛兵の門番が居ない事は一度も無かった。
普段なら無防備過ぎると愚痴る所だが、今はやはりかと眉を寄せるしかない。
「気を着けろ……敵が何処に潜んでいるかはわからないぞ」
俺はシュビムワーゲンで先頭を走る。
すぐ後ろは38(t)で、バルタの声を聞くためだ。
そして三姉妹はバイクでその横。
何か有れば伝令に走る為。
他の車輌は1列に成り、戦車、3突、獣人の歩兵が乗る車輌……それの一部を残した残りだ。
その残りは安全な所で後方部隊の自走砲とトレーラーを守って貰う事にした。
今では通信の出来ないエルフは戦力外でもある。
それでも一部は伝令役に成ると手を上げた者も居る、それらはスーパーカブを宛がって、成るべく安全な所を動けと注意を着けて混ぜていた。
それとエルのヴェスペは例外で着いてきている。
エルに言わせると、間接射撃でも自分は見えているのだから、それが直接射撃に成っても一緒なのだそうだ。
このエルの見えているは、実際に目視ではなくて位置を感じて把握している事らしいが、それは見えていると同じだと言い張る。
正直、それなら間接射撃しか出来ない他の自走砲に指示を出して貰う方が戦力的にも大きいのだが……。
頑なに着いて行くと、言われれば仕方無いと頷いた。
出来れば自分の住む街に砲撃はしたくないとの思いもある。
そして……それ以前に余りにも静か過ぎて、全く敵兵の気配を感じないのも有った。
街を占拠した兵が飯も炊かずに、来るか来ないかの敵兵に備えて隠れていると言うのもおかしい。
そう、王都の中央道路を進む俺達は全く人の居ない道を見ていたのだ。
左右の民家や商店も扉や窓を締め切り、まだ日も暮れて浅いのに誰も歩いていない。
以前から辛気臭い、暗い街では有ったがここまで静かだと誰も居ないのでは無いかと思えてしまう。
「次の角を右です」
後ろからイナが教えてくれた。
少し遠慮がちな声。
「わかっているよ」
ハンドルに手を掛ける。
「いえ……そちらを全然に見ていなかったので」
言うか言うまいかと悩んだようだ。
言われなくても……言われなければ。
真っ直ぐに進んでいたが。
人の居ない角を曲がれば、そこでやっと人を見付けられた。
もちろん敵兵では無い、街の住人……少し年配のお姉さんだ。
その次の角に差し掛かる所を歩いていた。
俺はホッと一息着いて、その女の後ろ姿に声を飛ばす。
「何が有った?」
前方で少し距離が有ったので大きな声で。
「何かとは?」
足を止めて振り返った女。
その時、横のエレンが俺に。
「魔物の臭い」
またかとは思ったが、一応は振り返ってみれば。
38(t)戦車の上から半身を出したバルタも前方を指差している。
女か?
いや、もう少し先か?
と、その方角に目を凝らせば……俺にも見えた。
角からノシノシと出てきた魔物。
見覚えが有ったソイツはラプトルだ。
「危ない! こっちへ」
女に叫ぶ。
だが、女は平然とラプトルを見上げて……。
そして俺達の方を指差す。
まるでラプトルにアイツ等だと言わんばかりに。
ほぼ同時に走り始めて居たアンナとネーヴ。
俺の横を最高速度で通り過ぎ、口元には二人共が手榴弾を咥えていた。
「それは駄目だ、民間人に被害が及ぶ!」
叫んでいるのだが、心では引っ掛かって居た先程の仕草と、ラプトルの行動。
女には見向きもせずに、こちらを睨んでいる。
そして、二人はラプトルの横を通り過ぎ様に手榴弾を投げていた。
石畳の上を転がる乾いた音が2つ。
一応は民間人を避ける様にか、ラプトルの向こう側に転がっていく。
だが、そこにも民間人が出てきた。
若い男の様だ。
角から出て来て、こちらに歩いて来る。
そして、手榴弾の爆発に巻き込まれた。
前に吹き飛ばされてもんどり打って俺の前に落ちる。
片腕と片足がもげていた。
ラプトルの前に居た女は無事の様だ、まだそこに立っていた。
そして、肝心のラプトルは真下の手榴弾で致命傷に為ったのかその場に崩れ落ちる。
それを確認した俺は、もう一度目の前の男に目をやり。
「大丈夫か!」
もちろん大丈夫には見えない。
だが、それでもロンバルディアの住人だ。
俺達が守るべき対象なのだと、シュビムワーゲンのシートを蹴って駆け寄ろうとした……その時。
その男は何事も無かったように、静に立ち上がった。
片足で……片腕で……。
そして……血も一滴も流さずに……。
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