第265話 265 魔物ハザード


 俺が駆け寄ろうとしたしたその男。

 片手、片足で立ち上がったその男と目が合った。

 生気の感じられない虚ろな目……いや目が潰れて飛び出したのだろう、何も無い暗い穴だ。

 その穴に吸い込まれそうな恐怖を覚えた俺は。

 シュビムワーゲンの減りに掛けた足は固まり。

 思考も止まる。


 その視界にマンセルの操る38(t)軽戦車が飛び込んで来た。

 目の前の男を履帯に引き込む様にして踏み潰す。

 細切れにされた肉の破片が戦車にまとわり着いていた。


 「なにを……」

 呟く様に呻く俺に、マンセルが戦車の操縦席上から顔だけを出して叫んだ。

 「コイツはゾンビだ」


 目の前で見せられた、圧倒される景色に思考を停止していた俺……。

 いや違う、戦場でなら砲弾を運悪く直接受けて肢体と体をバラバラにされるそんな景色も見たし、受け入れられるモノだと思っていたが。

 今は、バラバラに為った男は一般市民でここは戦場だと認識出来ていない状況での不意討ちにやられたのだ。

 

 そうだ……ゾンビなら、魔物だ。

 無理矢理に固まった首を動かし、最初の女を見る。

 

 マンセルはその女も指差し。

 「ソイツもゾンビだ!」

 出来うる限りの大声で叫び上げた。


 シュビムワーゲンの後席に座るイナとエナがその言葉に反応した。

 パン、パンと女の足を撃ち抜く。

 

 撃たれた女は何も反応せずに、こちらを指差したまま微動だにしない。

 しかし、見れば太股は肉が削がれている。

 そして……やはりか血は流してい無かった。

 「本当だ……」

 撃ったイナは半信半疑だったのか?

 だから、治療出来そうな太股を掠めさせただけ?

 ゾンビだと確かめる為に……。

 

 その女に今度は、通り過ぎて戻って来た三姉妹がstg44を連射で叩き込む。

 胴体に吸い込まれるクルツ弾だが……女は少し重そうに腰を屈めるだけだった。

 

 「頭を狙え」

 もう一度叫んだマンセル。

 「ゾンビには痛みは感じれないが、考えるのは頭だ! 叩き割れ」

 そして、戦車の機銃で女の頭を吹き飛ばす。

 膝から崩れ落ちた女。

 

 「まったく……見分けがつかん」

 俺はそんな頭を亡くして壊れた人形様な女を見て呟いた。

 ゾンビと言えば、元国王の横に居たマリーもゾンビだ。

 だがそれは言われる迄はまったくわからなかった。

 何処からどう見ても、普通の生きた少女の様だった。

 それはつまり……敵か見方かの判別が出来ないってことか?

 生きた人間に擬態した魔物……。


 コイツらがラプトルを呼び込んで暴れまわったのか。

 見た目に騙された、警察軍や親衛隊はラプトルに気を取られて手も足も出なかった……と。

 にしても、城を破壊した理由がわからないが。

 ……行けばわかるか?


 「一度、城に行く」

 ヴェルダンの家は心配だが、見る限り民家も壊されては居ないし、道に住民の死体も転がって居るわけでもない。

 住民は逃げたか……建物に立て籠ったか?

 顔も出さないのは、隠れているとかだろう。


 「了解」

 その俺の言葉をそのまま指示として受け入れたマンセルが返事を返す。

 そして、先頭に躍り出た。


 ラプトルの倒れた角、その先は真っ直ぐ行けば城の正面入り口の1本隣の道に出る。

 先に行くマンセルがそこを曲がると、すぐに砲撃をした。

 続く俺が曲がれば、その道はラプトルだらけだった。

 女のゾンビが呼び寄せたのだろう、ゾロゾロと居る。

 

 俺は片手を上げて、t-34に乗る軍曹を先に行かせる。

 軍曹は元冒険者だ、魔物の扱いは俺よりも上だ。

 そしてもう1両、4号も着いて前に出た。

 残りの4号は最後尾を守る様に後ろに下がる。

 

 間に入った俺は三姉妹を含めた獣人の歩兵部隊に叫ぶ。

 「ラプトルは戦車に任せて、みんなはゾンビを警戒してくれ」

 あの2人だけで終る筈も無いだろうからだ。

 「ゾンビか人かの判断に迷うなら撃つな」

 それは危険が伴う判断に為るが、民間人を撃つわけにはいかない。

 いや……正直にいえば、俺はまだ迷っていたのだ。

 王都の住人を優先するか、味方の歩兵部隊の娘達を取るかを。


 「大丈夫」

 「もうゾンビの臭いは覚えた」

 「他の鼻の良い人達も覚えた筈」

 三姉妹が俺の横に来て、そう告げる。

 

 「臭い?」

 

 「少し臭い感じ……花の匂いかな?」

 「たぶん腐った臭いを消すための……芳香剤?」

 「それでも、おんなじ臭いをさせていたらバレバレだよね」


 成る程、ゾンビだ。

 死体なら腐るのだろう、その臭い消しか?

 

 「マリーもおんなじ臭いだったか?」

 

 「あ!」

 「そう言えばそうだね」

 「そのまんまだね」


 「もしかすれば、防腐剤か何かかもだな……」

 頷いた俺は。

 「とにかくだ、ゾンビを見付ければソレを優先してくれ」

 判別が着く者が当たれば問題も起こらない。


 その間も、先に出た3両の戦車は砲を撃ち続けている。

 砲弾の装填が間に合わないモノは、その重量で引き殺す。

 だが、それでも多いラプトルはその合間を縫って戦車を足蹴に飛越えてきた。

 シュビムワーゲンの真上に跳んだラプトル。

 ソレを低い位置から上に向けて撃ち落とした3号突撃砲。

 

 「もう少し下がってください」

 3突の先頭に立つヤニスが、上半身を出して俺に叫びかけてきた。

 

 俺が振り向いて頷こうとした時。

 左右の建物から人が降ってくる。

 3突目掛けて飛び付いたゾンビ達だ。

 

 「戦車に取り付こうとしているぞ、撃ち落とせ」

 俺も片手でmp-40を引き抜き半身だけで撃つ。

 同時に獣人達も撃ち始めた。

 「倒しきる必要は無い、3突から落とせば戦車で踏み潰せる」

 頷いた獣人達。


 そこに悲鳴が響いた。

 エルだった。

 ヴェスペは屋根が無い、上から飛び付かれればそのまま戦車の中だ。

 慌てた俺はブレーキを蹴り飛ばす。


 急停止したシュビムワーゲンからヴィーゼが槍を掴んで飛び出した。

 三姉妹もモンキーの後輪を滑らせて半回転。

 そのままアクセルを全開に捻る。

 

 俺はそれを後ろを向いて見ていた。

 と、前でドンと音がする。

 それに振り返れば、シュビムワーゲンのボンネットに1人の男。

 手には鉈を握っていた。

 後席のイナとエナは銃を後ろに構えている。

 長い銃を前に振る依りも、短い鉈の方が速い。

 だが、俺の握るmp-40はそんな長さは無い。

 素早く男の顔面に向けて引き金を握り込んだ。

 至近距離で連射で飛び出す9mm。

 男の顔を頭ごと削り出す。

 振られた鉈は見当違いの鉄むき出しのダッシュボートとぶつかり火花を飛ばす。

 そのゾンビはそれが精一杯だった。

 頭の無い体は後ろに倒れて車の前方に転げ落ちた。


 「上に注意しろ」

 そう叫んで、バックギアに入れてUターン。

 屋根の無いシュビムワーゲンとヴェスペは同じ場所に居た方が対処しやすい筈だと判断した。


 エルのヴェスペは数人のゾンビに襲われた様だ。

 俺がそこ迄下がったときには、地面に幾つもの死体が有った。

 それは動かなく為った方のヤツだ。

 

 そして、エルの横には槍のヴィーゼが仁王立ち。

 鼻の穴を目一杯に広げて、フンと息を飛ばしている。

 槍だけで良く倒せたなと、疑問に思うがそれはすぐに答えを見せてくれた。

 

 また、落ちてくるゾンビ。

 そこを素早く反応したヴィーゼが胸を指し貫いて、そのままヴェスペの防弾板に突き刺して固定する。

 その動けなく為ったゾンビの頭を、ミスリルゴーレムが両手で掴み握り潰していた。

 

 今のヴェスペの位置は最後尾の4号戦車が並ぶ前。

 その後ろの戦車は砲を後方に向けて撃っている。

 そちらからもラプトルが出てきた様だ。


 「エル少し前に出せ、4号との距離を開けろ」

 上から来るゾンビと、戦車を飛び越えてくるラプトルの両方を対処するにはスペースが足りない。

 獣人の歩兵娘達が銃を撃ちやすいだけの広さが必要だ。

 

 その間もカンカンカンと4号や3号ごと、上に張り付いたゾンビを撃っていく。

 同士討ちに成りそうな所に落ちてきたゾンビは力自慢の獣人娘が、そのまま肉弾戦に持ち込んでいた。

 武器はナイフや銃剣だ。

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