第261話 261 異変


 突然に移動を始めた敵戦車。

 その後ろで戦車を盾にしていた敵兵士達が慌て出す。


 戦車長を失った操縦手もパニックなのだろう。

 わからんでもない、額を撃ち抜かれた戦車長が車内に落ちたのだ、角度によってはそれが操縦手にもたれ掛かるとそんな可能性も大いに有る。

 何せ戦車内は狭いのだから。


 だが俺達もそんな間抜けな行動を見逃す筈もない。

 タヌキ耳姉妹が狙撃をし、長いライフルを持たない者を先に潰した。

 狙撃班に居る狙撃銃を持たない者、詰まりは観測兵。

 コレはとても重要な役割をしている。

 戦場で広い範囲を見渡して撃つべき敵を決めて指示を出す。

 そして、直接引き金を引かないが、視野の狭いスコープを覗いている狙撃兵に1発目のズレを伝える。

 銃の弾は風や距離で左右や下に曲がるモノなのだ、それがズレ。

 そのズレ幅を聞いた狙撃兵は2発目をソレに合わせる。

 大概の場合、この観測兵が上官に成る。

 

 歴戦の勇者か、嫌われものの上官でなければ、突然に命令者が居なくなれば慌てるモノだ。

 特に今の様に元から慌てていれば尚更だ。

 

 なので、俺と後ろの二人の9mmを狙いは適当にで浴びせればほぼ壊滅。

 そこにアンナがバイクで突っ込み、手榴弾を投げ込んでトドメを刺す。

 ネーヴは突っ込んで来た戦車を交わして、横にバイク事倒れ込んで片膝でファウストパトローネを横っ腹に撃ち込んだ。

 エレンは戦車も狙撃兵も交わしてその後方を確認する。

 撃ち漏らしが居ないか?

 他に隠れている敵兵は居ないか? だ。


 「はははは……」

 妙に気の抜けた笑いが横から聞こえてきた。

 クレイブが情けない顔で笑っている。

 「ホントに倒した」


 そんなクレイブに。

 「急襲だからな、接敵に俺達も驚いたが、向こうはもっと驚いた筈だ」

 背中のエンジン部分から煙を上げている戦車を指差して。

 「大佐の所のタイガー戦車を見て使えないと判断されたのだろう、だから後ろにロープを着けてスキーを履いた狙撃兵を高台に運ぶ役割に回されたんだろうな」

 肩を竦めて。

 「敵と直接、交戦する積もりも無かったのだろうから、その時点で大慌てだ」

 

 「なるほど……」

 

 「序に言えば、あの時に逃げていれば、立て直された敵の狙撃兵に背中から撃たれて居ただろうな……先ずは、最初に逃げた運転手の誰かからな」


 情けなく怯えたクレイブが自分を指差して。

 「私?」


 それには答えずに肩を竦めた。


 と、同時に敵の軽戦車が爆発した。

 その戦車から笑いながら逃げる三姉妹が見えたので、トドメに上のハッチから手榴弾を投げ込んだのだろう。

 まだ生きている筈の操縦手……たぶん気絶はしていた筈だ、ファウストパトローネで車両の胴体を撃たれれば相当な音で脳を揺らされる、脳震盪を起こすか五感の半分が効かなく為って動けなくなるかだ。

 そこから復帰するのにも個人差が有るが、面倒臭い対応を迫られるなら手榴弾で始末を着けた方が早い。


 「でも……見事な連携でしたね、確かに噂どうりでした」

 声の震えを必死に押さえて話続けるクレイブ。

 平静の自分を取り戻そうと必死なのだろう。


 だが、それには少し異論がある。

 今回は途中迄は良かったが、最後の方敵の戦車が動き出した辺りから少し三姉妹の連携が崩れて居たような気がする。

 今も、戦車に手榴弾を放り込むのだって……なぜ三人でだ?

 1人がやれば済むだろうに。

 それに……エレンは歩哨に立つ積もりで1人抜け出したのだろう?


 どうも何時もと少し違う気がする。

 どうしたんだろうな? と、ヴィーゼに聞こうとして顔を向けると。

 そのヴィーゼはクレイブの後ろで固まっていた。

 そして、声は出さないが目から涙を流している。

 「おい、ヴィーゼ……大丈夫か?」


 俺の声に反応したヴィーゼは、そこでやっと大きな声で泣き始めて俺の方へとしがみついてくる。

 どうした?

 何が?

 そう考えた時に、ヴィーゼのこの状態に覚えがあった。

 

 俺は口元を押さえ三姉妹を見る。

 なにやら三人で話し込んでいる。

 

 後ろのタヌキ耳姉妹は。

 お互いで首を傾げていた。


 「……クレイブ」

 ぼそりと呟く。

 俺の勘が正しければ……。


 「なんでしょうか?」

 少しはマトモに戻れた様だ。


 俺は懐のカードを出して。

 「金をやる……カードを出せ」


 「へ?」

 驚くクレイブに。

 「良いからカードを出せ」

 

 わけがわからないと自分のカードを差し出すクレイブに。

 「金100万をクレイブに移動」

 そう告げて、カードを合わせた。


 やはり首を捻るクレイブに。

 「今の金は……増えているか?」


 ますます首を捻り、自分のカードを確認して呟く。

 「増えてません……ね」


 「俺は今、間違い無く金を移動させたよな」

 そう言って、もう一度同じ事をした。


 「駄目です、増えません」

 

 俺は左手でヴィーゼを抱え。

 空いた方の右手でサイドカーの前方を思いっきり叩いた。

 「やられた……」

 その叫びと、叩かれた音で皆が俺に注目する。


 「クレイブ……お前は大佐にこの事を伝えろ」

 俺はヴィーゼを抱えたままでサイドカーを降りて、シュビムワーゲンに向かって歩き始める。

 「俺達は王都に戻る」

 

 慌てたクレイブが。

 「なぜ……何があったんですか?」


 チラリとクレイブを見て。

 「ロンバルディアが崩壊した」


 「何を馬鹿な!」

 声は荒げて居るが、顔は混乱しているクレイブ。


 「今、カードを確認したろう……このカードはもう使えない」

 そして、回りの子供達や二人の娘を指して。

 「奴隷でも無くなった」


 「有り得ない」

 吐き捨てた。

 「奴隷は奴隷だ」


 「ララ……胸の奴隷紋を見せてやれ」

 俺の奴隷達には、前の村で神父に奴隷紋は消してもらっているが……説明には手っ取り早い。

 

 ララの胸を凝視したクレイブは尚も叫んだ。

 「奴隷が奴隷で無くなっても、それがなぜロンバルディアの崩壊に?」


 「奴隷紋やカードの管理は城の地下に在る、魔法で管理されているのは知っているか?」

 頷いたクレイブを見て続けた。

 「ならカードが使えない今、城は落とされたって事だ」


 「そんな……」

 そして、首を振り。

 「いや、たまたまだ」

 バイクを降りて、俺の元に走り寄ったクレイブが俺のカードを掴み、何度も何度も自分のカードを当てる。

 「何でだ……なぜ反応しない」


 「今まで……こんな事は会ったか?」


 その問いに力無く首を振る。

 

 「そのカードはやるよ……もう意味も無い」

 俺は握られた手を振りほどき、カードを投げた。

 クレイブの胸に当たって、雪の上に刺さったカード。

 それを目で追っていた。

 「お前は急いでこの事を大佐に伝えろ」

 もう一度同じ事を指示する。

 「大佐の所の奴隷……何人居るのかは知らないが、それももう縛りが無くなって戦争どころでは無い筈だ、急いで事実を伝えれば対処が出来るかも知れん、だから急げ」

 

 俺はシュビムワーゲンの運転席に潜り込んだ。

 ヴィーゼは助手席、タヌキ耳姉妹は後ろだ。

 その後ろに声を掛ける。

 「信号弾は有るか?」

 戦場は突然の通信の遮断で大混乱の筈だ。

 何でも良いから合図を送れば、それで撤退を選択してくれれば有難い。

 そうでなければ、戦場に直接に出向いて指示を出すしかない。

 

 エノが手渡してくれたカンプピストルの中身を確認。

 赤色の煙の信号弾。

 「これで良いか……」

 と、それを空に打ち上げた。

 

 奴隷紋が効かない今は、他に通信手段が無い。

 エルフのヴァレンティナも通信に制限の掛かるヘルメットを被っているが、それも奴隷紋やカードと同じ城の地下で管理されていた。

 それを外して通信を行えば、敵兵にこちらの問題を伝える事にも為る……たぶんもうバレてはいるだろうが、それでも直接伝える様な行為は避けたい。


 「行くぞ……」

 本当は、もう自由だから好きにして良いと言いたいところだが……出来ればもう少しだけ付き合って欲しいと、それは口には出さなかった。

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