第260話 260 急襲
敵の戦車t-70軽戦車1両と歩兵。
それが突然に行く手を阻んだ。
普通ならそれは顔をしかめて逃げるが正解なのがだ、犬耳三姉妹は歓喜の声を上げて突っ込んで行く。
タヌキ耳姉妹は……アラ出た、とそんな感じだ。
顔をしかめたのは俺とララとヴァレンティナの三人だけ。
もう1人居る、サイドカーの運転手のクレイブは……敵の出現は想定していたとそんな顔だ。
そして、その想定は中佐もでしょうとニコリ笑う。
そんなクレイブ、雪の中を敵に向かって走り出す三姉妹を確認して。
「さあ、今のうちに逃げますよ」
と、ハンドルを反対に切ろうとする。
俺はそのハンドルの左に手を伸ばして、クレイブの方向転換を阻んだ。
「何してる、俺達も行くんだよ」
そして、驚いた表情を見せたクレイブが叫ぶ。
「せっかく囮に奴隷兵士が出たのに……なぜ?」
余裕を見せていたクレイブが豹変した。
俺の行動の意味がわからないと。
「何か勘違いをしているようだが、俺は子供達を囮に使う為に連れて来たわけじゃないぞ」
膝の上のヴィーゼをサイドカーの足元に押し込み、肩から下げていたmp-40を構え撃てる準備をする。
「奴隷兵士が居るのに、なぜ我々が危険な事を?」
コイツも奴隷兵士は死んでも良い捨てゴマとしてしか見ていないのか。
それはそうか、大佐でさえ売った男だ。
そんな奴に何を言っても理解は出来ないだろうから、端的にだ。
「俺も兵士だからだ」
そしてその一言にパニックに為ったクレイブは俺の掴んだハンドルを無理に曲げようと必死で暴れた。
「お前も、一般人では無いのだろう……逃げれば敵前逃亡で後ろから撃つぞ」
冷静な言葉で、諦めろとそう告げる。
「戦車ですよアレは」
「そんなもん、見ればわかる」
「そんな豆鉄砲で勝てるわけが無い」
「アレはt-70と言う戦車だ、定員2名のな」
「戦車の講釈は要りません」
そう叫ぶクレイブを無視して続ける。
「操縦手が1人ともう1人が戦車長と砲手と装填手を兼ねるんだ……だから未だに1発も撃ってこないだろう……奴等も今は慌てているんだ」
一息着いて。
「弾を込めて……ソロソロ1発目か?」
t-70の砲塔がやっと動き始めた。
そして照準に迷っている。
ジグザグに上下に動く三姉妹が照準器から外れるのだろう。
「イナとエノ、戦車の上から確認の為に顔を出したヤツが居たら撃て」
「わかってる」
二人は後方で停まってシュビムワーゲンの上に立ち上がっている。
「ララとヴァレンティナはゴーレムを出せ」
ケッテンクラートの後ろに座る2体づつの土塊ゴーレムだ。
「真っ直ぐに戦車に向かわせろ」
それぞれは、二人が管理している。
「二人は俺の後ろに来い、三姉妹の援護だ」
ドンと砲撃音が響いて三姉妹の丁度真ん中辺りの雪と土を同時に吹き飛ばした。
「外れぇ」
「そんな適当じゃあ当たらないよ」
「見えてないもんね、アレ」
もう敵の戦車の弱点もわかっている三姉妹。
ソ連の戦車はとにかく視界が悪いのだ。
二人しか居なければそれは特に顕著だ。
狭いスコープか覗き窓だけだからだ。
パンと後ろからの音。
戦車の後ろに居たスキーを履いた男が1人倒れた。
エルフの能力を使って、戦車長に状況を見せようとして覗き込んだ所を撃たれた様だ。
そして、同時に悲鳴が聞こえる。
敵のでは無くて、クレイブだった。
尚も抵抗してハンドルに力を込めようとする。
と、俺の足元のヴィーゼがスルスルと俺の体を伝ってバイクの後ろに立った。
「おじさんは逃げるの?」
後ろから巻き付く様にしてクレイブを掴み、右手は首元に在る。
「その子の手刀は良く切れるぞ、風のナイフだから」
今度は声に為らない悲鳴。
少し可哀想に成ってきたので。
「心配するな、誰1人死にはしない……敵以外はな」
「ホントでしょうね」
スパイと言っても2重スパイは殆どが内勤だ、平和な所で情報のやり取りだけだからだ。
今回の大佐の随伴も、戦場自体も始めての経験な筈だ。
それでも警察軍の訓練は受けていた筈だし、大佐の所から俺の所まではスパイらしく警察軍らしく上手くやって居たのだが。
それは、逃げるに徹するだけの技術を研いたか?
グズグズしている俺達を4体のゴーレム達が雪を掻き分けて通り過ぎて行く。
「うわ、あの子達に抜かれるって……情けなくない?」
ヴィーゼが呻いた。
そんなに足の速くない土塊ゴーレム、力が有るので雪のハンデは無いのだが、どんなに頑張った所で俺の速足程度のスピードだ。
雪のハンデのバイクよりもはるかに遅い。
だが彼等には速さは求めていない。
敵の狙いの数を増やす為のデコイだ。
そして、その遅さが依り敵の注意を引いている。
どんな生き物の目も左右に動くモノよりも真っ直ぐ一定のスピードで来るモノの方がより注視しやすい。
詰まりはデコイとしても優秀なのだ。
ドンともう一度の砲撃。
今度はゴーレムに直撃した。
流石に戦車砲には耐えれない様だ、頭と肩を吹き飛ばされてその場に倒れ込んだ。
雪に埋もれてピクリとも動かなくなった土塊ゴーレム。
残った3体はそれでも気にせずに進む。
「的が減ると俺達が狙われるぞ」
その一言で、狂ったように敵に向かって走り出したクレイブ。
顔は見ていないが多分泣いているのだろうと、そんな雰囲気だ。
ゴーレムの死にでは無くて、自分の置かれた今の境遇にだろうけどな。
だが、敵に向かってくれるなら何でも良い。
俺は倒されたゴーレムのカタキだと、胸の前に構えたmp-40を撃ち始めた。
もちろん9mm弾が戦車に効く筈はない。
狙うのはその後ろの狙撃兵だ。
とはいえ、倒すのが目的でもない。
狙いを定めさせない様に牽制するためだ。
「クレイブ、戦車を遠巻きに回り込め」
「わかった」
返事を返したのはヴィーゼ。
サイドカーを運転しているのはクレイブだが、そのクレイブを操縦しているのはヴィーゼの様だ。
俺の撃つ弾が、カンカンカンとt-70を打つ。
戦車の後ろに隠れている奴の牽制なのだから、その辺りに弾を撃ち込めば自然と戦車にも当たる。
と、戦車のハッチから顔を覗かせている者が目に入った。
一瞬だったがハッキリと見えた。
その戦車長の額に穴が空いて、ストンと中に落ちていく。
側面に回り込んで鬱陶しく弾を撃ち込んで来た俺達がどうしても気になったのだろうが、それが運の付きだったようだ。
そして、その事に気付いた後方の歩兵の1人が戦車に登ろうとする所をまた撃たれた。
戦車長の代わりに砲手と成ろうとしたのだろう。
だが、バラ弾の俺と違ってイナとエナの狙いは正確で確実だ。
不用意に体を晒せば必ず撃たれる。
そして、目立つ所に立っているのだがその姿は敵に認識されにくいので狙われている事にすら気付けない。
そして、これで戦車が沈黙した事に成る。
砲手が居なければ戦車砲は撃てない。
「一気に行くよぅ」
「私は手榴弾」
「じゃあ、私が戦車にトドメを刺す」
三姉妹はモンキーを左右に振るのを止めて、真っ直ぐ加速させた。
エレンはstg44を左手一本で準備をしている。
アンナはM24柄付手榴弾を口に咥えた。
ネーヴは背中のランドセルに刺していたファウストパトローネ30を確かめて居る。
「援護だ」
俺はその動きに合わせて叫んだ。
反応したのはララとヴァレンティナ。
同時にmp-40を連射し始めた。
その二人はケッテンクラートの雪上での機動力を生かして俺の直ぐ後ろにまで来ていたので、角度的には三姉妹とは被らない。
その上で、俺と合わせて3人が回り込み、同時に撃ち込んでいるので敵も顔すら出せない状態だ。
「よし勝てる」
俺がそう叫んだと同時に、敵の戦車が急に動き出した。
三姉妹を引き殺そう戦車を加速させる。
砲が撃てないならとの判断だが、それによって後方に隠れていた歩兵達は慌てる事に為る。
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