第259話 259 雪上戦


 雪の積もる小高い丘の上までサイドカーを移動させたてくれたクレイブ。

 俺の膝の上に座る獣人の子供が何を出来るのだろうかと考えている様だ。

 何も言わずに黙ってこちらを見ている。


 俺はそれには答えるのも面倒だと無視を決め込んで。

 「では……頼む」


 頷いたヴィーゼは、俺の膝の上に立ち上がり……そして目を瞑る。

 キョロキョロ。

 「何も居ない……」


 俺はクレイブに向き直って。

 「大佐の村の方向は?」


 それに答えて指を差した。

 黙っているのは、邪魔をしない為だろう。

 それとも何をしているのかを探っている最中で、余裕が無かったか?

 

 まあそれも、じきにわかるだろう。

 ヴィーゼの能力はわかりやすいいしな。

 俺はそのヴィーゼの頭を両手で掴んで、クレイブの差した方向に向ける。

 

 「何も無い」

 そうかと頷いた俺は、そのままで後方……今来た方向にユックリと動かす。

 「何も無い……雪の地面だけ」


 「わかった、もう良い」

 ヴィーゼの頭を撫でながら。

 今度は後ろのヴァレンティナに。

 「ここからポリーナやエルに念話は届きそうか? 出来ればペトラが有難いのだが」


 「大丈夫です、みんなとは繋がっています』

 頷いたヴァレンティナを見て。

 「みんな、作戦開始だ』

 一呼吸を置いて。

 「ペトラ、今のヴィーゼの見たものを見ていたか?』


 『はい、何も無い雪景色でした』

 その返事にも頷いた。

 「そこから25km前進しろ……その間に敵は居ない筈だが一応は注意して進め』

 

 「なぜそれがわかります?」

 クレイブが我慢が切れたのか俺にたずねた。


 「後ろに回ったんだから敵も自走砲だろう? su-76あたりだと踏んだのだがそれだと射程は、俺達のヴェスペと変わらん10km程だ……それよりも長射程の自走砲も有るが、弾が少な過ぎて補給ありきに成るので追撃には使い難いだろう」

 その説明にはあ……と、納得していない顔だ。

 「それに、仮に長射程が居たとしても、大佐の部隊にはグリーレかヴェスペしかないともうバレているだろうから、その射程外の15km地点に居るんじゃあないかな」

 それでも首を捻っている。

 その距離を俺が明言出来るのが不思議でならない様だ。

 

 まあ、簡単な話。

 バルタは音で敵がわかるのだ、コレだけ派手に撃っていれば敵の方角も距離も筒抜けなのだし、第一ヴィーゼの目も有るのだから少なくとも25km地点までは安全な筈だ。


 「わからないなら、それでも構わないが……もう先に進んでも大丈夫だぞ」

 俺は、大佐の村の方を指差した。

 「途中、また停まって様子見はするけどな……それはまたその時だ」


 

 2度目のヴィーゼの出番。

 街を出て丁度、1時間程の所。

 モンキーやサイドカーの雪上での速度は30km程も出ていない筈なので、寄り道も含めてここが中間地点の筈だ。

 「何か見えるか?」

 

 「まだ……何にも』

 ヴィーゼも首を振るだけ。


 「聞いたか?』

 序に見たか?

 ペトラ達に連絡を入れて。

 「そこからは注意を怠るな……戦車が居なくても歩兵が居るかも知れないぞ』

 雪の上で白いシーツでも被られたら、ヴィーゼの目も誤魔化されるかもしれん。

 

 

 そこから20分後。

 「見えた!』

 3回目のヴィーゼの目が敵を捉えた。

 「良くは見えないけど……砲撃の煙が上がってる』


 『はい、私にも確認出来ました』

 念話で返してきたのはペトラ。

 ヴィーゼの見た画を念話で読み取ったとそう言うことだ。

 『それに、バルタさんも頷いてます』


 「エル……敵との距離はどれくらいか読めるか?』


 『5kmまで来た』

 見えもしないのにエルにはそれがわかる。

 やはり狐の磁気を感じる能力なのだろうな。

 

 「そこから一斉射撃だ』

 敵はまだ気付いて居ない今なら奇襲に成る。

 「戦車部隊は突撃を開始しろ……3突と歩兵は少し遅らせて後に続け』

 

 その俺の掛け声と共に砲撃が始まった。

 コレは味方の砲撃だ。

 

 「敵の近くで爆発してる』

 ヴィーゼも少し興奮してきた様だ。


 「マンセルは敵から直接にまみえる必要はないぞ……バルタに敵を探させろ』

 

 『はいよ、t-34も居るんでしょう? そんなのワシ等だけでは無理ですよ』

 それはそうだ。

 俺だって嫌だ、戦車の格が違い過ぎる。

 だが、心配するな。

 敵の戦車部隊はもっと前にいる、大佐の村を囲って居る筈だ。

 味方の自走砲を護る為にも5kmは離れている筈だ。

 それは詰まりはマンセル達が敵の自走砲部隊にぶつかるのが早いかの競争だ。

 しかも大佐の部隊と交戦中ときている、コレは一気に叩けるチャンスだ。


 「大佐は黙って撃たれているだけの筈もないよな?」

 俺は笑ってクレイブにたずねた。

 「そうですね、そんな出来た人間では無いでしょう」

 撃たれれば撃ち返す、それが大佐だ。

 そうでなければタイガー戦車なんて選ばないだろう。

 もちろん、暴動の種のフェイク・エルフは足枷には為るだろうが、それは敵も同じ事。

 大佐はおおぴらに攻めに出れないが、敵はど真ん中に大砲を撃ち込めない。

 微妙な力関係のその隙を突く俺達には好都合だ。

 

 「よしもう大佐の所に真っ直ぐで良い」

 そうクレイブに告げて、サイドカーを走らせた。

 

 『撃ち返して来るわよ……反撃に備えて』

 エルの叫びも聞こえてくる。

 『走れ走れ走れ、敵は同じt-34だ! 撃ち負ける事は無い』

 コレは軍曹か?

 少ないt-34を選択したようだ、目立ちたいのか敵に紛れるからなのかはわからないが……味方に撃たれるなよ。

 まあ目立つ様に十字の印は大きく入れては居るから大丈夫だとは思うが。

 『3突部隊は横一列を乱すなよ、何があっても後方のトラック部隊とバイク部隊は守り抜け』

 ヤニスも自分達の仕事を理解している。

 回転砲塔を持たない3突は、前を行く戦車の横や後ろに回り込もうとした敵戦車の殲滅と後方の歩兵を最前線に確実に届けるのが仕事だ。

 決して前に出すぎてはいけないのだ。


 その歩兵部隊を仕切るナディアは静かだが、基本は獣人部隊だ、白兵戦に備えて出番を待っているのだろう。

 みんなバルタよりも年上なのだから、きっとそれなり以上に強い筈だ。

 草食系も多いがそれだって弱い筈が無い。

 鹿と犬なら、夜道で出会って怖いのは鹿の方だ。

 と、三姉妹の方を覗くと。

 なにやら後悔をしている風。

 アッチに混ざりたかったとウズウズしている。

 「駄目だぞ……ここからじゃあ遠すぎると思うぞ」

 一応は一声掛けておこう。

 言っとかないと黙って走っていきそうだ。


 「わかってるよ」

 「私達の仕事はパトを守る事」

 「アッチは……楽しそうだけど、今更だし」

 未練は隠さないのかと、呆れて半笑いだ。

 

 「大丈夫だと思いますよ」

 クレイブがその会話に割って入ってきた。

 

 それと同時に後方から銃声。

 「ホント、出てきたみたい」

 エノがシュビムワーゲンの助手席に立ち上がり銃を構えている。


 遠くに見える敵は雪を背負ったt-70軽戦車。

 「何でこんな所に軽戦車だ?」

 

 「雪に隠れて居たみたいね」

 もう一発を撃ったエノ。

 戦車にkar98kでは立ち向かえ無いだろうと、叫び掛けた俺の横にライフル弾が着弾した。

 慌てた俺は何処からだ? と、弾道を遡る。

 

 t-70の後ろにスキーを履いた歩兵が隠れていた。

 手にはシモンナガンにスコープを付けている。

 敵の狙撃兵だ。

 俺達も敵の本隊を避けて回り込んでいる。

 狙撃兵も自軍に近付く奴を狙ってか、本隊とは離れている。

 それにぶつかったか。


 人数は見える範囲で4人。

 そんな中途半端な人数のわけはない。

 少ないなら3人だが、もう4人は見えている。

 なら戦車の後ろに後2人か?

 3人3人の2交代か、半分は歩兵か、はたまた移動中に出くわしたかだ。

 とにかく人数はまだ居ると思っておいて損はない。

 

 「戦車は任せて」

 三姉妹は同時に飛び出した。

 雪の厚みを利用して、上下に跳び跳ねる様にモンキーを操っている。

 速度自体は出ては居ないが、アレでは狙撃は難しいだろう。

 スコープが逆に邪魔に為る。


 それに三姉妹を撃とうとすれば、戦車の影から出る事に為る、それはイナとエノの良い的だ。

 こちらは二人だが、スコープ無しでも狙撃出来る。

 撃った後の次弾は圧倒的に早い。

 

 問題はやはり戦車砲だが、瞬時にバラけた俺達を狙いあぐねている。

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