第9話 009 盗賊


 「あんた……凄いな!」

 親父が戦車から頭を出して外を見ていた。


 俺は外の予備燃料タンクにライターをそのままドブ着け。

 「雑巾か何かは無いのか?」


 「ああ、工具箱の中に有るよ」

 そう返事だけ。


 その工具箱は何処だ?

 戦車の背後に適当にくっついている幾つかの金属の箱を開けていく。

 二つ目で見付けられた。


 「空を飛んでる魔物を一発で仕留めるなんて……」

 親父が見ている先には砲撃で腹をぶち抜かれた魔物の死骸。


 ガソリン臭く成ったライターを拭いて、やっと火が着けられた煙草を咥える。

 「うん……旨いな」

 砲塔に腰掛け、煙を吐いた。


 「あんた行く宛が有るのかい? 無いなら俺と組まないか?」

 捲し立てる親父。

 「この戦車で一緒に戦おう」


 「いや……村に行かないと」

 行く宛で思い出した。

 「この先に毒を食らって倒れているヤツが居るんだ……毒消しが無くてね」


 「そいつは……仲間か?」


 「いや、他人だ……名前も知らない」

 煙草を吹かしつつ。

 「お使いを頼まれたんんだ」

 

 「毒気しか? それなら有るぞ」

 そう言って戦車の中に戻る。

 ゴソゴソと探しているようだ。

 「有った、これだ」

 再び出てきたその手に小瓶が握られていた。


 「それ……売ってくれ」


 「やるよ」

 小瓶を放って寄越す。

 「良いものを見せてくれた礼だ」


 「助かる」

 そう言って俺は戦車から飛び降りた。

 前に回って。

 「返すよ」

 と、ライターと煙草を差し出した。


 「いいよそれもやるよ」

 手を振り。

 「で、場所は何処だ?」


 「何がだ?」


 「倒れている男だよ」

 戦車を親指で指して。

 「乗って行な送ってやる」

 


 

 しかし、戦車ってのは振動と揺れが酷いな。

 まあ、優雅な乗り物って訳じゃ無いのはわかるが……酷すぎる。

 乗り物には強い方のこの俺でも酔いそうだ。

 そして、この匂い……。


 「なあ、やっぱり一緒は駄目かい?」

 瓶を片手にそればかりだ。

 

 「前を見て運転してくれ」

 これも何度目かの注意。

 「それに……ソレ」

 瓶を指差す。


 「お前さんも呑むかい?」

 瓶を差し出す。


 「いらないよ、酒だろ?」

 キツそうに見える酒だ。


 「何だよ呑まないのか? 面白くない」

 らっぱ飲みで呷って、空瓶を後ろに転がした。


 「飲酒運転は駄目だろうに」

 見れば床に砲の空薬莢と共に幾本かの酒の空瓶も転がっていた。


 「良いじゃねーか固いこと言うなよ」

 肩を竦めて。

 「ドワーフに酒は付き物だ、こんなもんで酔わないよ」

 

 ドワーフ……。

 ……。

 本当の本気で異世界なのか?


 「見えたぜあの木だろ、根本に一人見えるが、あの男か?」


 「痺れて動けないんだそうだ」


 「……もう毒消しも必要無さそうだぞ」

 声のトーンがいきなり落ちた親父。


 「どう言う事だ?」


 「見てみろ……腹だ」


 俺はハッチを開けて、遠目に見える男に目を凝らす。

 腹に何か刺さっている。

 そして、探した。

 「花音が居ない!」


 「花音?」

 

 「小さな娘だ……留守番に残したんだ」

 

 「そりゃあ……不味いんじゃないか?」

 

 

 

 慌てて駆け付けたのだが木下の男の側には花音が見つけられない。

 そして、その男の腹に刺さっていたのは槍だった。

 右手には拳銃。

 既に死んでいるとはわかってはいたが。

 槍を引き抜き。

 「何が有った!」

 答えられる筈も無いのだが聞かずにはいられない。

 「花音はどうした!」


 「こりゃ……賊に殺られたな」

 親父も戦車から降りて辺りを確認したらしい。

 「戦車からは影で見えなかったが……こっちにも死体が転がっているぜ」

 見れば、汚い成りの男の死体。


 「駄目だな娘さんは……見付からない」

 

 だが、その親父の言葉は脳の表層を掠めただけだ。

 その時、俺の脳は別のモノを見ていた。

 抜いた槍の持ち主の記憶。


 ……。

 槍を携え草場に潜む。

 その見ている先には木下で休む男と側に立つ少女。


 花音とこの男だ。

 少し俺の意識が混ざる。

 だが、次第に深くに入り込んんで来る槍の意識。


 「若頭……あの娘、土産にしようぜ」

 槍の男は背後の別の男に小さく声を掛けた。

 その背後の男が若頭。

 そして、その若頭の背後には数人の男達、皆それぞれ剣なり槍なりの武器を携えている。


 「それで今回の失敗が帳消しには成らんだろうが……親方も少しは……」

 苦虫を噛み潰した顔で、槍の男。

 「余り時間も無いしサクッといこう」


 「銃は使うな……娘に当たればもったいない」

 それに頷いた後ろの若頭が、背後の者に。

 「商品に傷が着く」

 

 失敗とは、貴族の娘の誘拐計画。

 半年以上を掛けて屋敷の下働きを抱き込み。

 借金漬けでの無理矢理だが。

 

 そいつの情報で、馬車で移動するその時を待った。

 今の御時世で馬車なんて物の使うのは貴族ぐらいだがそのお陰で仕事がやり易い。

 車は止めるのが厄介だ。

 昔ながらの盗賊の流儀が通用しない。

 皆、盗賊が目の前に現れれば止まる処かアクセルを踏みやがる。

 その点、馬車は馬を脅せば止まってくれる。

 実際に簡単に止められた。

 

 そこまでは順調。

 時間は掛かったが簡単な仕事の筈だった。

 その時間も、待つ間は町で遊んでいられたので仕事らしい仕事は最初と最後だけの……とても良い仕事の筈だったのに。


 止めた馬車から出てきたのは国防警察軍の奴等だった。

 

 下働きが裏切りやがったようだ。

 幸い馬車は小さい、それに乗れる人数も知れている、数で勝る俺達が圧倒出来たのだが……。

 そんな待ち伏せをするくらいだ、俺達の存在も知れてしまっているだろう。

 時期にアジトに国防警察軍が雪崩れ込む事に為るのは自明の理。

 時間的猶予は半日か?

 奴等は軍隊でも有るのだ、事前に準備しておいた所でその行動は時間が掛かる。

 早くて半日、運が良ければ丸一日。

 先回りもしていない筈だ。

 確証が無かったのだろう、だから数人の警察兵を馬車に忍ばせた。

 使い捨てに成る可能性も含めても盗賊が襲ってくる確率は低いと見ていた筈だ。

 情報源が下働きでは余り信用もされないか。

 それでも適当にあしらわなかったのは……多少は気になった……そんな所か。


 だが、実際に仲間が殺されては奴等は本気に成る。

 さっさとアジトを引き払って逃げるのが良い。

 その連絡に一人、足の速い奴を走らせた。

 バイクでも有ればもっと良かったのだが。

 車にしろバイクにしろ、ガソリンで動くモノはまだ珍しいので足が着きやすいので躊躇われたのが。

 高価なガソリンを買うヤツの事は店のヤツも顔を覚えるしな。

 だが、失敗しては足も糞もない。

 迂闊だった。

 今回の計画は坊っちゃん若頭の案だが。

 安直だとは思ったのだが……盗賊としてはオーソドックスだと納得してしまったのが間違いだ。

 遊び半分で若頭の相手を適当にしていりゃあと、軽く考えちまった。

 そして、うまく立ち回らないと若頭の分まで責任を被せられる事に成りそうだ。

 冷や汗が止まらないぜ……。


 「行くぞ」

 そう叫んで立ち上がった。


 一気に木下の男を目指して走り寄る。

 「誰か娘を捕まえろ!」

 適当に指示。

 それに後ろで「おう」と誰かが答えた。

 

 その時、銃声が響く。

 木の下に居る男の右手に握られた銃が細い煙を上げていた。

 「あいつ、俺達を確認せずに撃ちやがった」

 だが、槍の男はそれでも止まる気は更々無かった、走り続ける。


 更に銃声。

 先頭の槍の男の頬を銃弾が掠める。


 立ち止まった槍の男。

 その場で槍を投げた。

 同時に銃声。

 槍は木下の男に。

 銃弾は槍の男の額に、それぞれが命中した。

 

 ……。

 槍の意識はここで終わった。

 最後は、少しだけ笑っているようにも感じられたが……。

 どうだろうか?

 

 暫し呆然としてしまった。

 今のがシャーマンの力か?

 ライターの時とは違い、持ち主が見たそのままが見えたが。

 何かの条件付けがあるのか?

 それとも俺の意識の方向付けで決まるのか?

 どちらにしても、今の俺にはそんな力が有るようだ。

 その確証を得た気がした。

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