第21話
星花女子学園には、風紀委員も恐れるグランド
7つの大罪から取ったとも、別の伝説から引用されたともされる、恐るべき少女たち。
その第4階位(この階位は学園への脅威度を表したものではない)が中等部2年、裏沢ムム。遠い南の島からやって来た、文明の常識に縛られることのない、もんすたーである。
「あ、シズルなんだか、元気無いのだ? サメ食うか?」
「食べません!? ちょ、サメを押し付けないで下さいます? ああっ、鮫肌がザラザラする!?」
海から上がってくるなり、生け捕りにした4、5m級のサメを押し付けてくる裏沢ムム。
長い白の髪に、褐色肌の幼い肢体には水着も纏ってない。すなわち全裸。
そしてサメは大人しそうだが、口がとても大きい珍しい種類……。
「もうどこからツッコめばいいやら!? とにかく服を着なさい私サメは食べないから押し付けないでメガマウスは逃がしてあげてぇぇ!?」
正直言って、苦手な相手だ。宮子たち他の問題児が、主にえっちな方面で問題なのに比べ、彼女、裏沢ムムはまた毛色が違う。
純粋無垢で悪気は無いが、あまりに文明社会のルールを知らな過ぎる。
「えー、こいつはムムが捕まえたのだ。生殺与奪、思うがまま、なのだ!」
「また難しい言葉を知ってますね……。とにかくほら、お昼はバーベキューもやりますから。食べるならお肉になさい。ね?」
サメより美味しいですよ?とムムを説得。
どうにかメガマウスを逃がしてあげる。
海へ帰っていくサメへ、ばいばーいと手を振るムム。
静流は盛大にため息を吐いて……もう一つ、大事なことを指摘する。
「で、貴女。水着は! 水着はどうしたのですかっ!?」
「シズルは海を
「普通はサメと戦いませんからー!?」
全裸でえっへんと胸を張るムム、小さな日本の常識など通用しない。
「そんなこと言って貴女、学園に初登校の時も裸でしたわよね。服を着たくないだけでしょう!」
「うん! 服は窮屈で嫌いなのだ!! とくにパンツは!!!」
「開き直らないでください!? ああっもう、何か隠す物は……!?」
静流も自分の水着と、麦わら帽子だけなので、ムムの裸を隠せない。
混乱していると、
「あらー。雪川さんてば中等部の子を裸に剥いちゃうなんて。エッチなんだから♡」
やって来た宮子に、からかわれる。
「なっ、誤解! 誤解ですよ!?」
「ふふ、冗談よ。それよりムム? ほら、わたくしのタオルを羽織りなさい」
大きめのバスタオルを、ムムに被らせる宮子。
グランド問題児の後輩は、タオルの香りをくんくんと嗅いで、
「おおー、宮子のいい匂いなのだ。気に入ったのだ♪」
服嫌いの南国少女が、衣類とは呼べないまでも、素直に身に纏ってくれた。
それを見て静流、ちょっと面白くない。
「……手慣れてますね。火蔵さん、まさか貴女、その子にまで手を出してるんじゃ?」
「ばかね。すぐ裸になる子よ? さすがにムードも何も、有ったものじゃないわ」
くすくすと笑う宮子に、静流も納得……そして、大事なことを思い出した。
ビーチバレーで逃げてしまったこと。宮子へ、思いきり頭を下げる。
「ごめんなさい、さっきは。火蔵さんがあんなに燃えてたのに」
「ああ、別にいいわよ。冷静に考えたらわたくし、優勝賞品も興味無いし」
ひらひらと手を振る宮子、さして気にした風も無い。
それがまた、本当に「何でもないこと」のようで。静流の劣等感を刺激する。
あんなにも「特別」な、百合葉や
バスタオルを纏ってはしゃいでるムムにしても……こんな、非日常の塊みたいな子を軽くあしらえるのも、やっぱり、宮子が「特別」だから。
……自分とは、違うから。
「私、火蔵さんとチーム組んで、浮かれてて。自分も、特別な人になれた気がして……!」
胸の奥から湧き上がる劣等感が、本音を押し出させる。
ぽろぽろと、砂に落ちる涙と一緒に。
「でも、やっぱりダメなの。私は『普通』で、何も出来なくて。怖くなっちゃって……!」
どこにでもいる、ありふれた人間。何の取り柄もない、世界から見れば、きっとモブキャラ。
もし、今日、この世からいなくなっても。世界は変わらないだろう。
家族や、友人……何人かは覚えていてくれたとしても。きっと地球は、変わらず回り続ける。その程度の、ちっぽけな存在。
それが嫌で嫌で、
「私、火蔵さんが羨ましい。貴女みたいに、『特別』でありたい……!」
喧騒から離れ、波の音だけが聞こえる、夏の浜辺で。
思いの丈を吐き出した静流へ、宮子は困った顔をして。
やがて、怒ったように腰に手を当てて、
「……何よぅ。わたくしにとって『特別』なだけじゃ、不満ってわけ?」
静流が、宮子の言葉を理解するまで。波が何度も打ち寄せた。
「……え。えぇ!? えぇぇー!?」
今までにも無いくらい赤面する静流へ、宮子はちろと舌を出しながら、
「ふふ、照れちゃって可愛い♡ やっぱり雪川さんが一番、特別なオモチャだわ。からかいがいが有るもの」
「お、オモチャ? そ、そうですよね、恋愛的な意味じゃなくて。良かったぁ……って、喜ぶところでもありません! 誰がオモチャですか!?」
オモチャ扱いに怒ってるようで、だのに顔はどうしようもなく嬉しそうにニヤけちゃってる静流と、くるくる砂浜を回って、じゃれる宮子。
そんな乙女たちを見て、裏沢ムムは、
「ムム知ってる……! これは『夫婦』というやつなのだ!」
しかし宮子、すぐ、悪戯を思い付いたような小悪魔顔で、
「……けど、これも貸しひとつね。期末の、お風呂一緒に入る約束と合わせて……何をしてもらおうかしら♡」
「うぅ、何でもします。……えっちなコト以外は」
そう約束を交わしながら、ビーチバレー大会の終わった浜辺へ戻る。
真夏の太陽の下、お肉や野菜の焼ける音に、美味しそうな匂い。
星花女子学園の生徒たちも、いつにも増して賑やかだ。
「あっ、おい
先ほどの試合相手、2年の下村紀香が、皆の肉と野菜を焼きながら、
「
1年2組の学級委員長、御神本美香の皿に、ひょいひょいとピーマンを乗せていく。
「お、横暴ですわー!?
妹の御神本沙羅へ助けを求めるが、
「だめですよ、お姉さま。運動の後は、バランスの良い食事を取らなくては」
「……肉奉行なのだな、下村殿は」
程よく焼けた玉ねぎを皿に乗せられ、2年の
「やれやれ、面倒見がいいというか」
そして他の卓では、猫耳カチューシャを付けた(外し忘れた)、1年3組の猫山美月、
「むー。お肉もお野菜もいいですけど、お魚が食べたくなってきますね」
その不満を聞いた1組の天才少女、柳橋美綺が、栄養ゼリーみたいなパックを差し出す。
「じゃあ、これなんてどう? JAXAがくれた試供品でね、宇宙食『鯖の味噌煮』だよ」
ちゅうちゅう吸ってみる猫山さん、
「……フリーズドライですね。パサパサするのです」
「ふふ、そんな君にイチ押しが、『香茶花伝・ワサビ昆布茶風しょうゆフレーバー』さ! 一緒に飲むと美味しいよ」
「えぇー、聞くからに不味そうなのですが……合う!?」
そして、午前もお昼も、一番元気なのが彼女。
1年3組、現役アイドルの
「んー、お肉食べたら、なんか走りたくなってきたわ! よぉーし、お昼のアイ喝(アイドルとして自らに喝を入れる行為)、行ってみよっか☆」
「わはは、美滝さんは元気だな! よし、僕も走るか!」
1組のヒーローこと塩瀬日色も、釣られて走る気に。
「お、ひーちゃんも走る? じゃあ、せっかくだし、せらぴーも誘おう!」
そう言って百合葉、1年1組のアーチェリー部員、岸野
「ええー、食べてすぐとか、脇腹痛くなりそう」
強引な百合葉に困りつつ、星来、悪い気はしないようで、
「……はぁ。このガッツの半分でも、うちの先輩たちに有ればなー」
と、日色のルームメイトで独占欲の強い、宵闇鈴香が、ニコニコと、目だけが笑ってない怖い表情で、百合葉に立ちはだかるが。
芸能界で鍛えられた百合葉のメンタルの前には、そよ風なのだ。
「あっ、貴女も走りたいのね! うんうん行こう!! 海辺を100周しよう☆」
きらきら満開のアイドル笑顔で、無理やり宵闇さんも引っ張り、走り出す。
「ちょ、ボクはそんなつもりは……ああっ、まったく人の話を聞かないな、このアイドル!?」
「む、無理はするなよ宵闇さん……?」
「止めてあげたほうが、いいんじゃない?」
そしてアイ! 喝! アイ! 喝! と、百合葉の元気な掛け声に、宵闇さんの悲鳴とが海辺に響き渡る……。
騒がしい、とっても騒がしい、バーベキュー。
その様を見ながら、静流は、風紀委員としては
「自由時間ですものね。今は、風紀委員を封印ですわ」
特別な、輝く星々みたいな個性が集った、この星花女子学園。
静流にとって、憧れても届かない、星の輝きは……時に、彼女の心を
それでも、美しいと思った。
やっぱりここが、私の居たい場所。
自分は、この学園が好きだ。
ふと、隣を見上げると、
「ふふ。……楽しいわね」
きっと静流とは別の理由で、でも同じくらい、星花女子学園を大切に思ってる、宮子の笑顔。
その一番星を見上げ、静流は照れながら、そっと呟いた。
「ええ。でも、私にとって、この学園が『特別』なのは」
貴女がいるから、かも。
そう絞り出した言葉は、波が飲み込んで、連れて行った。
※ ※ ※
【後書き】
今回初登場のゲスト
・岸野星来 早見春流様「星来る夜くるみの木の下で」登場 ノベルアップ+連載中
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