第49話

 晴れ渡る青空。

 校庭に設けられた特別ステージの周りには、異常なまでの熱気が渦巻いている。

 百合葉と「クリスタル*リーフ」のライブは、天寿の全面バックアップで、世界の約200ヶ国地域に動画配信。

 同時中継を、世界中が固唾を飲んで見守っている。


 ライブ前、最後の打ち合わせを終えて。

 ステージの袖で、深呼吸する百合葉。その肩は、微かに震えている。


(おかしいな。ドームでのライブだって、緊張なんかしなかったのに)


 その肩に、ぽんと手が置かれる。

 振り返れば、「クリスタル*リーフ」の2人、水上晶奈と、花園彩葉。


「大丈夫だよ。貴女の想い、歌に乗せて、私たちに、ぶつけてみせて。星花の先輩だもん、全部受け止めてみせるから」


「さあ、お客さんたちが待ってるわ。私たちのキラキラ、満天の星を見せてあげましょう。……あの人の分まで」


「……はいっ!」


 そして、開演のブザー。雪川静流のアナウンスと共にスモークが噴射され、音楽と共に3人はステージへ飛び出した。


「「元アイドル研究部所属! スクールアイドル、『クリスタル*リーフ』と!」」


「ゆりりんでーすっ!!」


 学園中が、いや動画で見ている世界中が揺れるほどの、大歓声。

 けれど。


「……あれ?」


 最初に違和感を覚えたのは、柳橋美綺。そして「疾風はやて」の5人と観ている、下村義紀氏など、百合葉と親しい人々も。


「なぁんか、いつもより、かてーよな?」


「うん……」


 観客に紛れて見守っている、南原みなはら美緒奈みおな水志摩みずしま詩織。

 同じユニット「mizericordeミゼリコルデ」で、誰より「アイドル・百合葉」を側で見てきた2人には、特に。

 些細な、ほんの些細な影だけど……いつもの元気爆発な百合葉じゃない。

 隣で歌う「クリスタル*リーフ」の2人も、そんな百合葉を心配してか、どこか、ぎこちないような。

 動画で見ている人たちには、まだライブの初めだから、緊張が有るのだろうとぐらいにしか、思われてないけれど。学園で、生で見ている観客には、少しずつ……波のように、ざわめきが広がっていく。いつもと、違う。


 ライブを理事長室から見守る、星花の理事長にして天寿の若き社長、伊ヶ崎波奈はなは、唇を噛んだ。


「百合葉……」


 この合同ライブを実現へ導いたのは、彼女……理事長だ。百合葉と「クリスタル*リーフ」。理事長の思い描く、星花の理想の少女像を、彼女たちなら体現してくれると信じて。

 それが、また百合葉を苦しませてしまうなんて。


 ステージで、笑顔なのに、どこか泣きそうな百合葉を見て。

 美緒奈が、サングラスを取った。


「にひひ。しっかたねーな。ゆりりんってば、ああ見えて泣き虫だかんな」


「みおにゃん、まさか……飛び入り参加するつもり!?」


 詩織がたしなめる。このライブはあくまで学園祭のイベント。

 星花の生徒である百合葉や卒業生の「クリスタル*リーフ」はともかく、外部の美緒奈と詩織が出演したら。

 「mizericordeミゼリコルデ」のメンバーが勢ぞろいするとなったら……天寿以外のスポンサーが、黙っていないのではないか。

 その言葉に、美緒奈は不敵に笑う。


友達ダチのピンチに駆け付けねーで、アイドル名乗れないっしょ?」


 そう言われたら、詩織も笑って、サングラス外すしかない。


「仕方ないにゃー。……やりますか!」


 観衆を掻き分け、前へ、前へ。

 ふと、美緒奈が呟く。


「これってさ。英国イギリスでも、観られるんだっけ」


「……うん。配信されてるよ」


「……そっか」


 一度だけ、振り返って。


「見せ付けちゃおっと……!」


 かつてのメイド喫茶の仲間たち。今は遠い空の下にいる、大切な人へ、想いを馳せて。

 南原美緒奈は、にかっと笑った。


「あたしたちも!! 目立たせろぉぉぉー!!」


「やっほー、ゆりりん。私たちも、歌っちゃうよー」


「えぇぇぇっ!? みおにゃんに、しおりんも……!?」


 歓声が、爆発した。サプライズ。本当に企画には無かった、アイドルユニット「mizericordeミゼリコルデ」の勢揃い!

 慌てて生徒の用意したマイクを受け取り、赤いツインテールを振り回し、美緒奈のパフォーマンス。


「見ーてまーすかー!! 英国イギリス在住の、西城さいじょう由理ゆーりさーん!!」


 個人的な呼びかけを全世界配信のライブでやる。やりたい放題だ!


「いいのかにゃー、ゆりりん? ほっとくと、みおにゃんが全部持ってっちゃうよ?」


 詩織に煽られて、百合葉の魂にも、火が点った。


「ふふん、させませんよ? 主役は……私だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 星の地軸を傾けると謳われた、美滝百合葉の爆音シャウトが轟き渡る!

 個性の殴り合いこそ、「mizericordeミゼリコルデ」の華。とにかく自由に動き、歌う百合葉と美緒奈を、一歩引いて詩織が支える。

 歌が、超新星の煌めきのような生命いのちの輝きが、学園中を熱くさせる。


「……いいトリオだね」


 楽曲の合間、水上晶奈が、百合葉へ囁く。満面の笑顔で返され、


「彩葉ちゃん、私たちも、負けてられないよ!」


「……ええ!」


「「♪ いつか輝くよ あの星のように ♪」」


 2人の透き通った歌声が、皆を包み込む。ライブは最高潮!

 同じ星に憧れた仲間と、同じ歌を口ずさみながら、百合葉は……ライブ会場を、学園を見回した。

 美綺と、目が合う。クラスメートとも。自分をここまで走らせてくれた、仲間たちと。

 本当は弱虫で、影を抱えた自分。癒えない傷を抱いたまま、飛び続ける百合葉を、照らしてくれる……道標みちしるべとなってくれる、星々。


「今度は、私が照らすよ。一番星になって……!」


 万感の想いを込めて。今、歌声を世界へ響かせる。


「「「「「♪ 限界なんて無い ボクたちは、いつだって無限大 ♪」」」」」


 5人の歌う「インフィニティ×インフィニティ」は宇宙で一番明るい星シリウスの輝きとなって、動画で見る世界中の人を照らした。


 そして。百合葉は叫ぶ。


「私、皆に会えて。星花に来て、良かったぁぁぁぁぁぁーっ!!」


「……まったく。皆、好き放題やってくれちゃって。後でお説教ね」


 苦笑する理事長だけれど。

 「純粋な心と、大胆な行動」。星花の理念、天寿の理想を体現するアイドルたちの煌めく姿に、頬を、一筋の涙が伝った。


 ※ ※ ※


 伝説のライブが終わり。終了のアナウンスをして、マイクを机に置いた静流しずる。放送室で一息つこうとすると、宮子が後ろから抱き付いてくる。


「いいライブだったわね」


「……ええ、とっても」


 静流が涙ぐんでいると……背中から抱き締めた体勢のまま、宮子が身体を摺り寄せてくる。心なしか、息も荒いような……?


「な、何ですの。苦しいのですが」


「……ねえ、『mizericordeミゼリコルデ』も『クリスタル*リーフ』も、息ぴったりで、いいチームだったわよね」


 けれど、わたくしたちだって、負けてないわよね?なんて、聞いてくる宮子。

 比べるものでもないのでは?……と困惑する静流に、宮子は、


「そんなことを考えてたらね……」


 静流を抱き締める腕に、力が籠る。


「わたくし、ムラムラしてきちゃった♡」


「貴女って人はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 腕を振りほどく静流。真っ赤な顔で、八重歯剥き出し、わなわな震える指を突きつける。


「えっち! 変態! このライブを観て、どうしてそんな発想が出るんですか!」


「だってぇ。ずっと我慢してたし、もう限界なのよ」


 瞳に大きなハートを浮かべて、宮子は微笑む。


「ねえ、えっち、しましょう?」


「こ、ここここ、ここ! 学園ですよ! 放送室!?」


「関係ない。えっち、したい」


 迫られて、過去最大に真っ赤になる静流へ。

 宮子はくすっと笑った後、真剣な顔になった。


「……星花祭が終わってからと思ったけど。やっぱり、待てないわ。今、ここで聞かせて?」


 恋人として、火蔵かぐら宮子の全てを受け入れるか。お見合いの件とか色々有るけど、要約すれば、


「えっち、するの? しないの?」


 宮子の眼は、本気だ。静流も、覚悟を決めるしかなかった。


わたくしも、したい。したい、です」


 じゃあ!と押し倒そうとしてくる色情魔を引き剥がしながら、


「今じゃないですよ!? やっぱり、こういうのは、生涯添い遂げる相手とでなければ……!」


「それって……」


 息を飲む宮子へ、静流は宣言した。顔を、真っ赤にしながら。


「宮子さんは、私と結婚するんです。お見合いなんて、やめてください。火蔵の家から総理大臣を出すのが悲願? ……だったら、総理大臣ぐらい、私がなりますからっ!!」


 雪川静流、一世一代の告白に。宮子は、ぷっと噴き出した。


「何それ。静流は、政治家とか、向いてないと思うわよ?」


「わ、笑わないでくださいっ! 私は、本気です。国盗り物語ですっ!」


 宮子が本気なら。静流も、全力で、人生の全部を賭けるつもりで、応える。

 宮子の為に。不可能なんて、ふっ飛ばしてみせる。

 それが、静流の出した答え。


 ひとしきり、爆笑して。宮子は、胸に手を当てる。


「だから、静流には、向いてないってば。向いてないから……」


 そして。あの宮子が。今まで見せたことも無いくらい、真っ直ぐな瞳で。


「総理には、わたくしがなるわ」


 息を飲む静流へ、力強く微笑む。


「そうね、お父様の秘書から始めて。イケると思わない? わたくし、基本何でも出来るもの」


 それは、宮子自身が首相を目指すというのは。

 つまり、お見合いは断るということで。

 静流と、添い遂げる……そういう意味。


「……ええ! ええ! 宮子さんなら、なれますとも。私、歴史には詳しいので、分かります!」


「そう? うふふ」


 手を取り合って、微笑む2人。と、宮子が唇をペロリ。


「じゃあ前祝いにセックスしましょう」


「こらー!?」


 その時だった。ばたんと放送室の扉が開いて、風紀委員の後輩、荒神世音ぜのんと、宮子の問題児仲間、裏沢ムムの、中等部2人が駆け込んでくる。


「あ、あ、あの……先輩……」


 息も絶え絶えな世音。机に置かれたマイクを指さして。

 この世の終わりみたいな顔で、告げた。


「マイク。切り忘れてます……!」


「「え」」


 美滝百合葉と「クリスタル*リーフ」の、アナウンスをしていた静流。

 そういえば、ライブの後もインタビュー等々、動画は続く予定で。


「じゃ、じゃあ……わたくしたちの声、学校中に?」


 ふるふると首を横に振る世音。


「校内どころか……動画に乗って……世界中に!!」


「ムム、感動したのだーっ! 2人は……すごい夫婦なのだな!!」


 赤裸々な会話が。渾身の告白が。地球上に筒抜け。

 静流も、さしもの宮子も、顔を太陽よりも灼熱させながら。

 マイクへ向けて。


「「わたくしたち! 結婚しまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!!」」


 第65回星花祭。後々まで語り継がれる、「十の伝説」の最後の一つ。

 世界に轟く、結婚宣言。


「ど、どうしよう、これ……?」


 すごいライブの印象すら、静流と宮子に持っていかれた美滝百合葉。

 もうやけくそで、拍手を始めた。ご結婚の、祝福!


「お、おめでとうございまーす!?」


 校庭のライブ会場に、学園に。そして動画の前の世界中の人たちに。

 もう、どう反応すればいいか分からないので、拍手が広がっていく。

 地球に、母なる青き星に鳴り響く、生暖かい拍手!


「おめでとう」


「おめでとう!」


「おめでとさん」


「おめでとうですわ」


「おめでとうなのだ!」


 星花の仲間たちや、南極のペンギンたちにまで祝福されて。

 静流と宮子は、にこっと笑った。


「「……ありがとう!」」


 友に、ありがとう。素直になれなかった、今までにさようなら。

 そして、祝福してくれる、全ての人に。

 ありがとう。

 ……星花せいかの中心でアイを叫んだけもの。


「まずマイクを切れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 世音に怒られた。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る