第48話

 第65回星花祭、2日目。

 日曜日で一般参加のあるこの日は、朝から、学園の歴史にもかつてない大混雑!


「びゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 あるクラスの出し物、お化け屋敷から、盛大に悲鳴を上げて飛び出る、女の子2人組。


「クオリティたっか!? あれ本物じゃね!? 足、無かったよね、しおりん!」


「にゃはー、みおにゃんってばビビり過ぎぃ。本物の幽霊なんて、いるわけないじゃん」


 後に、十の伝説の一つに数えられる「本物の幽霊が出るお化け屋敷」。

 その教室を後にして、パンフレットの地図に、2人組は肩寄せ合って、目を通す。

 すれ違いざま、彼女たちの姿に気付いた生徒や客が、ひそひそ言葉を交わす。なぜならこの2人組、芸能人……アイドル声優なのだ。

 赤毛ツインテールの見た目はロリ、でも女子大生な南原みなはら美緒奈みおなと、明るい髪色でショートカット、いろいろ大きい水志摩みずしま詩織。

 美滝百合葉とアイドルユニット「misericordeミゼリコルデ」を組む2人、今日はサングラスかけて、お忍びでやって来た。


「ねーねー、しおりん。あたし、のど渇いたんだけど」


 高等部1年の廊下で、美緒奈は喫茶店やってる3クラスを覗いてみるけど、


「執事喫茶2時間待ち!? すげーな、この学校」


「あー、こりゃ無理だね。ゆりりんのライブ、始まっちゃうよ」


 てなわけで、2人は3組の猫耳メイド喫茶へ。

 百合葉がライブの準備でいない、この時間は、1組2組に比べて、ちょっとだけ空いている。


「お帰りなさいませ、お嬢様。にゃん」


「……良かったわぁ。猫ちゃんが、人間に戻って」


 猫耳カチューシャ着けたメイドさんたちに招かれて、3組の教室に入る、声優2人。


「あざとっ! 猫耳でにゃんにゃんとかさー、こんな恥ずかしいメイド喫茶、他に有る!?」


「……『リトル・ガーデンあの店』よりは普通だよ、みおにゃん」


 英国のお嬢様、ヴァイオレットの淹れた本格紅茶と、お菓子作りが自慢の白石結が焼いたチーズスフレ。

 それを、口移しでなく普通に愉しんでいると、グラウンドの方からカキーンと、気持ちのいい打球音が、届いてきた。


 ※ ※ ※


 少し時間をさかのぼった、昼下がり。

 校庭では、各部活の屋台や出し物が大盛り上がりだ。

 その一つ、ソフトボール部の出し物の前では……。


「さぁさぁ、兄さん姉さん寄っといで! 『VS疾風はやて』でお馴染みの人気ゲーム、ピッチングスナイパー体験コーナーだぞ! パーフェクトを出したら、何と、この俺、下村義紀のサイン入りボールをプレゼントだ!」


「と、父ちゃん! 恥ずかしいっての!?」


 大声で、娘の文化祭の出し物の呼び込みをする、超大物芸能人の図。

 高等部2年、ソフト部の主砲、下村紀香。剛毅な彼女も、あまりの恥ずかしさに、真っ赤な顔を隠す。


「ったく。どうせ来るなら、『疾風はやて』のサインでももらってきてくれりゃ、よかったのに。父ちゃんのサインが景品とかさぁ……」


 ため息を吐く紀香に、義紀さん反論。


「おいおい、父ちゃんこう見えて、年俸億超えの大スターだったんだぞ? 見てろ、俺のサイン目当てで、野球少年たちが押し寄せてくるからな!」


 本当に来た。

 近隣の男子校、御神本学園を始め、県内の中学高校から集まった野球少年たちが、一斉に帽子を脱いで、義紀さんへ頭を下げる。


「すげぇ……父ちゃん、本当にスターだったのか……」


「わははははは! どうだ、見直したか!」


 そしてソフト部のピッチングスナイパーは、野球&ソフトボールの選手を目指す少年少女たちで、渦巻く熱気が甲子園。

 若人わこうどたちの投げる、良いボールを見てると、義紀さんうずうずしてくる。ライバルたちの投球を目にした紀香も、同様だ。


「……なあ、父ちゃん」


「ああ、やるか」


 ここで急遽始まる企画!

 下村父娘はバットを担いで、グラウンドへ。


「よーし、特別に俺が、三球勝負をしてやろう! この大打者、下村義紀を、見事討ち取れる者はいるかー!!」


「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」」」」」


 かつてのプロ野球選手、それも名スラッガーとして名を馳せた下村義紀に挑戦できる! 熱い雄叫びがグラウンドに轟いた!


 けれど下村父娘、容赦がない。大人げないとも言う。


「うらー!!」


「おりゃぁー!!」


 カキーン、カキーン、次々飛び出るホームラン。


「だ、誰か! あの父娘を止められるピッチャーはいないのかー!?」


 ……この時、ぼこぼこに打たれた野球少年の一人は、その悔しさをバネに猛特訓。やがてメジャーに渡り、世界最高の投手として球史に刻まれたという。

 第65回星花祭の伝説、その7。球界の至宝を育て上げた、下村父娘の伝説。


「やってるなー、義紀さん」


 一息ついてる義紀さんへ、サングラスの青年が、親しげに声を掛けてくる。

 テレビで見ない日はない、その顔に、紀香が息を飲んだ。


「ああっ……!? まさか、『疾風はやて』の、櫻木さくらぎくん……!?」


 来る、と噂にはなっていたけれど。

 そのまま談笑を始める芸能人のオーラに、さしもの紀香も圧倒される。


「はぇー、父ちゃん、まじに櫻木くんと仲良いんだな。あんな、肩に手とか置いて……」


 と、そばにいたソフト部のマネージャー、黒犬静が、頬を押さえてうずくまった!


「ど、どうしたワンちゃん!? 『無理』って何が!? 『尊い』って、何がぁぁー!?」


 ※ ※ ※


 グラウンドに立ち昇る熱気を、ほむらに例えるならば。

 こちら、柔道部の道場には、静かでありながら苛烈な、稲妻のごとき殺気が張り詰めていた。


「……来ましたか」


 全国大会優勝、星花女子学園でも物理最強と目される、美しき怪物。

 たちばな桜芽おうがは、ゆっくりと目を開ける。


「1年ぶりだな、白髪鬼。今日こそ、中学最強の座を、返してもらうぞ」


 桜芽を見下ろすのは、天を衝くような……身長2メートル越えの、筋肉の化物。

 鬼……そう表現するしかない、威圧的な体躯……の、女子中学生。


「くくく……貴様に敗れてより1年。我は、山にこもり、自然と対話し、『獣』となったのだ……!」


「学校通わないんですか、貴女は」


「う、うるさぁいッ! 全部お前が悪いんだー!?」


 泣き出す鬼ちゃんに、ふぅ、とため息をついて。橘桜芽は立ち上がる。


「……いいでしょう。人界の理を外れた獣に、ヒトの極限、見せて差し上げますわ」


「待てぃぃッ!」


「むっ、何奴!」


 道場に次々と乗り込んでくる、恐るべき益荒男ますらお……に見える女子校生たち!


「貴様の首を獲るのは……この我ぞ」


「否、『天上天下武神覇王』の称号を持つ、私だッ!」


 一子相伝の暗殺拳の伝承者とか、中国4千年の武の研鑽の結晶だとか、明らかに世界観の違う人たちが、打倒、橘桜芽に名乗りを上げる。


「……いいでしょう。まとめて、相手してさしあげますわ!!」


 星花祭の伝説、その8。

 武の頂を競う、裏・武闘大会の噂。


 ※ ※ ※


 そして。あまりの混雑に自衛隊まで出動したと伝えられる、第65回星花祭。

 その、メインイベントの時間がやって来た。

 

 伝説の、9つめ。

 高等部1年3組、トップアイドル「ゆりりん」こと、美滝百合葉と、卒業生の2人組ユニット「クリスタル*リーフ」の、合同ライブの時間が。



 

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