第7話

 午後のデート。

 ショッピングモールから駅前に戻って、次の行き先は静流しずるのチョイス。


「その名も、『空の宮郷土資料館』です!」


「渋ッ!?」


 宮子の反応に静流、髪を弄りながら、


「べ、別に変じゃないでしょう。……デートなんて、したこと有りませんし。なら、わたくしの好きな場所にお連れするのも、有りかなと思いまして」


「いや、郷土資料館て。市内なら美術館だって水族館だってあるでしょうに」


 予想外のコースに宮子、呆れつつ、


「あら? でも、こんな新しい建物だったかしら」


 郷土資料館なんて、小学校の課外授業で来て以来。

 だけど、宮子の記憶では、いかにも古めかしい和風建築だったはず。


 それが、今はピッカピカのお洒落な建物に。白を基調にしたスタイリッシュなデザインは、「郷土資料館」という響きとは似ても似つかない未来っぽさ。


「天寿の寄付で、建て替えたんですよ。それで、春にリニューアルオープンして」


 静流は、宮子をじろりと睨んで、


「ご存じありませんでしたの? 前の建物は、戦後の市長……貴女のひいおじい様が建てたはずですが」


「わたくし、火蔵かぐらの家には、あまり戻らないもの」


 肩をすくめる宮子の手を引いて、静流がおめめをキラキラさせる。


「とにかく! 中は、空の宮市の歴史がたっぷり詰まった、宝箱ですのよ。私が請け負いましょう、水族館にも負けないワンダーランドであると!」


 おすすめは戦国時代ブースです!と語る静流へ、


「雪川さんって、歴女?」


 そう聞くと、


「え? いえいえ、私など、そんな。ただ、古い家の産まれですので、自然と興味を持ったというか。あ、最近のフェイバリット武将はですね、斎藤新五郎です! かの『美濃一国譲り状』を信長公に届けた、斎藤道三の末子で、明智光秀との因縁が本能寺までですね……」


「はいはい、中で聞くから」


 入館の邪魔なので、静流の背を押してあげることにした。


 ※ ※ ※


「じゃじゃーん!! これが郷土資料館の目玉! 重要文化財『伝・雪川義信所用 赤糸威あかいとおどし大鎧おおよろい』ですわ!」


 甲冑を前に、静流が目をキラキラさせている……。


「あ、お分かりですよね。この鎧は我が雪川家に代々伝わっていたもので。義信さまは初代当主なのですよ! すごいでしょう。カッコいいでしょう!」


 学園で見たこと無いぐらいハイテンションな静流に、宮子納得。


「雪川さんの家が、この辺の領主だったのは聞いてたけど。なるほど歴史好きにもなるわね」


「いえ、教科書に載るような武将でもないですし。そんな、ほんと大したものでは……」


 と言いつつ静流、喋り倒したくて、うずうずしている様子。


「……あの。語って良いですか?」


「どうぞ?」


 では遠慮なく、と咳払いして。

 静流による講演「戦国時代と雪川家の始まり」がスタートした。


「我が家は元々『蘆川あしかわ』という姓の土豪で、駿河守護、今川家に仕えていました。そう! あの『海道一の弓取り』、今川義元公にです!」


 クォーターで見た目西洋のお姫様な静流の口から、戦国大名の名前が出るの、何だかシュールで面白い……と思いつつ、宮子は熱弁を聞く。


「天文17年(1548年)、織田軍を破った第二次小豆坂合戦と、翌年の安祥合戦で、ご先祖さま、蘆川広信は戦功を立てまして。褒美として、義元公から『義』の字を授かり、義信に名を改めたのです。その際にですね……」


 と、語りたいことが多いようで、静流さっそく脱線した。


「あ、ちなみにこの安祥合戦はですね。今川方が、信長公の異母兄、織田信広を捕虜とした戦いなんですよ。織田家の人質だった松平竹千代……後の神君家康公との交換が行われ、家康公は今川家の庇護下に入るのです。つまり! うちのご先祖さまの活躍が、日本の歴史を作ったと言っても、過言では無いと! 我が家では代々伝えられているのです!」


 何か、ご先祖さまの法螺ほら話っぽい……とは、宮子は言わないであげた。

 静流が、とっても楽しそうだから。


「話を戻しますね。それで、戦功を挙げたご先祖さま……義信さまは、これはちょっと、義元公に怒られた話なんですが」


 静流、少し恥ずかしそうに、


「名門、今川家の一員に加わることを狙っていたようで。名を改めた際、義元公にこう、お願いしたそうですわ。『蘆川あしかわの家名は、足利あしかが将軍家にも音が似て、常々、おそれ多いと思うておりました。この機に家名も改めたく存じますれば、どうか、誰ぞ姫君を我が家に頂き、今川の姓をお許し頂けますまいか』」

 

「それは……さすがに図々しいわね」


「ですよね。当然、義元公はお怒りになりまして。戦国時代ですもの。義元公は後継争いで実兄を討ち取ってますし、その上の兄君二人も、『偶然』同じ日に亡くなったと記録されてますから。義元公が暗殺したという説も有りますわ。……肉親同士、血で血を洗う争いの果てに、家督を勝ち取られたのです」


 今川義元の、血塗られた家督争いを聞いて、宮子から一言。


「ふぅん。何だか、親近感を覚えるわね♡」


「どこに!? 今のエピソード、どこか、親しみポイント有りました!?」


 ニコニコ微笑む宮子に、火蔵家の深い闇が見える……。

 触れてはいけない。そう静流は理解して、話を進める。


「で、でですね。それだけ重い今川の家名を、軽々しく求めるなど、と義元公はお怒りになって。ご先祖さまがあわや手打ちという時に、取りなして下さった方がいますの」


 ここで静流、胸を張って、今までで一番のドヤ顔。


「それが、今川のスーパー軍師、太源崇孚そうふ雪斎さまなのですよ! 雪斎さまといえば、義元公の右腕にして育ての父。後の天下人、徳川家康公の学問の師ともされる、とにかくすごい方で……。武田信玄、北条氏康、そして義元公と戦国のスターが顔を合わせた『善徳寺の会見』と、甲相駿三国同盟をセッティングした、戦国最高の智将の一人にも数えられるヒーローなのは、歴史ファンにはお馴染みですよね☆」


 ここまですごい早口なので、


「雪川さん、やっぱり歴女なのね」


 つい口を挟む宮子だが、もちろん好きなものを語る時のオタクは、止められないのである。


「雪斎さまは仰いました。『今川の家名を授けることはならぬが。将軍家に似た名を畏れ多いとする、雪のごとく清き心、天晴あっぱれである。拙僧の、『雪』の字を与える故、今後は『雪川』を名乗られるが良かろう』と。こうして、我が雪川家が誕生したのです!」


 すっごく自慢げな静流に、宮子は、


「……雪川さんは、家のこと、とても誇りに思ってるのね」


 羨ましい、と小さく呟いたのは、静流の耳へは届かなかった。


「ご先祖さま……義信さまはその後も、今川家に忠誠を尽くすのですが、桶狭間では、義元公をお護りできず……。自身も重傷を負い、嫡男の義春さまに家督を譲り、隠居なさったそうですわ」


 そして静流、甲冑に刻まれた傷を指さしながら。


「ほら! この脇腹のところ! この傷はご先祖さまが、若き信長公との一騎打ちで付けられたとか! 肩の所の矢の跡はですね、藤吉郎……太閤秀吉殿下に受けたそうですよ! ご先祖さまは後に、『いやぁ、やはりお二人は強敵であった』と語られたとか」


「急に胡散臭くなったわね!?」


 やっぱり、よくあるご先祖さまの法螺ほら話……なのかもしれない。


 

 

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