第6話

 星花女子の運営母体でもある天寿は、化粧品や衣料などの複合企業。

 傘下であるここ、スターパレス・ショッピングモールには、系列のブランド店がいっぱい入っていて……。


「よくって、火蔵かぐらさん? いかにわたくしでも、下着売り場に連れて来られたぐらいで、恥ずかしがったりしませんからね」


「ふふ。その割には、お顔が真っ赤のようだけど」


 ……やっぱりわざとだったか。大胆なひもパンを手にニマニマしてる宮子を、静流しずるは恨めし気に睨んでやる。


「まあまあ、怒らないで? わたくし、いつも独りで選んでるから、たまには他人ひとの意見も聞いてみたいなって、思いましたの」


「むむ、そういうことなら、仕方ありませんね……」


 一人部屋の菊花寮暮らしの上、あまり友達いなそうな宮子のこと。

 静流は同情して、真剣に選んであげる。

 宮子は黙っていれば、見た目は清楚な大和撫子の、黒髪ロング美少女。


「薄いブルーで、飾り気の少ないのとか、似合うかも」


 ……つい、想像してしまった。宮子の白い肌に、爽やかな色の下着がかえって妖しく映えて、竜胆りんどうの花のように色香が匂い立つのを。

 パンツ持ったまま、ぼぼぼと赤面する静流へ、


「あら。……ふふ♪」


 この反応が見たかった、とばかりに宮子、静流の耳元へ、甘く囁く。


「ねえ、今、わたくしがどんなの穿いてるか。見たい?」


「はぁ!? ななななな何のために!?」


「選ぶ参考に、よ。雪川さん、わたくしのパンツ、興味有るでしょう」


 宮子は短めのスカートの裾をつまみ、ギリギリまでめくり上げる。

 下着店の棚の影。欲情に潤んだ瞳で、薔薇の唇を舌舐め擦り。

 白い太腿が段々露わになっていくのに、静流は激しく動揺する。


「い、いいいい意味がわわ分かりませんわ。わわ私、どどど同性の下着なんて、きょ興味有りませんことよ?」


「あら、嘘はいけないわ。貴女からは、わたくしと同じ匂いがするもの。女の子を、えっちな意味で愛しちゃう、女の子の、ね」


「し、心外ですわ」


 静流は頬を膨らませる。


「確かに私も、恋愛対象は同性ですけど。あくまで心と心の繋がり、プラトニックな関係に尊さを見出すのであって。あ、哲学者プラトンはご存知? プラトニック・ラブは元々彼の提唱した概念なのですけど、この方も男の子しか愛せなかったようで、『肉欲を介さない同性愛こそ至高の純愛』という主張なので、単に純愛の意味で使うのは間違った用法」


 おめめグルグルさせつつ蘊蓄うんちく語るのは無視して、


「ふふ、わたくし、知ってるのよ?」


 宮子、にっこり。


「雪川さんってば、中学の時、追っかけしてたでしょう。太刀花たちばな先輩や、五行ごぎょう先輩の、着替えの隠し撮りとか……買ってたわよね?」


「……!?」


 ……貴様、どこまで知っている?なんて言いたくなる状況シチュエーション

 探偵に追い詰められた犯人の気分だ。

 

「恥ずかしがらないでよくてよ? わたくしも、お姉さま方の写真で……ふふ、一人で慰めたり、シてたもの♡」


 いえ、私はシてな……シてたけども。そこは重要ではないのです。

 静流の背を、冷たい汗が流れる。

 剣道部の太刀花たちばな凛花りんか先輩に、生徒会長、五行ごぎょう姫奏ひめか先輩……中学からのエスカレーター組なら、誰もが知っている、星花で「顔が良い」と言えば真っ先に上がる女性達。

 けど、お二人ともとっくに卒業生だ。


 静流が、一番知られたくないのは。よりにもよって、宮子に知られていたら、困るのは。

 レジェンドの先輩たちより、火蔵宮子の写真をこそ、いっぱい買ってるという事実……。


「せ、切腹! 切腹しますぅぅぅぅー!?」


「何で!? ちょ、落ち着いて雪川さん!?」


 武士の情け! 武士の情けをぉぉぉ!とかわめき出す静流を、宮子が慌てて抱き止めた。


「……ごめんなさい。わたくし達の代で、あのお姉さま方にキャーキャー騒がなかった子はいないでしょう? 恥ずかしがることじゃないと思って」


 この宮子の様子だと、どうやら……一番恥ずかしい秘密は、知られてないようだ。静流は、少し冷静さを取り戻した。


「……ふん!」


 デートOKしたのを、猛烈に後悔してる静流。

 けれど宮子の方は、何だか楽しそうだ。


「雪川さんってば、期待通りの反応なんですもの。つい、ね」


「むぅー……。私をからかうのが、そんなに楽しいのですか。何で、デートなんて誘ったのです?」


 つい、声音にトゲが混ざってしまう。けれど宮子は気にした風でもなく、


「あら、気紛れよ。き、ま、ぐ、れ」


 そう軽くいなされるので、静流は盛大にため息を吐いた。


「……なるほど。よく分かりましたわ」


 学校の外だけど、今は風紀委員の「氷の女王」に戻って、


「貴女とは、けして分かり合えないということが」


「あら、残念」


 さして残念でも無さそうに、宮子は髪をかき上げて。

 くるくると、髪をなびかせながら、謳うように言った。


「……けれど、楽しいのは本当よ。貴女は、わたくしの周りの、誰とも似てないもの」


 そう微笑む顔が、あまりに綺麗で。静流の胸は、今日一番、とくんと跳ね上がった。


「……ずるいです、やっぱり貴女は」

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