第8話
「ところでわたくし、疑問なのだけど」
静流の熱い戦国語りを聞いた後。宮子が手を挙げる。
「初代当主の鎧とか、普通は家宝よね。何で家でなく、郷土資料館に有るの?」
「……売ったのです」
静流がぷるぷる震えている。
「売ったのです! 明治の世になって! 生活苦しくなったからぁ!」
「あぁ……何だか、ごめんなさい?」
うわーんと涙目の静流から目を逸らしつつ、近世のブースへ進む。
江戸時代の庶民の生活の展示から、幕末にかけての、市の発展を解説するコーナーへ。
「
気に障る言い方になってしまったかしら?と思い、静流の方を見ると。
さすが歴史マニア。すごく聞きたそうに、目を輝かせている。
「……聞きたい?
「ぜひ! 火蔵の歴史は、空の宮の歴史ですから!」
そんな大そうなものじゃ……と宮子は謙遜するけど、火蔵といえば空の宮近辺では知らぬ者の無い名家。火蔵建設の創業者一族で、3代にわたって国会議員を出している。
お嬢様学校の星花には、財閥を率いる五行家や、現市長の君藤家に、
その中でも、地域密着度が高いのが火蔵の家だ。
「ひいおじい様……火蔵重蔵は有名だし、わたくしも詳しいつもりだけど。それより前は、うろ覚え程度よ?」
断りを入れつつ、宮子は、火蔵家の成り立ちを、語ってあげることにした。
「わたくしの家は、大昔は神職だったらしいわ。苗字も
神職と聞いて、つい宮子の巫女姿を想像する静流。長く綺麗な黒髪に、よく映えるでしょう……。
「まあ。それは、とても似合いますわね」
「……ふーん? 雪川さん、そういうのが好きなんだ?」
ニマニマする宮子に、静流が赤くなる。今度コスプレしてあげようか?とからかわれ、
「け、結構ですッ。
腕組みしてそっぽを向く静流を、なだめながら宮子、
「いつごろ商人になったか、定かではないのだけど。財を成したのは、江戸の寛永年間らしいわね。防火用の
そこから、「火に強い蔵を建てる」で「火蔵」になったと説明。
「詳しいですね? あまり、お家のことに興味無さそうでしたのに」
静流が
「だって、火に、蔵よ? 蔵が燃えるとか、一番アウトな組み合わせでしょう? そんな家名を名乗るなんて、ご先祖様、どんな、性格ねじ曲がった人だったのかしらって、気になって調べたの」
……これ、笑うところ? またまた静流怯える。
「それで、明治になるとこの辺り、徳川慶喜さまとか、旧幕臣の人たちが大勢来たでしょう? その人たちを、火蔵の家は随分援助したのですって」
2人の歩みも、ちょうど明治時代のコーナーに。名産の茶の、栽培が始まったのもこの時代。白黒の写真で、当時の様子が展示されている。
「実家には、勝海舟からのお礼の手紙とか有ったわね、確か」
「勝海舟! や、やりますね貴女……」
対抗意識を燃やす静流。
「ま、まあ我が家にだって、今川氏真公からの書状とか有ったんですけどね! 売ったけど……!」
「……それも、さっきの戦国コーナーに有ったわね」
その書は、今川家滅亡の際、当主氏真から、雪川家2代目、義春に送られた物。
これまでの忠義への感謝状であり、他の大名へ仕える際の紹介状を兼ねていたものだ。
「家宝売ってばかりね貴女の家!?」
「仕方ないでしょう! うちは生粋の武家で、商才も無かったし! ……それでも、戦後すぐぐらいまでは、結構な土地を残していたのですけどね」
資料館の出口近く。戦後から現代までのコーナーで、ムスッとしながら静流が言う。明治以降の雪川家は、地主さん。お金持ちには違いないが、財閥令嬢とかと比べては、さすがに地味かも。
「学園の土地も、元々はほとんど雪川さんのものよね。父から聞いたことが有るわ」
戦後の復興期から現代への、郷土資料館最後のブース。
宮子の曽祖父、火蔵重蔵市長による復興政策の紹介を見ながら、
「ひいおじい様に、というか市に、格安で土地を売ってくれたのでしょう? 戦災から、空の宮が立ち直るために。雪川さんの家は、良いことをしたのよ」
復興政策の一環として、星花女子が出来たのも、そのおかげ。
そう宮子が言うと、静流は赤くなって、
「べ、別に、管理が難しくなっただけですわ。貴女のひいおじい様に比べれば、市のためにしたことなんて……」
「当のひいおじい様は、市政の限界を感じたらしいけどね。それで国政へ進出を決めたのですって」
そんな話をしながら、2人は資料館の出口へ。
「けれどやっぱり、火蔵家は空の宮の、そして星花女子の恩人ですし、尊敬に値しますわ」
貴女は疎遠のようですけど……と続けようとして、静流が気付く。
「はっ!? 貴女が学園でその、好き放題なのは……まさか!?」
「ふふ、どうかしらね」
意味深にくすくすと笑う宮子。星花の創立にも深く関わった火蔵家だけに、問題児の宮子をスルーしてるのかも……。
「理事長の就任の時も、わたくしの入学の時も、うちへ挨拶に来てたぐらいだし。そういうことも、有るのかもね?」
「ぐっ……。
悔しそうな静流を前に、宮子はふと、足を止める。
自動ドアを出て、エントランスの踊り場に出た所。
夕焼けが目に眩しい、そんな時間。
「……だからなの、貴女も? わたくしが、火蔵の娘だから」
だから、妬んでいるの? 学園で絡んでくるのは、雪川家と火蔵家に因縁が有るからなの?
好きで近付いて来る人たちと、本質は変わらない。火蔵の娘でない、ただの宮子には、これっぽっちも興味なんかなくて……。
「はぁ? 意味が分かりませんね」
静流の、涼やかな……雪解けの風のような声が響いた。
びっ、と指を突き付けて、
「いいですか宮子さん。私が貴女を嫌いなのは、えっちで、不真面目で……学園の風紀を乱す問題児だからです。それ以上でも、以下でも有りませんわ」
腰に手を当て、小さく可愛らしい「氷の女王」は、堂々と宣言する。
「火蔵の家は関係ありません。私が! 貴女を! 個人的に嫌いなのです!」
「そっか。ちゃんと、わたくしを、見てくれてるのね」
火蔵の娘でなく、宮子という個人を、見てくれている。
嫌いと言われて、嬉しいことがあるだなんて、不思議な気持ち。
思わず零れ落ちそうになる嬉し涙を、黄昏時のお日様が、隠してくれた。
「な、何をニヤニヤとしてるんですの? 私、今、貴女を嫌いだって話をしてますよね?」
「ふふ。わたくしは好きよって言ったら、本気にする?」
「な!? ああっ、もう、ベタベタとひっつかないでくださる!?」
……きっと、貴女には分からないだろうけど。
ただの宮子に、向き合ってくれてありがとう。
言葉の替わりに、色々なトコロを触ってみたら、静流から防犯ブザーを鳴らされた。
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