第41話

 まだ暑さの残る、秋の初め。

 よく晴れた日の放課後。


 宮子は、静流を屋上へと誘った。


「だから、屋上は原則立ち入り禁止だと……」


 静流が睨んでやると、宮子は舌を出して、


「風を感じたい気分なのよ」


 いつもの小悪魔スマイル……に見えて、何だか、声のトーンがアンニュイなような。

 仕方なく、静流は促されるまま、校舎の屋上へ。


「最近は、屋上ここも静かですね」


 1学期の間は、屋上はいつも、アイドルの美滝百合葉が大声でボイストレーニングしていた場所。

 寮住まいの彼女が夏休みは実家に戻っていたのと、2学期に入ってお仕事が忙しいせいで、大分屋上も寂しい感じに。


「……わたくしもね、こないだの日曜、火蔵の家に帰っていたの」


 そこから、宮子は切り出した。

 実家に帰って、久々に父と話したこと。

 そして、お見合いの話を。


「そんなに驚くこと? 五行財閥とまでは言わないけど、火蔵も大きな家ですもの。こういうの、別に初めてではなくてよ」


 絶句する静流へ、宮子はくすくすと笑ってみせる。


「ただ、今回はお父様も、今までより本気みたい。お相手はわたくしより、10歳は上の殿方でね。お父様が目をかけている、将来有望な政治家の卵よ」


 曽祖父、火蔵重蔵から3代。火蔵家には悲願がある。

 火蔵の家から、総理大臣を出すという悲願が。


「お爺様は、国交だったかしら、副大臣まで登ったけれど。お父様は、自分ではそこまで届かないって、諦めてるのよね。……だから、首相になれるような人に、わたくしを嫁がせることで、火蔵家の夢を叶えようって、そう願ってるのよ」


 晩夏の風が、宮子の黒髪を撫でていく。


「まあ、政略結婚よね。静流も、好きでしょ。戦国時代みたいで」


「そんなわけ、ないじゃないですかぁっ!」


 感情が爆発した。


「やっと、やっと貴女に、好きって言えたのにっ……。恋人に、なれたばかりなのに……っ」


 ぽろぽろと零れる涙が、屋上のコンクリートを濡らす。


「……嫌です。わたくし、嫌です。火蔵家の悲願なんて、知りません。断って下さいっ。断って下さい、そんなの……っ!」


「じゃあ、わたくしを連れ出してくれる? 物語みたいに。わたくしのコト、奪ってくれるというの、貴女が?」


 静流の濡れた頬へ、宮子が顔を寄せる。熱っぽく囁く。


「ねえ、押し倒してよ。わたくしを、強引に、めちゃくちゃにしてみせて。貴女になら、いいのよ」


「な、何を、こんな時まで……貴女は、えっちなんですかぁっ!?」


 静流は赤くなるけれど。宮子の眼は、いつになく真剣だった。


「大切なことよ。大切なことなの、静流。わたくし、本当に好きな人とは、身も心も溶け合いたい。ドロドロに、ひとつになりたいの。わたくしを愛してるっていうなら、身体も、純潔も……わたくしの人生も、全部全部、奪ってみせて……?」


「ひぇぇ、重い女……!」


 つい静流が本音を漏らすと、宮子はにこっと微笑んで、


「あら、今さら気付いたの?」


 身体を離し、舞うようにくるくる回ってみせて。

 挑発するようにスウィートデビルな笑顔で向き合う顔は、いつもの宮子に戻っていた。


「あーあ、静流がエッチしてくれるなら、お見合いも何も、全部断るんだけどなー」


 わたくしとそういうの、想像したコトあるんでしょ?と誘惑する宮子へ、静流はもじもじしながら。

 真っ赤になって。本心を絞り出した。


「……嫌じゃないんです。貴女となら。だけど……やっぱり宮子さんは綺麗で。汚れて欲しくなんか、なくて」


 天使のように歌う宮子に、憧れた。この世に、こんな綺麗な存在がいるんだって。そう、恋い焦がれた。


「私なんかが、貴女を汚しては……」


「あら。わたくし、今までいっぱいの女の子と寝てるし。貴女が思うほど、綺麗じゃなくてよ」


「そうなのですけど。それは、そうなのですけど……っ」


 でもやっぱり、どこかで、自分では釣り合わないと、そう思ってるのかも。

 そんな静流の頬に触れて、宮子が言う。


「ねえ、貴女とエッチしたら、わたくしは汚れるの?」


 静流の髪を撫でる。


「銀の髪は、こんなにも滑らかなのに?」


 静流の頬を指でなぞる。


「肌は、こんなにすべすべなのに?」


 ちゅ……吐息が触れただけと錯覚するほど、ささやかなキス。


「こんなにも……唇は柔らかいのに。貴女ほど綺麗な子を、わたくしは知らないのに」


 汚れたくないのは、汚れるのが怖いのは、本当は。

 貴女の方ではなくて?

 宮子は、そう問い掛けた。

 静流は、頬を染め、うつむいたまま。


 下校のチャイムが鳴る。

 とうとう言葉を返せなかった静流を、宮子は軽く睨んで、


「……へたれ」


「そういう話ですかぁっ!?」


 いつも通りの2人に戻った後、屋上からの階段を降りながら、宮子が髪をかき上げた。


「ああ、そうだわ。知ってると思うけど、わたくし、星花祭の実行委員なのよね。これも、火蔵の家に産まれたせいで押し付けられたのだけど」


 星花祭。いわゆる学園祭で、星花女子学園、2学期最大のイベントだ。


「静流にも色々、手伝ってもらうつもりだけど。……また、一緒にいる時間がいっぱいになっちゃうわね」


 そしていつものニマニマ宮子さん、


「手伝い中にドキドキしちゃったら、学園の中でも、わたくしを襲っていいからね♡」


「し、しませんからぁっ!? 学園の中では! ……学園の、外でも」


 羞じらう静流へ、宮子は微笑む。


「……そう。でも、星花祭が終わるころには、お見合いのコト、結論出さなくちゃだから。静流も、本気で考えてね?」


 そして。星花祭が近付いていく。

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